第10話:地下2階1

完全な地図の作成を請け負っていた地下1階部分の探索が終わったことで、調査は次の段階に進んでいた。地下2階。今まで誰も立ち入ったことのないフロアだ。ここからは地図の完成は求められていない。自分たちに求められているのは難易度の確認であって、地図の作成だとか最深部への到達だとかの攻略ではないのだ。それでもある程度の深さまでは潜る必要があるし、そうなると階段から階段への地図は作る形になる。魔物や罠、宝箱の情報もある程度は持ち帰ることになるだろう。

「さあ地下2階に到着だ。ここからはまったく情報がない。気をつけていくぞ」

地下1階があれだったのだ。こうなるとやはり2階以降が楽しみになってくる。

1階から下りてきた部屋は、地上から1階に下りたときとまったく同じ形をしていた。階段を下りると部屋、そして正面に扉だ。

「鍵なし、気配も近くにはなし。1階と一緒だね」

フリアの報告を聞くと隊列を組み、慎重に扉を開ける。その先は薄闇の中に伸びる通路。これも1階と同じか。

「それじゃあ進むとしよう。フリア頼む。くれぐれも慎重にな」

「分かった。じゃあ行く」

クリストが掲げるランタンの、通路を照らす光を背に受けながら、フリアが周囲を警戒しながら進んでいく。

少ししてその足が止まる。右を警戒し、そして正面も見通しを確認してからすぐに仲間の元へ戻ってくる。

「右に分かれ道。たぶんだけど少し先で扉になる。それから正面少し進んだところで左側から光が漏れてる感じ」

「光? 何か光源があるってことだよな。さっそく1階からは変えてきたか。まずは分かれ道のところまで行くか。それからその光のところの順で確認だ」

右への分かれ道にはすぐに着いた。そしてランタンでその通路の先を照らしてみると、確かに扉が見えていた。この通路は扉で行き止まると地図に書き込み一時保留。直進する方を埋めることにする。

真っすぐ進んだ少し先、そこには確かに左から漏れてくる光があった。すでにそこまで進んでいたフリアが左を見たまま止まっている。危険な状況というわけではなさそうだったが、何があるのか。

「何だ? 扉か、これ」

「格子窓、中を見てくれってことだと思う。見れば分かる」

フリアの説明に扉の前まで進むと、閉じられた扉の上部には大きな格子窓がはまっていて中を見ることができた。

それは大きな部屋で、周囲の壁際に光源と思われるランタンのようなものが一定間隔で並んでいた。そして部屋の中央には、鎧。剣を地面に突き立てるような形にして両手で支えた、銀色に輝く、装飾も見事なプレート・アーマーが立っていた。そしてその背後、この扉の反対側には扉が見えている。

「わざわざ見えるようにしやがって、あれと戦えって言ってるんだろうな」

「先に進むにはそうしろっていうことだと思う」

「アニメイテッド・アーマーだろう。まあやれるが今はいいだろう。少なくとも2階だとあれはかなり上位の強さになるだろうからな」

扉は開けずに通路を埋めることを再開する。まだ先は長いのだ。

数歩進んだ段階でフリアが前方を警戒する。

「少し先にたぶん左に分かれ道。それで真っすぐ向こうへ行く後ろ姿が見えた。ジャイアント・ラットだった」

「最初の魔物がジャイアントか。偶然か、意図的か、1階の通常の魔物では一番上だったやつが普通に来たな。エディ、俺と並んでくれ。フェリクス、カリーナは待機でいい」

1階で出た魔物では強い側だったジャイアント・ラットが2階に下りて最初の遭遇になるというのは偶然か。ノーマルがいないのであれば難易度が上がったというほどでもない。

クリスト、エディが並んで通路を埋める形で前進する。

フリアが脇道に避け、クリストとエディに前を譲るとその先を指さす。ジャイアント・ラットが近いのか。

「ジャイアント1、ノーマル1」

ノーマルサイズのラットを1体従えているようだ。わずかに難易度が上昇した形だが、それでもクリストとエディの2人がかりで問題になるような相手でもない。

前に進むと通路を折り返して来たのか正面から向かってくるジャイアント・ラットの顔が見えてくる。そこでエディが盾を構えて威嚇するように声を上げる。

反応したジャイアント・ラットが上体を起こし、足元をノーマルのラットが左側に抜けてくるのを見るや、クリストが一気に間合いを詰めてこれに突きを入れ、一撃で倒す。

エディは盾を押しつけるような格好でジャイアント・ラットとの間合いを詰めていて、相手が好きなようには動けない状態を作り出す。そこへ突いて倒したラットを蹴ってどかしたクリストが横へ滑り込むように移動し、切りつける。さらに剣を抜き終えていたエディも突きを入れて戦闘は終了した。

