第5話:地下1階3

隊列を組み直し曲がりくねった行き止まりの通路を戻る。分岐に戻ってきたら次は調べていない前方へ進む。少し行ったところで通路は右へ曲がっていて、そこへ侵入していったフリアがすぐに戻ってくる。

「曲がった先は行き止まり、その右に部屋だと思う。地図見せて、うん、この空いているところがたぶん部屋になるんじゃないかな。それでその部屋に気配、2つ、たぶんラットだよ」

「よし、さっさと倒して地図を埋めるか」

ラット2体相手の戦闘などエディが盾を構えて前進、その脇からクリストが突き込むだけで終わる。3体以上になれば多少は工夫が必要だが、それでも相手はラットだ。

「おし、終了。部屋の中は何もないな?」

「罠なし、箱なし、魔物もこれ以上はなし、クリアだね」

これで地図上では左側がおおよそ埋まったことになる。

次は交差点を2つ戻ったら左、地図上の上部分を埋めていく作業になる。

2つ戻って左へ曲がったところで先行していたフリアが急に止まり、あ、という小さな声を上げた。

「どうした?」

クリストの問いかけに大丈夫というように手を上げて振り、後続を待つ。

「ごめん、気をつけてはいたんだけど。前方、左に通路。それで、今のはね、その通路に駆け込むのが見えて。形はたぶんラットなんだけど、小さめで、色が白っぽかった」

フリアは暗視も持っていて気配を察する能力も高い。そのフリアが捉えきれなかったというだけで相手の隠密性や素早さが分かる。

「気になるな。先にこの通路を埋めるか」

「あ、ちょっと待って。たぶんだけど、この通路の先が外周に当たるよ。それでさっきの部屋のところ、ここだね。だからこの通路は行き止まりか右に曲がるかだと思う」

フェリクスが地図を見ながら指摘する。確かに地図を見るとそうなりそうに思えた。

「そうすると、エディ、ここの通路の入り口で待機してくれ。俺たちがここを真っすぐ進んだところを確認してくる」

「わかった。通路をふさぐ形で待っているよ」

予備のたいまつを取り出してランタンから火を移す。

単独でも防御力の高さで1階が問題になることのないエディが待機、他のメンバーで通路を通り過ぎて先を埋めることにした。先の地形次第では通路に駆け込んだ魔物を追い込むことができるからだ。

「前方、左にたぶん部屋。扉なし、気配なし、通路はそのまま前に」

「了解、部屋は確認しよう」

少し進んだところで左側に部屋の入り口が現れる。扉はなく、見る限り中に宝箱があるということもなかった。

「よし、ここはクリアでいいな。先に進もう」

再び前進を開始すると、すぐに先行していたフリアが戻ってくる。

「前方十字路。前と左右に通路だよ。これ、左側がぐるっと回ってさっきのところに行ける感じかな?」

「地図を見る限りそうなりそうではあるよね。もしかしたら両方行き止まりだったりするかもしれないけれどね」

「よし、別れよう。フェリクス、エディのところへ戻ってくれ。俺たちはここを左へ行ってみる」

「分かった。気をつけてよ」

このフロアであれば現れる魔物はラットばかりだ。いたとしてもジャイアント・ラット、油断しなければどうという相手ではない。その駆け込んだという魔物次第ではあるが、まだ1階だ、問題はないように思えた。

フリアは先行して左の通路へ入ると、慎重に先に進む。やはり予想通り左へ曲がるか、と先が見えてきたところでその動きがゆっくりとしたものに変わった。左手で進行を押さえるようなしぐさをする。前に何かいるのだ。

