第12話 主人公、名誉と尊厳を切り捨てる。
「あ、ねえねえ有彩! これ可愛くない?」
陽菜がそう言って、多分マグカップを手に取って竜胆に見せた。
「わ、本当ですね」
竜胆がそう言って、多分マグカップを陽菜から受け取った。
「せっかくだしお揃いで買っちゃおうよ」
「いいですね。あとはタンブラーなんかもあれば便利ですよね」
「そうだね。ちょっといいのないか探してみようか」
竜胆と陽菜が仲睦まじく会話をしながら、買い物をしている。
あの2人、話すようになってから数日くらいなのにすっかり打ち解けたな。
まあ、陽菜はコミュ力高いし、人見知りの竜胆でも話やすいんだろうなぁ。
ふぅ。美少女が仲良くしてるのっててぇてぇよなぁ。
「で、りっくんはなんでそんな遠くで周りを警戒してるの? 挙動不審だよ? あと話づらいから近くに来なよ」
2人を見て心に安らぎを得ていると、耳元に当てたスマホから陽菜の呆れた声が聞こえてきた。
「バカお前! 近くに奴らがいるかもしれないのにおいそれと異性に近付けるか!」
「もー気にし過ぎだってば。そもそもこんな人目を集める所でなにもしてこないと思うよ」
「いや、奴らを舐めるな。強硬手段に出る可能性は十分ある。そして、捕まったあとにこう言うだろう。後悔はしていない、と」
「ど、どうしてそこまで具体的に言えるんですか?」
「俺もそうするから」
「「……」」
おっと、女性陣からの視線が冷たくなった気がするぞ? ま、遠いからあまりよく見えないけど。ふう、遠くてよかったぜ。
「もういいから近くに来て一緒に回ろ?」
「いや、だから俺は」
「次同じこと言わせたらりっくんのお宝本、目の前で1冊ずつ破っていくから」
「やっぱせっかく一緒に来てるんだし3人で回るべきだよな! うん、ぜひそうしよう!」
俺は爆速で陽菜たちの元へ駆け寄った。
さすが幼馴染。俺の扱い方をよく分かってやがるちくしょう。一気にじゃなくて1冊ずつってとこが特に。
*
「ふぅ。……どうにか必要なものは全部買えたか?」
ショッピングモール内を歩くこと数時間。
ようやく、家具も含めたものを買い揃えることが出来た。
なんで接敵の為に常に神経を尖らせ続けながら買い物しないといけないんだよ、マジで。
「そうですね。少なくとも、忘れて今すぐに困るものはないと思います」
「よし。じゃああとは帰るだけだな」
最後の最後まで気は抜けない。
こういうのは大体帰る時にばったりというパターンが多いからな。
出入り口に向かっていると、陽菜が立ち止まって「あ」と声を漏らした。
「どうした? なんか買い忘れか?」
「あー、うん。ちょっとね……?」
なんだ? やけに歯切れが悪いな。
「で、でも、個人的な買い物だから。2人はどこかで休んでていいよ。それか先に帰っててもいいから」
「いやいや。ここまで付き合わせておいて今更単独行動なんて無しだろ。ここまで来たら最後まで付き合うって」
見つかるリスクはあるだろうが、こちとら脅迫されてここまで一緒に回らされた身。
最後の最後だけ1人で動きたいなんて言われても納得出来るわけがない。
「い、いいから! 本当に大丈夫だから!」
「あっ! おい待て!」
「え!? ちょっと、2人とも!?」
駆け出した陽菜を追いかける。
「なんで追いかけてくるの!?」
「お前が逃げるからだろ!」
意表を突かれたが、身体能力じゃ男の俺に軍配が上がる。
空いていた距離がぐんぐん縮まっていく。
「最後まで付き合うって言ってんだろ! そんなに逃げるようにしてまでなに買うつもりだよ!」
「あーもうっ! 下着を買いたいの! それでも付き合ってくれるの!?」
「俺ちょっとこっちの方見てるわ」
俺はちょうど店の前で綺麗な鋭角ターンを決めて、陽菜との追いかけっこを断念。
危ねえ。あのまま陽菜を追っていたら、俺は下着屋に女子を追いかけて入ってきたど変態として扱われていただろう。
ったく、下着買うなら変に隠さずに早く言えっての。そうすれば俺だってすぐに引き下がっていたってのに。
「……ん!?」
俺は前方から近づいてくる見覚えのある人影を見つけて、目を見開いた。
あれは和仁……!? やべえ! このままじゃ見つかる!
今はまだ、クラスメイトと談笑していて、俺に気付いてないが、それも時間の問題だろう。
とにかく、今のうちに引き返して……!
「はぁ……はぁ……もうっ、理玖くん! いきなり走り出すなんて酷いですよ!」
「ダメだ逃げ道が失われた!? あーちくしょう! 竜胆、こっち!」
「え!? ちょ、ちょっと!?」
俺は慌てて竜胆の腕を掴み、陽菜の入っていった下着屋に飛び込んだ。
そのまま、竜胆を更衣室へと押し込む。
「り、理玖くん! 一体なんなんですか!?」
「いいから! 今は静かにしておいてくれ! 和仁たちが近くにいるんだよ!」
俺は訝しんでこっちを見てくる店員の目を誤魔化す為に、そこらにある下着に手を伸ばす。
これなら、彼女に下着を選んでいる彼氏にしか見えないはずだ。
そうこうしていると、
「ん? おい、あれ……橘じゃね?」
「あ? マジだ。でもあいつ、なんで女性用の下着屋に……?」
「まさかあの野郎……! 彼女が出来やがったのか!? 高嶋さんか!? それともまさか竜胆さんか!? どちらにせよ許されねえぞ!」
「おい理玖! てめえそこでなにしてやがんだよ! もし彼女用ならここでてめえを処す!」
くそっ! そのまま素通りしてくれればよかったのに!
どうする!? この状況はやばい! 恐らく他の更衣室の中には陽菜がいるし、後ろには竜胆が隠れてるし、俺は手に下着を持っている! 逃げようにも逃げられない!
じりじりと殺意溢れる暴徒どもが迫ってくる中、俺は必死にこの状況を打破出来る作戦を考え続け、
「——こ、この下着は俺が使うものだ! なんか文句あるかコラァ!?」
秘密を守る為に、俺は自らの名誉と尊厳を切り捨てることにした。
そんな俺の捨て身の特攻に対し、店内がざわつく。
「ま、マジかよ!? 理玖、お前……!?」
「ああ、大マジだ! 店員さん! 俺に合うサイズを見繕ってください!」
俺の命と秘密を守る為だ。
こうなったらいけるとこまでいってやる!
「ま、まさかお前にこんな趣味があったなんてな……なんていうか、まあ……なんだ。なんかあったら話ぐらいは聞いてやるよ」
「おいもう行こうぜ……あいつやべえよ……」
俺の捨て身の覚悟の作戦のお陰で、和仁含むクラスメイトたちが足早にこの場から去っていく。
ふう。どうにかなったみたいだな。……俺の評判含めて。
「あの、お客様? 本当にご購入されるなら、サイズの方を計らせてもらうことになりますが……いかがなされますか?」
「……お騒がせして大変失礼しました」
俺は手に持っていた下着をそっと棚に戻して、下着屋をあとにした。
なにが悲しくて自分の胸のサイズなんて知らないといけないんだ。
その後、買い物を終えて無事に帰ってきたものの、なんだかとても大切なものを失ってしまった気がする。
後日、クラスで女装趣味ガチ勢というあだ名を頂戴したということは、また別の話だ。
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