第8話:地下1階報告1
隠し部屋を出てスタート地点の部屋までは魔物も罠もなく戻ってくることができた。階段を上れば明るい部屋へ出て、頭上の照明器具や壁に並んだ旗がダンジョンの探索が終わったことを教えてくれる。
ダンジョンから外へ出ると視線の先には丸太と板材でできた仮設のギルド出張所があり、そして周囲からはカンカン、ギシギシという建物を作っている音や木を切り倒す聞こえてくる。少し前までは何もない土地だったというのに、にぎやかになったものだった。
出張所へ戻ると待っていたのかギルド職員が集まってきて荷物を受け取る。
魔物を倒して得た魔石や討伐証明部位、解体せずに丸ごと持ち帰った珍しい魔物、それから宝箱から得た物、埋め切った1階の地図。それぞれを机に並べ、記録係が目録を作っていく。
その手前では椅子を並べ、戻ってきたパーティー全員と、それから報告を聞くために出張所の責任者でもあるモニカが座った。
「皆さんお疲れさまでした、初日としてはどうでしたか?」
「1階の地図は埋まったが、それほど広くはないな。魔物、扉、鍵、罠、宝箱、全て固定ではないようだ。思っていたよりは魔物の数が多かったが、それでも想定どおり初心者の訓練にも使えるレベルじゃないか」
ギルドが示していた初期の評価も、自分たちが実際に調べての評価もそうは変わらない。1階に関しては、ほぼ、初心者でも対応可能な範囲だろう。
「多少は普通のダンジョンとは言いにくいところもあったからな、1つずついくか」
ほぼ、ということは全てではないということで、初心者が入るのならば注意しなければならないことはいくつかあった。
「まずは魔物だな。ノーマルのラットが15、最初の角のところのラットは今回もいた。あいつは固定かもしれん。それ以外に14か。俺たちが見た範囲では群れて3体まで。それ以上のケースがあるかどうかはまだ分からん」
最初の曲がり角のラットは3回連続でいたのでこれは確定か、相当な高確率でいることになるだろう。
1階部分を踏破してのラットが15は多いかと言われるとそうでもないが、少なくもない。意外と戦闘があったという印象もある。
「今回初だとまずはジャイアント・ラット。こいつが3だ。単体で2度、ノーマルのラットとセットで1度遭遇した。単体ならどうということはないが、セットの場合は注意が必要かもな」
セットだったらノーマルをいかに早く処理するかということになるだろうか。自分たちの場合はカリーナの魔法1発でジャイアントが倒れたが、あれは参考にならない。
ノーマルの数がもっと多かったらどうだろう。範囲に効果のある魔法が欲しいところだが、ない場合は部屋の入り口に釣り出して少数を相手にできる形にするか、通路であればジャイアント自身を壁として使うか。
「もう一つは白いラットだな。持ってきたやつだ。フリアが逃げられてなあ、追いかけたところで盾に突っ込んで死んだんだが、普通のラットじゃないよな」
「そうですね、白いラット自体はいますが、あれだけ真っ白となると。鑑定はどうです? 出ました? ああ、ありがとうございます」
スクロールを広げていた職員が結果をモニカに渡す。さて、何が出たか。
「セラータ・ファンシー・ラット、臆病で敏感、非常に足が速い、へえ。飼育や食用が可能、へえ?」
「何だって?」
臆病、敏感、足が速いはまあいいだろう。確かにそんな感じだった。だがその後は何だ。飼育、食用? いやラット肉は確かに食べられるのか。要するに魔石を持ったネズミだからラットが食用というのも理解はできる。だが飼育が可能というのは何だ。そんな鑑定結果があるのだろうか。
「ねえ、飼育可能って何? そんなの聞いたこともないんだけど」
思わずカリーナが言う。確かに聞いたことがない。
「いえ、イヌやネコ、あとは鳥ですとかを鑑定するとそういったことが出ることもあるそうですよ。聞いたことがあるだけで見たことはありませんが。でもダンジョンの魔物では初めてではないでしょうか。これは捕獲依頼が出そうな‥‥」
「魔物を生け捕りにしてほしいっていうやつか。ああいう依頼は面倒なんだよな」