音を立てないようにゆっくりとクリストとカリーナもフリアに近づいていく。そのフリアはナイフを取り出して投げられるように構えていた。

前はまだ薄暗くよく見えない。近づいたクリストが何が、と言いかけたところでフリアは構えていたナイフを前方へと投げた。

カンッという硬いものに当たる音。前方で何かが左へと走ったように見えた。

「うわっ、外しちゃった、ショック!」

フリアの投てきが当たらないという時点で相手の素早さの異常さがわかる。

「ほかに気配は!」

「なし! 行くよ!」

問いかけに応えたフリアが素早く前進し角を曲がり、さらにその先へと飛ぶように進んでいった。それに続くクリストとカリーナは完全に走る体勢で後を追う。

地図どおりならばこの先は行き止まりか左に曲がって、その先には。

左への曲がり角が見えた、というところで、その先の方からガツンという物のぶつかる激しい音が聞こえた。追い込めたのだ。

スピードを緩めたフリアが角を曲がると、その先の方で盾を構えたままのエディが足元を見ていた。

「盾にぶつかって勝手に死んだな」

逃げ足は素晴らしかったが防御力は低かったのか、それともスピードがあだになったか。足元に倒れ伏している魔物は見た目はラットだったが、色が明らかに他とは違った。

「これって真っ白なんじゃない?」

エディの背後からのぞき込むようにしていたフェリクスが言う。たいまつの明かりでは確かなことは言えないが、ラットは全身が白いように見えた。

「あの逃げっぷりだ、持ち帰って鑑定してもらおう」

ようやく追いついたクリストが言う。1階層だというのにフリアからは逃げ切ってみせたのだから普通のラットではない結果が出るだろう。

「逃げられるし当たらないし、大ショック」

当のフリアは非常に不満な様子だったが。


「ねえクリスト、地図を見てくれる」

白いラットを袋詰めにする作業を見守っていたところにフェリクスが声をかける。気になることがあったのだろうか。

「ほら、ここまでできているんだけどね、今ここ。それでここが」

「丸ごと空いているな」

「うん。それで、えーと、この通路を進むとたぶんここにつながるよね。それで右側に通路がなければ」

「ここが不自然に残るわけだな。怪しいなあ」

地図上には部屋2つ分はあるだろう空白が不自然に残る形になる。ここまでは通路と部屋とで地形をきちんと埋めてきている。この空白はどう考えても怪しいだろう。

「よし、ここがつながるかどうか、右側に通路があるかどうかを確認しよう。それでこっち側、この地形だともう一つ分でちょうどなんじゃないか、そこを先に埋めよう」

空白を中心にぐるりと囲む形で通路と部屋が並んでいる。書いてみれば非常に分かりやすい地形だった。

作業の終わったラットの入った袋を受け取ったフェリクスがそれを背負う。両手が空いてさえいれば良く、今回は戦闘に参加しないフェリクスが請け負うのが最も効率の良いことだった。

隊列を整えると地図を見て先の状況を説明、交差点に移動し右へと曲がった。ここからは真っすぐ、最初に宝箱があった部屋に近い交差点まで移動する。

予想された通り、右側の空白地帯へ入っていくような通路はなく、ここは左への通路もなくひたすら真っすぐだった、その通路を進み、予定どおりに交差点に着いた。

「この先に宝箱の部屋だったな。念のため中身が復活していないか確認だけはしておこうか」

「分かった」

フリアがささっと部屋まで移動していくが、中に入ったと思うとすぐに戻ってくる。

「残念、開いたままだった」

「さすがにそこまで都合良くはいかないか」

時間は経過しているが開けた宝箱が復活するようなことはなかった。少なくとももっと時間が必要か、あるいは他にも条件があるのか。

「よし、次はここをこっちだな。予想どおりなら丁字路のはずだ」

「分かった、先に進む」

フリアが先行して通路に入る。

予想どおり、通路は突き当たり左右に分岐していた。埋めやすい部分から取りかかるべきと判断し、右へ進む。すぐに立ち止まったフリアが戻ってきた。

「前方、右に部屋、たぶん扉なし、気配なし。その先は行き止まりじゃないかな」

「予想どおりっていえば予想どおりか。これでちょうど埋まるな。確認しよう」

先に進むと確かに右側に部屋、そして扉はなく、部屋の中も空だった。

「罠なし、魔物なし、箱もなし。クリアだね」

部屋を確認して先へ進むが、予想どおり、そこは行き止まりだった。

「これで埋まった。それじゃあ戻って次は直進だね」

先ほどの交差点まで戻り、そのまま直進を始めてすぐにフリアが立ち止まった。身を乗り出したり下を見たり上を見たりしてから、背後を振り返りちょいちょいと招くように手を動かす。

「ここ照らしていて」

追いついたクリストに言うとその場にしゃがみ込むと、そのままランタンの明かりを頼りに床を調べ始めた。

「残りの罠って頭上注意っていうのだったよね。見てもよく分かんないんだけど、危ないかな、ね、ここ、ここ押してみて」

ギルドからの説明があった罠は3種類。ここまでつまずくもの、木の棒が飛んでくるものには会っている。残りは頭上からラットが降ってくるというものだった。

エディが盾を頭上に構えた体勢でフリアに指示された場所に足をかけて力を入れると、見上げる頭上の石組みの一部が消え、そこから足をバタバタとさせたラットが1体落ちるようにして降ってきた。

最も落ちる場所は頭の上ではなく盾の上だったが。

エディは盾の上に乗ってしまったラットを前方に跳ね飛ばすように弾く。ボテッという音がしそうな降り方をしたラットの背中にストッとナイフが刺さる。待ち構えていたフリアの投げたものだ。この一撃であえなくラットは倒されてしまった。

