第4話:地下1階2

フリアは離れた位置から宝箱の鍵穴を確認、問題なしと判断したのか近づいて箱に手をかけ、鍵穴に道具を差し込んで軽くカチャカチャと動かした。

「うん、鍵なし、罠なしだね。開ける?」

「いいぞ、開けてくれ」

クリストの返事を聞くとゆっくりと箱の蓋を持ち上げ、パカリと口を開くように開いた箱の中には銀色のブレスレットのようなものが入っていて、ランタンの明かりにキラリときらめいた。

「んー、うん。問題なさそう。文字じゃないね、仕掛けとかもなさそう。普通の飾り彫りかな、ぱっと見はシルバーのブレスレットだよ」

箱の中からそれを取り出すとクリストに渡し、ランタンにかざすようにして確かめたクリストは少し満足したような表情だった。

「2回の確認で低級薬と高価ではない宝石だったか。これも恐らく同じくらいの価値っていうことなんだろう。‥‥悪くないな」

「いいよね。罠とラットレベルの魔物に対処できて鍵開けができるれば1階からこれくらいの宝がいくつか手に入るっていうことだもんね」

「このフロアでどれだけ宝箱があるかが問題だが、競合するほどの価値ではないってのもいい。初心者に1階をやらせて、経験者はさっさと2階に行けばいいからな」

クリストとフリアの感想のとおり、ギルドでも1階はこのダンジョンを初めて訪れた冒険者に一度は経験させるつもりだった。

それはランクが高くてもの話しで、一度経験して問題なしということであれば以降は潜れる階数を下げる予定だ。そして初心者の冒険者にはこの1階で問題がなくなるまで探索をさせるつもりでいた。

「地図は一致しているのに魔物の場所と数、罠の場所、扉があるかどうか、鍵がかかっているかどうかは全部違う。考えられている気がするよね」

地図を書き込んでいるフェリクスから見てもこのダンジョンの評価は高かった。どうしても作成者の意図というものを感じてしまうのだ。

「最深部にボスがいるのなら、なぜこんな冒険者を育てるような作りにしたのか聞いてみたいもんだ」

普通ダンジョンの難易度の上げ方というと魔物の量と質だ。それはたとえ1階層でも同じことで、入ってすぐのエリアから奥へ進めば進むほどに変わってくるというものだ。それがどうもこのダンジョンは違っている。

「それはいいんだけど、1階だと私がやることなさ過ぎて暇になるのよね。もう少し魔物にも変化が欲しいわよ」

防御と回復に備えただけで実際には何もしていないカリーナは今回は本当にいるだけだ。魔石や討伐証明の尻尾をまとめて持っているくらいしかやることがないというのはやはり少し寂しい。

「そうはいっても1階だしなあ。今日はあとは地図埋めだろ? ここまでやってきたことの繰り返しになるだろうな」

地形から見てここまでは外周の一辺に沿って進んできた。地形を見る限り少なくともあと3回程度は繰り返す必要があった。

危険がないわけではないので備える必要はあるが、実際には何もしなくても終わるために手持ち無沙汰なカリーナは軽く肩をすくめることで返事にした。

「さあ小休憩終了、続けるぞ。で、次はどうなっている?」

「地図だと今ここだね。それでたぶんここに分岐があるんだ。そこを左に曲がって真っすぐ行くと一番最初の地点に戻るね」

「なるほどね。じゃあまずはそれを埋めるか」

隊列を組み直し、再び調査に入る。部屋を出たら左、最初の交差点を左、そのまま直進して最初の左への分かれ道はフリアが一人で確認を済ませた。

「何もなし、地図どおり、ここに出たよ」

「よし。問題なしだな。で、ここを直進すればスタート地点から最初の十字路に出るってことだ」

直進し、十字路を目指す。

少し進んだところでフリアが足を止め、後続のところへ戻ってくる。

「地図見せて、うん、ここだね。通路をゆっくり向こうに進んでいくおっきいのがいる。たぶんジャイアント・ラット。このまま後を追いかけていけば最初の十字路の辺りで追いつけるかな」

