第18話


 しかし、私の計画はある一人の、何の力もない人間によっていとも簡単に狂わされてしまった。


 炎の邪神を一夜で懐柔し、水、風と異種族を自分に従えていく人間。


 邪神には、その核に互いを呼び寄せる機能を備えている。それが何らかに作用したものだと考え、しばらく様子を見ていたが、どうにもその機能とは関わっていないような気がしてならなかった


 だから私に備わる闇の力を用いて、人間が私を引き入れるように仕向け、私自ら人間へと近づいてやった。人間や他の邪神たちには、自分は土の属性を持っていると伝えた。実際、私は大地を自在に操ることが出来る。闇を隠すことも容易い。簡単に奴らは私を信じた。


 そうして人間へと近づき、人間の精神の深層部を覗いた。今まで数多の人間の心根を見てきたが、そのどれとも似ていない。ただただ漠然としていて、見たものを見たまま感じ取る様な、単純な、そして簡単な精神構造をしていた。


 人間は、邪神たちの人から外れた魔力を目にしても、「便利そう」「うらやましい」「すごい」しか思わない。恐怖を一切感じず、邪神に対する疑いも抱かない。見たもの、在るものをそのまま受け入れていく。


 この人間は、馬鹿なのか。本気でそう思った。けれど同時に期待を持った。この人間は、もしや本当に見どころのある人間ではないのかと。


 次に私は、人間と邪神らを世界の裏側、魔界を統治する魔王率いる四天王の一匹と引き合わせてみた。


 私や邪神らにとっては脅威でもなんでもない屑同然の存在だが、人間からすれば十分な脅威になる。そんな脅威と邪神が戦うところを見ればいささか心を乱すのでは。そう思った。水や風の邪神が加入したとき、四天王のもう一匹と邪神が戦うところを人間は見ていたが、どうやら人間はその四天王を、愚かな人間の一種と認識していた。だから、きっと邪神らが四天王と戦うところを見れば何かしら心を動かし、その単純な精神構造も複雑になるのだろうと。


 結果は、私の敗北に終わった。


 人間は、基本的に自身の脅威に対して、恐怖をしない。というか、おそらく考えやものの見方が下等種や神ともズレている。明らかに変だ。人間の中でも変な部類に入る。絶対的にあの人間はおかしい。


 極めつけは、自分の五感を操作される装飾品も平気で受け取った時だ。見どころがあるなんてものじゃない。あの人間、本気で頭がおかしい。


 私はその価値観を人間らしいものに正してやろうと思った。だから四天王の幹部が魔界の果てにある、入ったものの魂を喰らい力を与える呪海に沈み、邪竜へと姿を変え、人間の前に現れた時、力を貸した。


 到底人の身では扱えないような土人形を従え、崇高な深淵を見せてやった。自信があった。こんなものを見せつけられれば、確実に人間は私を恐れると。


しかし人間は目を輝かせ、廃棄物の処理に使用できると飛び跳ねた。



 正気を疑った。



 その渦に何かが飲み込まれるのを見ただけで、人は恐れをなして逃げ惑う。人間に魔力が存在せず、この力を感じ取れないからとも思ったが、おそらくあの様子だと魔力を感じ取っていたところで同じ反応をしていただろう。


 断言できる。あの人間は、かなり頭がおかしい。馬鹿だった。


 もっと崇高な魔力を見せいつか恐怖を与えてやりたい。人間の言葉で言えば、「ぎゃふん」と言わせてやりたい。あの頭のおかしな人間が私をしっかりと強者であると認識するさまを見たい。そして私を恐怖し屈服するさまを存分に楽しんだあと、その礼に世界を分け与えてやろう。


 そう思うのに、なぜか私の口から出てきたのはただあの人間に世界をやろうとする甘言ばかり。自分の身だというのに全くもって度しがたい。なんなんだ奴は。絶対に許してなるものか。



「……くっ」


 でも、そんな愚かさが愛おしかった。


 この感情は異界でたとえるならば、ペットを見るようなものだと思う。世話のかかる生き物を、面倒な散歩に連れていき、どうしてそんなことになるのかという失敗をされてもなお、愛おしく思うそれ。


