第3章

第21話 おひかえなすって

「見たところ、有力な一族の子と思われる。少しよいでしょうか?」


 なかなか紳士なケンタウロスさんだこと。見た目は任侠か世紀末が似合いそうだけど。


「一族の子ではないけど、一家を預かってはいます。姓は月影。名はエクラカ。灰竜族に世話になっています」


 おひかえなすってポーズを取った。うん、なんとなくね。


「おひかえなすって。姓はロクブレン。名はイチノスケ。田中族の一員です」


 まさかのおひかえなすって返し?! どこのどいつだ、おひかえなすってを広めた神の御子は!! いや、田中か!


「神の御子の一族ですか?」


「はい。よくご存知で。エクラカ様も神の御子の一族でしょうか? 月影には神の名の響きを感じますが……」


 目に手を当てて擬装を解いた。


「その神の御子ですよ」


 いずれバレるならさっさと正体をバラしておく。もう自分の身やばーちゃんを守れるだけの力は戻りつつあるからな。


「か、神の御子様でしたか。失礼致しました」


 前脚を追って頭を下げた。土下座だろうか?


「お立ちください。ぼくは神でもなければなにかの使命を持って生まれたわけじゃないんで。敬われる謂れはありませんよ」


 失礼のない接し方で問題ないさ。


「では、普通に当たらせてもらいます」


「そうしてください。ぼくも普通に接しますので」


 やっと立ってけれた。って、顔が上すぎてアゴしか見えんな。


 少し離れてやっと普通に顔が見れたよ。


「それで、ぼくにどんなご用がおありで?」


「魔法を使えますか?」


「どんな魔法で? 魔法と言っても与えられた魔法は千差万別。系統が違えば使えない魔法がありますので」


 イチノスケさん、魔力が見えたり感じられたりするのか? じゃあ、転生者は能力が遺伝するってこ? 大丈夫か、それ? この世界の理、破壊すんじゃね?


「これを」


 と、胸にかけていたペンダントを外してオレに差し出した。


 なにかの罠、って感じではない。蓋を外すと、掠れた写真が入っていた。


「どちら様で?」


「わたしの妻です。カメラで写してもらいました」


「カメラね。ネットスーパー系か?」


 いいようで悪い能力だよな、元の世界のものを買えるって。ゴブリンを駆除しなければ買うこともできない。それに頼っていたら必ずジリ貧になるはずだ。


 確かに現代の武器や食料、生活必需品が使えるってのは魅力的だ。でも、よく考えてみて欲しい。そして、ゴブリンを駆除する苦労を。


 あいつらは勝てないとわかれば逃げるし、隠れるのが上手い。そのクセ、集まると狂い出す。厄介この上ない害獣なのだ。


 オレの場合は、レベルアップを押しつけられたが、ポイントで能力を決めることができた。


 生活は大変になるが、ゴブリンを駆除できる能力のほうがいい。創造魔法があれば駆除も生活にも使える。ただ、中途半端になる恐れはあったがな。


「これを直すことは可能でしょうか?」


「それならできるよ」


 これなら復元魔法で充分だろう。そう大した魔力は使わない。ついでだ、結界魔法で包んでやるとしよう。サービスだ。


「さすがに百年とかは無理だけど、数十年は朽ちない魔法も足しておいたよ。あ、どんな能力かは答えられないから」


 まあ、同じ世界のヤツなら想像はできるだろうが、そこまで教えてやる義務もない。自分で導き出せ、だ。


「……感謝する……」


「同胞の一族。お気になさらず」


 転生者が生きているかわからんが、こうしてケンタウロスと繋がりができたんだから儲けものって感じだ。


「礼をしたい。なにがいいだろうか?」


「お近づきの印で礼はいりませんよ。近いうち遊びに行かせてもらいますよ。見てのとおりまだ五年しか生きてない身。この世界のことをまだ大して知れてません。いろいろ聞かせてください」


 ケンタウロスのことはケンタウロスに聞くのが一番。田中さんのことを是非、教えていただきたいものだ。


「ええ。わかりました。ルガルにはあと数日は滞在します。東の広場にいるのでいつでもお出でください」


「ありがとうございます。訪ねるときは一報を送らせてもらいますね」


「ご配慮、ありがとうございます。では、失礼します」


 イチノスケさんとはそこで別れた。 


「……田中さんか。名字を継がせるのは日本人の性かね?」


 まあ、残したいんだろうな。そこで生きた証を。オレもそうだ。そこにいた証を作るために愛する人を求めてしまった。


 もうどんなに願っても会うこともできない。クソ女が言った「仲間の皆は元気に生きてます」だけが心のよりどころだ……。


「ばーちゃん。他に見たいとこ、ある?」


「最後に布が欲しいね。エクラカに下着を作ってあげたいから」


 ばーちゃんの優しさと愛情に頬が緩んでしまう。


 この世界で唯一の肉親。オレが神の御子だと知っても孫として愛してくれる。


 この人だけはどんな手段を用いても守ってみせる。生きてきてよかったと思ってくれるようにな。


「エクラカ。わたしも布を買って。服を作りたいから」


「ルー、裁縫できたっけ?」


 頭はいいけど、細々としたことやってないよね?


「覚える。わたしもエクラカに服を作ってあげたいから」


 下着つけてりゃ服なんてなんでもいいんだが、せっかくルーが言ってくてんだ。愛情には愛情を返すとしよう。ルーたちも家族なんだからな。


「ありがとう。好きなだけ買っていいよ」


 一家の主。家族を養える男にならねばな。

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