雪世界に唯一人

功琉偉つばさ @WGS所属

雪世界に唯一人

 雪世界に唯一人僕は佇む。


 見渡す限り真っ白なこの雪の世界。こないだまで雪なんてなかったこの世界。その白さは僕を包みこんで消えていってしまいそうだった。


 太陽が反射して雪がキラキラと光る。風が吹き、積もっていたふわふわな粉雪が花びらのように舞う。そしてその一つ一つが太陽に照らされる・・・・・・


 こんなにも真っ白い世界に僕は一人いた。


 ひどい寒さのせいで手袋をしていても、厚い靴下を履いていても、末端の方から冷えてかじかんでくる。


「このままここに居続けたらきっと低体温症で死んでしまうんだろうなぁ」


 そんなことをひとり呟く、そして白い息がまた宙に舞う。


 死と隣り合わせの世界はなぜこんなにもきれいなのか。


 昔、すごく高い山に登ったことがある。雲の上までそびえ立つその高い山は本当に綺麗だった。登っていくと酸素が薄くて本当に苦しかった。でも、山頂から見た景色は息をするのを忘れるほど美しかった。帰り道は歩けなくてお父さんに担がれたのを覚えている。


 昔、潜水艦にも乗ったことがある。それはそこまで深くまでいかないものだったが、死と隣り合わせではなかったが、確かに沈んでしまっていたら死んでいただろう。でも、そこから見た海はこれもまた本当に綺麗だった。色とりどりの魚達に、その底に広がる白い砂。そして何よりも終りが見えない深いよく澄んだ海の青。あの景色も一生忘れることはないだろう。


 昔、確か・・・・・・家族旅行で砂漠に行ったことがある。いつのことだったか忘れたが、お父さんが死ぬまでに一回は行ってみたいと行っていた場所だ。砂漠は本当に一面が砂で覆われていて、息もできないほど暑かった。この灼熱の大地に僕は確かに死を見出していた。でも本当に、本当にきれいだったんだ。もしかしたら脱水になっていたかもしれない。何にもない、ただただ目の前にある壮大な自然に圧倒されていた。


 そして今、現世の全てから逃げてきた僕は今本当にきれいな景色を見ている。いつまででも見ていれるようなこの景色が僕は本当に好きだ。


 あれ、おかしいなぁ死に直面しているのに、死がすぐそこにあるような景色なのに僕はこの景色に対して『好き』だなんて言っている。


 本当に毎年何人ものの人間がこの自然によって死んでいる。そんな危険なこの世界にただ一人、僕は佇んでいた。


 これからどうしようか、何もかもを捨てて逃げてきた僕はここ以外に行く場所がない。それに、僕がきれいと思っているということは、僕が死に直面しているということだろう。僕の感性は本当に危険なんだ。


「人間は死ぬときが一番美しい」


 ある本でこんな台詞を読んだ事がある。この小説では人間が戦い、血を流し、そして死んでいった。そんな景色をこの登場人物は『美しい』と表現したのだ。


 僕はこの登場人物の表現に驚かされ、感心するもなんだか変な気持ちになった。


 また、こんな言葉を読んだこともある。


「死とは人の完成形だ。違うか? 」


 そう、ある物語で主人公が問いかけられていた。これもまた一理あると思ったわけだが、これもまた変な気持ちになった。


 だって死んでしまったら人はただの肉体だ。だから死ぬ前が一番美しいと思う。生きようとあがいてあがいてあがいてあがいて・・・・・・ 運命、宿命、その他の人間が関与できないものに逆らおうとするその生命が美しいのだ。


 そしてこの景色を目を閉じてから見てみるとどうだろう。やっぱりこの世界は美しい。こんな世界の中にいる自分は『美しい』のだろうか。


 そう考えるとそうとも言えないような気がしてきた。


「あれ? 僕は逃げてばっかりで『美しくない』じゃないか」


 こんな真っ白な世界に唯一つ塵のようなものが混じっているのではないだろうか。


「これからどうしようかな。僕は『美しい』もの以外許せないんだ」


 雪世界に唯一人、僕は僕自身への答えを見いだせないまま一人、佇んでいた。

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