第4話
翌朝、見慣れない天井をまだ半開きの目で視界に入れる。
「宿か……」
窓から入ってくる光は明るく、既に日が登ってから時間が経っていると言う事を認識する。替えの服に着替えて共用水場で顔を洗い、
宿の食堂でスープと干し肉を食べ
(まずは報酬を受け取らなければ)
盗賊の件もあり、報酬の受け取りを翌日にしていた。人生初の報酬に少しワクワクする反面クリスはこの生活が続けられるかの不安も抱えていた……。
毎日依頼の繰り返しでその日を凌いでいく……いわば平民の暮らしが貴族の若造に続けられるかは些か不透明だが、今の彼に選択の余地は無いはずだ。
ギルドに着くと昨日よりも人が多い。とっくに朝は終わり、昼に入りかけていた。クリスは口調だけではなく、その生活も
「あら、クリスさん今日は遅かったですね」
「昨日は疲れてたからね」
「確かに。昨日報告しに来た貴方は相当疲れた顔をしてたもんね」
そう言って奥から報酬の袋を持ってきた。
「中に盗賊確保の報酬も含めた50銀となんか町長さんからの手紙も入っていたよ」
手紙もそうだが、クリスはその銀貨の多さに困惑した。
「50銀?多すぎじゃないか?」
「私もそう思ったけど、町長さんがなにか考えがあるらしいよ。宿に戻って早く手紙の確認をしなね」
(クソ、出自がバレた瞬間にこれだ……)
貴族と言う名の鎖がまた自分に繋がれた気がして、クリスは不愉快になる。正体を知るものは皆『トーランドのクリス』として接する。それが今の彼にとって、一番回避したいことだ……
こんな焦れったい状態ではいられない。駆け足で宿に戻り袋の中と手紙を確認する。……確かに大硬貨の銀と手紙が入っているが、銀には目もくれず手紙を読み始める。
『これを読んでる時、依頼などがないならすぐ町長館に来てください』
嫌な気がしてならない。最悪町長は、父に何か吹き込まれてる可能性もある。クリスはトンボ返りのように宿を飛び出す。
───────────────
町長館の前に着いた。ある程度立派な作りをしており、門の前には兵もいる。恐る恐る門兵に声をかけ中に入ろうとする。
「新米ギルド員のクリス殿ですね。どうぞこのままお進み下さい」
少し心が落ち着いた。まだ自分の素性が漏れてないことに安堵する。
館の中を進み、大広間に出るとソファに座った町長が本を読みながら待っていた。
「来てくれてありがとうクリス君」
「何ですか急に……貴族に尻尾でも振りたいのですか?」
「……ふふ、私の想像した通りのお人ですね貴方は」
「何が?」
「貴族……が嫌なのでしょう。いや正確には疑問があるといったところですかな?」
「それがどうしたと!」
よそよそしい会話に痺れを切らすクリス。
そこから町長は真剣な眼差しで話し始める。
「私から貴方に2つ提案があります。ひとつはトーランド家に戻ることです。私が掛け合って戻れるようにします。貴方が反省していれば家に
悩ましい顔ですかさず問いかける。
「……もうひとつは?」
「もうひとつは世界を回るのです」
「……世界?」
「貴方は多分ですがトーランド領の中だけを回って旅をしたつもりでいそうなので、提案させて頂きました。」
クリスの図星にハマる。その日限りの仕事を続けながら各地を回るなんて到底無理だと思い始めており、トーランド領内を旅した後家に帰ろうか悩んでいたのであった。
そこに続けて町長が話す。
「貴方の旅がもし見慣れた景色だけで終わったのなら、貴方の疑問は一生晴れることはないでしょう。求めてる答えはもっと壮大なものが持ってると私は考えます。」
「……それで?」
「馬車を用意します。正確にはキャラバンの護衛としてついて行ってもらいます。目的地はブレニカ領『ドンドス』です。」
ブレニカ領……広大な面積を誇り海岸沿いに領土があるところだ。山と海に恵まれており陸運海運共に優れて、トーランド領とは比較にならない程の豊かで大きな領だ。ドンドスはそこの首領街だ。
「ドンドスに行けば様々な人、物との巡り合わせもある。それに交通の便も良いから海を使いこの大陸から離れるのも良し、内海に向かい皇都に向かうのも良い。何でもできる場所です。今の貴方にぴったりな場所だと考えたのですが、どうされますか?」
「何故そこまで肩入れを……」
「見てみたいのですよ。新しい『人』の在り方を……」
「そんなにトーランドの連中が優秀だと思うのか?」
「いえ、クリス様がです。……憶測ですが貴方のお父上もそう感じたから世に放ったのではないのでしょうか?」
「こんな短期間で何がわかる……」
「オーハム様は瞬時にして人を魅了する、凄みがあります。あなたにもそれが……」
ここで部屋に屋敷の執事が入ってくる。
『会議が近いです。準備を』
話は途中で終わってしまったが、町長が何をしたいのかは把握出来た。
しかしクリスは屋敷に来た時よりも深刻そうな顔で宿に戻ろうとする。この先の
ふと悩んでいたところに、目に入る店が視界に入った。
『グリフの居酒屋』と。
特段に酒が好きでも無い彼が何故か居酒屋に立ち寄る。何か食べたい飲みたいに釣られたのでなく、中から聞こえる陽気な
