第1話 はじまりの記憶
「うちの部に来て、戦術を考えてくれんかや。」
鮮明に思い出せる、はじまりの記憶。
週に数ある授業の中で唯一と言っていいほど、教室内で寝ている生徒を見ない、保健の授業。
その終了後、僕は学校で一番怖いと噂の体育教師……田山先生に呼び出された。
何か気に食わないことでもやってしまったのだろうかと、怯えながら付いていく僕は、突然向けられた思わぬ「お願い」に、拍子抜けしてしまう。
そうして、つい立ち止まってしまった僕を振り向き、鬼の田山は笑顔を見せた。
「まあ、ちょっと話だけでも聞いてくれんか。」
そうして、職員室で熱いラブコールを受けた僕は、これまでの人生で全くの無縁だった「サッカー」というスポーツに、どっぷりとハマっていくことになる。
思えば、田山先生は僕のことをしっかり評価してくれていた。
入学以降、友人も作れず、運動はてんでダメ。
ただ壊滅的な能力でも、授業にはしっかり取り組む姿を見ていたらしい。
高校入学後初めて成績表を開き、諦めていた体育の成績が4だというのを見た時、僕はこの先生なら信頼できると思った。
そんな田山先生も、僕を信頼してくれていると思う節がある。
それは保健の授業でのこと。
田山先生は、僕のことを指名するとき「橘先生」と言うのだ。
当然、僕は普通の高校生であって、教員免許を持っているわけではないし、突出して成績が秀でているというわけでもない。
それは、高校最初の授業でのこと。「日本で最も平均寿命が高いのはどこか」という問題に、クラスメイトたちが続々と間違える中、十数番目の僕が長野県という正解を出したのが原因だった。
そこから、先生は事あるごとに雑学問題で僕を指名して正答を引き出し、満足気な顔をするようになった。
そのためクラスではサッカー部中心に「鬼の田山は橘ひいき」という噂も立っていたし、実際そうだったとも思う。
そんな関係だった田山先生からの呼び出しとあって、「何か気に食わないことでもやらかしたか」と冷や汗をかいたものだが、それは杞憂だったようで。
正気が戻った時にはもう、サッカー部への入部届を書かされていた。
運動は全て苦手で、当然サッカーの経験など無い僕が、サッカー部の顧問にスカウトされた理由。
それは、僕が所属するもう一つの部活が原因だった。
「よろしくお願いします。」
一対一。静かな教室で、相手と顔を突き合わせる。
間に置かれた机には、小さな板が乗っているだけ。
その板こそ、この部活での勝負道具、将棋駒だ。
そう、僕が所属するもう一つの部活、それは将棋部だった。
近年のブームで、廃部状態から復帰したという部活だったが、部活として最低限の人数しか存在していないこの部の雰囲気こそ僕の性に合うと思い、入部したのだ。
経験としては、祖父の影響で駒の動きを知っているくらいだったのだが、当然それで太刀打ちできるはずもなく、連戦連敗。
それでも、先輩たちは初心者の僕が勝てるようになるまで、優しく教えてくれていた。
自分でも研究を続け、ようやくもぎ取った1勝目は、かけがえのない思い出として残っている。
ただ、研究量がものを言う頭脳戦において、付け焼き刃のような状態では安定して勝てるわけもなく。
初めて挑んだ大会では、5戦5敗と苦汁を味わった。
そんな状況から1年、先月の大会で僕は初の勝ち越し。
同時進行されていた県大会の本線より1段階下、主に初心者同士のカジュアルな大会だったのだが、それでも4勝1敗と、成績を大きく伸ばすことに成功したのだ。
田山先生曰く、その情報が耳に入ったのだという。
それも当然の話で、田山先生と将棋部の顧問である木戸先生は、職員室で隣同士の関係。
真面目な会議の合間に、2人は僕の話で盛り上がっていると、ほかの先生に聞かされていた。
そんな中で出てきた、僕の棋力向上。木戸先生は何気なく話したものだったらしいが、聞く側だった田山先生は、その話を聞くや否や僕のスカウト計画を立てていたということだ。
こうして僕は、麗晶高校サッカー部の戦術マネージャーとなった。
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