「ジャイアント・ラットか、ここでは完全に初見の魔物だな。小さいのはいなかったんだな? よし、エディが押さえる、俺が攻める。カリーナは攻撃魔法1発、フェリクス、フリアは待機」

クリストは指示を出すとランタンをフェリクスに渡し剣を抜く。盾を構えたエディが一歩前へ、そしてその背後でカリーナが魔法を準備した。

「よし行くぞ」

前進を開始したエディを全員が追う形になる。すぐ背後にカリーナ、左にクリスト。あとの2人はさらにそれを追う。

前方に何かの暗い影。高さが1メートル以上はあるだろうか、明らかに大きいがその形はラットそのままのようだった。近づくエディが音を押さえていないこともあってすでに気がついている。ランタンに照らされてその姿が影から色の付いたものへと変わっていく。

ジャイアント・ラット。通常のラットを大きくした魔物だが、大きいだけあって攻撃力も数段上になる。まれに毒や病を持つものもいるため、攻撃を受けること自体に危険が発生する場合がある。さらに周囲にノーマルのラットがいれば驚異度は増すが、今回はこの1体だけのようだ。

踏み込んだエディは殴りかかるようなしぐさをしたジャイアント・ラットの真正面から盾ごとぶつかり、その腕の振りやかみつきを盾によって受け止めた。

剣を両手で握り腰だめにしたクリストがその左側から突きを入れ、腕を振り上げていたジャイアント・ラットの脇の辺りに剣身を潜らせる。この一突きで魔石に届くか心臓に届くかすれば一撃だが、ジャイアント・ラットは激しい鳴き声を上げながら身もだえし、正面にいたエディが盾を振り下ろすように動かすと、支えを失ったジャイアント・ラットが上体を落とすようにうずくまった。

「フロストバイト!」

そこへ準備を終えていたカリーナの魔法が直撃する。一瞬顔を上げたかのように見えたジャイアント・ラットはそのままブルブルと震えると目を閉じてその場に崩れ落ちた。体表には白く霜のようなものが付着していた。

「ちょっと過剰だったわね」

「まあな。俺かエディが最後にぐりっとやればそれで終わったくらいか。まあ普通のジャイアント・ラットってとこじゃないか」

「ここ真っすぐ行けばスタート地点てことでしょ? 間が悪ければこれがいることもあるってことね。‥‥悪かったわね、今のでちょっと満足したわ」

「いいさ、魔法が普通に使えて普通に効く確認ができたってことだ」

出番を求めていたカリーナの見せ場だったということで良いだろう。

クリストは刺したままの剣をそのまま使って器用に魔石を見つけ出すと、ついでに討伐証明として尻尾も切り落とした。

「さて、これでこの十字路は4本のうち3本が埋まったな。残りはこっちか。ここからは予備知識なしだ。フリア、頼む」

「了解、先行するよ」

隊列を組み直すと残す通路に進出し、前進を開始。地図を埋めるまでにはまだまだ調査が必要だった。少し進んだところで前方を気にしたフリアがすぐに戻ってくる。

「前方左にたぶん部屋。扉がなさそう。気配もないよ」

報告を受けると全体でまとまって部屋の入り口まで進む。確かに扉はない。そして奥に。

「あれー、箱だよ。扉なしの部屋でも宝箱がある場合があるんだ」

「しかもスタート地点から近い。こんな簡単に見つかることもあるんだな」

扉がなく見通しの良い室内、中央奥の壁際に宝箱があった。気配もなしという報告を聞いていたクリストが踏み込もうとする。

「待って待って、ちょっと待ってね」

フリアの静止を受ける。フリアはそのままクリストを追い越すとしゃがみ込んで床を調べ始めた。

「あーやっぱり、ここに罠だよ。今度は何だろう、同じかな? ほかにも種類があるっていう話だったよね」

「言っていたな。何だったか、クロスボウと魔物が頭上から降ってくるってやつか。あー、止められなければ俺が食らっていたな。予備知識なし慎重にって矢先にこれか」

「完全に油断したわね? 宝箱に目がくらんだでしょ」

カリーナの突っ込みに頭を抱えるようにしてしゃがみ込む。まさに宝に目がくらんで確認をせずに踏み込もうとしていた。ギルドの職員が言っていた、視察で簡単に引っかかったという話はまさにこれだ。

