第6話


 戦闘があった日の夜。独特な緊張感を漂わせながら皆で野営の準備を進める。他の護衛たちはどれくらい手柄をあげたとか何とかで盛り上がりを見せているが、彼はまだあのに囚われたままだった。


 (これから先……俺は何人を殺すのだろう……)


 そして同時に怒りも湧いてくる。自分の生まれに憎悪を向ける。


 (貴族や騎士を高尚なものだと教えられてきたが、殺しで得た地位なのに何が誇り高いだ!)

 

 葛藤が渦巻く中、食事を取ろうとするも味がしない。美味しいパンとスープを食べてるはずだが、何もしないのだ。

 人を殺しといて、自分だけ生の営みである食事をすることが、心では受け入れられない。


「クリス君ちょっといいか?」


 声をかけてきたのはリーダーだった。


「君魔法使えるんでしょ、なら怪我した奴に治癒魔法かけてくれないか?」


「使えますけど……人にかけるにはあれ資格がいるんですよ」


「持ってないのか?」


「自分が持ってるのは錬金の資格だけです」


「まぁいいよ、自己責任の世界だからぱぱっとかけてくれないか?」


「はぁ……使ったこと、黙っといて下さいよ」


 そう言って順番にヒリカ治癒魔法をかけていく。


 治癒魔法がかかった者は瞬く間に怪我が治り、元気になって喋り出す。


「ありがてぇ、町で治すのには金かかるからなー。あんちゃんありがとや!」

「あぁ魔法様々だぜ!」

「なぁ俺とパーティー組まないか!」


 感謝されると、少し気が軽くなる。


「少しは元気になったかい?」


 後ろから肩を組まれて、声をかけられる。


「落ち込んでいたからな、役割を与えて感謝されれば少しはいいかなと思ったけど……成功して良かったよ!」


『別に言わなくていいだろそれ』と思いつつも、その気遣いに感謝をする。


「先は長いが危険地帯はもう過ぎた。気楽に行こう!」


 皆で騒ぎながら、焚き火を囲む……。


────────────────────


 数日が経過した。今登っている山を超えると、海とドンドスの街が見えてくるはずだ。


 (初めて行く場所だ、楽しみだ!)

 

 クリスの悩みは、道中の仲間達との会話で薄れ、今は次の街への楽しみに思いを寄せている。


 そして遂に山を超えると、広大な水平線と共に沢山の煙と、大きな帆船が港にいくつも並んでるのが見えてくる。


「やっとだぜ、美味い飯が食いてぇ〜」


 ユーグが腹をさすりながら、街を眺める。

 クリスも自力で街に到着できたことに喜ぶ。


「ドンドスは飯が美味いのか?」


「そりゃそうさ!交易の街だぜ。海産物に肉、パンやフルーツ……数えきれないほどの飯が待ってるぜ!」


 山を下り、風が気持ちいい草原を進んでいくと、大きな門と、『軍港交易都市 ドンドス』 と書かれた看板が目に入る。

 門をくぐるとコップスとは比較にならない程の人、そして様々な種族が往来している。

 エルフにドワーフ、魚人に龍人もいる。潮風の香りと屋台の香ばしい匂いが食欲を刺激する。キャラバンはギルドに到着すれば解散となるが、クリスは別れよりも街が気になってしょうがなかった。


 ギルドに到着した後、護衛達はぞろぞろと解散していく。


「クリス!良かったら一緒に行かないか?俺はトニグア大陸に向かうつもりなんだがよ……」


 ユーグが期待の眼差しで見てくるが、クリスにはもう決めた事がある。


「悪い、俺はもう少しこの国を旅したいからそっちには行けないや」


「そうか~……しょうがないね、君とはここでお別れだね」


 一転して寂しそうになる。

 

「あぁ、色々ありがとな!お前ならきっといい貴族になれるよ!」


「クリスもいい夢見つけろよー!」


 そうして2人は名残惜しくも別々のを歩んだ……。


────────────────────


 久しぶりに1人になったクリスは早速飲食店街に向かった。


 (貴族の頃は海産物など食えなかったから楽しみだ!)


 毒や寄生虫に当るのを恐れて、貴族の料理長達は基本的に海産物は出さない。その為、海の味を知らずに育つ貴族が大半だ。


 (まずは……ここだ!)


 そう言って入ったのは、エビとカニの料理屋だ。

 中に入ると昼間でありながらも大勢の客が食事をして、楽しそうに会話をしている。

 クリスはエビのピラフとカニのスープを注文した……


 ……30分後に満足した顔で店からクリスが出てくる。


「いやぁ、あんな美味いもんがこの世にあるとはなぁ」


 身も心も温まり次の標的お店を探す。


───────────────────


 一通りのお店に入り、腹一杯になる。

 最後のデザートとして、ぶどうクレープを食べながらボソッとつぶやく。

 

「もうここに住んでもいいなぁ」


 なんて、さっきの別れからは考えられないような腑抜けぶりを見せる。次は宿を探さなければならないが、既に日が傾いている。今から探すとなると、まともな所に泊まれない。

 慌てて宿探しを始めるクリスだが、何処も満室の看板で埋まってる。


 (街中の野宿はさすがにまずい!)


