第4話 ラウル・ラーグー

「おれは、ラウル・ラーグー。灰竜族の長、マルーガーの四児だ。今は隊商の頭をやっている」


「まるっきりこの世界の常識と法を知らないので無礼があったら先に謝罪します。ぼくはエルラカ。あと、この口調は許してください。この声で大人と対等に口を聞いていたら怪しまれるので」


 中身が大人とわかって子供口調は気持ち悪いだろうが、それはやっているこちらも同じ。むず痒いのを我慢してやってんだよ!


「ま、まあ、確かにそうだな」


「ありがとうございます。話を戻すと、ぼくとばーちゃんはこの町を出て別の町に移りたいんです。お願いできますか? 報酬はこれに書いたものを渡します」


 誰が聞いているかわからないので報酬の明言は避けている。肉体派ではなく頭脳派なようだ。


「それはどのくらいの効果があるんだ?」


「ばーちゃん、何歳に見えます? 四十は過ぎているようですが」


 この世界でも女性の年齢を言うのはタブーだったら誠心誠意謝罪します。


「……三十前半には見えるな……」


 元日本人のオレからしたら年相応なんだが、この世界は皆老け顔なんだろうか? まだよくわらんわ。


「薬を飲んでもらう前はもっと老けてました。若返りの効果はないはずだから、体がよくなれば年相応にはなると思います」


 もっと生活や食事がよくなればもっと若い見た目になるのかもな。


「ぼくは神の御子として利用されたくはないです。でも、右も左もわからない世界では後ろ盾は必要だと思う。お互い、利用し利用される関係になりませんか?」


 ゴブリン駆除で学んだ。個人の能力には限界があるって。組織として纏まらないと過酷な世界では生きていけないだろう。オレはそれを知らず小集団で動いており、大切な者たちを逃がすことしかできなかったのだ。


「見た目で惑わされるが、それなりに生きてきた感じはするな」


「……ええ。それなりの人生でしたよ……」


 日本にいた頃もそう。前の世界でもそう。それなりにしか生きてなかった。もっと考えて生きてたらもっと長く生きていたはずだ。後悔ばかりの人生。今生はもっと考えて生きていくとしよう。


「わかった。取引しよう。証文を交わそう」


「ぼく、ここの文字知りません」


 クソ女に異世界でも不自由なく会話できるようにされたが、文字を読めるようにはしてくれなかった。前の世界ではそれで苦労したものだ。


「ばーさん、って言っていのかわからんが、祖母は読めるんだろう?」


 そうなの? とばーちゃんを見た。なんか品があるな~っては思ってたけど。


「はい。昔は宮殿の女官として働いておりました」


 女官? って、かなり身分が高いもんじゃね? この世界ではメイドみたいなものか?


「どこのだ?」


 どこの? そんなにいっぱいあるのか、宮殿って?


「マクルベーグ宮殿です」


「ジ帝国か。では、貴族の出か?」


「もう家もありません。今はただの民でごさいます」


 へー。貴族だったんだ。まあ、現代社会を生きてきたオレにはピンとこないけど。


「元女官か。それはいい。ラーグー家に仕えないか? 暮らしに不自由はさせないぞ。エクラカもそうすれば安心だろう?」


 ラーグーがどれほどの家かはわからんが、ここでの暮らしよりはマシだろう。せめてオレが十歳になるまでは世話になってみるか。


「ばーちゃん。それでいい? ぼくも働くから」


「エクラカがそれでいいならわたしは構わないよ」


「ってことで、よろしくお願いします」


「わかった。証文を交わすとしよう。ついて来い」


 ラウルは隊商ではなく町のほうに向かって歩き出した。


 どこに行くかはわからないが、この場は黙ってあとに続き、娼館らしき店に入った。


 娼館と言ってもダークサイドに堕ちている感じだ。嫌な臭いが充満している。変な薬も混ざってそうだ。


「ばーちゃん。口を布で塞いで。なるべく煙は吸わないように」


「わかるのか?」


「この手の店は正気じゃやってられないからね。体に悪いものでも吸ってないとやってられないんでしょう」


 風営法がある世界じゃない。体の悪いのしかないだろうよ。


「誰かを助けたいの?」


 回復薬の実験なら隊商の誰でもいい。わざわざ連れて来たのはなにか意味があるはず。R18なところなら女関係だろうよ。


「……ああ……」


「この店は救わなくていいの?」


「ミルシーヌだけでいい」


 名前の響きからして女性か。なんともベタな展開だ。冒険者ギルドで絡まれるくらい王道だよ。


「それなら買い取ったほうがいいんじゃない? ついでに病気の人も。一人だけだと怪しまれるし。物好きが欲しがっていると説明すれば追及もしてこないでしょう」


 病気の人を買い取るとか、怪しさ満点。真っ当なヤツじゃなくても関わろうとはしないさ。


「救いたい人がいるなら冷静に。感情に任せたら誰も救えないよ。失敗した男からのお節介だ」


 オレもアドバイスしてくれる人がいたら失敗しないで済んだのにな。


「……救えるんだな?」


「生きているなら救えるよ」


 ラウルがオレの頭をわしわしとした。どうやら落ち着いたようだ。


「ありがとな」


「どう致しまして」


 まだわしわしする手を振り払ってやった。

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