3-2
午前十一時から始まるとAIが教えてくれた前回の調査を踏まえた結果報告会のため会場へ向かうと、脳波で私とコミュニケーションをとっていたのだろう職員が手を振ってくる。
丁度隣の席が空いていたので着席すると、同僚は間髪入れずに雑談に入った。
「前回の調査凄かったな。君が宇宙行くの初めて見たんだけど、上手いこと進路から外れない範囲で星の重力圏に入り込むのを避けてた。俺でもできるようになるかな?」
答えない。職員と交流すると上から文句を言われてしまう。
そもそもここに呼ばれた理由は惑星調査のための「探査機」としてだ。
倫理上、実験動物としても扱えないので仕方なく人間のように扱ってもらっている。
「先輩から聞いたけど、君サイボーグなんだろ? 昔漫画で読んだことあるけど、なんか戦ったりできるの?」
人体の改造により真空での活動を可能にした人造人間、私に与えられた表向きの身分。
流石にナノマシンの話を公にするわけにはいかない。
「出来ない。あまり関わると俺が上に文句を言われる。話しかけないでくれ」
そうなの? ごめん、と謝った職員は立体映像が映し出されるのだろう正面へと向き直る。
着ている赤色の制服に着けられた名札にはジョーと書かれている。これがこの青年のコードネームだろう。
私たちは本名を明かさない。身元の特定できるものの持ち込みも禁止されている。
私、アレックスも、ケンも、ジョーも、本名は別に持っている。発音しにくい名前や出身への配慮らしい。
「これより、第四回太陽系調査の報告を開始します」
今回のリーダーであるヘンリーと呼ばれる中年の男が話し出す。先ほどまで談笑で溢れていたホールのような会場が一瞬で静まり返る。
私の隣に座るジョーも、先ほどとはうってかわって知性を宿した瞳をヘンリーへ向けていた。
正面に映像が浮かび上がる。私が宇宙空間を移動したときのものだ。
火星を出発し、木星や土星に巻き込まれないように移動し、海王星を横目に冥王星へさようならを告げる。
スペースデブリとの衝突を避けるための静止時間を飛ばし、カイパーベルトを抜けてオールトの雲へ到達する様子がダイジェストで上映された。
職員たちからおお、と声があがる。ジョーが一瞬私の方へ視線を送ってきたが、気付かなかったふりをした。
「今回の調査は往復一六七時間三二分十八秒、歴代最速です。光の速度をゆうに上回っており、他の無人探査機を大幅に上回っています」
行って帰ってくるだけならば時間はかからない。仮にオールトの雲を調べてこい、ならもっと時間がかかったに違いないが。
「この結果を踏まえて、我々は件の計画を前倒しにして行うことといたしました」
周囲がざわめく。それもそうだ。実現まであと五年はかかると言われていたのだから。
仮に私がいなければ、計画の前倒しは不可能だったに違いない。それから、計画の具体的な予定が提示され、報告会はおひらきとなった。
「君ってやっぱ凄いんだな。星間移動計画がまさか五年も前倒しになるとはなあ。
最初の目的地はプロキシマ・ケンタウリだろ? 楽しみだったりする? 注意なら俺が受けるから、お願い! 教えて!」
部屋へと帰る途中にも、このジョーという職員はしつこく私に話しかけてくる。そのうえ注意を受ける覚悟とまで言ってくる。
「楽しみ……ではあるな」
私がそう答えると、ジョーは嘘だろ、と笑みを浮かべるのも忘れているようだった。
「君にもあるんだな、楽しみとか」
「無ければ別の仕事をしている」
そう言い終えると、私は早歩きで部屋まで戻った。あのジョーもそれが会話の拒否であることは分かってくれたらしい。
「プロキシマ・ケンタウリか……」
ベッドに寝転ぶと、そう呟いてしまう。今日は調査の翌日というのもあり休みだ。火星基地周辺の町へ繰り出すのも悪くないが、体が動いてくれそうになかった。
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