第2話 ばーちゃん

 井戸まで来ると、近所の子供たちが水汲みに来ていた。


 前の世界でも水汲みは子供の仕事だったっけ。ここは砂漠の町だが、地下水は豊富だ。井戸も滑車がついているのでそこまで苦労はしない。てか、身体能力は生まれたときから強化されていたので運ぶのも大変じゃなかったな。


「これ、ばーちゃんにもバレてるよな?」


 四、五歳の子供が二十リットルは入る瓶を運んでいるとか異常だろう。普通ならバケモノと言われても不思議ではない。それともこの世界の子供は余裕……ではないな。他の子供は五リットルも入ればいいような瓶だしな……。


「……皆に恐れられてないな……?」


 オレが現れても避けたりヒソヒソしたり遠巻きにしたりはしない。水を汲んだら去って行った……。


「どういうことだ?」


 この世界にも魔法や特殊能力があるってことか? 子供が驚かないくらいに浸透しているほどに?


 昔の記憶を探るが、それらしい力を持った者の記憶はまったくない。ただ、情報がないだけか?


 瓶に水を満タンにして家に戻った。


「ただいま」


 家に戻ったらばーちゃんが台所──とも呼べない場所で土鍋で豆を煮ていた。


 なんか西部劇でよく観るトマト煮みたいなものだ。ただ、肉はまったく入ってない。パンもなければナンもない。マルクベリと呼ばれるものだ。


 美味いとか不味いとかはない。食事を楽しむもない。食えることが大切で、レパートリーを増やすって概念すらないんじゃなかろうか? 卵が食えたら超ラッキー、ってところだ。


 ……そう言えば、肉を食ったのいつだったかな~……?


「どうしたんだい?」


 マルクベリを眺めていたらばーちゃんが不思議そうに尋ねてきた。


「ばーちゃん。毎日ありがとう」


「ど、どうしたんだい、いったい!?」


「前世の記憶を思い出した」


「…………」


 やはりオレが普通ではないと感じていたような沈黙だ。


「前世って言葉あるの?」


「……神の御子が落ちることがよくあることだからね……」


 神の御子か。ってことは、オレみたいにゴブリン駆除で死んだヤツらはここに落とされるわけだ。クソが……。


「その御子はどうなったか知ってる?」


 あのクソ女の話し方からしてもらえた能力や待遇は人それぞれっぽい。前のヤツはレベルアップする体とあの世界の金(一年は生きられるくらいの金額だったはず?)だったみたいだ。


「栄えた者もいれば沈んだ者もいるよ。ここにも百年前に生まれ落ちてどこかに旅立ったって話だ」


 そう言えばあのクソ女、定期的に送り込んでいるとか言ってたな。それに、何人か集めて一番多い場所や増えそうな場所に送るとも言っていたのを思い出したよ。


「……ボクも神の御子だと知られているの……?」


 自分の一人称がわからないのでボクってことにしました。


「神の御子は黒目が多いからね、おそらく神の御子だろうとは思われていると思うよ。ただ、神の御子は大人の記憶を持っているからね、まだ目覚めてはいないと思われているんじゃないかね?」


 ってことはまだ隠しておくべきだな。変なやからに絡まれたくないし、利用されるのもゴメンだ。せめて十歳までは隠しておくべきだろう。


 ……できるかどうかはわからんけど……。


「旅立つかい?」


「ううん。ここにいる。もう家族を失うのは嫌だし。それに、ばーちゃんには育ててもらった恩がある。仮に旅立つとしてもばーちゃんの暮らしが困らないようにしてからだ」


 こんなところでオレを育てるのは苦労しかなかったはずだ。捨てずにオレを愛してくれた人を捨てるとかクズどころか人として失格だ。生きる価値はない。


「迷惑?」


「……そんなことないよ。いてくれるならありがたい限りだ。わたしも一人は嫌だからね」


 そう言って優しく抱き締めてくれた。


 うん。ばーちゃんはオレが守る。いい老後を過ごさせてやると今誓うよ。


「ばーちゃんって今何歳なの?」


「うーん。確か四十は過ぎていたはずだよ」


「よ、四十!? そんなに若かったの?!」


 六十は過ぎているのかと思った。


「若いだなんて、もうヨボヨボだよ」


 苦笑いするばーちゃん。いやまあ、確かに見た目はヨボヨボだが、それは医療技術が遅れてたり栄養が足りなかったからだろう。あ、リスタートアイテムの中に回復薬があったっけ!


 リスタートアイテムの内容は頭に入ってある。そこに回復薬があった。


 魔力を使わない日にコツコツと創った万能回復薬。一粒飲めばかすり傷程度なら一瞬で回復する。十粒も飲めば失った指すら再生させられるものだ。


 まあ、ものがものなので五十粒も創れなかったが、あのクソ女は百粒用意してくれた。一日三粒ぐらい飲ませたら本来の年齢に戻るはずだ。


 ボックスが出るように念じると、ポリタンクが四つは入りそうな金属製の箱が現れた。


 蓋を開けるとたくさんのものが入ってたが、それはあと。回復薬が入った瓶を取り出した。


「ばーちゃん、これを飲んで。前の世界でオレが作った薬。効果は弱いけど、どんな病気でも治す力はあるものだよ」


 驚くばーちゃんの手に回復薬を一粒乗せた。


「オレを信じて。もう一人にしないで」


 親しい者が亡くなるは嫌だ。そして、もう親しい者を残して死んでられるか。今生は寿命で死んでやる!

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