そういう依頼をするのは大抵が貴族だとか金持ちだとかの特殊な層だ。取り扱いが非常に面倒なことになる。
「毛皮も良さそうですし、肉と毛皮を取って。あとは魔石ですね、どの程度のものが出るか。解体に回しましょう」
傷む前に解体だ。毛皮も見たところかなり上質なようだし、肉も食用可ということであれば試してみなければならない。
「ひとまず魔物はこんなところか。次に罠を言っておくと、4カ所だった。つまずくやつと頭上からラットが落ちてくるやつが1つ、クロスボウタイプが2つだな。これは増えるかもしれないし、減るかもしれない。場所も変わっているしな」
「そうですね、種類も変わる可能性を考慮しておきましょう。それで危険なケースというのはありました?」
「そうだな、つまずくやつがそうだったな。つまずいた先が部屋の入り口で、中にラットがいた。不意打ちを食らう可能性があるケースだな」
なるほどと言いながらモニカが手元でメモを取る。
今後、ギルドで初心者向けの講習か、あるいはダンジョンに立ち入る際の説明に加えることになるのだろう。実際、1階だからまだいいのだ。直接のダメージがない、対処がそこまで難しものではない罠ばかりなのだから。
これが中層、深層での罠となったときに、一体どれほどのものが仕掛けられているのか、そこが怖い。
「それから扉は最初の部屋と階段の部屋とを合わせて全部で5カ所、そのうち2つが鍵がかかっていた。その両方ともが宝箱ありだな。それでその宝箱だが全部で4つ、部屋に3、通路の行き止まりに1だ」
「行き止まりにもあったのですか、数が必ず4とも限りませんし、そうすると毎回全部歩いて回るしかありませんね」
「そうなるだろうな。回数を重ねて4で確定すればいいが、一度でも変わることがあったら歩くしかなくなるだろう」
それほど広いフロアではない。中央の隠し部屋を無視するのであれば右回りか左回りで一周すれば全て見て回れる。
1階限定のパーティーを1日に1か2か、そういう話になるだろう。
「それで、出たものですが、あの杖もですか?」
「ああ、いや、あれは別にしてくれ。他の4つだ」
鑑定していた職員がその結果を持ってくる。受け取ったモニカはその一つ一つを現物と照らし合わせながら確認していった。
「1つめ、シルバー・ブレスレット。かつてインタカエスで作られた銀製のブレスレット‥‥インタカエスとは何でしょう」
「そこで作られたっていうんだから国か街か工房か、聞いたことがないな」
「物自体は普通の銀のブレスレットということのようです。一応いわれを付けてオークションでしょうか」
産地の詳細が不明だが好事家ならば手を出すのではないだろうか。この鑑定結果をそのまま付ければ価値となるだろう。
「2つめ、銀貨14枚。ですが見たことのない図柄ですね。この国の銀貨と重量が同じであれば鋳つぶしてしまっても良さそうですが。鑑定結果は、キルケーで流通していた銀貨ですか、また知らない名前ですね」
「ここのダンジョンで出たんだ、この土地の旧名だとか別名だとか、何かないのか」
考えたところで首をひねるばかりだった。これはセルバ家に投げる案件なのかもしれない。だがこの国の、州の、地区の旧名といったところで、別にこの土地にそんな歴史はなかったはずなのだが。
「とにかく、3つめ。これは分かりやすいですね、初級呪文のスクロール。メッセージですか、これはそのまま案内を出して、良い話がなければオークションにでもかけましょうか。そして4つめ、これは装飾品です、短剣ですね。どれ、刃は、つぶしてある。完全に装飾品ですね。そして鑑定結果が、またインタカエスですか。そこで作られた装飾品のようです。あ、これメッキですか。金メッキにくず石を組み合わせたもの。なるほど、見た目ほど高価ではない」
金色をしていた部分はメッキ、さらに宝石もくず石だという。見た目の豪華さほどの価値は出ないだろう。それでもいわれを加えて売りに出せば、こちらも好事家の注目を集めることはできそうだった。
「これで4つ、ここまでが普通に宝箱から出たのですよね? それであれは?」