「これで終わりか? 追加はないな、よし」

確認すると証明として尻尾と魔石を確保する作業を行い、その間にフリアは通路を先に進み、状況を確認していた。

「この先、左にちょっとだけの分かれ道があって扉になって、この通路はこのまま真っすぐ行ったらその先で行き止まりだよ。扉は鍵なし、気配もなし。さっきの分かれ道もこう、先で右に曲がっていたからこことつながるのかも」

「先にそこを埋めちまおう。ちょい戻るのか、ああ、そこの扉は問題なさそうなら開けといてくれ」

「開けてきた。空き部屋で右にも扉、左に通路だった。たぶん左の通路がつながるね」

ラットを倒したところから近い扉をフリアが開け放ったところで隊列を整え、少し戻ると分かれ道へ入る。すぐ先で右へ曲がっていることが確認できた。確かにこのまま進めば先ほどの扉の先と合流しそうだった。

「待ったー。角に罠。踏むタイプだね、何だろ。あー、これはろくでもない予感。上、天井。何か書いてあるね」

「なになに? 天井? あー、魔法陣みたいな、シンボルかな、待ってね。やだ、マジックミサイルじゃないのよ。ああ、でも威力は押さえてあるみたい。普通のマジックミサイルって3本飛ぶんだけど、これは1本ね。わざわざ書き換えてまで威力を押さえたのね」

「何だよその配慮。この位置だと踏みやすいだろ。そこへダメージのある魔法を威力を押さえて仕掛けるってなんなんだ」

「それも魔物が配置されていて、だよ。注意が散漫になったりして余計引っかかりやすいよね」

引っかかりやすい場所にダメージのある罠を仕掛けているのに、肝心のダメージは押さえてあるというのはどういう考えか。2階に入って最初の魔物と最初の罠。どちらもそれほどの脅威ではないというところが肝心か。

「それでここを曲がると、おい、踏むなよ、気をつけろよ、曲がると部屋、か。確かに右に開いた扉、これで埋まったか。次はどの扉を開けるかだな」

ここまで扉は3カ所。入ってすぐの扉か、明らかに何かありそうな扉か、今目の前にある扉かだ。

「気持ちとしてはあの扉を開けてみたいがな」

エディの希望としてはアニメイテッド・アーマーが気になるようだ。確かにその先が気になる場所ではあった。明らかに何かが仕込んである。

「他に希望はあるか? ないな、まあ俺もあれが気にはなっているんだが、反対は? 特にないか、まあ誰でも気になるよな、やるか」

決まりだ。あんなあからさまなものを見せられては挑まずにはいられないのが冒険者というものだ。それにまだ2階だ。アニメイテッド・アーマーという問題なく倒せるレベルの魔物だというのもいい。

通路を戻り、先ほどの格子窓の付いた扉まで戻る。部屋の中央には相変わらず剣を手にした鎧が立っている。

「明るい部屋だってのがありがたいな。カリーナはディスペルを。決まれば余裕なんだが。エディが正面から突入、俺とフリアが横から、フェリクスは魔法で攻撃だ」

魔力で動く鎧だ。ディスペルが決まれば動きを止められるので、その間にダメージを稼げばいいだけの戦闘になる。

「抵抗はされるかもしれないから気をつけてよ」

「動く鎧だからね、細かく考えない方がいいだろうね。僕もさっきの罠じゃないけれどマジックミサイルかな」

「油断はするなよ? よし、行くぞ」

クリストが扉を開いたところでエディが先頭で部屋へと入る。相手はまだ動き出さない。全員が部屋に入ったところで鎧の腕が動き、剣を構える体勢へ。それを見ながらエディが正面から突撃、全員が位置取りを開始する。

