第13話 センセーとホテル



屋上の件から数日が経ち、今日は休日。学校は休み。私はなんだか動く気がしなくて、部屋でゴロゴロしていた。すると、廊下で「海木くんー」と穂乃花がセンセーを呼ぶ声がする。しばらくするとセンセーが「出来た?じゃあ行こうか」と言う声が聞こえた。


ん?

じゃあ行こうか?



「(どこに!?)」



玄関のドアの音がしたから、カーテンの隙間から外を見る。すると、センセーにベッタリと引っ付いた穂乃花が嬉しそうに道を歩いていた。センセーは穂乃花と何か話をしているのか、喋っている風に見える。



「(で、デート……?いや、まさかな)」



センセーは穂乃花を嫌っていたし……デートなんて誘われても行くワケねぇよな。いや、でも、穂乃花の可愛さにメロメロだったとしたら!?



「(大樹が生きてるってのにキスしてきたエロセンセーだぞ?穂乃花に手を出したとしても全然変な話じゃねーよな……?)」



案外ひどい発想をしている私。カーテンを覗くのをやめて、ベッドに再び横になる。



「大樹を探しに行かないといけないってのに……クソ」



大樹は生きている。それが知れただけで嬉しい。だけど――なら、どこで生きてる?六年もの間、どうやって暮らしてるんだ?



「誰かに、拾われて育てられている……?」



でも、どこで?



「はぁ、分かんねぇことだらけだな」



大樹が失踪した時。私たちはまだ子供だった。きっと、大樹一人の力で生きていくのは無理だ。大樹、悪い人に捕まってないよな?痛い事や苦しい事、変な事はされてないよな?



「(もし……と想像するだけで、ゾッとする)」



体がブルブルと震える。もしも大樹を助けられるとしたら、それは事実を知っている私しかいない。大樹、待ってろよ。私が絶対に、助けてやるからな。



「手始めに、地図……買わなきゃな」



出かけたくはないけど、まずは本屋に行かなきゃ。話は、それからだ――



と思って出かけたけど、本屋に着いた途端に後悔をした。だって、センセーと穂乃花が一緒にいるんだもん……。



「海木くーん、なんでこんな物がいるのー?」

「必要なんだよ。ちょっと知っておきたいことがあって」


「ふーん、じゃあさ、それ買ったら……ゆっくりできる所でお話しない?私もね、海木くんに話したいことがあるの」

「……分かった。じゃあ、静かな所に行こうか」



センセーが怪しくニッと笑うと、穂乃花は頬を染めた。



「分かってるんだね、海木くん。うん、じゃあ――良いところ行こうか」



そうして会計を終えたセンセーは、穂乃花と路地裏に消えていった。その先には――いわゆる大人のホテルが軒並み並んでいた。



「え……お、おい、ウソだろ!?」



ギリギリまであとをつけると、二人はスッとホテルの中に入って行った。一部始終の事があっという間で、私は止める間もなかった。



「なに、考えてんだよ……!」



センセー、この前から変だぞ。なんで私にキスしたり、穂乃花とホテルに入ったりするんだよ……!



「~っ!」



この辺り一帯が載った地図を手に持ち、レジに並ぶ。私の顔はよほど怖かったようで、店員さんの値段を読む声が震えていたようだった。



コンコン



「真乃花、俺だよ。ちょっといい?」

「……」



センセーが帰ってきた。私が地図を買って家に直帰した、その三時間後に。何食わぬ声で、話しかけて来た。



「真乃花?入るから」



ガチャ



「なんだ、いるんなら返事してよ」



バタン



「何かあったのかと不安になるでしょう?」

「(二重人格かよ)」



私の部屋の中と外で、センセーは自分と海木を使いわけている。初めはたどたどしかったけど、今では慣れたもんだ。



「(慣れたもん……か)」



そういやセンセー、恋愛経験は人並みにあるって言ってたな。だからホテルにいく経験も……あったんだろうな。だから穂乃花だって、そういう事をするんだ。いくら海木が同級生だからって、中身はセンセーだろ。しかも元教師だろ。高校一年生を捕まえて、なにやってんだよ。



「変態……」

「へ?」

「センセーって変態だ」



ベッドに寝転がって、うつ伏せのまま呟く。センセーは意に介さない様子で、だけど聞き返すことはなく「今日これを買ってきました」とガサガサ袋を開ける音がした。



「じゃん、地図ですよ」

「……」



見事に私と一緒の物で、少し面白かった。けど、笑ってやんない。だってセンセーは、変態だから。



「大樹くんをしらみつぶしに探すには地図が必要かと思いましてね」

「それなら、私も買ったよ」

「え……あ。本当に」



机上に置かれていた地図を見て、センセーは驚いた様子だった。けど「じゃあこれは私が自分で持っておきますね」と、また袋に入れる音がした。そして、突拍子もなく、



「すみません。私もベッドに寝転んでもいいですか?」

「は!?」



そんな事を言ってきやがった。



「失礼します」

「ちょ、ちょっと待てよ!」



抵抗する間もなく、センセーは、私の横に堂々と寝転がる。



「ちょっと、暑いから!狭いし、邪魔!」

「そう言わないでくださいよ……」

「なんで、」



と顔を上げた時、私はギョッとした。だって、センセーの顔色が悪い。めちゃくちゃ悪い、青い……。それは肌色からは、程遠かった。



「ちょ、なに……どうした、それ!」

「え、何がですか?」


「調子、悪いんじゃないの!?顔色最悪だぞ!?」

「最悪って……あなたねぇ……」



もっとオブラートに包んでくださいよ――と天井を見つめるセンセー。目を伏せると、その青白さが相まって……また、あの日を思い出す。崖から落ちたセンセーが、青白くなって戻ってきたあの日を――



