第7話 幼馴染の料理の実力(逸話付き)

 竜胆の母親、彩音さんと話してから、また翌日。

 今日は休日で、今日から本格的に俺たちの同棲生活が幕を開けることになる。


 その為、今、俺たちは陽菜の荷物だったり、竜胆の荷物だったりを部屋に運び込んでいる最中だった。

 と、言っても衣服類や小物類だけの移動になる。


 さすがに、ベッドや家具類を運ぶの時間がかかり過ぎるので、その辺は新しく買った方がいいだろうという話になったのだ。

 そもそも、陽菜の家は隣で家族が家からいなくなるわけじゃないので、家具を持ち出す必要がない。


 竜胆の方は両親が海外に行くと言っても、こっちで住んでいた家はこっちに戻ってくる用に残しておくらしい。

 

 そんなこんなで、それぞれの部屋の片付けを済ませていると、いい時間になってしまっていた。


「そろそろ飯でも食うか」


 俺は雑巾を持ちながら立ち上がり、物置になっていた空き部屋を同じように掃除していた2人に声をかける。


「そうですね」

「あたしお腹ぺこぺこー」


 陽菜の呟きに呼応するように、俺の腹も空腹を思い出したように小さく鳴った。

 まあ、朝軽く食べてからずっと部屋の掃除だったりとか荷解きとかしてもんな。


「どうする? デリバリーするか、コンビニかスーパーにでも行ってくるか?」

「ならピザでも頼まない? ほら、同棲始めるわけだし、ちょっとしたパーティって感じでさ」

「なら、そうするか」


 俺がスマホを取り出すと、陽菜が隣から覗き込んでくる。

 肩に手を置いてきてるせいでめちゃくちゃ距離が近いし、横目で見ると陽菜の整った可愛らしい顔がすぐそこにある形になっていた。

 というか、胸も当たりそうだし、もうちょっと近くに寄っ、離れてくれねえかな。


 ったく、こいつは昔から距離が近くて困る。

 陽菜の果物みたいなフルーティな匂いからどうにか意識を逸らしつつ、俺がスマホに目を落としていると、


「あの、それなら私がなにか作りましょうか?」

「え? 竜胆が?」

「はい。ダメでしょうか?」

「ダメってことはないがな……朝から動きっぱなしで疲れてるだろ? 休んでおいた方がいいんじゃないか?」

「大丈夫です! これから学校が終わったあとにも料理をしないといけないわけですし、このくらいならへっちゃらです!」


 むん、と力こぶを作る動作をする竜胆。

 なんか子供っぽい仕草でめちゃくちゃ可愛いな、おい。


 でも、どうするかな。これからまだ掃除は続くし、やっぱり休んでもらった方がいいような……でも、竜胆の料理食ってみたいしなぁ。

 うん、竜胆がこう言ってることだし、任せてみるか。


「分かった。じゃあ、任せてもいいか?」

「はい! お任せください!」

「あ、じゃああたしもなにか作りたい!」

「やめろステイふざけんなよお前マジでやめてください頼むからお願いします本当にマジで」

「めっちゃ早口の一息で拒絶された!?」


 おっと、思わず高速詠唱してしまった。

 俺は陽菜の肩を掴んで、真面目な顔をする。


「いいか、陽菜」

「う、うん。なに? りっくん」

「お前はこの家のキッチンには立ち入るな。未来永劫」

「未来永劫!? ひどいよりっくん! あたしだってちゃんと成長してるんだからね!」

「そうだな! 主に人体に悪影響を及ぼす方に成長してるだろうな!」


 味音痴の口から出てきた調理関係の言葉なんて1ミリ足りとも信用出来ねえんだよ!

 一昔前でも家族全員を食中毒に追いやったという破滅的な破壊力を誇っていた陽菜だ。

 今どうなっているかなんて、想像もつかない。想像もしたくない。

 

「えっと……陽菜ちゃんの料理ってそんなに酷いんですか?」

「……まあ、実際に見てもらった方がいいか。陽菜、試しにちょっとオムライスを作ってみてくれないか」

「いいの!? よーし、任せて! ほっぺが落ちるくらいの作ってぎゃふんと言わせてみせるから!」


 ほっぺどころか命まで落としそうなんだよなぁ。その場合、俺が世に残す最期の言葉はぎゃふんになるわけだ。嫌過ぎる。


 腕をまくり、意気揚々とキッチンに入っていく陽菜を死んだ目で見つめていると、


「ちなみにですけど、一体どんな逸話があるんですか……?」


 隣に近づいてきた竜胆が、こそっと話しかけてくる。

 小声で話す為に顔を寄せてきているせいで、竜胆の学校一の美少女と称される整った顔立ちが近くにあって、可愛過ぎて心臓が止まるかと思った。

 というかやっぱ、この石鹸みたいな優しい匂いめっちゃいい匂い。


「……あれは中学2年の頃の話だ。調理実習があってさ。俺と陽菜は同じ班だったんだ。陽菜の作った料理で家族が全員食中毒になったってこともあるし、あいつが味音痴だってことは、昔から知ってたんだ」

「全員食中毒って既にそれが逸話だと思うんですけど……それで、どうなったんですか?」

「1度、自分で弁当を作ってくるっている日があって、クラス全員が陽菜の料理の腕を見ちまったんだ。だから、俺たちの班は絶対に陽菜には味付けをさせないって、かつてない団結をしたんだ」


 ごくり、と固唾を呑んで俺の話に聞き入る竜胆。

 そして、着々と料理の準備を進めていく陽菜。


 変な汗出てきやがった。


「順調に調理の役割が決まっていって、残ったのは食材を切る係と、主に味付けをする係が残ってな。そこで残ったのが、陽菜と、無口で大人しい田中君って子だった。運命は、じゃんけんに委ねられることに……」

「け、結果は……?」

「俺たちの班どころか、クラス中が見守る中……田中君がじゃんけんに勝った。その瞬間、無口で大人しい田中君が天高く拳を突き上げて勝利の咆哮をあげたくらい、陽菜の料理はやばい」

「そこまでのレベルなんですか!?」


 余談だが、それから田中君はクラスで英雄扱いされた。そういうレベルなんだ。マジで。


「よーしじゃあ始めていくねー」


 どうやら死刑の準備が整ってしまったらしい。

 今の話を聞いて、顔が強張った竜胆と一緒にキッチンの陽菜を見守る。


 まず、当然の如く殻が混入しているにも関わらず、無慈悲にかき混ぜられいくたまご。

 そして、目分量で測らないせいで多過ぎる牛乳。

 あの牛乳買ったばっかだったんだが、あの感じだと既に半分は切っただろう。


「えっと……ここでお塩を一掴みっと」

「一摘まみだバカ! お前は力士か!」

「もう私、これ以上は見ていられません!」


 あまりの惨さに竜胆が顔を両手で覆い隠してしまう。

 最後までやらせる気はあったが、これはもうダメだな。

 不服そうにする陽菜をキッチンから追い出した。


 それから、竜胆が引き継いだ料理は惚れ惚れするような手際で、次々に出来上がっていく料理はどれも絶品だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る