「あった、あれじゃないかな。ね、壁の宝箱の高さからちょっとだけ上。穴がない?」

「あるか? あるな、クロスボウっぽいか。エディ、盾頼む」

場所を変わってエディが先頭へ。盾を構えると床の指示された場所を踏み込むと、ガンッという硬い音と、その後に物が地面に落ちる軽い音が続く。

「矢尻のない矢だな。もっと言えばただの木の棒か、ただ割と衝撃があったぞ」

地面に落ちた物を確認したエディがそれを手に取り背後に示す。

「あの穴で確定だったな。何か飛び出したのは見えたがこれか。つまずくやつもそうだったが、今のところ罠で致命傷を与えるつもりはないようだな」

先端に矢尻のない矢だ、当たったところでそれほどのダメージにはならない。それでも当たり所が悪ければ痛みはあるだろうし、それが初心者であればもしかしたらということもある。

「宝箱には鍵なし、罠なし、開ける?」

「せっかくだから開けさせてもらいなさいよ」

「‥‥そうするか」

ため息をつくとクリストは宝箱の蓋に手をかけ、それを開けた。中には見覚えのある円形の小さなものが何枚か入っていた。

「マジか、こういうパターンもあるのか。これは銀貨じゃないか」

横からフリアものぞき込むと中に手を突っ込んで枚数を数えた。

「10、何枚だろ、14枚だね」

「そうなるとさっきのブレスレットもそれくらいとみて良さそうだな」

これでブレスレットの価値が決まれば、それを参考に1階の宝箱で想定される金額は銀貨10数枚分、そういう判断ができそうな成果ではあった。

「何だっけ最初に出た薬、低級薬? 毒だっけ」

「ああ、微妙な効果のやつが出たっていう。低級薬は銅貨数枚レベルだよな」

そうだ、低級薬は価格が低い。それが出ている。そう考えると宝箱の価値は銅貨数枚から銀貨10数枚までの幅を持つ。

「だが効果を考えると一つ持っていても良いと思えるものだったが」

エディの評価は違うようだった。

「3秒の継続毒。そうか、睡眠対策か」

「ああ、緊急時用に一つ持っていてもらえば効果が期待できる」

魔物の中には睡眠という状態異常や魔法を使ってくるものもいる。そして罠が使われている現状、そこで睡眠効果という可能性もないわけではない。

睡眠状態を解除するにはダメージを与えればそれで目が覚める。だが緊急時にダメージ量まで考慮することができるかという問題はつきまとう。そこに3秒間で効果が切れる毒だ。しかも低級となるとダメージの総量が非常に小さい、もしかしたら1秒1かもしれない量で済むことになる。常に最前線で状態異常を受けやすい立場でもあるエディの体力からすれば睡眠状態で何もできないよりもはるかに効率が良いことになる。

「今後このダンジョンに睡眠の状態異常が確認されたら、その薬の価値は上がるかもしれないな」

それはこれまでのこのダンジョンの作りを考えるとあり得そうな話ではあった。


宝箱の中身を回収すると隊列を組み直し探索を再開する。

部屋を出て通路を左へ。その先は十字路で、まず左へ折れたフリアは先へ進むとすぐに戻ってきて行き止まりを報告した。続けて前方へ進むと、その道は丁字路に突き当たった。

「地図を見ていると、たぶん左側は外周になるんだよ。それでこのまま左へ進むと行き止まりになるんじゃないかな」

地図に書き込んでいたフェリクスの意見から、フリアが先行して道の先を確認すると、丁字路から少し進んだところでさらに左へ曲がっていたのかそちらへ侵入、そしてすぐに戻ってきた。

