第36話 契約の結び目

 月影館の評判はそこそこよかった。


 そこそこってのは大々的にやってないからで、毎日、いや、週の一日は館の清掃をするって名目で休みにしている。


 それでも予約は埋まっている。お嬢たちにも固定の客がつき始めている。


「ただ、部屋が用意できないのが困ったちゃんだよね」


 二部屋からまったく増えていない。オレの魔力もだけど、人も足りていない。まさかこんなに人が必要だとは思わなかったよ。


「予約状況は変わらず?」


「そうだね。ただ、いろいろ紹介状を書いて欲しいとは言われているよ」


 それはさらに増えるってことか。


「なんとか三部屋目をなんとかするか。ハルガは人を集めてよ。下働きならすぐに見つかるでしょう?」


「すぐ見つかるけど、質はよくないよ」


「まずは館の裏方をやらしてよ。信頼が得られるまで館に入るのは禁止。これを下働きの者につけさせて」


 準備は前々からしていたし、人手不足になったときの対処も用意してある。灰竜族の館で働くリアー(メイド)たちに内職としてミサンガ的なものを編んでもらっていたのだ。


「これは?」


「名をつけるなら契約の結び目、かな? 館に入ったりお嬢に悪さしたりしたら結び目が締まって行き、腕を締めつけるようにしてある。腕が切り落とすほど力はないけど、腕にしてなかったら痛めつけて館の外に放り出してよ」


 内部事情も外に漏らしても結び目は締まる。うちの敵となるなら容赦はしません。


「エクラカは本当に用意周到だね」


「戦うより守るほうが性に合っているだけさ」


 オレはじっくり考えて行動したいタイプなの。臨機応変とか苦手なんだよ。心に余裕があればまた別だけどさ。


「射手座の戦士たちはちゃんと警備しててくれてる?」


 魔力の使いすぎで様子を見てやれてないんだよね。魔力増強に力を入れているのはわかるけどさ。


「よくやっているよ。険しい顔は止めて欲しいけどね」


 それは魔力をブレスレットに籠めているからだろう。魔力切れも起こすだろうから立っているのも辛かろうよ。


「食事はしっかり摂らせてね。魔力を供給してくれている人たちでもあるからね」


「それは大丈夫だよ。田中一族が食料を用意してくれてるからね。あちらもエクラカと繋がりが欲しいんだろうさ」


「繋がりが欲しいのはこちらのほうなんだけどね。マルステク王国にはぼくが欲しいものがたくさんあるからね」


「そうだね。もう田中料理がないと生きて行けない体になったよ。唐揚げ、あれは毎日食べても飽きないよ」


 若いとは言え、コレステロールには気をつけなよ。まあ、健康でいて欲しいので回復薬は定期的に飲ませているけどね。


「お客さんにも好評?」


「ああ。中には食事を楽しみに来ている人もいるよ」


「お酒はどう? いいの入って来てる?」


 ハーマラン教国では葡萄酒が盛んで、ブランデーなんかも作っており、ジ帝国からはウイスキーなんかが流れて来ている。神の御子の中には酒好きでもいたんだろうよ。まったく、広めてくれてありがとうだよ。


「酒を運んでいる商会の旦那さんも来ているからね。いいのを卸してもらっているよ」


「麦のお酒って飲まないの?」


「うーん。あるにはあるけど、個人で飲む量しか作られてないね。気候的に運んで来るのも大変らしいよ」


 オレが飲めるようになるまでにはなんとかしたいな。冷えたビール。あれに勝る酒はないぜ。


「地下倉庫が欲しいよね。備蓄はしておきたいしさ」


「それはまだまだ先のことだね。大浴場をあとにしていいなら別だけど」


「いや、大浴場が先だね」


 風呂には入れているけど、お嬢優先なので入れないときは灰竜族の館まで行って入っているよ。


「まあ、逸る気持ちはわかるけど、計画的に進めて行こうよ」


「だね。急いでも歪みが出るだけだしね」


「あ、そうだ。マチエさんからの報告でイチノスケさんが来たそうだよ」


「へー。やっと来たんだ。長かったな~」


「エクラカのことがあったから話し合いが長引いたんじゃない? 神の御子がいたんだからね」


 確かにそうだわな。神の御子の一族でもあるんだし。


「イチノスケさんが来たのは嬉しいけど、魔力を使うようなことは避けたいな~。あちらに回せる魔力がないんだからさ」


 今は館の設備を充実するために使っている。回せる魔力などないんだよ。


「マチエさんの話ではエクラカが喜ぶ土産があるそうだよ。なにかは教えてくれなかったけど」


「へ~。それは楽しみだ。なんだろう?」


 神の御子のの遺産かな? 武器系はいらないから支援系のものがいいな~。この世界じゃ生活に活かせるもののほうが求められているからな。


「じゃあ、明日にでも行ってみるかな。今からなら魔力もあるし、回復薬でもお土産に持って行くてするか」


 あちらも大抵のものは自力で手に入れられる。回復薬なら喜ばれるだろうよ。


「なら連絡を入れておくよ。午後からでいいかい? あっちも準備があるだろうからね」


「そうしてくれると助かる」


 んじゃ、回復薬を創って明日のためによく食べてよく眠るとしよう。驚くにも体力は必要だからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る