第5話


道なりに進んでいると、荷車の中で一緒に乗っている護衛と会話が生まれる。


「君……僕と同い年そうだね!名前は何?」


「聞いた方から名乗るのが礼儀なんじゃないのか」


「それもそうだね。俺はユーグよろしくな!」


「クリスだよろしく頼む」


「君は……貴族かな?」


 (は?何故バレた?おかしいだろ!今の会話にどこに貴族の要素があるんだよ!)


 内心焦った状態でも、冷静を装いつつ質問を返す。


「なんで?」


「はは!真に受けるな冗談だよ、冗談。」


 普通の人の会話がこんなにも難しいものなのかと、困惑する。


「まぁでも俺の夢なんだよね」


 ユーグが自分の剣を見つめて淡々と語る。


「夢を初対面の見ず知らずの奴に話すものか?」


「夢は語るだけ語った方がいいさ。その方が実現に近づける」


「それで?その夢の内容とは?」


 食い気味に質問をする。


「お、乗り気になってきたなー。なら話させて貰うぜ!」


 ───────────────


 ユーグの生まれは平凡なものだった。鉱夫の父と縫い物屋の母の間に次男として生まれた。彼は15歳の成人になるまで自分の生まれた村から1歩も出たことが無かった。そのせいか、外の世界への憧れと夢を強く抱いていたのであった。そして15歳の時、家族に何も言わず家を飛び出し自分の腕っ節のみで様々な土地をへて、依頼をこなしながらここまで来た。

 そして彼の憧れは世界から名誉へと変わっていった。広い世の中を見て回るうちに、騎士や貴族等と会う機会がいくつかあった。綺麗な服を纏い、絢爛優美な剣を握り、鏡の様な鎧を装備して敵を鮮やかに屠る。そんな豪華でありながらも強くたくましい、に憧れたのであった……。


「俺にはいい出自もなければ、金もない。あるのは剣が強いだけで、それ以外は何も残らない。それが嫌だから貴族になりたいのさ。強さ以外のにね。」


 すかさずクリスは反論する。


「そんな貴族はいいモノじゃないと聞くぞ。例に皇都近くの貴族は腐敗してると聞くし……」


 皇都近くの領地は皇族の血筋が近いものに割り当てられてる。その為、揺るがない地位にあぐらをかいて贅沢三昧、傲慢な生活や態度をしている貴族で蔓延っている。


「確かに皇都近くは変な貴族ばっかだったが、前にあったナスキアスの騎士はとても親切で良かったぞ。年齢も近そうだったし」


 (ナスキアスの騎士……おそらくだか幼馴染のマリスだろう……。)


「まぁ、目指す分には問題ないだろうし頑張ってな」


「投げやりだなー。じゃあ今度はこっちから質問だ!君の夢は!」


 クリスは熟考する。


 (俺には夢なんて……逃げるので精一杯だったのに)


「……見つけることかな」


「何をだい?」


「夢だ、夢がないからこそ皆が持ってるような何か夢を見つけたい」


「はぇぇ、夢がないなんて珍しいねぇ」


 その後もユーグとの会話は続き、いつの間にか日が落ち始めていた。

 順調な足取りであった為予定よりも早いが、今日はこの川辺で野営をする事となった。


「野営の基本は開けた場所ですんのが基本よ」


 ユーグとは違う護衛達が先輩ずらをしてやってくる。


  (……確かに年齢は上であるが、賢いかと問われると疑問が残る様な連中だな。)


「新米共!お前らは人殺したことあるかぁ?」


「キャラバンの護衛では魔獣よりも『人』が怖いからなぁ」


 ユーグがその言葉に呼応する。


「あたりめぇだ!俺だってある程度経験あるんだぜ、人っ子1人くらいぶっ潰したことくらいあるわ!」


 ユーグの反応に少し困惑する。あんな物腰柔らかい人が、殺しをしたことがあるという事実にだ。貴族で何不自由なく生きてきたクリスには簡単に人を殺すなど到底理解出来なかった……