「ディスペル・マジック!」

カリーナの魔法が先行、剣を構えた体勢で鎧の動きが止まる。

「入った!」

「いいぞ! 殴り倒せ!」

こうなってしまえば話は早い。エディが盾を正面からたたきつけ、間合いを詰めたクリスト、フリアの攻撃も立て続けに入る。

続けてフェリクスも魔法を、と唱え始めたところで異変が起きた。止まっていた鎧の手から剣が離れ、そのまま移動を開始したのだ。

「フライング・ソードかよ! カリーナ、もう1発行けるか!」

フェリクスの魔法はそのまま発動し、鎧へ向けて2本、剣へ向けて1本のマジックミサイルが飛び、ダメージを与えた。

「ディスペル・マジック!」

もう一度放たれたディスペルが空飛ぶ剣へと向かうが、これが効果を発揮しない。剣の動きは止まらず、カリーナへ向かってその切っ先を向けた。

「逃げろ逃げろ! 逃げ回れ! フリア、剣を頼む!」

指示を受けカリーナは転がるように部屋の外周に沿って走りだす。それを剣が追い、さらにその行き先を狙ってフリアが移動を開始する。

ガンッという激しい音がしてエディが盾を押さえる手に力を入れる。鎧が再び動き出してしまったのだ。

しかし剣を持たず盾も持たない鎧のできることなどたかがしれている。

エディはそのまま盾で殴りつけ、横からクリストの攻撃が、そしてフェリクスのマジックミサイルがもう一度命中し、これで鎧は膝から崩れるように倒れていった。

「メイジ・ハンド!」

走っていたカリーナが魔法を使うと、追いすがっていたフライング・ソードが急停止する。見えざる手に柄を握られたのだ。

そこへフリアが間に合い、剣を殴りつけるようにして攻撃を加える。動きを止めた剣がフリアと切り結ぼうと向きを変えたところへクリストが滑り込むようにして切りつける。

その攻撃を受け、さらにフェリクスからファイアー・ボルトが飛んだところで戦闘は終了した。剣が炎をまといながら床にカランと転がったのだ。


「よし、全員大丈夫だな。他には何もいないか? よし、休憩だ」

アニメイテッド・アーマーとフライング・ソードという2体の魔物との戦闘は終了した。セットだったことに思い至らなかったことは失敗だが、結果自体は対処可能なレベルだったこともあって問題にはならなかった。

「3レベルの魔法を2つ使ってしまったわね。わたしができることがだいぶ減るから気をつけてね」

「そこは失敗だったな。結果的には最初のディスペルが無駄になっちまった。最初から想定して剣狙いで撃っとけば良かったのかしれないが、思いつかなかったな」

「いつもどおり盾から突っ込んだのもまずかったか。切り結ぶ形で突撃するべきだったかもしれん」

これまでよりも明らかに脅威度の高い魔物との戦闘だ。多少の消耗は仕方がないだろうが、この先もこの脅威度が続くようなら探索のしかたを変えなければならなくなる。全てはこの先に出てくる魔物次第だといえる状況だった。

「鎧の方は胸に魔石、剣の方は柄の先に魔石。両方外したけれど、こういうのって装備品として残ってくれるといいのにね」

「この手の動くやつは討伐証明が残せないのも難点だよな。戦ったかいがないというかなんというか」

「そこそこ強いくせに成果がね。門番としては面白いのかもしれないけれど、蹴り倒して駆け抜けた方が楽な気がしてしまうのがね」

魔石を回収していたフェリクスの感想が全てかもしれない。アニメイテッド・オブジェクトといわれる動く物体と化した魔物たちは、それなりに強いくせに素材が取れないということで不人気だった。

鎧なら部位が、剣ならそのまま、そういった残りかたをしてくれたら回収して金に換えることもできるのだが、魔石を取っても取らなくても、結局はダンジョンに消化されて消えてしまう。持ち出すことができないのだ。たとえそれがダンジョンの出口が間近だったとしても、持ち出そうとすれば出口付近でどうしても消えてしまう。

ではダンジョンの中でなら使えるかというと、それも1時間もしないでちりになって消えてしまうのだ。最初の戦闘でくらいなら使えるかもしれないが、戦っている最中に消えるような武器防具では困るのだ。

「ああ、ほら、鎧がもう消え始めた。早いわね」

「早いな、まだそう時間はたっていないだろう。消えるところを見るのは久しぶり‥‥なあ、剣が消えないな」

「‥‥そうね、もう少し待ってみて、消えないなら持って行けるかしら? 持っていってみれば分かるわよね」

「そうだな、これも初になるんじゃないか。消えない動く剣」

「面白いな。もしかしたら鎧が消えないこともあるかもしれないぞ」

「剣がいいものだったら、さらに戦いがいが出てくるんだが」

鎧が完全に消えてしまった後も剣はその場に残っていた。これはゴーストの時もそうだったが、倒したことで得られる特別なものがあるのならば強敵との遭遇も歓迎だった。剣は念のため布でくるみ持っていくことにした。

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