4話 病院

最近は、急に寒くなり、見える風景も冬らしくなってきた。

枯葉が落ちきった小枝は、北風に震える。

でも、この時期は、頭が澄み渡る感じで好き。


手をポケットに入れ、かがみ込んで歩いている時だった。

大学病院近くの道路で、営業マンらしき男が電話で話してるのが聞こえた。


「やりました。病院長から、CTスキャンの受注、確約をいただきました。やっとですよ。ゴルフ接待だけじゃ足りなくて、この前の沖縄への航空チケットが効いたみたいです。それも、愛人との旅行だったみたいですよ。でも、これで大型受注は成功です。課長、今年のボーナス、弾んでくださいね。」


とんでもないことを公然と喋ってる。

これは、また金になる話しね。

私は、病院のトイレ清掃員に潜り込んだ。


まず、病院長の秘書に目をつけた。

女は、トイレで井戸端会議をしていることが多い。


「宮崎病院長、かなり贅沢しているけど、高梨メディカルからかなりのお金貰ってるらしいわよ。」

「そうなの。偉い人って、給料が高いだけじゃなくて、そんなところでもお金をもらえるのね。いいわね。」

「1台1億円以上のCTスキャンを5台買ったときに、500万円は賄賂でもらっているらしいわよ。しかも、月1回のゴルフ接待でしょう。それに、この前は沖縄旅行のペアチケットだっていうじゃない。」

「それ聞いたわ。愛人と行ったっていうやつでしょう。とんでもないわよね。」


そうなんだ。大体はわかった。

後は、裏どり。

男子トイレでも、会話は続く。


「俺、1か月前にシェ・ピガールというレストランで妻と結婚祝いをしてたらさ、病院長が来て、見たことがある顔の人と一緒にいたんだよ。なんと、高梨メディカルの営業マンで、厚い封筒を渡し、病院長は中身を確認して笑っていたよ。札束でさ、あれは500万円ぐらいだろうな。」

「今の病院長は金にだらしなくて困るよな。いずれ、発覚してクビになるんじゃないか。」

「そうだよな。愛人との沖縄旅行は、みんなが噂してるしな。誰も知らないなんて思ってるのは本人だけだし。」

「今日も、高梨メディカルの接待で、高級ワインを飲む会だって。よくやるよ。」


その日の午後もトイレでは会話が続く。


「病院長の愛人って、どんな感じか知ってるか?」

「あの噂の愛人か。三角は知ってるの?」

「ああ、写真が出回ってるぞ。これ。なんか下品な水商売女って感じだよな。どうして、こんな女にひっかかるんだろうか。もっと、ましな女もいるだろうに。」

「そうだな。まあ、あれだけの歳になると、褒めてくれるだけで、本気になっちゃうんじゃないか。」


トイレには私独自に隠しカメラも置いてある。

そのカメラで、愛人の写真はちゃんと撮影できた。

週刊誌にその写真も出るのね。目を黒く隠したりして。


翌日には、さっきの会話に出てきたシェ・ピガールというレストランを訪問。

偽の警察手帳を見せて、1か月前の店内の監視カメラの映像を見せて欲しいと言う。

警察手帳なんて見たことないから、すぐに見せてくれた。


こんな若い女性が、警察官になりすましているなんて思いもしないしね。

若いお嬢さんが外で捜査なんて大変だねなんて声もかけてくれる。

上司にこき使われてるんだねなんて言って。


映像には、確かに病院長が賄賂をもらってるところが映っていた。

ニタニタした病院長は、本当に悪どい顔に見える。

これも、週刊誌に出せば、大きな反響があると思う。


これで、裏も取れた。

本当に、トイレではみんなよく喋る。

だから、私は儲かるんだけど。


週刊誌にその情報を売ったら、30万円の報酬が手に入った。

今日は、10万円のワインを買って帰ろう。

先日買ったチーズと一緒に夜景を見ながらワインを楽しむ。


タワマンから見る東京の夜景はとても美しい。

トイレ清掃員がこんな高級タワマンに住んでるなんて誰も思わない。

逆ね。こんな高級な所に住んでる女性がトイレ清掃員なんて誰も思わない。


そんなことはどうでもいいわ。無数の家から部屋の光が漏れる。

それぞれの家でも、暖かい時間が流れているみたい。

そんな風景を見ながらワインを飲むのは楽しい。


ワインもここまでお金をだすと深みがある。

グラスを回し、香りも楽しむ。

ワインには、妖艶な三日月が映り込む。


あれ、今、流れ星が見えた。

みんなが楽しく、充実した時間を過ごせますように。

そして、くだらない奴らは消えてしまいますように。


この前、種子島で見た星空は素晴らしかったわ。

それに対して、東京では星はあまり見えない。

その代わりに、多くの家から漏れる光は星のよう。


もう寒いわね。部屋に入ろう。

ミニマリストの私の部屋には、物がほとんどない。

間接照明が、壁と天井を照らす。


テーブルにはブリーチーズとかが並ぶ。

ワインには合うわよね。

クリーミーなのも美味しい。


こんな生活はいつまで続くのかしら。

でも、依頼主からの依頼は今後も続くと思う。

トイレ清掃員も、やりたい人は少ないから、どこでも入り込める。


そうそう、あの病院長、横領で病院から追い出されたんですって。

あれだけ、組織のメンバーからばかにされている人も珍しいわよね。

どうして病院長なんかになれたんだろう。

外科手術の腕がすごいとか?


週刊誌でも大々的にでて、世間の批判も浴びた。

そして、病院から給料返納で一文無しになったんだって。

奥様にも、愛人のことがばれて離婚され、慰謝料も取られたらしい。


もちろん、金の切れ目が縁の切れ目、愛人も去っていったと聞いている。

やっぱり、悪いことをすると、どこかで罪を償わければならないのよね。

ほとんど人がいない孤島で、医者をしているらしいわ。


もう、誰の記憶にもない人として。

「トイレの花子さん」のせいじゃないわ。

本人のせい。


それから2年後。私は、北海道のコテージに軟禁されている。

タワマンから光り輝く街を見下ろしていたときには想像もしていなかった。

あんな事件が起こるとは。

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