第5話 こうして、2人はライバルになった

 ワンコール、ツーコールと呼び出し音が鳴る。

 ……あ、仕事中なのかもな。だとしたら、留守電を入れておけば折り返してくれるよな。


 そう思って留守電を入れようとした瞬間、スマホが通話状態に切り替わった。


『もしもし? 理玖?」

「もしもし。ごめん、仕事中だったよね? 忙しいならあとでかけ直すよ」

『いや、大丈夫だぞ。お前からこうして電話をかけてくるなんて珍しいからな。急ぎの用なんだろ?』

「まあ、ね……」

『なんだ? 歯切れが悪いな。そんなに言いづらいことなのか?』


 そんなに言いづらいことなんです。

 だって今から俺、女子2人と同棲したいって言わないといけないんだぜ? 

 そんな頼みごとする男なんて世界中探しても俺だけしかいねえだろ。


『なあ、理玖。俺はお前のことを本当の息子だと思ってる』

「へ? な、なに急に?」

『まあ、聞け。お前は手がかからないタイプだし、思えばお前が俺にわがままとか頼みごととか、してくれたことってなかったよな』


 それは、そうだろう。

 俺を引き取ってくれて、ここまで育ててくれた恩人にわがままを言えるわけがない。

 叔父さんの会話の意図が読まず、黙っているとスマホの向こうで叔父さんがふっと笑う。


『だからさ。こうして頼みごとがあるって電話してきてくれたのが嬉しいんだよ。可愛い息子の頼みならどんなことでも受け止めてやるから、どーんと俺に任せとけ』

「叔父さん……ありがとう」


 叔父さんの言葉に、ようやく覚悟を決めることが出来た。

 俺はすっと息を吸い込み、


「——実は、女子2人とこの部屋で同棲したいんだ」

『……すまん。聞き間違えかもしれんからもう1度言ってくれるか?』


 うん、まあ、そういう反応になるよな。俺も絶対そうなる。


「実はちょっと理由があって女子2人とこの部屋で同棲したいんだ」

『どんな理由があったらいきなり女子2人と同棲なんてことになるんだよ!? どんな頼みでも聞くとは言ったがさすがに予想外過ぎるぞ!?』

 

 だよな。俺もそう思う。

 っていうか、叔父さんのこんな慌てた声初めて聞いた。

 とりあえず細かい事情を説明しようとすると、横から軽く肩をとんとんと叩かれた。


 そっちを見ると、竜胆が思ったより近くにいた。

 さっきまでは色々とパニクってて気付かなかったけど、やだ、この子めっちゃいい匂いする。


「……あの、理玖くん。そこからは私に話させてもらえませんか?」

「いいのか?」

「はい。緊張しますけど、これは私がお願いするべきことなので」

「あたしも」

「そっか。……叔父さん。今からその女子2人に電話変わるから」


 俺はスピーカーに切り替えてから、竜胆にスマホを手渡した。

 スマホを持った竜胆は緊張した面持ちで口を開く。


「は、初めまして! 橘くんのクラスメイトで、り、竜胆ありしゃ……有彩とも、申します!」


 自分の名前を噛んでしまって、顔を真っ赤にする竜胆。

 危ねえ。状況が状況じゃなかったら俺が萌え死んでたわ。


『えっと、初めまして。理玖がいつもお世話になってます。理玖の保護者の橘竜也です。有彩ちゃん、って呼んでも大丈夫?』

「は、はい!」

『じゃあ、有彩ちゃんと……もう1人は陽菜ちゃんだろ? 久しぶり』

「はい、お久しぶりです。竜也おじさん」


 挨拶もそこそこに、叔父さんが改めて話を切り出した。


『それで、理玖と同棲したいっていうのは……?』

「は、はい。じ、実は——」


 竜胆は、さっき陽菜に説明したのと同じ説明を、好きな人がいるから離れたくないという理由を除いて、全て説明し終えた。

 まあ、そんなこと保護者に言っても仕方のないことだからな。


『なるほどなぁ。話は分かった』

「す、すみません。忙しいのに私のこんなわがままでお時間をいただいてしまって……」

『いや、全然。俺に付いて来て転校させるのが嫌で理玖にはそっちに残ってもらってるわけだし、有彩ちゃんの気持ちは分かる。その上で、理玖しか頼れる人がいなかったんだろ?』

