第3話 目立ちたくないでござる

 なんてことができるわけもなし。


 元から神の御子ではなかろうかと見られていたのだ、なにかあればすぐバレると言うもの。騒がれる前にさっさと逃げ出せ、だ。


 まだ四、五歳とは言え、中身は三十を越えた男。一年ほど命を賭けた駆除ライフを送っていた。


 短いながらも命を賭けた生活ともなれば精神的にも肉体的にも成長するもの。うじうじ考えている前に動かなければ死ぬ毎日だったのだ。


 逃げるときは風の如し。貴重品……などそうあるわけもなし。なけなしの金と衣服をリスタートアイテムボックス──ボックスに入れ、夜中に家を抜け出した。


 幸いにして月明かりはなく、見張る者もなし。ばーちゃんの手を取って町に向かった。


 この辺の者にはオレたちのことがバレてようが、町の中でならそうバレることもないはず。オレの目の色も創造魔法があれば他の子供と同じ金色に変えることも可能。マリールを被ればわからないだろうよ。


 この世界に魔物的なものはいるらしいが、この辺は砂漠地帯。町を襲うような魔物はいないようなので、夜中でも余裕で町に入れた。


 朝になるまで路地裏の隅に隠れる。物騒な時代であっても酔っぱらいが来る場所でもなし。無事、朝を迎えられた。


「ばーちゃん、体は痛くない?」


「大丈夫だよ。神薬ってだけあって若い頃に戻ったかのようだよ」


 確かに四十歳くらいには見えるようにはなった。ただ、栄養が足りてないからガリガリだ。金を稼いで美味いものを食わしてやろう。


「ばーちゃん、朝市で食べ物を買おうか」


 貧乏で貯えはあまりないが、二日くらいの食料は買えるだけの金はある。ボックスに入れたら何日かは腐らずに入れておけるはずだ。


 太陽が昇り、人の往来がでてきたら朝市に向かった。


 朝市は三、四ほど立つようなので、オレたちの顔を知らない朝市に向かい、ナンみたいなものを買って朝食にした。


「美味しいね」


 食べた記憶はあるが、味の記憶がない。なかなか美味いじゃねーか。


「焼き立てだからね」


 うちで食べてたのは日持ちするように作ったものらしい。貧乏は辛いな。


 マルクベリは安いので十枚買い、ボックスに放り込んだ。ちなみにボックスはオレにしか見えないものらしい。まあ、放り込んでいる姿は見えてるがな。


「隊商がいるところに行こうか」


 運がいいことにここはオアシスで貿易路。毎日のように牛? らしき動物にたくさんの荷物を積んだ隊商がやって来る。


 これは運頼り。ばーちゃんとオレを同行させてくれる隊商があるかどうか。だが、町から出るには隊商を頼るしかない。町と町は数十キロも離れており、川や森があるわけじゃない。


 気温も高く、太陽の熱も燦々と降り注ぐ。徒歩での移動は困難なようだ。さらに、人を襲う魔物はいないが、人を襲う人はいるそうだ。


 前の世界も物騒ではあったが、この世界もなかなかである。やり直せてくれるなら平和な世界でやらせて欲しかったよ!


「ばーちゃん。ここに座ろうか」


「声をかけないのかい?」


「声をかけてもあしらわれるだけだよ。こっちはお金がないからね。賭けに出てみる」


 記憶を取り戻して早々賭けなきゃならないとか泣けてくるが、こういうときこそ賭けるのが成功の門を開けることに繋がるのだ。って、それで死んだんだけどな、オレ……。


 だが、勝算がないわけじゃない。信じろ、オレ!


 道に落ちていた布に炭で文字を書いて道に広げた。あとは己の運を信じて待つだけである。


 食料はある。二日くらいなら余裕だと覚悟を決めたら五分もしないで褐色の肌の男が立ち止まった。


 町の大半は褐色の肌を持つヤツが多く、ばーちゃんやオレのように白い肌(日焼けはしてるがな)は少ない。残りはケンタウロスね。


「……この文字の内容は本当か……?」


 褐色の肌の男は若い。服装から隊商の者だろう。知性的な目をしているが、体格はマッチョで、胸に刃物で斬られただろう傷があった。


 ……ロロ○アなゾロ目さんかな……?


「どうなんだ?」


 さすがにオレが書いたとは思わなかったんだろう。ばーちゃんに詰め寄っていた。


「おにーさん、読めるんだ」


 オレが口を開くと、すぐにこちらを向いた。


「……神の御子か……?」


「この世界ではそう呼ばれているみたいだね。ただの敗北者なだけなのに」


 一年も生きられなかった敗北者であり無能者だ。神の御子なんて呼ばれる価値もないよ。


「まあ、それはともかく、おにーさんはこの文字が読めるんだね」


 声が幼いのでそれに合わせてしゃべっております。元の口調でしゃべると生意気でしかないからな。


「ひらがなならな。カタカナや漢字はそんなに知らない」


 やはりか。元の世界で死んだヤツがここに落とされるなら成功しているヤツもいるはず。ゴブリン駆除は向いてなかったが、この世界でなら向いていたヤツもいたはず。


 神の御子なんてもんが広がっているなら尚さら。かなりの地位にいるなら日本語を広めていたって不思議じゃない。そうでなくとも仲良くなりたい者は日本語を覚えるはずだ。


「まあ、日本語は難しいからね。ひらがなで書いてよかったよ」


「中身は何歳なんだ?」


「ここの一年がわからないからなんとも言えないけど、おにーさんよりは上だと思うよ」


 見た目ではなく、受け答えから若いと感じた。見た目とおり二十歳を過ぎたくらいだろうよ。

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