第13話 親友は可愛い系

 月曜日。

 俺たちが同棲を始めてから、初めての学校。


 特になにも変化はなく、とまではいかなかった。

 具体的に言うと、登校時間の変化だ。


 さすがに3人一緒に登校するわけにもいかないので、登校時間はある程度のローテーションを組むことになった。

 と言っても朝食は全員揃って食べているし、誰かが早く出て、残った2人が時間をずらしつつ登校するって簡単な感じのやつだが。


 ちょっと不便だが、まあ仕方のないことだろう。

 柏木には昨日3人でショッピングモールにいるところを見られているわけだし、さすがに登校の時にまで偶然3人揃った、なんて通じないからな。


「りっくーん。ご飯食べよー」

「おー」


 昼休みになった途端、陽菜が弁当を片手に近づいてくる。

 

「竜胆は? 誘わないのか?」

「さっき声かけたら小説の構想練りたいから1人で食べるってさ」

「ああ、なるほど」


 まあ、集中したい時ってあるよな。

 と、陽菜と話していると、


「——僕も一緒させてもらってもいいかな? 2人とも」


 柔らかな声音が耳朶を打った。


「おう、遥。いいぞ」


 返事をすると、遥……小鳥遊遥が俺の前の席に陣取る。

 低めの身長に中性的な容姿をしていて、キューティクルの効いた長めの髪も相まって、ぱっと見は女子にも見える系美少年だ。

 声も高めだし、目もぱっちりとして大きく、正直並の女子よりは可愛いが、本人はそれを気にしている。


 そんな遥とは中学からの友達で、悪友が和仁なら、こいつはもう親友と呼んでも差し支えない仲だ。

 ちなみに部活はバドミントン部所属。

 

「小鳥遊君、今日は学食じゃないんだね」

「うん。今日はお弁当を作りたい気分だったんだ」

「遥の料理は美味いからな。なんかおかず交換しようぜ」

「あ、あたしもいい?」

「うん。もちろんだよ」


 改めてこいつ、本当女子力高いよなぁ。

 とか言ったら多分頬膨らませて怒るだろうけど。


 なんて考えながら、陽菜と揃って弁当を開け。

 そして、気が付いた。


 ——あれ? そういえば、この弁当……竜胆が作ったやつだし中身一緒じゃね?


「あれ? 2人のお弁当、中身一緒だね?」


 当然の如く、気が付いた遥が不思議そうに首を傾げた。

 おかずが被ることはあるが、この弁当に関しては作った人が同じで、おかずの位置まで完璧に一致してしまっている。

 下手な誤魔化しは通用しないだろう。


「あー、ほ、ほら、あれだよ。俺って1人暮らしだろ? だからたまに、陽菜のとこに晩飯食べに行かせてもらってるのは話したよな?」

「うん。言ってたね」

「弁当まで作ってもらうのはさすがに申し訳ないから断ってたんだけどさ。今回は陽菜の弟がちょっと体調崩して学校休んだらしくてさ、その分の弁当をもったいないからもらったってわけ。な、陽菜」

「う、うん。実はそうなんだよね」

「へえ。そうなんだ。弟さん、大丈夫なの?」

「う、うん! 軽い風邪だから!」


 すまん凛。お前今日風邪ってことで。

 幸い、遥と凛はそこまで面識があるわけでもないし、バレないだろう。

 咄嗟に出てきた言い訳にしては上等なはずだ。

 遥に嘘をつくのは心苦しいが、仕方ない。


「あ、ところで話は変わるんだけど、また理玖の家に遊びに行きたいんだけど、いいかな?」

「あ、うん。いいよ。ね、りっくん。小鳥遊君ならいつ来てくれても大歓迎だよね」

「え? どうして理玖の部屋なのに高嶋さんが歓迎なの?」


 こいつやりやがった! 絶対1回は口を滑らすと思ったんだよ!

 あ、と口を開いた陽菜が冷や汗を流す。

 俺がどう誤魔化そうかと必死に頭を回していると、


「り、りっくんの家はあたしの家も同然だからね!」


 陽菜がどんっと大きな胸を張った。

 なんだこいつ、前世ガキ大将か? お前のものは俺のものってか?

 

「そ、そうなんだ……なんていうか、本当に仲がいいね」

「間に受けるな、遥。色々と冗談だから」

「あはは、ごめんごめん。あまりにも自然に言うからさ。ついに一緒に住み始めたのかと思ったよ。2人って付き合ってないのが不思議なくらい仲がいいからさ」

「はっはっは! ……滅多なこと言うなよ、遥。あんまり不用意な発言をしたら俺が周りの奴から殺意を向けられるだろ?」


 今みたいにな。

 辺りを見回せば、俺に向かって首を掻っ切るジェスチャーをしてくるバカに中指を立ててくるカス、親指を下に向けてくるボケ、金属バットを構えている和仁が目に入った。

 改めて見ると治安悪いな、この教室。スラム街かよ。


「というか、前から気になってたんだが。陽菜ってモテるだろ? 誰かと付き合おうとは思わないのか?」

「うん。(りっくん以外に)興味ないからね」

「(恋愛自体に)興味がないのか?」


 意外だな。友達とはそういう話で盛り上がってるみたいだし、自分のことには興味ないだけなのか? 