「は、はい」

『ふむ。なるほどね……うん。いいよ、有彩ちゃんなら住んでもらっても』

「ほ、本当ですか!?」

『ああ。話した感じ、君は悪い子じゃなさそうだし、しっかりしてそうだからね』

「あ、ありがとうございます!」


 竜胆がスマホ越しに頭を下げる。

 叔父さんが言うなら、俺の方に本当に文句はない。

 というか、なんとなく叔父さんならオーケーしてくれるような気がしてた。


 で、竜胆のことは片付いたが、問題はここからだろう。


『……それじゃ、次は陽菜ちゃんの話を聞かせてもらおうかな。陽菜ちゃんの家はそのマンションの隣なのに、どうして同棲したいって思ったんだ?』

「え、えっと……そ、それは……」


 陽菜が言葉に詰まる。

 確かに、俺は竜胆の理由はちゃんと聞いたが、結局陽菜がなんでここまでするのかを聞けてないんだよな。


 陽菜が話すのを待っていると、なぜか陽菜がこっちをちらちらと見てくる。

 

「なんだ?」

「い、いや、その……え、っと……あ、あたしが同棲したい、理由は……」


 陽菜が答えを探して迷うように何度か視線を宙に彷徨わせ、やがて諦めたように目を伏せたところで、


『ふむ、なるほど。分かった。理玖』

「ん? なに?」

『ちょっと席を外してくれるか?』


 叔父さんの言葉に、陽菜が信じられないものを見るような目でスマホを見つめる。


「いいけど……なんだよ、急に」

『なんとなく、理玖がいたら陽菜ちゃんも話づらいんじゃないかって思ってな。幼馴染だからこそ、話したくても話せないことってあるだろ? 大丈夫。悪いようにはしない」


 まあ、言っていることは分かる。俺だって陽菜に言いたくないことって結構あるし。叔父さんが言うなら、本当に悪いようにはならないはずだ。

 俺は叔父さんの言うことを信じ、コンビニに買い物にでも行くことにした。



 理玖くんの叔父さんに言われて、理玖くんがお部屋から出ていってしまいました。

 スマホは理玖くんに返してしまったので、高嶋さんのスマホでまた電話をかけ直して、私たちはお話を再開し始めました。


『さて、話を始める前に。2人さえよければ、テレビ通話に切り替えさせてほしい』

「「テレビ通話?」」


 思ってもいなかった提案に、私と高嶋さんの声が揃います。


『ああ。真面目な話になるからな。ちゃんと顔を見て、どんな人か確認しながら話をしたいんだ。もちろん、無理にはとは言わない』


 私は高嶋さんを見て、高嶋さんは私を見て、お互いに頷きました。

 それから、高嶋さんが「テレビ通話に切り替えます」とスマホを操作しました。


 すぐに、スマホの画面が切り替わり、画面には男の人が映し出される。

 この人が、理玖くんの……。


 外見では実年齢を測れない若々しい柔和な顔立ちに、意思の強さを感じる瞳。整えられた黒髪。

 まるで、本当のお父さんのように、理玖くんとそっくりな人でした。


『よし。それじゃ、改めて話をしようか』

「あ、あの! 竜也おじさん! あ、あたしは……!」


 高嶋さんがなにかを言おうとして、『待った』と理玖くんの叔父さんがそれを遮ります。


『回りくどくなるし、俺はこれが2人が同棲をしたい主な理由だと思ってるから、単調直入に聞くな? ——陽菜ちゃんも有彩ちゃんも、2人とも、理玖のことが好きなんだよな?』

「「っ!」」


 その言葉に、私と高嶋さんは揃って息を呑む。

 

「ど、どうしてそれを!?」

『どうしてって……まあ、普通に考えて気付くよな。好きでもない奴の部屋に住みたいってならないだろ? 理玖の奴がなんで気付いてないのかが不思議なくらいだ』

「……それはそう思います」


 本当にそうですよ! 好きな人と離れたくないからって別の男の子の部屋に住もうなんてなるわけないじゃないですか! あれだって、私は告白のつもりだったんですよ!?


