第6話:地下1階4
部屋を出たら左へ進むとその先は前と左への分岐。地図を見る限り左を曲がると直進して交差点に到達する。そこは一度通り過ぎている場所なので、この通路を埋めてしまうことにした。もしかしたら階段もここかもしれないという想定もあった。
左に曲がり少し進んだところで先行するフリアがしゃがみ込む。
「罠か?」
「うん、罠。これはクロスボウタイプかな。んー、当たり、クロスボウだね」
「罠が4つか。てーことは罠1種類が1カ所だけってことではないわけだな。入るたびに増えるかもしれないし減るかもしれない」
少なくとも3種類の罠があったが、それぞれ1カ所で終わりというわけではないことだけは確定した。罠の設置場所は変わっているということも確定しているので、今後ダンジョンに立ち入る冒険者が増えれば罠が実際には何種類あって、一度に何カ所設置されるのかが分かってくるだろう。
「そしてこの先が、うん、地図地図、ここだね。これでここまでは確定。残ったここがたぶん階段だよね」
「埋まったな。よし、階段を見に行くか」
地図の埋まっていなかった部分が確定し、残りは右上の空白部分だ。通路を折り返すと罠を回避してそのまま直進。突き当たりを今度は左へと進んだ。
「部屋発見、扉あり、鍵なし、気配なし」
先行するフリアから報告が入る。
「まだ直進があるな、階段は部屋かこの先か」
「見てくる」
さっとフリアが部屋を通り過ぎて先を確認するために進んでいき、それほど時間もかからずに戻ってきた。
「行き止まりだった。この部屋が階段かな」
そういうと扉に張り付き耳を当てる。
「うーん、気配はないんだけど、音がするね。何だろ、水の流れる音っぽい?」
「危険ではなさそうか? よし、開けるか」
クリストがノブに手をかけて軽く動かすと、カチという音をさせて扉が内側に開いた。
すぐに踏み込むことはせずに、ランタンを掲げて中を確認する。明かりに照らされた室内には、左奥に何かがありそちらから水の流れるような音が確かにする。そして右側には下り階段があり、その手すりが見えていた。
「特に危険はなさそうか‥‥」
確認するとまずはクリストから部屋に入る。全員が入ったところで扉は閉め、ランタンを階段の手すりに乗せた。
「下り階段、聞いてはいたがこれで地下2階があることが確定だな。それでそっちは?」
「水場だよ。何ていうんだろ、長細い形のものが壁にくっついていて、一番上に穴が開いていて水が噴水みたいに吹き出している。それで下に受けるための場所があるね。穴が開いていてそこに水が流れ込んでいるのかな。どう見ても手を洗ったり顔を洗ったりとか、水をくんだりするためのものだよ」
興味深そうに見ていたフェリクスが言う。そして横からカリーナが革袋を差し出して水をくんでいた。
「匂いは特にないわね、これ、持ち帰って鑑定してもらいましょ。普通の水なら、この部屋は休憩するのに最高よ」
ダンジョン探索で水は貴重だ。水場があることなどまれだし、その水が安全かどうかが分からない。しかし人が活動するためには水が必要なのだ。持ち込んだ水やワインや牛乳だけで活動できる時間には限界があるのだ。
「冒険者に対して配慮してくれているようだな」
「そういえばトイレを試してくれって言われていなかったっけ。ちょうどいいからここで休憩にしようよ」
「保存食も試してくれってのがあったな。よし、休憩にするか。その水場のある方の壁際で休憩、それで反対側、階段の横を布で囲ってトイレにするか」
「スライムはいる? いるの? どこ? あ、いたいたいたわね。これを袋に入れて、それでトイレを組み立てて、えーと? この穴のところにかければいいのよね」
「スライムは先でも後でもいいらしいぞ」
「そうなの? まあいいわ、もう入れちゃったし。布はブロックの隙間にくぎが入りそうね、これでつりましょ」
カリーナが率先して動き、フリアがそれを手伝っている。