「あれは最後だ最後。先に階段な」
一瞬えー、というような顔をしたモニカだったが、すぐに切り替えたのか話しを聞く体勢に戻る。楽しみは最後に取っておくものなのだ。
「階段だが、この右上が階段室になっていて、扉を閉めてしまえば安全だろう。しかも水場があった。休憩場所として使えるだろう」
「水場ですか、ああいった石組みのダンジョンだと珍しいのでは?」
「珍しいというよりは初めてだな。水はくんできた、それだな。いかにも手を洗ってくれ顔を洗ってくれ、水を飲んでくれ、道具の手入れをしてくれ、そういうために用意したと言わんばかりの作りだったよ」
実際に水が出るのは上部でしかも少しばかり吹き出す格好になっていた。そして下には流れ落ちた水を受け止める場所まであり、排水溝もきちんと備わっていた。どう考えても冒険者のために用意された水場だろう。
「ああ、もう結果が出ましたか。どれどれ。はい、安全ですね。水、普通の水道水、飲用可。これで休憩時の水分補給は完璧ですか」
「完璧だろう。実際1階に関しては右回りにしろ左回りにしろ、この階段室が中間点だ。ここで休めって話だろうよ」
冒険者に対して配慮されている。そう感じるダンジョンだった。
魔物はいる。いるがしょせんはラット、強くてもジャイアント・ラットまで。罠はある。あるが直接ダメージを与えるようなものではない。あとは鍵だけだ。隠し扉は無視して良いだろう。
「案内もしやすい、素晴らしいですね。これで他の階にも水場があれば言うことはないでしょうね」
「そうだな。深く潜るにしてもありがたい話だ」
最初に持ち込んだ水を飲みきってしまってもまた水をくめるのだ。これが安心できなくてどうするということだ。
「それで、問題はここからだな。まずは地図を見てくれ。こっちの地図だな。中央が完全に空白になっていて、ぐるっと回ってみても直接この空間に立ち入れるような通路や扉はなかった」
「隠しエリア? というものですか?」
「そうだ、そして実際に隠し扉を発見した。で、結果がこっちの地図になる。隠し部屋の場所は2カ所、こことここだな。フリアが手間取るくらいには巧妙だった」
「うん。こっち側は石組みの中に小さいのがあって、それが押せた。こっち側はちょうど十字になる組み合わせの場所があって、そこのコケを払い落としたら器具を差し込めて、そこから右手を延ばした横にもう1つ差し込めるところがあって、組み合わせの鍵だったよ。面白かった」
聞いても今ひとつピンとこない。これは鍵開け講習担当の職員を連れて行って、現地で再現してもらった方が良いかもしれなかった。
「この、入り口に近い方だが、部屋の中に昇降機があった」
「昇降機、ですか」
「ああ、あまりダンジョンでは聞かないものだがな、そして籠はなかった。下にあるらしく呼ぶこともできなかった」
「下、下層に、ですか」
「ああ、確認した。示されていた数字は2つ。5と10。矢印は5を示していたから、昇降機の籠は恐らく5階。そしてこのダンジョンは最低でも10階まではあるということだ」
ふう、とモニカがため息をつく。
「最下層だと思いますか?」
「どうだろうな。最下層からの帰り道として使えという意味か、それとも11階からの攻略のために使えという意味か、どちらだと思う?」
どちらの可能性も現状ではあり得た。少なくとも10階に下りてみれば予想はできるだろうが、このダンジョンの作りはそう単純ではないようにも思えた。10階からの帰り道としても使える、そういうように考えるのが近いのではないかという想像をさせた。
「楽しいですね?」
「‥‥、楽しいね、久しぶりに興奮したよ」
「そういう顔をしていらっしゃいます。そして私も楽しいですね。わくわくしますよ」
これだから冒険者は、これだから冒険者気質の人間は。
「もう一つ、楽しくなる話をしよう。こっち側の隠し部屋だな」
モニカは待っていましたという表情をして、改めて身を乗り出した。
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