「なあセンセー……前も調子崩してたよな?」

「ちょ、なんであなたが泣いてるんですか?」

「知らねーよ、バカセンセー……!」



センセー、また死んじゃうのかよ?また、私の傍からいなくなっちゃうのかよ?そうしたらもう、二度と会えないのかよ――



「変態とか言ったの謝るから、消えるなよ、センセー……っ」

「謝られたらその瞬間、消えちゃうんですけどね、私……。それに、さっきから変態ヘンタイって――あなたは何の話をしているのですか?」

「!」



センセーがいなくなっちゃうかもしれないって時に話す内容じゃないかもしれないけど……でも、私の口からスルスルと言葉が出る。



「さっき穂乃花とホテルに入ったろ?」

「ブッ!?」



センセーは気管に何かが詰まったみたいに、盛大に咳をした。「なるほど、そういう事ですか」と、まだズビズビ泣く私の頬を触る。



「ホテルにはりましたが、別件です。あなたが思う、いかがわしいことはしていませんよ?」

「い、いかがわしいことって……!」

「ふっ……こういう事です」



青白い肌を隠そうともせずに、センセーは私に触ってくる。まずは、ふくらはぎから。



「あっ!」



短パンをはいていたのが仇となり、センセーの手がこそばゆくて私は変な声が出る。



「ちょ、センセー……っ」

「ん?もっと上って言いました?」

「言ってな、いっ」



ツツーと、センセーの指が私の足を滑る。表と違って、裏側は何で感覚が敏感になるんだろう。ぞわぞわ来るナニかを、私は必死に胸の内に隠した。



「こっちはどうですか?」

「や、めろ……っ」



こっち――と言われたのは、私のお腹だ。薄いTシャツは、センセーの指の感覚を顕著に、私の脳に発信する。センセーの指がお腹を這って……そして、徐々に上に来る。



「そこからは、や、めて……っ」

「おやおや、いつもと違って、可愛らしい喋り方ですねぇ」

「(こいつ……!)」



息も絶え絶えな私と、調子の悪そうなセンセー。どちらがいつ倒れても、おかしくない勝負。そう、勝負。の、はずなんだけど……



「(このまま、流されてもいい……なんて思ってる私もいる)」



不謹慎なのは、むしろ私の方だった。センセーの指がいやらしく動くたびに、嫌ってくらい反応してる。自分の体の事だ、自分が一番よくわかっている。私はこの状況を――心の底から嫌だとは思っていない。



「か……真乃花?」

「(ハッ!)」


「大丈夫ですか?」

「私、何を……?」



気づくとセンセーは私の隣にいるだけで、もう触ってはいなかった。一方の私は……汗びっしょりかいていて、体が重い。



「すごい汗ですね。あなた、少し気絶してたんですよ」

「き、気絶ぅ?」


「まあ、恋愛初心者ですからね。気を失う事もあるでしょう」

「(ムカ)」



その言い方が、何となくひっかかって……。自分と私が違うって、改めて線引きされたみたいで、妙に鼻に着いた。



「(まだ青白い顔をしながら、なに恰好つけてんだか)」



それに、こっちだって言い分がある。



「センセーが暴走さえしなけりゃね」

「……してません」


「してた。私に欲情してた」

「人聞きが悪い。そんな事あるわけないでしょう」


「じゃあ何でさっき手を出したんだ?それに、この前。なんで私にキスをした?」

「!」


「答えてくれるまで、この部屋から出さねーぞ」



ギュッとセンセーの手を握る。狼狽えるセンセー。いつもの海木の姿だけど……最近、よく分からない。センセーが何を考えているのか、よく分からない。そうだ。



「何事なりとも隠しそ」

「!」


「私、勉強しないだけで、地頭はいいんだからな」

「……現代語訳で”どんなことでも隠さないでくれ”ですか……」



この前の授業でセンセーが付きっ切りで教えてくれた古文。応用してみたけど、うん。合ってるみたいだな。良かった。するとセンセーは「はぁ」とため息をついて、観念したらしく喋り始めた。



「すみません、今のはほんのからかったつもりで触りました。本気で嫌だったのなら謝ります。そして――あなたの言う、この前の夜のキスは……」

「キスは?」


「……あなたが無事だった安心感から、つい……してしまいました。

反省しています」

「あ、安心感……?」


「はい」



それ以上でもそれ以下でもありません――そう言いたげなセンセーの瞳は、強い眼差しで……「あぁ本気で言ってるんだな」ってすぐに分かった。



「もういいですか?ちょっと体調が優れないので自室で寝ます」

「あ……おい」

「おやすみなさい」



パタン



「……なんだよ、センセー」



いきなり触ってきて、いきなり逃げた。私は起こしていた身を、またベッドに投げる。「はぁ」そして今度こそ、ため息をついた。



「最悪だ。完璧におこちゃま扱いされてんじゃねーか」



私に触ったのは、安心感と、からかい――



「ざけんなよ、センセー……」



私の声は、布団に吸収されていく。センセーにとって私は、やっぱりただの生徒だ。それだけだった。拍子抜けにも、ほどがある。



「あ、しまった。結局、穂乃花とホテルで何をしたかは聞けなかった」



肝心なことも聞けずに、何やってるんだ私。



「はぁ」



センセーと同じようにため息をついて、目を閉じる。少しだけ寝てしまった夢の中では、私とセンセーがベッドにいる、少しだけエッチな夢だった。

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