第16話 お嬢

 新たな月影一家の城となるコロンカ地区の屋敷に皆で向かってみた。


 灰竜族の館から歩いても十分ちょい。マジで歩いてすぐだった。これなら町を迂回しても十五分とかからないだろう。


「確かに改修は必要だね」


 乾燥地帯だから草や蔦に覆われることはないが、風に吹かれて朽ちているところがちらほらと。半年でなんとかなるのか疑問である。


「屋敷は広そうね。わたしたちだけでは余るのではない?」


 知識欲が高いタータニーが首を傾げた。


「んー。皆の世話をする者を二人くらいつけようと思うからこのくらいでいいと思うな。むしろ、ちょっと小さいかもな~」


 町の中ってわけではなく、かなり端にある。左右のどちらかを買えば拡張は可能だろうが、この屋敷だとちょっと小さいような気がする。上に伸ばすか?


「こんなところで客が来るの?」


「来ないのなら来るようにしたらいいだけさ。問題ないよ」


「凄い自信ね」


「別に凄くもないよ。ぼくたちにはレーメンがついている。ここを接待場所に使ってもらおうじゃないか」


 神の教えを守るようなヤツはそうはいない。ましてや階級をつけている時点で競争社会だ。出世欲を持つ者が上を目指すってもの。ラウルの話に乗ったレーメンがいい証拠。神の御心に従うような信心深いヤツは上に立つことなんて不可能なんだよ。


「欲望に溺れたヤツは快楽にも簡単に溺れるものさ。溺れていると気づかないように溺れさせてお金をいただく。客も幸せ。ぼくらも幸せ。ここを皆の天国としようじゃないか」


 なんとも悪党なセリフを吐いてんな~とは思うが、別に誰かを傷つけたり騙したりしているわけではない。


「お金がかかる天国だけどね」


「なに、地獄よりマシな世界で天国を見せてやるんだ、お金を取るくらい可愛いものさ。むしろ安いものだ。天使たちに幸せにしてもらえるんだからね」


 この世で天国を見せてもらえるんだ、金をいくら出したって惜しくはないだろうさ。


「開店まで時間もあるし、少しお小遣い稼ぎしようか」


「お小遣い稼ぎ?」


 皆がきょとん顔。表情豊かになったよね。最初は死んだ魚のような目をしてたのに。


「お金を持ってない紳士諸君を喜ばせてあげようか」


 まずは灰竜族の紳士のサイフを軽くしてあげよっか。


 館に戻り、ラウルにちょっとご相談。屋敷に舞台を作ってくださいませ。


「……なにをする気だ……?」


 ちょっとお耳を拝借。ゴニョゴニョ。ってわけよ。


「……神の御子ならもっと世のため人のために動けよ……」


「別にぼくたちはこの世界を救うために産み落とされたわけじゃないよ。どう生きるかはそれぞれの勝手。ぼくの勝手さ」


 オレらがこの世界に産み落とされたのは救済みたいなものだろう。前の世界みたいになにかを強制されることもない。義務義理もない。自由に生きろってことだ。なら、オレは好きに生きさせてもらうさ。


「ほら。お願いを聞いてくれる報酬だよ」


 腰につけられるポーチを渡した。


「これは?」


「たくさん入るポーチ。十倍の容量があるよ。なにを入れるかはあなた次第!」


 十倍じゃ大したものは入れられないだろうが、ディーバッグくらいの容量はある。旅をするなら重宝するだろうよ。


「お前は羽振りがいいのか商売上手なのかわからんよ」


「満足する仕事をしてもらうなら満足する報酬を渡す。それだけさ」


 オレに商売の才能があるかどうかは知らん。ないのないで構わない。仕事をしてもらったら報酬を払う。それで充分だ。


「ハァー。わかった。人を手配するとしよう」


「あと、ハルガさんに手下をつけてくれない? うちの女性陣を守るためにも必要だからさ」


 そろそろ自分たちの身を守るための人員も育てておくとしよう。


 娼館の運営は灰竜族はやってもらうが、儲けはオレたちとで半々だ。ここでは灰竜族の名があったほうが商売しやすい。半分持っていかれようといい商売はできるはずだ。


「そうだな。もうお前ちの動きを調べている者も出て来ている。周りを固めておくほうがいいだろう」


 もうか。まあ、通信技術がない時代。ウワサ話は光より速いだろうよ。前の世界でもウワサが走るのは速かったしな。


「ぼくのほうでも使えそうな者を集めるよ。お嬢たちの世話や使いをする者がいるからね」


「お嬢?」


「娼婦って呼び名は安すぎるからうちではお嬢って呼ぶことにしたんだ。よろしくね」


 キャバクラみたいになるが、この世界にないのだから構わんやろう。早い者勝ちだ。


「お嬢、ね。まあ、いいだろう。おれはあと十日したら買いつけに出る。新しいお嬢を買ってくる。誰か一人か二人、世話をするヤツを同行させろ」


「馬車はトイレがついてるヤツ?」


「いや、新しく造った。出発まで快適にしてくれ」


「なんだ、気に入ったの?」


「まーな。報酬を出すからおれの馬車を頼む」


「了解。快適に仕上げてあげるよ。いろいろ買いたいものがあるからさ」


 魔力には限界がある。金で解決できることは金で解決するとしよう。


「いや、ほどほどにしてくれ。注目を浴びて盗まれても困るからな」


「その辺も考慮して快適に仕上げてあげるよ」


 いずれオレも必要になるかもしれないからな、今から練習しておくとしよう。

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