4-2
「アレックス、どうかしましたか?」
「何のつもりだ」
回路がプライベート用のものに切り替わる。ヤンの正体は私のよく知る人物だった。
「君が宇宙空間を身一つで調査する先駆者やってるって噂で聞いたから、頑張ってこの基地の作業員として雇ってもらったんだ。
昔みたいに、一緒に頑張ろう。"エンキ"」
かつて私の頭脳を示した、今では何の意味も持たなくなった音の羅列で私を呼んでくる。
嫌いだ。何よりも嫌いだ。世界で一番美しい景色の中で、世界で一番忌み嫌うものの声を聞くなど、堪えられそうにもない。
「連絡は最低限にしろ。俺にお前はもう必要ないんだ」
「"星の人"に、将来の夢はあるんですか?」
いつのことだったか、私は"星の人"にそう尋ねた。
その頃には彼から教えを乞うのをやめ、悪くなっていく足をいたわる毎日だった。もう死ぬだけ。
「うーん……強いて言うならワールド・ピースかな」
この期に及んで"星の人"は私の知らない概念を持ち出してくる。
「ワールドは確か、人間の集落全体を指す言葉でしたね。それで……」
ピースは、聞いたことのない単語だった。"星の人"の故郷の言葉だろうか。
「分かりやすく言うと、全ての人間が争うことなく仲良く暮らせる状態かな。
人間同士、絶対に分かり合えると思うし、もっともっと時間が経てば、ピースって大切って分かってくれるはず」
初めてだった。"星の人"を得体の知れないもののように感じたのは。
「それは生物として適切な状態であると言えるのでしょうか?」
"星の人"から教わった話によると、生物は争うことで発展し、強いものだけが生き残っていく。
その状態をやめてしまったら、人間は誰一人生き残れなくなってしまうのではないか。
「適切だよ。今は確かに争うことでしか前へ進めない。でも、人間は次の段階に進むことが出来る。
永遠の素晴らしい首長の下で、争い無くして発展し続けるんだ。でも、それには長い時間が必要だ」
立てなくなって久しい私の前に"星の人"は立つ。
その明るい星の色をした瞳は私を見下ろしていたはずだ。だが、後になって思うと、あの視線はもっと遠くへ投げかけられていた気もする。
「"賢い人"は、前に永遠なんて要らないって言ってたけど、今でも気持ちは変わってない?
俺としては、仲間になれる人は仲間にして、やがては人間のお友達として、争いの無い大地を創りだしたいんだ」
愚かな人間だったなら、私は彼に賛同したに違いない。
だが、私は彼を認めるわけにはいかなかった。同時に理解した。
この男は優れた賢者などではない。知識を有するだけの、人を模した化物だと。
「悪いが、お前の考えは認められない。人ならぬものに飼われながらの発展など、長続きするはずがない。
全てはお前が教えてくれたことだ。お前は俺たちの敵なのか?」
私は杖を掴み、無理やり立ち上がる。とうに大人になったはずなのに、背丈は伸び続け、今では"星の人"と頭一つ分の差がある。
「敵じゃないよ、どうか怖がらないで。
仲良くしようと言いたいところだけど、もし"賢い人"が俺のことを嫌いになるなら、それを責めるつもりはないし、それを理由にひどいことをするつもりもない」
立つのもつらいでしょ、落ち着いて、と"星の人"は私をなだめる。
そんな言葉で大人しくなるつもりもなかったし、私は今確かに生きる目的を掴んだ。
何年かけようと、星々の先を目指す。そして人類が発展し続けるには自分と、時には他者と戦い続けなければならないことを証明する。
星々の空間の全てを解明したら、次はその外側を解明してやればいい。何なら"星の人"の正体だって突き止めてやる。
故に、まだ死ぬわけにはいかない。
「"星の人"、俺に永遠をくれ。だが、お前の理念には協力しない。俺は俺のやり方で、人間とはどういう生き物なのか示してやる」
「分かった。君がどんな理想を見せてくれるのか、楽しみにしてるね」
"星の人"は私に怒った様子はなかった。私には彼の敵にはなれなかったのだ。今も昔も。
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