第9話:地下1階報告2
待っていましたという顔でモニカが前のめりになる。
あの杖はこの部屋から出たということなのだろう。ここまで引っ張った以上は何かがあったのだ。
「部屋の中には彫像があった。女性をかたどった像だな。で、全員入ったところで扉がいつの間にか閉まっていた。フリアでさえ全く気がつかなかったところをみると、動く仕掛けじゃない、もっと魔法的な、それこそダンジョンの仕組みとして一瞬で元に戻るというようなものだったんだろう」
「もうその時点で怪しいじゃないですか」
「怪しいよな、どうしたって嫌な予感しかしなかったよ。まあとにかく何かしなければならないことは分かっていたからな、台座に書いてあった文字を読んだ」
モニカが眼鏡の縁をくいっと上げる。興に入ってきたと見える。
「その尊い願いに祝福を、だったか、合っているか? いいな、そういう文章だ。それで読み上げたところで像からゴーストが出現した」
「読み上げるまでは別に魔物の気配だとか魔法の気配だとかはまったくなかったから、あれは恐らく文章を読むことが引き金になるタイプの召喚よ」
「召喚ですか、気配なしでは気づけませんね」
「そうね、ただ、あの頭上から落ちてくる、あれも恐らくはそういうものよ。だからあのダンジョンは召喚系の罠は使ってくるということよ」
なるほど確かにそう言える。
頭上からの罠はブロックが消えてそこから落ちてきたようにも見えていたが、実際に石組みの上にいたわけではなく、そう見えただけの召喚だということだ。だとすれば、召喚系がこれで2種類、まだ種類は増えるかもしれなかった。
「それにしてもゴーストですか。ラットから脅威度が上がりすぎではないでしょうか。さすが隠し部屋というべきなのでしょうか」
「言うべきなんだろうな。まあ鍵の仕組みからしても初心者は想定していない部屋だろう。昇降機も最終的には10階に直通できるように見えたから、隠し部屋への立ち入りは基本的には禁止にしておいた方がいい」
ゴーストとなるとアンデッド系、しかも実体を持たないタイプだ。通常の魔物相手とはわけが違う。倒す手段を持っている冒険者限定にするべきだろう。
「俺が避けられたからいいが、奇襲を食らっていたら1人欠けることになる。それに途中で魔法を使いそうなそぶりを見せたからな、速攻を狙えないのなら避けた方がいいと思うぞ」
「魔法ですか、ゴーストが魔法を、それはまた珍しいですね」
「聞かない行動パターンだな。倒すまでのダメージ量は普通のものと変わらない感じだったが、魔法があるとなると脅威度は一つ上を想定した方がいいかもしれん」
アンデッド特攻を持つ僧侶系なりがパーティーにいれば話は変わってくるのだろうが、少なくともこの国では冒険者としてはほぼいない。
「それで、倒した成果があの杖ですか?」
「ああ、しかも普通に部屋の中に箱があったとかじゃない。倒した足元に箱が出たんだ。しかも箱自体に入り口を開ける仕組みがあった。まさに倒した成果だろうよ」
非常に珍しいケースだった。
強敵を倒したあとの部屋の捜索でだとか、その先にだとかは良くある話ではあるのだが、倒した結果として箱を残すという話はまずないだろう。
「倒さないと出られない部屋、そして倒した成果があれ、これは期待させますね」
「だろう? それで引っ張ったんだ。結果はどうだった?」
モニカが職員から鑑定結果を受け取る。職員も何となくニヤニヤしているように見えるのは気のせいだろうか。よほどの結果だったのか?