クリストとフェリクスが水場の近くで荷物を置き、保存食を取り出しにかかる。エディは壁に盾を立てかけるとその場に腰を下ろすと革袋からぬるくなったワインを一口飲み込んだ。
「ワインよりもそこの水が飲みたくなるな」
「さすがに今回はな。だが安全な水だとなるとな、階段のたびに水場があってくれるのなら探索がかなり楽になる」
「なるよね、水って重いし、痛めばおなか壊すしね。僕はワインが苦手だからそうすると牛乳なんだけど、それはそれで飲みにくいんだよね。安全な水が手に入るのなら最高だよ」
水を作り出す魔法はある。あるのだが、それを水が必要になるたびに使えるのかと問われれば、探索中には避けたいことになる。使える魔法の数には限界があるからだ。
安全な水が確保できるとなれば、そういった心配はなくなるのだ。
つり下げられた布の向こうでキャーキャー言っている声を聞きながら用意した保存食を口に放り込む。
今回は乾燥させたパンと肉片だ。他にも瓶詰めの野菜だとか魚だとかも見せられたが、食べたことのないものだったのでひとまず避けた。そういったものは探索に出る前にギルドで試食させてもらった方が安心だろう。
「‥‥水が欲しいと言ったな。あれは訂正する。この肉はワインと合う」
「そうなのか? どれ。‥‥これはうまいな、味がすげーする。塩と、何だ? 香辛料か? それに肉の味だ」
「僕の知っている乾燥したパンはこんなにおいしくなかったね。ものすごく硬かったし。これはパンていうかクッキーみたいだ」
「マジか? どれ。‥‥これもうまいな。確かにクッキーのようだ。歯が折れるんじゃないかってくらい硬いもんだと思っていたんだが、こんなのもあるんだな」
「‥‥、ちょっとあんたたち、何バクバク食べてるのよ」
トイレ体験を済ませて水場に手を洗いに来ていたカリーナが保存食に手を伸ばす男たちに一言。フリアも肩をすくめて見せた。
「いやー、想像していたよりもずっとうまいんだよ。それでトイレはどうだ?」
休憩時に食べ過ぎるのは本来ならば良くはない。それにカリーナとフリアの分も残しておかなければならないのだ。
「組み立てる一手間は必要だけど、やっぱりその場にしゃがみ込んでするよりはずっと楽よ。汚さないしね」
「ん、やっぱりしゃがんでするのはちょっと情けなかった。あとが見苦しくなくて、片付けるのも簡単なのはいい」
慣れで済ませてはいたが、やはり女性陣には好評だった。それにこの場には水がある。手を洗うことができるというのも良い点だった。
「荷物が増えるってのは難点ではあるがな。俺も使ってみるか。袋は外しているか?」
「ああ、外して隅に置いているわ。スライムならまだその辺にいるから拾っていけばいいわよ」
クリストもその辺りの壁際に転がっているスライムを拾うと、荷物からトイレ用として渡されていた袋を一枚持つと、トイレへ向かった。
「あんたたちも使っておけば? 椅子に座る形だから、鎧を着けていても平気よ‥‥ねえちょっと、このお肉おいしいじゃないのよ」
「味を付けて乾燥させた牛の肉らしいぞ。セルバ家から仕入れたって言っていたか。俺たちもトイレは使ってみるか。タセットを着けたままだとしゃがむのがきついんだよな」
タセットは腰鎧だ。着けた状態だと動きがどうしても制限される。
エディとフェリクスも立ち上がり、トイレの方へと移動した。
「ちょっとあんたも食べてみなさいよ。これ、おいしいわよ」
空いた場所に座り込み、カリーナは肉をつまみにワインを飲む。それを見ていたフリアも腰を下ろすと肉をくわえた。
休憩を終え、荷物をまとめたら探索の再開だ。
「片付いたな。よし、再開だ。残るのは地図の中央、この空白だな。ここまで配慮されたダンジョンでこの空白はどう考えてもおかしい。何かありますと言っているようなもんだ。戻って、こう、ぐるっと回ってみて壁を調べるぞ。隠し扉だとかがあるかもしれないからな。なければこの空白は下から上がってくるタイプってことになる」
今後の方針を確認すると移動を開始。部屋を出たら右へ進み、前と右への分岐を右へ曲がる。最初の十字路はそのまま直進して空白部分の外周に入ったことで、フリアは壁に張り付くようにして移動し始めた。