 この困惑にいち早く気付いたのはユーグであった。


「その反応……もしかして経験無い感じ?クリス君」


「あ、あぁ……前に街中で盗賊を捕らえたことがあるが、その時は魔法で……」


「魔法!魔法使えるのか!そりゃ助かる!」

「しかし魔法が使えるのかー、確かに人は殺したこと無さそうだな……」


 魔法は高度な技術と知識を必要とする為、使えるものは限定されている。特に戦闘面では手数を増やせる事もあり、魔闘剣士まとうけんしと区別されるほど、使えない者との力の差は大きい。


「魔法使うと簡単に敵を捕縛できるからな。わざわざ手を汚す必要無いもんな」


「しかし街のでは別になってくるぞ。襲ってきた盗賊を殺しそびれると、ケツを追いかけられる事になる」


「それに相手だって殺しにくるんだ、容赦はいらないぜ」


『殺し』……戦場に出た騎士であればそれは当たり前なのかもしれないし、殺す相手も状況も戦場ならそのためにある様なものだ。

 しかし今回話してるのは盗賊だ。普段の道のりの中、急に襲いかかってくる相手を咄嗟に殺せるかどうか、クリスは悩んでいるのであった。

 初日ということもあってか、各々の自慢話などで盛り上がり、夜遅くまで談笑は続いた……


 ─────────────────


 翌日、晴々とした空の下を馬の蹄と、手網が擦れる音と共に悠々と歩いていた。先頭の商人によると、今日中にトーランド領を抜けてブレニカ領に入るとのことだ。検問を超えるため、身なりを整え身分証であるギルドのプレートを用意する。すると突然、魔獣避けの鈴を鳴らしていた2番目の馬車の護衛が叫ぶ。『上見てみろよ!』と……


「『竜宮国りゅうぐうこく』が飛んでいる……」


 竜宮国……一領地程の大きさを持つ竜の上に山脈が乗っている中々見れない生物、いや国である。

 神話上では小さい島のひとつが竜と化して、その鬱屈した地上から大きな翼を使い飛び去ったと言われてる。竜種の祖先だと言う研究者もいる。

 背中の山脈には竜の王国があり『龍人たつびと』が住んでいる。悠久の時を生きて、神話にも登場する生き物が今、キャラバンの上を飛んでいる。


「こりゃぁ、縁起がいい」

「あぁ、50年近く生きてきたが初めてみたぞ」

「周期的にちょうど俺たちの大陸に来たんだ!」

「あれに乗ってみてぇなぁ……」


 物静かに進んでいた足が止まり、皆上を見あげて唖然とする。竜の羽ばたく音は離れているであろう彼らにも聞こえ、その力強さを示していった。


「あんだけでかけりゃ自由なんだろな〜」


 ユーグが上を見上げながら、羨ましそうにつぶやく。


「あぁ、本当に羨ましい……」


 クリスもあの雄大な竜を羨んだ。


 その後も順調に進み午後に入って少し経った後、領境の検問に到達した。

 しかしここでひとつ問題が起こる。検問所が長蛇の列で溢れているのだ。周囲の人達の会話から察するに、先程の竜宮国に皆魅了されていたせいで、事故が起こったらしい。


 何も無い時間がただ流れるだけなので、護衛達と軍人で集まり、さっきの竜の話を続ける。


「あれと誰か戦ったやつはいるのか?」

「人はいねぇが国はあるらしいぜ」

「どこだ?」

「今は滅亡した、オルシアだよ」

「あの不滅大陸のか?」


 不滅大陸はアルデリア皇国がある大陸の北西に位置する大陸だ。今は人ひとり住めない不毛の大地と化しており、上陸した者は皆瘴気にやられ、死んでしまう。人が入れないとか何とかで、不滅大陸なんて呼ばれ始めたらしい……。


「その昔、まだ不毛でなかった頃のあの大陸には大きな国家、オルシア王国があったんだ。しかし一夜にして城も建物も人も全て消え去り、滅亡した……その原因があのデカブツ竜宮国てわけ」


