第4話 なぜか幼馴染にも同棲を申し込まれた件
「ひ、陽菜! こ、これはその……誤解なんだ!」
3人同時に固まっていた状況の中、どうにか絞り出した声はまるで浮気の言い訳みたいなセリフだった。
「そ、そうです! 私が転びそうになって、理玖くんが受け止めてくれたんです!」
竜胆が慌てて弁明に加わってくるが、より浮気目撃現場感を出してしまっただけな気がしてならない。
2人揃って言い訳みたいなこと言ってるのがもうそれっぽくて仕方ない。
いや、そもそも陽菜と付き合ってるわけじゃないし浮気もなにもないのだが。
でも、目のハイライトが消えかかった状態の陽菜マジで怖えんだもん! 圧がすげえんだよ! マジで!
「ひ、陽菜? とにかく誤解だから、とりあえず目のハイライトさんを呼び戻してもらっていいか? それから俺の話を……」
「なにが……誤解なの……?」
陽菜が俯きがちになって、ゆらり、と足音を立てずに近づいてくる。
あ、ダメだこれ。終わったわ。
俺が死を予感していると、陽菜がガバッと顔を上げて、
「どう見たって2人でえっちなビデオを参考にしてそのプレイをしようとしてたとこじゃん! そういうことなんでしょ!?」
「なんつー誤解してんだお前!?」
こいつ部屋に大人のビデオのパッケージが散乱してるってことと竜胆が俺の上に跨ってるっていう見られたらまずいもの同士をシンクロさせて予想より斜め上の誤解しやがったな!?
間違いなく今考えうる限り1番最悪な誤解のされ方だちくしょう!
「って竜胆!? お前顔真っ赤だぞ!? 大丈夫か!?」
「あ、あう……私がり、理玖くんと……あうううう……」
まさかこいつ想像したのか!? 作家出来るような奴がそういうこと考えたらダメだろ!
「戻ってこい竜胆! 想像すればするほどドツボにハマるぞ! 正気に戻ったら死ぬほど気まずくなるぞ!」
「……は!? り、理玖くん……その……とても激しかったです……」
「理玖くんそんなことした覚えねえんだわ」
残念なことに、現実の俺は童貞のままなんら変わりがない。とりあえず妄想の俺、羨ましいからそこ代われ。
……なんかもうすんっとなったら力抜けて一気に正気に戻ったわ。
俺は顔を真っ赤にしてぽうっと俺を見つめてくる竜胆をそっと横に退けた。
「あのな、陽菜。マジで全部誤解だぞ? 竜胆はたまたま用事があって来てるだけだし、これは俺が昨日和仁と一緒に見たまま片付けてなかったってだけだ」
なんで俺、幼馴染に部屋に大人のビデオのパッケージが散乱してることについて説明してんだろうな……なんか余計に虚しくなってきた。
「そ、そうなの……?」
「ああ。俺が陽菜が想像したようなことをするような人間に見えるか?」
「……普通に見えるよ?」
「うん、だよな」
じゃなきゃ部屋にこんなにビデオの現物持ってねえわ。
俺もそろそろ完全にスマホに移行しないといけないのかもしれない。
「……それが誤解だっていうのはひとまず分かったけど、どうして竜胆さんはりっくんの部屋にいるの?」
「え、えっと、それは……」
竜胆が言いづらそうに口ごもる。
まあ、理由が理由だけに簡単に話せることじゃないよな。
そのまま静かに思案していた竜胆は、やがて小さく頷いた。
どうやら素直に話すことに決めたらしい。
まあ、陽菜ってマジで毎日のようの俺の部屋に来るし、隠すなんて到底無理だからな。
「実は……」
「待った」
意を決して話そうとした竜胆を俺は制止した。
「話すのはいいけど、先に部屋を片付けさせてくれ」
さすがにAVに囲まれながら会話を進めるのは、いくらなんでもよくないだろう。
俺の提案に女性陣は賛成の意を示したのだった。
「——なるほどね。親の転勤が決まったから、こっちに残る為にりっくんの部屋に住まわせてもらう、かぁ」
竜胆の話を聞き終えた陽菜が、話の要約を呟く。
「……はい。異性のお部屋に住まわせてもらうのは非常識なのですが……私、こういう時に頼れる知人がいなくて……」
「まあ、海外に転校なんて言われたらあたしだって嫌だもん。だから、竜胆さんの気持ちも分かるよ」
なにか思うところがあるのか、陽菜がいやに真面目な顔をして理解を示す。
「で、この話にりっくんは賛成してるんだよね?」
「ああ。俺が1度承諾したことだ。今更取り消すなんてこと絶対にしねえ」
「理玖くん……」
「うん。りっくんならそう言うよね。幼馴染だし、りっくんのことはよく分かってるもん」
いくら、日頃からお世話になってる高嶋家だろうと、陽菜だろうと、叔父さんだろうと、ここを譲るわけにはいかない。
何時間かけてでも必ず説得してみせる。
そう意気込んでると、
「よし! ならあたしもりっくんの部屋に一緒に住むよ!」
「なにがよしなのか1から説明してもらおうか!?」
あそこからどうやったらこういう解答に至るんだよ!?