 理玖くんの鈍感さに1人で憤っていると、そんな私を置いて、理玖くんの叔父さんと高嶋さんは会話を続けます。


『陽菜ちゃんに至っては、昔からそうだったしな。これもなんで理玖が気付いてないのかってくらい分かりやすかったしな』

「……りっくんが鈍感なのはもう昔からなので、諦めてます」


 あはは、と乾いた笑みを漏らす高嶋さん。

 私よりもずっと昔から理玖くんに想いを寄せている分、きっと、理玖くんのそういう部分でたくさん苦労してきたのでしょう。

 少しだけ同情してしまいます。


『陽菜ちゃんが急に同棲なんて言い出して、理由を理玖の前で言えなかったのはそういうことなんだろ?』

「……はい。竜胆さんとりっくんが同じ部屋に住んじゃうことを黙って見守るだけになってしまったら、あたしはきっと後悔しちゃうと思ったので」


 薄々、気が付いてはいましたが、やっぱりそういう理由だったんですね。

 でも、高嶋さんの気持ちはよく分かってしまう。

 だって、私だって同じ立場なら絶対にそうしていたはずでしょうから。


「でも、それは竜也おじさんの帰る場所を奪ってしまうことになってしまいます。だから、あたしは辞退しようと……」

『まあ、待って待って。いいよ、陽菜ちゃん。俺の部屋を使っても』

「へ!? で、でも……!」

『俺の部屋、なんて言ってるけど、実はそこはもうほぼ空き部屋なんだ。必要な荷物とかは全部こっちに持ってきてるし、多分、布団くらいしか残ってないんじゃないか?』

「そ、そうなんですか?」

『ああ。それに、まとまった休みもあまり取れなくて、そっちに泊まって帰るって方が稀だからな。陽菜ちゃんもそれは知ってるだろ?』


 高嶋さんがどこか戸惑ったように「は、はい」と返事をする。

 絶対にダメだって言われると思っていた同棲がいいって言われて、まだ頭が追いついていないのかもしれません。


『だからそのくらいなら誰かに使ってもらった方がいい。……その上で、2人にもう1度聞かせてくれ』


 表情や声音から真剣な空気が伝わってきて、私と高嶋さんは2人して自然と背筋を伸ばしました。


『——理玖のこと、好きか?』


 その質問に、私と高嶋さんはお互いに顔を見合わせて、頷き合った。


「はい。好きです。まだ高校2年生で、こんなことを言うのは大げさかもしれませんが、私は理玖くんを運命の人だと思っています」

『……そっか。陽菜ちゃんはどうだ?』

「あたしも、大好きです。りっくん以外、ありえないと思っています。ずっと昔から」


 高嶋さんの声を聞いた理玖くんの叔父さんは、もう1度『そっか』と満足そうに呟きました。


『理玖は幸せ者だな。こんなに可愛い子たちに強く想われて』


 理玖くんの叔父さんは本当に嬉しそうに穏やかな笑みを浮かべ、


『理玖のこと、よろしく頼む。君たちになら安心して理玖のことを任せられる』


 真摯に頭を下げてきました。

 だから私たちも、


「「はい! 任せてください!」」


 声を揃えて、そう返したのだった。



 一通り、竜也おじさんさんと話したあたしたちは、改めて後日保護者も交えて詳しい話をするという約束を取り付け、通話を終えた。

 

 りっくんに話が終わったから戻ってきてもいいという連絡もして、しんっと部屋が静かになって、あたしはなんとなく、竜胆さんのことを見つめてしまう。


 流れるようにさらさらとした黒髪に、大きな瞳に、小ぶりな鼻、ぷるんとした桜色の唇は、やっぱり学校一の美少女と呼ばれているのにも納得の顔の整いっぷり。

 こんなに可愛い子がりっくんのことを……。


 実を言うと、あたしは竜胆さんがりっくんに好意を向けていることに気が付いていた。

 というか、他の男子とは打ち解けてもいないのに、りっくんとだけ楽しそうに話していたら誰だって分かることだよね。


 なんとなく、じっと竜胆さんを見つめていると、さすがに見ていることに気付かれてしまって、不思議そうに首を傾げられた。

 そんな仕草も羨ましいくらいに可愛らしい。


 って、そんな嫉妬みたいなことしてる場合じゃなくて。

 あたしはえへん、とわざとらしく咳払いをして、


「ありがとう、竜胆さん」

 

 頭を下げた。


「へ? な、なにがですか?」

「ほら、あたしがどう考えても無理言ってるのに、あたしが一緒に住むことがいいって言ってくれたでしょ?」


 あたしが言うと、竜胆さんは「ああ!」とあたしのお礼の理由に気が付く。

 

「あれがなかったら、そもそもここまで話を持ってこれてなかったと思うから。だから、ありがとう」

「そ、そんな。大したことでは……」

「でも、1つ聞かせて? どうして、味方してくれたの?」


 あのままあたしが同棲することを断られていた方が、竜胆さんには有利だったのに。

 言外にそんなニュアンスを含んだ質問をすると、竜胆さんは淡く微笑んだ。


「だって、私が高嶋さんの立場でも、絶対同じことしてますから」

 

 ……まったく。どこまでも強敵が現れちゃったもんだよ。


「負けないからね。——有彩」


 絶対に負けないという意思を込めて、不敵に笑ってみせる。

 すると、竜胆さんは驚いたように瞬きをして、


「私も。絶対に負けませんよ。——陽菜ちゃん」


 不敵に口角上げて返してきたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る