「エディ、フリアの前へ。俺は右だ。フェリクスとカリーナはフォロー頼む」
指示を受けエディがフリアを追い越して最前線に移動、クリストが分かれ道や部屋の入り口といった不意打ちを受けやすい地形のある右側に移る。
フリアは壁を眺めたり触ったりしながらなので移動速度は落ちる。その前を進行速度を合わせながら進んでいたエディが右側にある部屋の入り口を確認。問題なしを報告する。その先で右への通路、さらに先で空白部分の角に当たる十字路と続く。その右への通路に差しかかったところでエディが盾を構えた。
「ラット、2!」
続いて歩いていたクリストが剣を抜きながらフリアの右からエディの近くへと場所を変えたところで、通路から飛び出したラットがエディの盾に突撃し激しい音をさせる。そこをすでに位置取りができていたクリストが振り下ろす剣で切り伏せた。
もう1体のラットも飛びかかるが、切り返したクリストの剣の横なぎに吹き飛ばされ壁にぶつかる。不十分な体勢で地面に落ちたラットに対して、踏み込んでいたエディが盾に体全体を押しつけるようにしてラットの上から押しつぶし、これを倒した。
「よし、倒せたな。ここは一度通った通路だ。魔物の復活はあるってことだな」
ここまで地図を完成させていて部屋と通路はすべて見た。そして魔物もすべて倒している。それなのにラットが2体現れた。時間経過によるものかどうかは分からないが、復活することは間違いなかった。
隊列を整えたところで前進を再開する。フリアは相変わらず壁に張り付いた状態で、エディが先頭だ。しばらく進むと十字路、ここが空白部分の角になる。そして左折して次の一辺の壁を確認しながら進むことになる。
「待って、先に何かいる」
と、左に曲がって数歩で前を見たフリアが警告。エディが盾を構え直し、クリストがその横に移動する。少し先に進んだところで前方、うっすらとした光の下に大型の獣のような姿がある。ジャイアント・ラットだ。
「他に気配なし、1体だけだよ」
「分かった。向こうも気がついたようだな。さっさと倒すか」
左側に入ったクリストに続きエディも今回は剣を抜く。盾を中央に左右に剣だ。
前傾姿勢でこちらをにらむジャイアント・ラットに対して駆け込むように一気に距離を詰めると、エディが盾を顔に向けて突き込むように動かす。
鼻先へのダメージで思わず身をのけ反らせたジャイアント・ラットに対して、2人からそのがら空きの胴体めがけて剣が突き込まれる。大きいとは言ってもしょせん1階に出る魔物だ。2本の剣を差し込まれて無事なわけがない。これで戦闘は終わった。
「そういえばこの先、右の部屋に宝箱があったね」
フェリクスの言葉にフリアが壁を離れ、さっと前へ進む。そして恐らく右に部屋があったのだろう、そこに入るとすぐに戻ってきた。
「残念、開きっぱなしだった」
「魔物は復活するが箱はなしか。まあそうだよな」
報告していたフリアがすぐさま身を翻し壁に張り付いた。
「どうした?」
「何だろ、何か気になった。待って」
ようやく何かが見つかったのか。場所としては空白の壁の一辺、ちょうどその中央付近になるのだが。
ペタペタと壁に触りながら上を見たり下を見たりと忙しく動いていたフリアの動きが止まる。真ん中よりも少し下か、壁をじっと見ている。
「見つけたかも。これかな、これだね、押せる。押してみる?」
「待て待て、いきなり押すなよ?」
隊列を整え直し、クリストとエディがフリアと場所を変わる。
「ここか? この小さいブロック、ああ、確かにわずかに沈む。押し込むぞ、いいか?」
エディが盾を構え、念のためカリーナが防御魔法を準備する。全員を見渡すとクリストがブロックを押し込むと、カコンという音がすると壁の一部が石組みはそのままに扉のような大きさで内側へと開いていった。
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