第10話 学校一の美少女の裸の価値イコール命

「……あ?」


 瞼の向こうから、微かな眩しさを感じた。

 そのせいで、意識が半ば強制的に睡眠から引き上げられる。


 朝、か。ったく、せっかく気持ちよく寝てたのに……。

 睡眠ってどれだけ長く寝ても、途中で邪魔されたらもうちょっと寝れたのにってなるよな。


 身体を起こしながら、俺はカーテンの隙間から覗く諸悪の根源を睨みつけ……あ、無理だわ。普通に日光に目をやられるわこれ。


 とりあえずシャワーでも浴びて、頭をスッキリさせてくるか。

 俺はまだぼんやりしている身体を引きずって、脱衣所へと向かい、扉を開けた。


「——へ?」


 扉を開けた瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、一糸纏わぬ姿の黒髪の美少女だった。

 俺の目は、意図せずに各部位へと吸い込まれる。


 いつもは眠たげだが、見開かれた大きな瞳や上気した整った顔。

 見ただけでも分かる、きめ細やかな肌。

 すらりと長いが、決して細過ぎない程よい肉付きの足。

 丸みを帯びた女性らしい太ももからお尻にかけてのライン。

 本当に内臓が入っているのかと疑ってしまうくらい細い腰。


 そして、大きくはないが、形のいい双丘の先端は綺麗なピンク色で……って!?


「きゃあぁぁぁぁぁぁあああああ!?」

「うぉぉぉぉおおおおおおおお!? ごめん!」


 俺は叫び声を上げながら、扉を勢いよく閉めた。

 み、みみみみ見てしまった……! 学校一の美少女の裸をガッツリと!

 きっと、5秒にも満たない短い時間だったが、俺の動体視力はしっかりと竜胆の裸を網膜に焼き付けてしまっていた。


 そ、そうだった! 思い出した! 昨日から竜胆と陽菜がうちに住むことになってたんだった! いつもはこの時間誰もいないからつい習慣で!


「あ、あの……理玖くん……?」


 しばらくして、俺の背後で静かに扉が開いて、控え目な声が聞こえてきた。

 俺は反射的に振り返ろうとして……いや、ダメだ! 顔合わせられねえ!


「理玖くん、その……」

「……ああ。竜胆の言いたいことはよく分かってる」

「へ? そ、そうですか?」

「要するに、だ」


 俺は窓まで歩いていって、竜胆の方を振り返る。


「——俺がここから飛び降りればいいんだよな? お安い御用だ」

「違いますよ!? どうしてそんな発想に至ったんですか!?」

「わざとじゃないにせよ女子の裸を見てしまったんだ! 俺にはこうすることでしか責任を取れない!」

「命をもって責任を取ろうとするのは武士のそれですよ! 落ち着いてください!」


 窓を開いてベランダに出ようとする俺に、竜胆が後ろからぎゅっと抱きついてきた。

 その際、竜胆の胸が俺の背中に……って、ダメだ! どうやってもさっきのアレが頭をよぎる!


「わ、私ならき、気にしてませんから。そもそも、鍵をかけなかった私が悪いので。……むしろお見苦しいものをお見せしちゃって申し訳ないと言うか……」

「は? 見苦しいとかなに言ってんだ控えめに言って最高だったわ」

「ふぇ!?」


 やっば、竜胆があまりにもふざけたことを言うもんだからつい本音が出てしまった。


「そ、それはその……ありがとうございましゅ……」

「お、おう。こちらこそ」


 なんか知らんが、お互いに頭を下げ合ってしまった。

 なんだこの時間は。


「……竜胆。お詫びと言ってはなんだが、俺に出来ることがあったらなんでも言ってくれ。なんでも聞くから」

「な、なんでもですか!?」

「おう。死ねって言われれば死ぬし、切腹しろって言われれば腹をかっさばく」

「どうして命を落とす方面ばかりにいくんですか!? そんなこと頼みませんよ!」


 おっと、いかん。つい和仁たちと同じような感じで接してしまった。

 あのクズどもと竜胆を同じように扱うなんて絶対あってはならない。


「えっと、今はなにも思いつかないので保留にしてもらってもいいですか?」

「分かった。なにかあったらすぐに言ってくれ」


 竜胆がなにをお願いしてくるかは分からないが、美少女の裸を拝んだという代償はきっちり払おう。……やっぱ命くらいしか釣り合うものが思いつかねえけど。


「りっくーん……? ありさぁ……? さっきからうるさいけどどうかしたぁ……?」


 さすがに声を大きくし過ぎたのか、寝癖がぴょこんと跳ねた陽菜が寝ぼけ眼を擦りながら部屋から出てきてしまった。

 

「なんでもない。とりあえず、竜胆は髪を乾かすこと。陽菜は起きるなら顔洗ってこい。その間に朝飯でも作っといてやるから」


 今日はこれからこの同棲生活で必要なものをショッピングモールに買いに行く予定になっている。

 まあ、ちょっと時間は早過ぎるが、準備の時間が多く取れるって考えてもらうとしよう。


「んー……あたし、サンドイッチが食べたい……たまごのやつー」

「はいはい」

「ちゃんと隠し味にはフルーツドリンク入れてね……」

「今のは寝言ってことにしといてやる。竜胆、ちょっと陽菜のこと頼む」


 実はあまり寝起きがよくなくて、こくりこくりと船を漕ぐ陽菜を竜胆に預ける。

 騒いで起こしちまって悪いことしちまったな。


 ついでにコーヒーでも淹れといてやるか。

 色々とバタバタしてしまったが、俺たちの本格的な同棲が開始された朝はこんな感じで始まった。

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