第12話 センセーとキス

私、本当はどこかで、少しだけ諦めていたんだ。大樹がもういない世界の事を、少しだけ想像していたんだ。大樹、あなたが生きてるって……そんな事実、もうないんじゃないかって。大樹がどんな状態であれ見つからないのは、もう諦めろってことなんじゃないかって、そんな事を思った日が何度もあった。


でも――



――大樹くんのことですが、生きています



センセーはウソをつかない。

私にはわかる。

この言葉は――本物だ。



「う……っ、ひっ……っ」



母に暴言を吐かれた朝だって、こんなには泣かなかった。こんなにも涙が出てくることはなかった。でも、今は止められないくらい出てくる。涙も、想いも、こんなにも溢れてる。



「大樹……っ」



幼い私に、生きる力をくれたあなた。私にとって心と命の支えだったあなた。大樹――生きてるなら、私はあなたに会いたい。



「センセー、どうして分かるんだよ……っ?」

「実は……」



センセーは教えてくれた。幽霊には力が使えるらしい。それは、自分と同じ「幽霊」を呼び寄せること。センセーは何度も呼び寄せようとした。


だけど――



「来ないんですよ。彼。幽霊に呼び出されて幽霊として出てこないなら、答えは一つに決まっています。彼はまだ生きている――だから、幽霊の私に呼ばれても来ない」

「そんなことって……」

「出来るんですよ。死者の特権です」



薄く笑って、私の頭を撫でるセンセー。撫でられる度に涙が溢れて、センセーの服はぐっちょりと濡れていく。こんなオカルトなこと、普通の人ならきっと信じない。


だけど、私は違う。実際に幽霊のセンセーと会って、こうして話したり暮らしたりしている。センセーがそんな能力を使えたって、全くおかしい話じゃない。



「大樹は、もういないのかもって……そう思った時もあったんだよ。けど、それでも、最後まで希望を捨てきれなかったのは……っ」

「そうですね。あなたの勘が、大樹くんは生きていると教えてくれていたんですね」

「うん……うん……っ」



涙で濡れた頬を、私ではなくて、センセーが拭う。そして私まで目線を下げて、顔を近づけたかと思えば……


チュッ


と、私に短くキスを落とした。



「……へ?」



キスを、落とした?



「え?」

「ん?」

「あれ?私、今……」



驚く私と、同じように驚くセンセー。



「あの……すみません……」

「……い、いや……うん……?」


「……」

「……」


「帰りましょうか」

「……うん」



なぁ大樹、生きてるんだったら、先に謝るぞ。センセー、私にキスしたからな。お前より早く、私の口にキスしたぞ。ファーストキスだぞ。いいのかよ、これで。



「(一応、お前の花嫁候補だぞ、私)」



なあ、だから――早く私を迎えに来いよ。これ以上、センセーと私の仲が深まる前に。早く。


早く私を、迎えに来て――


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