 だとしても。


「そりゃもったいねえな」

「もったいないって? なにが?」

「だって、お前可愛いんだからさ。積極的にいけばどんな男だって落とせるだろ」

「……うぇ!? い、今か、かかか可愛いって!?」

「……? なに驚いてんだよ?」

「だ、だってりっくんが急にあたしのことか、可愛いって言ってくれるなんて……!」


 変な奴だな。言われ慣れてるだろうに。

 赤くなった頬を両手で抑え、緩んだ顔で「えへへ」と笑う陽菜に、俺は怪訝な顔をする。


「ねえねえ、りっくん。もう1回可愛いって言ってほしいなー」

「……言わねえ」

「えーいいじゃん減るもんじゃないのに。ねー、もういっかーい」

「嫌だ」


 改めて意識して言うってなると恥ずかしいだろうが。

 遥もなんかにこにこしながら見てくるし。

 ご機嫌になった陽菜を適当にあしらっていると、陽菜が「ねえ、りっくん」と呼んでくる。


「あたし、もっと積極的にいくから」

「おーそうか。頑張れよ」


 どうやら今ので恋愛に興味が出てきたらしい。

 陽菜ならきっとすぐにいい男を捕まえることだろう。

 そんな決意を固める陽菜を見て、「んー」となにかを考えていた遥がそっと口を開いた。


「……ねえ、理玖ってどういう子が好みなの?」

「は? なんだよ急に」

「いや、理玖とこういう話したことなかったなって」

「確かにそうだが、急だな?」

「まあまあ。いいじゃん、たまにはさ。で、どういう子が好みなの?」

「急に言われても出てこねえよ」

「じゃあ彼女に求める条件とかでもいいからさ」

「早く答えてよ、りっくん。


 なんだこいつまで。

 呆れた俺がふと視線を感じて、そっちを見るとなぜか竜胆がこっちを凝視してきていた。なんだあいつ。


 まあ、いいか。

 彼女に求める条件、ね。

 まず、自分のことを好きでいてくれて、話が通じるタイプだな。

 意思の疎通が出来ないワガママなタイプは苦手だし、動物みたいな猪突猛進タイプじゃない方がいい。


 あとは、見た目にはある程度気を遣えるタイプがいいな。

 言い方は悪くなるが、テレビとかでよく見かける不摂生が祟ったようなモンスターみたいな人とは付き合いたくない。


 ふむ。今のをまとめるとつまり、俺の彼女に求める条件は。


「——まず、人間の女性であることだな」

「なにを想像したらその解答に行き着くの!?」


 え? 俺、遥が大声上げるほど変なこと言ったか?


「じゃ、じゃあ次の質問! りっくんは見た目的にはどんな子が好き? 髪型は? 性格は? 体型とかも!」

「待て待て! そんないっぺんに聞かれても答えられるか!」

 

 いつの間にか遥よりもこいつの方が食いついてきてないか?

 ってか竜胆もずっとこっち見てるし。なんだあいつ。


「……とりあえず、小柄な方が好きかもな」

「やった! で、それから?」


 今のやったはなんだ?

 気になるが、まあ、いいか。


「髪のことはよく分からねえし、本人に似合ってればいいんじゃないか? 性格は騒がし過ぎるのも暗過ぎるのも、苦手だ」

「えっと……極端過ぎずにちゃんと時と場合を考慮して動ける人ってことかな?」

「ああ。遥の言う通りだな。極端過ぎると付き合い辛そうだし」


 陽菜がふんふんと頷く。

 ちなみに竜胆は食事そっちのけでスマホを高速フリックしていた。なんかネタでも降りてきたのか?


 ……ん? ああ、そうなると。


「俺って遥みたいな奴が好みなのかもな」

「「「え!?」」」


 ふと思ったことを言うと、陽菜、遥、竜胆が大声を上げた。

 

「ど、どういうことなの!?」

「いや、言葉通りの意味だって。遥みたいなタイプが好きかもって話」

「り、理玖……僕たち、その……男の子同士だよ?」

「そんなの分かってるって。お前みたいな性格の女子がいたらいいのになってことだよ」


 料理は上手い、一緒にいて楽しい、容姿もいい。

 あれ? 遥マジで完璧じゃね?


「りっくんのバカー!」


 なんて考えていると、なぜか陽菜が俺を罵倒し、食べかけの弁当を置いて教室から走り去っていった。

 

「なんだあいつ?」

「えーっと……こればっかりは高嶋さんに同情しちゃうかなー、なんて」

「ってことは遥は陽菜の気持ちが分かるんだな。教えてくれよ」

「……いや、こればかりは理玖が気付かないといけないことだと思うから、言わない」


 よく分からないが、そういうことらしい。

 微妙に納得しづらいが、ひとまずは弁当食べちまうか。

 そうして、俺が食事を再開すると、スマホがブッと振動したので見てみると、なぜか竜胆からメッセージが届いていた。


『理玖くんのばか』


 はあ? なんで竜胆まで? マジで分からん。

 これ以上考えても無駄だと判断した俺は、考えることをやめ、遥と談笑しつつ、食事を進めるのだった。


 ちなみに、一連のやり取りを見ていた和仁たちに追い回されるという食後の運動もしっかりこなすことになった。

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