「分かっていればどうということもないな」

「落ちてくる場所が決まっていれば、落ちてくる魔物が決まっていれば、だな」

聞いていたとおり前方斜め上辺りに落ちてきてくれた。待ち構えていたし盾の上だったので問題はなかったが、これが予想外のところへ落ちてきたら話も変わるだろう。

それに落ちてくるのがノーマルのラットだったから良いが、これがジャイアントだったらどうか。体勢次第ではあるが、押しつぶされる可能性がないわけではない。

「よし、クリア。先へ進もう」

ラットの処理が終わったところで前進を再開する。と、またすぐにフリアが足を止めた。

「今度は部屋だよー。扉あり、気配あり、待ってね、確認する」

扉にすり寄るようにして近づき、しゃがみ込むと鍵穴を確かめる。

「鍵あり、罠なし、気配は3つ、1つは大きいね。これはジャイアント・ラット1と普通の2つかな。ね、この扉は上にのぞき窓があるよ。見てみる?」

「どうせだ、確認してからにするか、ああ、ジャイアント1ノーマル2、当たりだな。箱ありだ」

手鏡を使って室内を確認したクリストが言う。今までで最大量の魔物ではあるが宝箱があるというのであれば無視することはできない。倒して宝を得てこその冒険者だ。

「扉は内開きか? よし、フリアが開けたところでエディが突入。カリーナ、魔法でジャイアントを頼む。見た限りでは中央にいた。倒してもらって構わない。俺とエディが残りだ」

鍵を開けたフリアがノブに手をかけたままその横に張り付く。エディは盾を構え、カリーナが魔法を準備する。ノブが静かに引き下げられ、そしてそのまま扉が開くように軽く押される。わずかに内側に動いたところへ、盾を構えたエディが力強く押し開けるように部屋に踏み込んだ。

中央にジャイアント・ラット、その左右にノーマルのラットが確認できる。エディはそのまま扉を押し開けるようにして右に進み、その脇に待機していたクリストが低い姿勢のまま左へ走る。

「ファイアーボルト!」

空いた中央、正面のジャイアント・ラット向かって、カリーナが準備していた魔法を放つと、一瞬で間合いを埋めた魔法はジャイアント・ラットの顔面に命中、激しい炎が顔全体を包むと、ギャーというような大きな声を上げてそのまま体を倒れさせた。

その左右では展開したエディとクリストがそれぞれ一撃でラットを倒していた。

「よし、クリア、問題ないな?」

魔物の全滅を確認したクリストが問うと部屋の外にいた仲間たちも全員が入ってくる。

「やっぱり魔法だと1階では過剰になるわね」

「安全のためには確実に一発で倒せるのが理想だからな、これでいいさ」

地下1階に出現する魔物相手ではカリーナの魔法は強力過ぎるのだ。それでも今回は1階だけの探索だ。魔法を取っておくよりもここで使って確実に倒した方が良いという判断だった。

「鍵あり、罠なし。鍵は開けたよ」

すでに宝箱にとりついていたフリアの言葉に全員の視線がそちらに向かう。ジャイアント・ラットの魔石を取り出そうとしていたクリストの視線もだ。やはり魔物を解体する作業よりも宝箱を開ける瞬間の方が魅力がある。

「フェリクス開けてみるか? 冒険をした成果って感じで楽しいぞ」

「そうかい? それじゃあやってみようかな」

今回は地図を書いているだけだったフェリクスが箱開けに挑んだ。中身は何か。

ゆっくり蓋を持ち上げると、箱の中には短剣が見えた。

「‥‥武器なんて出るんだ。でも何だろう、武器っぽくはないね」

「ちょっと待ってね、んー、文字はなし、さやと柄に金色の装飾あり、宝石っぽいかなあ、これは使うって言うよりも飾るものじゃない?」

「どれ、見せてくれ‥‥剣の方は普通の短剣だな。特に見るところはない。普通に使えるのか? いや刃がないな、つぶしてある。これは飾りの部分の価値を見るべきか」

装飾品としての剣というものは相応の取引市場がすでにある。売れるものなのだ。この短剣も剣ではなく装飾品としての価値を見るべきなのだろう。

「これで宝箱が4つ目か。残りは、この右上の空白と中央の空白だな。中央は進入路がない。右上が階段だろう。まずはここを埋めよう」

すでに十分な成果を得られていたが、まだ地図を完成させていない。問題は中央の空白だが、その前に下層へ続く階段を確認する必要があった。

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