 貴族は捨てても、世捨て人になる覚悟は無いので、ここ一番の焦りを見せる。


 ……やっと見つかった……が当然訳ありだ。


「1泊……75銀!」


 そう高いのであった。

 見た目からもわかる通り、至る所にガラスの窓と装飾が施されている。宿の看板の前で立って悩んでいると、従業員から注意される。


「冷やかしなら、他所でやってください」


「いや……ちが……」


 周りの視線が恥ずかしいので中に入り、宿泊の手続きをする。


「宿泊ですね!どのお部屋にいたしま……」


 さっきの対応とは打って変わって、丁寧に案内される。硬貨袋の中と相談して、1番安い部屋に泊まる。

 部屋に入り、ベットで寝転びうなだれる。

 

「……やってしまったぁぁぁ……」


 

 本来であれば明日も食事を楽しむはずだったのだが、宿代で一文無しとなってしまった……。


「仕方ない……明日からギルドに行くかぁ……」


 冷静さを取り戻し、強烈な睡魔に襲われる…。


──────────────────────


 朝を迎えのびのびと背伸びをする。呼び鈴で従業員に朝のホットドリンクを用意してもらい、暖かいコーヒーを飲みながら窓の景色を眺める。

 

 「なんて優雅な朝なんだ……」


 ……なんて言ってる場合ではない。クリスはさっさと着替え、ギルドに行く準備を進める。どたばたとしながら宿の受付に向かい、クリーニングに出した服を受け取る。


 「またのご来店心よりお待ちしております」


 『もう来ることなんてねぇよ!』なんて思いつつ、宿を後にする。


 ドンドスはほぼすべての時間で人、物の往来がある。様々な種族がこの地で取引を行っているため、時間などあってないようなものだ。

 クリスはギルドに入るとをより意識するようになった。


 「人が…多すぎる!」


 少し早い朝なのにも関わらず、人で溢れかえっている。特に目を引くのは龍人の多さだ。彼らいわく空を飛んだり、祖先が日の光を大事にしたとかなんとかで、太陽が登ってる時間だけの活動が好ましいようだ。


「なんか良い依頼ないかなー」


 掲示板をざっと見ると、クリスが受けられるものはこれくらいだった。


『漁業の補助人員』

『街中の配達員』

『サーモキャットの捜索届』

『地下水路の調査』

『おっかな杉の伐採』


 見た感じではいい物が無さそうだが、クリスにとってはひとつだけ得意なものがあったのだ……。

 掲示板からその依頼用紙を剥がし、受付のドワーフに渡す。

 

「これですねー。では受理しましたので行ってらっしゃいませー」


 早速依頼の場所へ向かう。向かうと言ってもではあるが…。


 着いたのは地下水路だ。何故彼がここを選んだかには明確な理由がある。


 (前に似たような場所で騎士の訓練をしたけど……あまり変わりは無さそうだな!)


 そう意気込んで早速調査に乗りでる。

 調査の内容は簡単だ。水路の破損、汚染、治安などを確認していく、単純な作業だ。唯一気を付けなければ行けないのは、『治安』だ。違法な取引などをしている現場に遭遇するかもしれない。その時は確実に『戦闘』になるだろう……。


 手持ちランタンの光を元に、カビ臭い水路を進んでいく。大きなネズミと蜘蛛の巣がそこら中にあり、進む度に不快感が増していく。水と靴が砂利を踏みしめる音が地下に響き、孤独感を感じさせる。地図に該当の場所を記していき、順調に進める。

 ふとした瞬間、クリスは順調だった足を止める。


「……それがよ……」


 …声が聞こえる。恐らくだが、まとも方の人間では無いだろう。足音を潜め、剣を静かに抜き、奴らの会話を盗み聞く。


「約束しただろ!」

「魔法書は手に入らなかったが、魔法が使える奴の身分証明書は手に入れたぜ」

「早くよこせ!」


 …闇取引だ。証明書と魔法書の売買らしい。身分証明書の売買は重罪だ。この時点で斬りかかっても問題は無さそうだが、本当に犯罪者かどうかはまだ決め手にかける。恐る恐る顔を覗かせて、奴らの風貌を確認する。


「当たりだ……」


 ギルドの手配書で見た連中だ。問題ない。

 剣を握りしめ一呼吸したら、後ろから静かに近づく。片方は品物に集中していたが、もう片方の敵がクリスの気配に気づき、叫ぶ。


「おい!ギルドのやつだ!」


 敵が剣を抜き、こちらに対して構えようとするが、既にクリスは剣を振り下ろしていた。


「…がっ……」


 一人の頭をはねた剣をそのまま次の奴の心臓めがけて、突き刺す。


「若造がっ……」


 敵から剣を引き抜き、付いた血を見つめ自分のした行いにをつける。


 (真面目に生きてるんだ、問題は無い。)


 ふとここで、ユーグに言われたを思い出しつつ、淡々と作業を進めていく。夕暮れ時には、達成感と共に地上に戻ってきた。


 ギルドで報告を済ませて、依頼の出来高報酬と殺した指名手配書の分を受け取る。

 宿に向かい今日の一連の出来事を思い返し、自分の意志を固める。


────────────────────


 盗賊の一団を殺したあとの道のりで、ユーグは会話中にこんな事を言っていた。


「殺した相手ばかりに気がいってるようだが、視点を変えてみれば良いんだよ」


「……視点?」


「そう視点さ。クリスや俺が生きてるということはよ、どっかで困ってる奴をもっと助けられるてことだろ!違うか?」


「……そうだね……」


 あの時はその言葉を真摯に受け取ることが出来なかったが、今になって分かる。クリス自身が真面目に依頼を受け続けることで、何処かの誰かが助けられてると言うことを……。そしてそれがつかの間のを与えていると言うことを……。


「良いね、俺はやれそうだ!」


 心なしか、自信が湧いてくる。騎士や貴族としてではなく、『旅人 クリス』として……。

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