「ウッドランズ・スタッフ。エイレイテュイアで作られた森のスタッフ。攻撃に追加効果を与える。ドルイドが同調することによって真の力を発揮する‥‥真の力? え、何ですこれ?」
「僕もカリーナも抵抗を感じたんだ。たぶん普通の魔法使い用ではないね」
「俺たちも全員持ってはみたけれど、それで何かが起きるということはなかった。ドルイドってのは何だ? そういうものがあるのか?」
「たぶんよ? たぶんだけど、ドルイドは亜人か獣人にあったクラスじゃないかと思う。森のスタッフでしょう? たぶん森の民のものよ。ドルイドは人の間では失伝しているのではないかしら」
「それは確認が難しい‥‥あ、そうすると地名らしきものはその関係でしょうか。そっち方面で調べてみましょうか」
冒険者の間にドルイドという職種を持つ者はいないのではないかと思われた。職員も冒険者自身も聞いたことがないのだ。そして森の民ということになると、それは亜人、エルフだとか、森の獣、オオカミだとかクマだとかの獣人のことのようにも思えた。
「これは一時保留ですね。ここで出ましたということで飾っておきます。それで詳しいことが分かる鑑定がないか問い合わせてみます」
初日の、地下1階の調査としては十分過ぎるくらいの成果だった。非常に珍しいものが出たと言っていいだろう。鑑定結果の文章を読む限り、とても想像力をかき立てられる結果だったと言ってもいい。これは2階以降の調査も楽しみになってきたと思ったところで、モニカは他にも聞かなければならないことがあったことを思い出した。
「そうだ、そうでした。他にもお聞きしなければいけないことが」
これで終わりという雰囲気が出ていたクリストたちも再び居住まいを正す。聞かなければいけないこととは何だったか。
「保存食とトイレです。感想をお願いします。すべてセルバ家から預かっている案件なものですから」
「ああ、あれはギルドで扱うものじゃないのか。わざわざセルバ家が? そういえば仕入れ先だって言っていたか」
ギルドがセルバ家から仕入れて使用感を教えてほしいと言われ、今回は折りたたみ式のトイレと、乾燥させたパンと肉を持って行っていた。
「どれも置いておけるものですからね。評価が高ければまとめて入れさせてもらって冒険者の皆さんに売る予定なのですよ」
このダンジョンもそもそも発見したのがセルバ家だという話だった。急にこの手の広げ方は、これまでは麦だ野菜だといった話ばかりだった子爵家にいったい何があったというのだろうか。
「保存食な、パンも肉もうまかったよ。どっちも味がしっかりあったのが驚いたな。俺が知っているものとはまったく違った」
「そうだな。あの肉はいい。塩、香辛料が効いていてその上で肉の味がする。うまいぞ」
「そうね、ワインに合うわよね。正直、保存食とか言わないで普通に売ってほしいわね。お酒にすごく合うわよ?」
酒飲み2人からの評価は非常に高い。
「ん、あれは口の中に入れているだけでおいしい。いつまでもおいしいのがすごくいい」
そして酒飲み以外からの評価も高かった。
「僕は肉はそれほど食べないからね、どちらかというとパンの方が良かったな。あれは思ったほど硬くないし、味もいい。軽いから量も持って行けるだろうし、不満はないよ」
「乾燥させたパンなんて普通は硬くて食えたもんじゃないからな。あのパンだって売っていれば買うだろう。うまかったよ」
「どちらも好評ですね。私も食べてみましたが確かに良かったですね。あの2つは量を入れさせてもらうことに決めましょう。そして保存食なのですが、ほかにも多数取りそろえられていまして、どれも試していただきたいのですが」
「そういえば言っていたな。あの瓶詰めの、何だったか、ああいうのは重そうでな」
探索で荷物が増える、重くなるというのは避けたいことだ。だが、味が良いとなると話は少し変わってくる。少しどころではないものも中にはいるので、いずれにしても試食してからの話になる。
「瓶詰めのものは酸っぱいものが苦手な方や油っぽいものが苦手な方にはお薦めはしませんが、平気であればなかなかですよ。私はありだと思いましたし、短期ならばともかく、長期の探索であれば野菜もあった方が良いでしょう。そういう意味でもお薦めです。それ以外の乾燥させたものだと、今回は牛でしたが、肉はほかにも豚や鳥があります。それから魚を乾燥させたものですとか、果物を乾燥させたものですね」
「え、待って待って果物があるの? 前は言っていなかった、え、追加分? ちょっと見せてよ、え、今はないの? 倉庫? ちょっと見せてよ見たいわよ味見させてよ」
甘味への食いつきは非常に良い。特に女性、いや男でも甘いものは良いものだ。
「肉が何種類もあるのはいいな、魚もあるのか、それは食ったことがないな。持っていこう」