「そこで突き当たって左に曲がって、その先も左に曲がっていたよ。それで気配が2つ、たぶんラット」

「確認するか。エディ、前頼む」

隊列を変更すると盾を構えたエディを先頭に通路を左へ。確かにその先でも通路は左へ曲がっていた。

「たぶん曲がってすぐにいると思う」

気配を探っていたフリアの声にうなずくと、エディが曲がり角に寄り、盾を構えたまま飛び出せる体勢になる。剣を構えたクリストが続き、さらに魔法を準備したカリーナとナイフを抜いたフリアが続く。地図を書くフェリクスは待機だ。

味方の位置を確認したエディが盾から先に動かして角を曲がった先へと飛び出し、クリストもそれにすぐに続いた。

曲がった先、すぐ目と鼻の先にラットが2体。こちらの気配に気がついていたのかいなかったのか、動きは鈍い。特に1体などは目の前の盾に特に反応見せずにそのまま跳ね飛ばされるようにして通路の奥へと転がってしまった。

1体が飛ばされ場所が空いたことでクリストが飛び出し、残る1体を手早く切り倒す。奥に飛ばされたラットはようやく起き上がるところだったが、ダメージがあるのか動きがやはり鈍い。隙間から狙っていたフリアのナイフが飛び、体に深々と刺さるとラットはその場に崩れ落ちた。

「これで終わりか? ほかに気配は? なしだな、了解。そこも左に曲がるのか」

「地図を見るとその先が行き止まりになりそうだよ」

ぐるぐるっと回らされて最後は行き止まり、そういう地形になっていた。ナイフついでに魔石と尻尾を回収していたフリアが左側、曲がった先を確認して、こちらを見た。

「行き止まりだよ。そして箱あり、すごく調子がいい感じ」

「‥‥行き止まりの場合もあるのか。これは来るたびに全部歩けってことか」

部屋にあったりなかったり、行き止まりにあったりなかったり。結局は全部歩いて全部確認するしかない。

「ん、宝箱に鍵あり。罠はなし。待ってね」

鍵穴に道具を差し込むとカチャカチャと動かす。

「あれー、押し上げじゃないね、隙間を合わせるタイプだ。ん、開いたよ」

しばらくカチャカチャと作業をしていると、すぐにカチという小さな音がして鍵が開いたことが分かった。

「扉の鍵とは違うのか、それとも最初から何種類かあるのかってことか」

「ギルドに講座開いてもらわないと諦める人も出るんじゃないかな」

あり得る話だった。冒険者といっても鍵開けまでこなす者は少ない。道具は用意するという話だったが、これはやはり技術指導まで必要になるだろう。

「あれー、これは珍しいものが出たかも」

フリアの声に全員の視線が集まる。その手には巻いた紙があった。確かに珍しい、可能性として最も高いのはスクロール、呪文が書かれた巻物だった。

「ちょ、ちょっと見せて」

すぐさまカリーナが近づいてその巻物を広げる。呪文は何か、それによって価値がまったく変わってくるのだが。

「これは珍しいものが出たわね。初級呪文のスクロール、中身は変成術、それもメッセージだわ」

「そんなに珍しいのか? 初級だろう?」

「そうね、初級だからその点では珍しくはないけれど、中身がメッセージなのがね。これ、障害物越しに呪文使用者と対象者との間で伝言のやりとりができるっていう魔法なのよ。欲しい人は欲しいでしょうね」

何しろ対象者がそこにいることさえ分かっていれば、見えていなくても良いのだ。閉ざされた扉越しに誰かと、あるいは隠れている誰かと、やりとりしたい場面。使いどころは限られるかもしれないが、欲しい人はいるだろう。

「ギルドが市場でオークションにでも出せば良いわよ。初級のスクロールじゃない値段になるかもよ」

それは良いものが出たという評価でいいだろう。

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