第14話 湯番
奥様が風呂を気に入ってしまった。
「ラウル。もっといいのを造りなさい」
まさに鶴の一声。ラウルに断る術がなかった。こっち見んな。
「風呂などそんなにいいものなのか?」
別室に連れて来られて尋問に合う可哀想なぼくちゃん。ぼく、悪くない人間だよ。
「風呂文化のない人に風呂のよさを説明するのは無理だよ。まずは経験してみなよ」
百聞は一見にしかず。やってみてやらせてみて、は違うか。まあ、つべこず言わず入ったれや。ついでにミルシーヌさんも。混浴をお楽しみあれ。
これは灰竜族当主の嫁であり、この館の主の命令。一族の者が入るなら一族の者にやってもらう。一族の下っぱには迷惑この上ないだろうが、いつまでもオレが付き合ってやれるわけではない。湯番という制度を創るとしよう。
選ばれたのは火番と水番の二組とリアー(メイドみたいなもので、アラリアーはメイド頭みたいなものだね)三人が世話番となるそうだ。
「まず体を軽く洗って入ってね」
世話番に任せてオレは布の外で指示を出した。
「貴族だな」
「奥様も言ってたけど、ハーマラン教国に貴族がいるの?」
「ハーマラン教国は宗教国だ。貴族はいない。が、貴族みたいな生活は送っているな。レーメン以上はデカい屋敷に住んでリアーを何人も抱えているよ」
レーメンがなんなのかわからんが、宗教国なら司教とかか? まあ、そういうのよく知らんけどよ。
「体を洗ったらまず湯に入って体を温める。無理に入らなくていいよ。熱くなったら風に当たるといい」
風呂初心者に無理をさせても仕方がない。今回は風呂がどんなものか教えるためのもの。基本中の基本を教えているだけだ。それでハマるかハマらないかはラウル次第だ。
「どうですか? お邪魔なら退散させますよ?」
混浴でなにも反応しないわけがない。ハッスルしたいのなら撤退致しますぜ、旦那。ゲヘヘ。
「子供を演じるなら徹底的にやれ」
そいつは失礼。中身はいい歳したおっさんなんでね。ついゲスなこと言いたくなるんっスよ。
「冗談はさておき。どうです、風呂は? お楽しみにも使えますよ」
「娼館にも持ち込む気か?」
「もちろん。一日中入れる風呂があればいつでも入れますからね」
「とんでもない金がかかりそうだな」
「その辺は魔法でなんとかしますよ」
リスタートアイテムの中にヒートソードがある。
オレが放り出されたところは冬が長いところで、真冬に放り出された。寒さを凌ぐために支給品の剣を熱を発するものに創り変えたのだ。
何度かのバージョンアップで二千度まで熱を発せるものになり、最後に三メートルもあるゴブリンを殺せたのはヒートソードがあったからだ。
ただまあ、そのエネルギー源として単一乾電池は必要だが、そこは何千回と創ったもの。効率的に創れるようになったぜ。
「どう作ればいい?」
「材料次第だね。木材は手に入れられる? 板張りの空間を作って風に当たれる場所を作りたい。屋根も欲しいね。周りは板壁で覆ったほうがいいと思う。覗かれるのも嫌でしょう?」
「それだとかなりの木材が必要になるな。まあ、なんとかなるだろう。煉瓦職人は二十人は集めるか」
「そうだね。今度は四、五人は入れるものを造ったほうがいいと思う。一族の人らにも開放してあげるといいよ。七日に一回くらい一族を労ってあげなよ」
そこで入る入らないは一族の自由。ただ、開放しているって事実が一族を思っているって示せるだろうよ。
「そうするか。一族の団結にも繋がる」
「そう考えられるラウルさんって思考が柔軟だよね。生き難いんじゃない?」
どうもここの人とは思えない思考をしている。弱肉強食な世界では生き難いんじゃないか?
「……そうだな。親父には嫌われているよ……」
「なら、力をつけるしかないね。嫌われ、邪険にされても困らない力をね。お望みなら協力するよ」
灰竜族を掌握してくれるならオレとしてもありがたい。後ろ盾は大きいほうがいいからね。
「……おれはとんでもないものを拾ったみたいだな……」
「邪魔なら立ち去るよ」
多少なりともこの辺の知識は覚えられた。金もそれなりにもらった。命の危機がないのなら立て直しは問題ないさ。
「いや、邪魔ではない。とんでもないのは確かだが、おれにとって都合のいいとんでもないだからな」
「そうそう。ぼくを利用していいよ。それ相応の対価はいただくけどさ」
「わかっている。お前もおれを利用しろ。もちろん、それ相応の対価はもらうがな」
ふふ。本当にオレは出会いに恵まれている。今度はそれに負けぬ力を身につけてやるさ。
「風呂はいいな。また入りたいものだ」
「次は二人で楽しんでください」
二人が上がったらよく冷えたマーブ乳を出してあげた。
「美味いな。なにかしたのか?」
「ちょっと濾して水とレゲを混ぜたんだ」
レゲは柑橘類の果物で、水に注すものだ。それをマーブ乳に混ぜたのだ。これ、女性陣には人気があるのよね。
「作り置きしておいてくれ」
「畏まりました、ご主人様」
恭しく畏まって返事をしてやると、頭をポカリと叩かれてしまった。
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