それ以外の食品への興味も津々である。食べるものが良くなるということは冒険への向き合い方も変わってくるのだ。冒険の友ではあるが味が良くないとされてきた保存食が改善するのならば、それは歓迎するべきことだった。
「トイレの方はいかがでした?」
「ああ、確かに便利というか、気が楽にはなるな。もう慣れたことだと言えばそれまでなんだが、しゃがむよりも座る方が楽なのは確かだ。思ったほど手間がかからないのもいい。ただ荷物は増えるからな。そこは問題だろう」
「僕もいいものだとは思ったけれど、あれはこのダンジョンでしか使えないよね。慣れてしまうと他で困るような気がするよ」
「ああ、それも問題か。スライムがな」
「んー、あれね、中に入れるの、たぶん布とか紙とかでもいいんだよ。あそこはスライムがいたから便利だってだけで」
「あ、そうなのか? そういえばそうか、結局俺たちが見ている間にスライムが革袋を全部処理したとかってことはなかったからな。あれは結局見えなくしていただけか」
「そうだと思う。そう考えると、別にスライムじゃなくてもいいんじゃない?」
確かにスライムが掃除役だからと使っていたし、その辺にいたので気にもしなかったが、別にスライムである必要性はそこまでないのだ。だとしたら布や紙やそういったものでいらないものがあるのであれば、それを袋に突っ込んでおけばいい。
「もっと言うと、草とか、たぶんその辺の土を掘って入れたっていいんだと思う。要するにある程度水分を吸収してくれさえすればいいんだよ」
「つまり旅でも使えると。トイレと袋をここで買って持っていくってわけだな」
「袋だけたくさん欲しい。どうしても袋が汚れる」
フリアはよほど気に入ったようすだった。
泊まるところがあるような場所ならば良いが野宿となるとトイレの場所は常に困る。大抵の場合は人目に付かない場所を決めてしゃがむしかないのだ。そして姿勢としてはしゃがむよりも座る方が楽なのだ。装備を身につけた状態であればなおさらだ。
「袋は、あれは革だよな。数は用意できるものなのか?」
「革袋ですね。麻袋なども検討したのですが、一番簡単に数をそろえられたのと、漏れないということでの革です。今考えているのは1階ですね。ラットが出ますから。狩ったらその場で解体するのではなく持ち帰ってほしいと。それかラットを持ち帰る依頼を常駐させるかですね」
「1階のラットか、なるほどな。まあ1階にラットはよくあるといえばあるんだが、このダンジョンは本当に都合のいい作りをしているな」
「そう思います。一つ一つがうまくつながっている」
「‥‥トイレの話は終わった?」
いつの間にか姿を消していたカリーナが色とりどりの何かが入った瓶を一つ持って戻ってきていた。
「待っていたのかよ。気にしないぞ?」
「気にしなさいよ。まあ、これを見てよ。乾燥させた果物。これは細かく切った果物が何種類も入っているものだけど、大きいままのもあったわよ」
瓶の蓋を開けてテーブルの上に中身を出す。
赤、黄、橙、茶、白、緑。色が多彩だ。
「こんなに種類があるものなのか‥‥種類がまったく分からん」
「レーズンとかオレンジは分かるでしょ。あとベリーとか。白とか緑とかあるものなのね。こういうのは私も分からないわ」
非常にそそられる。
一つ一つを口に持っていって味わってもよし、まとめて口に放り込むのもよし。甘さが広がるのはうれしいものだ。
「これは食べ過ぎるだろう。駄目だな、駄目だが持っていこう。俺はオレンジがいいぞ。この黄色い酸っぱいやつもいいな」
「俺はこの柔らかいやつだな。橙の。それだ。食べた感触がいい」
甘さは男性陣にも好評だった。
「それで、今日のところは終わり? まだ? ああ、まだトイレの話だったのね」
「いや、さすがにそれは終わりでいいぞ」
「そうですね。十分な評価がいただけましたし、トイレも袋も数は用意しておきましょう。それとですね、先ほど土を掘って入れてもというお話でしたが、そんな時のためにこちら、折りたたみ式のシャベルです。こんなものもあるのですよ」
「急に出してきたな‥‥それにしてもこれもセルバ家か? そうなのか、どこまで手を広げているんだ」
「しかもこれだけではありません。他にもさまざまな道具を預かっていますので、そちらの方の評価も今後お願いします」
「まだあるのか。いやいいぞ、やろう。トイレと保存食だけでもこれだ。道具ってのも興味がある」
セルバ家がダンジョン探索に合わせてわざわざこれだけのものを用意してきたのだ。他のものにも興味が湧いてくるというものだった。
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