5-2
部屋に戻ると、私はドアの前に座り込む。失態だ。突然ヤンとして現れた彼や急に予定を前倒しにされたプロジェクト、全てから逃げ出したいという欲望。
全てが自分を狂わせていたにも関わらず、気付くことが出来なかった。最悪の場合、探査機という役割から降ろされる。
ここまで人間と共に宇宙を目指すことだけを目標に生きてきた。やる気を失って生きる意味に迷った日もあったが、絶対に諦めるつもりなどなかった。
なのにもうここで終わりなのか? それだけは避けたい、避けなければならない。
脳波通信が入る。それもプライベート用のだ。惑星内にいれば携帯端末を用いるなど他の通信手段がとれる。にもかかわらずということは、よっぽどの何かだろう。
「誰だ?」
「こちらジョー。ヤンに頼まれて、お前がこれからどうなりそうか伝えることになった。脳波受信器はしばらくつけててくれ。臨時で連絡するかもだから」
いつの間にかヤンは人脈を作っていたらしい。そうでもなければこのタイミングで協力者などそうそう現れない。
「まずは計画については続行。日程は後で連絡する。次にアレックスのことだけど、身体検査とカウンセリングだってさ。
まあ、体に悪いところがあったら直してくれるんじゃない?
最後に、これはヤンからの伝言だけど、アレックスが探査機の役目を降ろされる可能性はまずないだってさ。代わりが用意できないからって」
「情報提供感謝する」
相変わらずお堅いという言葉でジョーからの通信は終わった。すぐにヤンへの通信を開始する。案の定、すぐにつながった。
「ジョーから話は聞いた?」
「ああ」
正直質問したいことだらけだ。だが、わざわざ質問しないと答えてくれない、というほどこの男は愚鈍ではない。
「俺にはやっぱりエンキのことは分からない。
だけれど、どんどん火星から離れていくアレックスを見ていたら、宇宙に行きたくてたまらないことはよく分かった。
だから、君が宇宙に行くことを妨げる全てを取り除いてやりたいと思った」
やはり星の人は星の人だ。魚を釣れない人がいたら、代わりに魚を釣ってやるような。
「けれど、君はそんなこと望んでいない。それは分かってる。何故なのか……は分かんないけど。とにかく。
それで、全面的な助け以外に出来ることと思って情報提供を選んだ」
驚愕、と呼ぶにふさわしい感情が沸き上がる。
この異質な存在も人の心を考えるという能力はあったのか。二万年という時間が彼をほんの少しは変えたのか?
「俺が出来るのはこれだけ。明日の検査やカウンセリングの結果で、どうなるのかは分からない。そこを切り抜けるのは、アレックスの役割だ」
「安心しろ。俺はそう簡単に夢を手放したりしない」
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