 ペットにしたい。


 クロエをペットにしたい。


 しかしながら、クロエを許したくない。許したくないが痛めつけるのは虐待だ。なぜなら種族も違う。復讐には至れない。


 私は複雑な感慨を抱きながら、拠点に戻っていった。


 闘技場での騒動から二週間後。


 我が屋台は、前回と異なる様相に包まれていた。


「店長と俺が一緒に作った料理って、最早俺たちの子供といっても差し支えないんじゃないですか?」

「告訴します」

「ものすごく悲しいですが籍を入れてないことが機能しましたね。離婚裁判は出来ませんよ」


 相変わらず、距離感が死んでるカーネスは私の右側にぴったりとくっついている。そのせいで常に生暖かいし、お客さんも若干引いている。


「いっぱいいるから、少し減ってもわかんないかな」

「わかるわかるわかるわかるわかるわかる」

「えぇ」


 シェリーシャちゃんがお客さんに向けそうになっている指を慌てて確保すると、彼女は反省せずに笑う。

「今お客さん暴れたりとか何もしてませんでしたよねお客さん」

「だってあんまり多くてもクロエが大変になっちゃうもん」

「もんじゃないんですよ! それ物理的にですよね? 大変とかじゃなくて物理的に命をどうこうしようとしてますよね」

「だめなの?」

「絶対駄目に決まってるでしょう!」


 シェリーシャちゃんに厳重注意をしていると、つん、と肩をつつかれる。振り返ればギルダがなにやら本を抱えて私の裾を掴んだ。


「どうしたの」

「クロエの聖典を作った屋台で頒布しようと思う」

「しないで、これお願い」


 下処理前の芋の入った籠をギルダに渡す。まだしなくてもいいけど、やることがないと余計なことをし始める。下処理しておいてもらおう。


「わかった」


 そう言って芋に魔法をかけ始めるギルダ。他の二人にも指示をするとカーネスも火力調整を始め、シェリーシャちゃんも食材を冷やし始める。それらを見て一息つくと、ローグさんがいつの間にか隣に立っていた。


「やあ、大変そうだね。そろそろおつりが危うくなって来たけどどうする?」

「あ、じゃあその下の籠から補充お願いします」

「分かった。あと、そろそろ世界滅ぼしたくなってない?」


 何気なくローグさんに放り込まれた爆弾に戦慄する。出た。世界についての問いかけ。


「いや全然ないですけど」

「そう?」


 返事をするとローグさんは不服そうに持ち場へ戻っていく。


 本当に原因が何なのか分からないが、あれ以降ローグさんは定期的に私に世界情勢……というか、「世界滅ぼさない?」という世界滅亡のお誘いや、「世界分け合わない?」という世界分割のお誘いをしてくるようになった。


 普通に狂ってると思うし、痛い。いかれてるとしか思えない。ローグさん、本当に初めは普通であったのに、どうしてこうなってしまったんだろうか。カーネスもシェリーシャさんもギルダも痛いのが治ってちょっと変な感じになったけど、まさか普通の人が痛くなる現象に見舞われるパターンと遭遇するとは思わなかった。


 接客時は、本当に普通な分、私が痛さに慣れればいいだけなのかもしれないけれど、痛さに慣れたら終わりだと思うし、慣れきってもし痛い言動を繰り返すようになったら目も当てられない。怖い。


 でもまぁ、そんなことくよくよ考えていられないわけだ。今日もクソ転移魔法のせいで、行列は形成されてきている。本当にそろそろ誰かに呪いかけてもらって、転移魔法使えないようにしてもらおう。


「今日も一日頑張らなきゃなあ……」


 声に出すと、カーネス、シェリーシャさん、ギルダ、そしてローグさんがこっちを見て笑ってくる。私はしっかりと頷いて、調理を再開した。


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無能料理人に魔王討伐は荷が重い 稲井田そう @inaidasou

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