「だって、男の子と女の子が1つ屋根の下なんて、間違いが起きかねないよね? もう1人いればその確率もグッと減ると思うんだよ」
「言いたいことは分かるがな……なにかの間違いでもし俺が2人まとめて手を出すってなったらどうするんだよ」
「なに言ってるの? りっくんにそんな甲斐性ないじゃん」
「言い切るんじゃねえよ!?」
「じゃあ、出来るの?」
「……すんません。無理っす」
そんな甲斐性があるなら今頃彼女とか普通にいると思う。
さすが幼馴染。俺への理解が的確だ。
俺が言い負かされてすごすごと引き下がっていると、陽菜が少し拗ねたようにぼそっと呟いた。
「……そんな甲斐性があるなら、こんなに苦労してないもん」
「ん? なんだって?」
「なんでもない!」
えー? なんでこいつこんなに怒ってんの? 付き合い長いけど、未だに陽菜のこういうところはちょっと分からねえんだよなぁ。
って、そんなことよりも、だ。
「ていうか、そもそも、俺が竜胆に手を出すなんてことにはならねえよ」
「なんでそう言い切れるの?」
「だって、竜胆には好きな奴がいるんだぞ? 俺だってそれは分かってるし、その男と離れたくないから、なんて理由で同棲を申し込んでくるくらいだ。よっぽどそいつのことが好きなんだよ」
だから、と俺は続けて、
「俺は絶対に竜胆とそういうことにはならねえ!」
力強く言い切ると、竜胆が「ふぐぅ!?」とダメージを受けたようにうずくまった。
「なんだ!? どうした急に!? 大丈夫か!?」
「い、いえ……大丈夫です……ちょっと……死にたくなっただけなので……」
「死にたく!?」
それ全然大丈夫じゃなくない!?
竜胆は涙目でぷるぷると震えながらも、どうにか呼吸と体勢を整え直していた。
「す、すみません。もう大丈夫ですので、私のことはお気になさらずお話の続きをどうぞ」
「お、おう。えーっと、だからな? 陽菜の心配するようなことにはならないと思うし、お前がこの部屋に住む必要はないと思うぞ」
そもそも、こいつの家って俺が住んでるマンションの隣の一軒家だし。
そうまでしなくても、陽菜は俺の部屋に毎日のように来てるんだから、尚更間違いなんて起こらないだろう。
「……いや! あたしはりっくんは絶対に竜胆さんに手を出すと思う!」
「なんでだよ!? さっきまでの甲斐性なしって発言はどうした!?」
なぜここでそんな手のひら返しを!?
「だって竜胆さんってこんなに可愛いんだよ!? そんな子と1つ屋根の下なんて絶対間違いが起こりかねないよ! むしろ手を出さないなんて男の子として恥だと思う!」
「恥とまで言うかお前!? 言ってることが支離滅裂過ぎるだろ!? なにがお前をそこまで駆り立ててるんだよ!?」
「と、とにかくあたしも一緒に住みたいの! 竜胆さんはよくてあたしはダメなの!?」
「い、いやダメってことはないが……」
「じゃあいいじゃん! ね、お願いりっくん、竜胆さん!」
ったく、陽菜の奴、なにをこんなに焦ってるんだよ。
俺たちも同級生の異性同士で同棲なんておかしなことをしようとしているが、それにしたって陽菜の言っていることはどう考えてもおかしいし、間違っていると思う。
ため息をつきながら、陽菜を諭す為に口を開こうとすると、
「……私はいいですよ」
竜胆が静かに俺たちに割って入ってきた。
「竜胆?」
「私から言い出したものの、やっぱり男の子と一緒に住むのって緊張しちゃいますし、女の子がいてくれた方が緊張も和らぐと思いますから」
もちろん、と続ける竜胆の意見に俺と陽菜は黙って話の続きを待つ。
「理玖くんが私に無理矢理なにかをするなんて微塵も思っていません。って、家主でもない私がこんな風に偉そうに言うのは、違うと思いますけど……とにかく私は全然大丈夫ですので」
陽菜に向かってにこり、と意味深に笑いかけながら、竜胆はそう締め括った。
竜胆はそう言っているが、俺はどうするべきなんだ?
ちらっと陽菜に視線を向けると、しゅんっとした顔をしていた。
どうやら自分が変なことを言っているって自覚はあるみたいだ。
「……ったく、しょうがねえな。いいよ、陽菜の好きにしろよ」
後頭部をかきながらぶっきらぼうに言うと、陽菜がぱっとこっちに顔を向けた。
「いいの!?」
「ただ、条件がある」
「条件……?」
それは陽菜がこの部屋に住むとして、避けられない壁だ。
「知っての通り、1つは叔父さんの部屋で、空いている部屋は1つしかない。陽菜がこの部屋に住むって場合、叔父さんに部屋を空けてもらわないといけなくなるんだよ」
「……あ」
言われて陽菜も俺がなにを言おうとしているのか気が付いたのだろう。
そう。陽菜がこの部屋に住むということは、叔父さんが帰ってくる為の部屋がなくなってしまう、ということになる。
「ご、ごめん……りっくん……あたし、やっぱり……」
「だから、叔父さんがダメだって言ったら素直に引き下がること」
陽菜の謝罪を遮るようにして、俺は言い切った。
まあ、基本的に物分かりのいい陽菜がここまで言うってことは絶対に曲げられないなにかがあるってことなんだろうからな。
だったらその意思を尊重してやるのが、幼馴染として出来ることだ。
言葉を遮られた陽菜がぱちぱちと瞬きするのに、軽く口角を上げて答えながら、俺はスマホを取り出す。
「じゃあ、とりあえず叔父さんに電話してみるからな」
硬い表情でこくんと頷く陽菜を横目に、俺は叔父さんに電話をかけ始めた。
*
あとがきです。
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