第11話 間に合え side 縁
衝撃的な言葉を聞いた。
――真乃花はねぇ、この家から出ることは許されないのよ!
――娘二人が家を出て行ってみなさいよ……誰が私の相手をすんのよ!
こんな奴が母なんて、狂ってる。おかしい。他人から見れば、今すぐにでも離れるべきなのに、当の鶫下さんは、それを「是」としない。あれが、呪縛なのか。見えない糸で、絡めとられているのか……。
「(先は長いかもしれない。が……)」
自分の手を見る。いや、自分といっても「海木」と名付けた奴の手だが。
グーパー
これをするのが癖になってしまった。前に鶫下さんに「そんなにジャンケンがしたいのか」なんて言われた事あったけど……そんなわけない。
「ふっ」
妙なところでネジ抜けてるんだよな。鶫下さんは。そんなことを思っていた時だった。
コンコン――ガチャ
「ねえねえ、海木くん」
「ん?」
自室のドアが開かれる。鶫下さんかと思ったが、違う。妹の穂乃花だ。
「ちょっと話があるんだけど、今いい?」
「今?うん、いいけど……」
と言ったところで、時計を見る。時計は、午後八時をさしていた。
「は?」
八時?
ちょっと待て。
鶫下さんはまだ帰ってないぞ?
「真乃花は帰ってないよね?」
「え、うん。おねーちゃんはまだだけど、それがどうしたの?」
「ごめん、ちょっと出てくる」
何も持たずに部屋を飛び出した俺の後ろで「海木くーん」と穂乃花が呼ぶ声が聞こえる。けど、俺の耳には入らなかった。だって、おかしいだろ。いつも晩御飯までには帰ってくるはずの鶫下さんが帰ってこないんなんて……しかも、朝にあんな言い合いがあった今日の日に。
「頼む、俺の思った所にいてくれよ……!」
いや、いてほしくない気もするが――そんなことを思いながら、足の回転を早める。途中何度も絡まってこけそうになるのを、気合でカバーする。
「はぁ、はぁ……見つけたっ!」
そして、何とか彼女の姿を見つけた時――鶫下さんは、学校の屋上に一人で座っていた。どうやらフェンスを乗り越えているらしく、少しでも傾けば屋上から落ちてしまう場所だ。
「待てよ!すぐにそこにいくからな!!」
鶫下さんが何かを言ったようにも聞こえたが、俺は無我夢中で走り、屋上まで止まることなく移動した。
バンッ
ドアを開けると、堤下さんはやっぱりフェンスの向こう側に座っていた。俺の毛が、全身逆立つ。口から出た声が、情けなくも僅かに震えていた。
「この馬鹿!!」
「え、センセー?」
ポカンと呆然としている鶫下さんが、フェンス越しに見える。俺は勇み足で近寄った。
「よりによってなんで、死ぬって言う選択肢になるんですか!最悪なことです!そんな事しないでください!」
「え、ちょ、待てよ!センセー」
「待ちません。どうせ今すぐ飛び降りるとか言うんでしょう?そんな事、私が絶対許しませんから!」
「だから違うって!」
否定をし続ける鶫下さんから目を離さずに、フェンスをよじ登り、一秒でも早く彼女の元へ駆け寄った。そして、彼女の腕を掴み取った、その瞬間に――
ギュッ
「馬鹿ですね、あなた……大馬鹿野郎です」
「……なに、センセー震えてんの……?」
「当たり前ですよ……馬鹿」
鶫下さんを、強く強く握り締める。俺の気も知らずに「もー痛いー折れるー」なんて、棒読みで文句を言う彼女。とりあえず二人でフェンスを乗り越えて、安全な場所まで移動した。
ここからは――説教タイムだ。
「あなたねぇ……今日どれほど私に怒られれば気が済むのですか?」
「だから、ちげーって!話を聞けよ!」
「死ぬつもりだったんでしょう!?」
「ちげーよ!自分を戒めに来たんだよ!」
「……はあ?」
この馬鹿娘、今なんて言った?自分の勘違いで悲しいやら怒りやらを通り越して、無になってきた。今までの心配はなんだったんだ……。ヘナヘナと力が抜けて、その場に座る。すると彼女は「センセー?」と呑気な声を出した。
「あなた、随分余裕ですね?」
「え、うん。まあな。さっき自分に気合を入れ直したんだよ」
「……は?」
「いや、だってな、思ったんだよ」
私の背中をさすりながら、フェンスの向こう側を見る鶫下さん。その目には、夜空で瞬く星たちが、代わる代わる写っていた。
「あの日、センセーは命がけで私を助けてくれた。それってすげーことだろ。すげー大事なことだろ。私の命は守られた大切なものなんだって、改めて思ったんだ。私が、こんな事でへこたれてちゃダメだよなって、そー感じたんだよ」
こんな事っていうのは……朝、母親に散々に言われたことか?
「あなた……今朝あった出来事を”こんな事”で済ませられるのですか?」
「うん、まあ。伊達にあいつの娘をずっとやってねーからな。ちょっとやそっとのことじゃ、へこたれねーよ」
「……そうですか」
「うん」
「は~……そっか」
ポスッ
無意識のうちに、鶫下さんを胸に抱く。いきなり抱きしめられた彼女は「おい!」とか言ってるけど……もう知らない。汗びっしょりな体に、いつまでも収まらない上がった息。激しく打ち付ける心臓。あぁ、今だけは、生きてるなぁ。俺……。
「(何も考えることが出来ない。気が抜けていく……)」
だからだろうか。だらしなくいつまでも開いた口は、こんな事を喋っていた。
「大樹くんのことですが――生きています」
「は?」
「ちゃんと、今でも――」
「……」
「(え、今、俺はなんて……?)」
しまった!と思った時はもう遅い。自分の中にいる鶫下を見る。すると彼女は、今朝よりも大粒の涙を流して泣いていた。
縁 side end
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