中に入るとそれはそれは下品な会話と仕事終わりの汚い連中が騒いでいた。
奥のカウンターに座りしんみりと考える。
「お客さんここは居酒屋だよ。何か飲まなきゃ!」
そう言って麦酒が出される。普段口につけないものだか今は無心に飲みたい気がした……
「身なりは良いんだし、金あるんだろ?ならもっと派手に行こうよ!」
居酒屋の店主に言葉で押される。
1口飲むとあまりの酒精に咳き込む。
「いいねいいね、どんどん飲んでいこ!」
「こんなっ……何がいいんですか!」
むせながら、あまりの押しに少しイラつく。
「いいんだよ、こうゆうのは形から入るのもありなのさ」
「悩んでる時こそグイグイいくんだよ、そうしないと何時までたっても抜け出せないぜ」
自分では分かってても、人に指摘されると何故か気に触る。
そして去り際に町長に言われた言葉が脳裏に浮かぶ……
『明日の朝、馬車乗り場に来てください。もし貴方が本気で変わりたいのなら馬車に乗ってドンドスへ。それが嫌でただ家督をつぐのであるのなら、町長館に来てください。私は前者を期待してますよ……』
(勝手な期待だ。そんな出来た人間じゃ無いのに何故みんな分かったように俺に問いかける……)
むしゃくしゃした勢いで酒を飲み意識と記憶が曖昧になっていく……。
───────────────────
次の日。荷支度したクリスは朝早くから宿を出てある所に向かう。
……町長館の前につき立ち止まる。
(ここで中に入れば全てが終わる……)
荷物の中をがさがさと探しギルド登録プレートを出す。門兵に見せるつもりだったが、ふと思い立ちプレートを見ながら、一昨日の親子の一件を思い出す。
(あの優しいパンが忘れられない……)
パンの優しい味を思い出し、何を考えたのか、クリスはプレートを握りしめ走り出す。
向かった先はあの親子がいるパン屋であった。
「すみません。今やってますか?」
「あら、こないだの方じゃないですか!どうぞお入りください」
店内の中にパンの焼けたいい匂いが充満している。クリスは店内を見て回り、ある物を探す。
「ここって、保存の効くパンはありますか?」
「ありますよ。この塩堅パンですね。どこか依頼に行かれるのですか?」
「……実は長い旅に出ようと思ってて、ここに帰ってこられるのも相当先なるかなと思って来たんですよ」
「ならこのパンが貴方の思い出の味になってくれたらうれしです!」
会話を終えるとクリスは金を払おうとするが店主に止められる。
「代金はいりません。その代わり貴方の優しさを何処か困った方に恵んであげてください。良い旅を!」
店を出ようとすると、奥から声が近づいてくる。
「お兄さん!気をつけてね!」
「あぁ……ありがとな!」
名残惜しくも彼は店を後にして
「少し……来るのが遅かったですね。悩みましたか?」
「寄り道をしてただけですよ」
馬車乗り場に付き町長と会話を進める。
「決心は着きましたか。貴方にとっては人生初めての1人での冒険です」
「着いてなければ、今頃はベットの中だよ」
「ふふ、そうですね。では私からひとつ餞別品を……」
「おいおい、特別扱いが嫌なの分かってたんじゃないのか」
餞別品として町長が取り出したのはボロボロの布切れだった。
クリスは肩透かしを食らって困惑する。
「なに……これ?」
「布です」
「いやそれは見ればわかるけど!」
「貴方の剣と鞘は今後の旅では悪目立ちするでしょう。なのでこの布切れで巻いて、隠しておくのが懸命です」
納得して、左腰に装備してる鞘に布を巻き付ける。
「全く、騎士には見えないですね(笑)」
「それ酷くないか……」
なんて他愛もない会話をして出発の準備を進める。
このキャラバンには14人の護衛と、21人の商人、6人の軍人がいる。そこにクリスが加わる。
ドンドスまでは約2週間かかる予定だ。安全な街道を通るとはいえ大量の商品を抱えたキャラバンだ、何があるかは分からない。寄せ集めの護衛とコップスの街の衛兵6人、それときな臭い商人達だ、旅の話は尽きることはないだろう。
クリスは護衛の1人と一緒に荷車の隙間に乗った。
最後に町長が皆に声をかける。
「皆さんどうかお気を付けて。旅は長いですが、良い巡り合わせがある事を心から願っております!」
これはキャラバン全体に言った言葉なのか、それとも
門をくぐり、登る朝日に向かって走る。
荷台から見る光景が目まぐるしく変わる。最初に来た山の森、農耕地帯、丸太の小屋……そしてついにトーランド領とブレニカ領を分ける街道に繋がる大きな道に出た。
後ろを振り返ると、朝日に照らされるコップスの街と人の営みを知らせる、煙突の煙がぞくぞくとたって行くのが見える。
この景色がまた見れる日が来るのが、何時になるかは誰にも分からない。
そして彼はひっそりと、心の中で思い浮かべる。
『またあの
そう願うのであった……。
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