「怒らせたと?」


「そう。『神殺し』をしようととしたらその神に逆に殺されたってな」


「馬鹿な話だぜ」


「にしてもヒックス、詳しいなぁ」


「本が好きだからな、読んでたらこうなったんだよ」


 護衛達との会話と待機の列が進んでいく。


「おいお前ら!喋ってないで手伝え!」


 商人が検問のため、荷物を一から確認してる。


「嫌だね。俺たちの仕事は護衛だぜ、それ以外はねぇぞ!」


 着実に進んだ列は検問に到達して、やっとの思いでブレニカ領に踏み入れる。

 長い待機の末、馬車の馬たちは焦らされていたようで、検問を抜けるや否やとんでもない速度で走っていく。


「ふぅ〜、最高だぜ!」


 荷車の前から後ろに流れる風に当たり、ユーグは楽しむ。

 一方でクリスは荷車に捕まるので必死だった……


 ───────────────────


 次の日、少し曇り気味な空の元で目的地に目指すクリス達。しかし昨日と違うところは皆緊張感が高く、帯刀してる剣に意識を向けている。


 昨晩の打ち合わせでは皆口を揃えて言っていたことがある。


『明日の道中、盗賊の襲撃地点で有名な場所を通る。襲われるとしたら明日の可能性が高い。気をつけよう……』


 護衛の間では有名な場所を通る。窪地になっており周囲の視界が晴れないため、盗賊にとって絶好の襲撃地点だと言う。


 そして例の窪地にキャラバンの1団が突入する。


「走るぞ!」


 その叫び声とともに1団は無我夢中で前に走り出す。

 大量の砂煙を立て、1団は窪地の出口を目指す。


 しかし想定通りに接敵をしてしまう。馬車を狙い上から丸太を落とされ、3番目の馬車がやられてしまう。


「停止!停止!迎撃態勢に移れ!」


 その掛け声と共に一斉に広がる。ユーグとクリスも自分たちの馬車を守る。


 ……盗賊達が顔を出してきた。30人近いだろうか、街で見た盗賊よりも汚らしくそして強そうに見える。


 クリスの内心は動揺に動揺を重ねていた。護衛の数よりも多い敵、想像よりも大柄な盗賊、そしてそれらを今から『殺す』ということに……。


 開戦の火蓋は敵の手によって切られた。

 敵の木っ端共が一斉に襲いかかってくる。それを護衛たちは一撃で首を跳ね、息の根を止める。ユーグも敵の心臓を突き刺した後相手の利き腕を切り落とし、仕留めた。

 クリスは動揺のあまり、防戦一方となっていた。そこにユーグが声をかける。


「ぼさっとすんな!さっさと殺せ!」


 ユーグの声と共に、クリスの剣が盗賊を襲う。血しぶきと共に敵が苦しみ、悶えながら地面に這いつくばっている。

 剣に付いた血を見つめて呆然としてる。


「まだ死んでねぇ、トドメを刺せ!」


 その声のおかけでに戻り、盗賊の喉元を刺す。

 

「剣に力が入りすぎだぜ」


「わかってる……」


 普段のクリスならあのくらいのは難なく切れたはずであったが、目の前の死と動揺のせいで力んでしまい、結果として相手を苦しめてしまった。


「まだ来るぞ!」


 剣の血を払い、再度襲って来る敵達を不慣れた手つきで斬り伏せていく。


 終わった頃には、返り血で服が真っ赤に染まっていた……


「怪我はないか?」


 護衛のリーダーが声をかけてきた。


「えぇ……怪我はないです……」


 怪我は無くとも、一目見れば分かるほど憔悴しきった顔をしているクリス。


「殺しただけだぜ。そんなに抱え込むと後が辛くなるだけだぞ」


 ユーグが手馴れた感じで助言をしてくれる。


「奴らは『犯罪者』なんだ。殺しても気に止めるな……」


 分かってる……そうわかっているのだクリスは。悪人は死すべき定めであることなどに立つ者として生まれた時から教えられてる。しかしそれが唐突として目の前にやってきて、しかも自分の手で下すとなるとまた話は変わってくる。今まで貴族として綺麗事ばかり見てきた彼にとっては少し刺激が強すぎたのだ。

 周囲の状況を確認すると、そこにはクリス自身が斬った敵の死体が転がっている。……視線を顔に向けるとこの世の終わりを見た様な苦しみと、憎悪を抱いた表情で死んでいた……。

 立ち上がり剣を鞘に納めようとするが、手が震え上手く入らない。ユーグが手を添えて、話しかける。 


「優しいのか、世間知らずなのかはどうでもいいが、恐怖できる心があるならいずれ強くなれるよ!」


 (強く……か)


 クリスは疑問を抱きつつ、先へ進む。

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