第15話
だから、冒険者になれないことは可哀そう。
みんな普通に頑張って生きてるだけなのに、ほかの人から勝手に哀れみの目を向けられて、楽しいこと幸せなことを、自覚ない気遣いでうっすら、否定される。
私は私で幸せだけど、この人の世界の中ではもうだめなんだろうな。
まぁ、見てるものも何もかも違うし。
少しだけ感傷に浸っていると、なんだか寒気がして振り返る。
カーネスもシェリーシャさんもギルダも、ユウヤを見ていた。冷ややかでも、怒りを示すわけでもなく、普通の目。感情が一切、読めない。
だからこそ、恐怖を感じた。このままだと絶対何かする。
「まぁ、大会ではお手柔らかに頼むよ。料理人は腕が命だろ? 気を付けるから。俺もまぁ、最もしなければいけないことは魔王の討伐だからね。肩慣らし程度でいきたいし」
「本当にお願いします。骨が折れただけで治癒魔法、打撲料金から倍に跳ね上がるので」
私はさっていく自称勇者様を見送りながら、従業員三名の進行方向をさえぎるようにして、接客用の笑顔を浮かべた。
大会の参加者は、近隣の宿に参加者の関係者含め無償で宿泊できる。怪我前提で宿に泊まるのか、怪我をせず野営か、どちらが得だろう。
そんなことを考えながら夜道を散歩し、何となく近くの切り株に腰を下ろす。
宿には「温泉」があり、色々効果効能をうたっていたけど、男子の時間、女子の時間の区分があり、今は男子の時間だ。今頃カーネスが入っているだろう。というか温泉どこにあるんだろう。地図を見ずに散歩に出てしまった。温泉の匂いはするから、もしかしたら結構近くにあるのかもしれない──、
「あーあ、店長と入りたいなぁ! 混浴だったら良かったのに」
あるな近くに。カーネスの声が聞こえる。しかもわりとはっきり。
「クロエさん……?」
移動すべく立ち上がると、丁度後ろにローグさんが立っていた。
「あれ、ローグさんお風呂は……今男湯の時間では」
「店長の護衛をと思って」
そう言ってローグさんは私の隣にあった切り株に座った。あれ、切り株は二つもあったっけ……? 一つじゃなかったっけ……? 何か余計頭がぼーっとしてきた。
「クロエさん。少し私とお話してくれませんか?」
「え、あぁ、はい」
答えると、ぼーっとしていた感覚が、ふわふわするような、とても心地のいい感覚に変わっていく。ローグさんは私をじっと見つめた後、口を開いた。
「……クロエさんは、この世界に生まれ落ちた邪神の話をご存知ですか」
「邪神……? ああ、絵本とかに出てますよね。魔物とも私たち生き物とか、神様とも違う第三勢力、みたいな感じで」
この世界には、聖なる感じの勢力と、闇の勢力があって、邪神はどこにも属さない、属せないらしい。理由は簡単、二つの勢力を食べたり出来るからだ。
でも、あくまで空想の存在だ。
「まぁ、そうですね。はい」
私の答えがあまり良くなかったらしい。ローグさんは少しひきつった笑みを浮かべ、薪をくべる。
「クロエさんは邪神についてどう思われますか」
「え……すごく、強いとか?」
「まぁ、そうですね。はい」
やはり私の答えがあまり良くなかったらしい。ローグさんは先ほどと同じ相槌だった。
「邪神は、文字通り神なのです。当然強大な力を持っている。そして何より彼らの恐ろしいところは人の身を持っているということなのですよ」
「はぁ」
「恐ろしいでしょう? もしかしたら今貴女の隣にいるかもしれないんですよ。もしかしたら僕がそうかもしれない」
「だとしたら、安心じゃないですか」
「え」
ローグさんが眉間にしわをよせた。
「どうして安心なんて言えるんですか?」
「だって……全裸で話通じるおじさんと、服着て話通じないおじさんだったら、全裸のおじさんのほうがいいから」
「……まぁ、そうですね。はい」
私の答えはとうとうどうにもならない領域にまで達しているらしい。ローグさんは顔を背け頷いている。というか、ローグさんは何でこんな邪神について熱く語っているんだろう。
「……カーネスという少年、シェリーシャ、ギルダと名乗る女性……どう見ても使用できる魔力がおかしいと思いませんか」
「ああ、そうなんですよね。それ私も思ってました。無制限にいけるよとか言ってますけど絶対大嘘なんですよね。だから休憩取らせるようにしてるんですよ。私が魔法使えてたらステータス! とかかっこよく唱えて大嘘暴いてやるつもりだったんですけど」
「……まぁ、そうですね。はい」
私駄目かもしれない。ローグさんの求めている答えからことごとく外れたことを言っていることだけは分かるけど、どう返事をしていいか全くわからない。
「……もし彼らが邪神であったらどうします」
「どうもしませんよ」
「邪神はすべてを食らう存在なのに?」
「まぁ、絵本ではそんな感じにのってますけど、実際どうか分からなくないですか?」
「え?」
「そもそも第三勢力なら、こう、どちらにもつかない、第三者としての立ち位置なわけで、対立する二つを繋げる存在になる可能性もあるわけじゃないですか。だから、まぁ……邪神は恐ろしいもの、と判断するのもよくないというか、それでもし邪神だった場合……あの三人だったら……まぁ、どうなんでしょうね、というか」
もしカーネスたちが邪神であったら。
対立する聖なる感じの種族と闇の種族の懸け橋になれそうだけど、それ以前に私は反乱を起こされるだろう。
給料が安い。こき使いすぎ、野宿させるな。
思いつく沸点はいくらでもある。
でも神と名がつくのであれば、もう少しかしこい気がする。だって──、
「今からでも、辞退なさったらいかがですか」
「どういう意味だ?」
「バカにした料理人に屈するさまを観客に見られたい性癖でもない限り、完全敗北が目に見えてる試合に参加するのはバカだって言いたいんですよ」
どうやらカーネスが自称勇者に喧嘩を売っているらしい。買われたら困る。異世界人の冒険者に喧嘩を売って現地人が勝ったところを見たことがない。
「ハッ、矮小な子供が何を言っているのやら」
自称勇者が鼻で笑った。良かった。喧嘩を買う気はないらしい。本当に良かった。異世界人はあらゆる「チート?」がてんこもりだから、カーネスは勝てない。
「矮小な子供?」
聞き捨てならないと言った調子でカーネスが聞き返す。本当にやめてほしい。喧嘩を売るな、と外から祈るが男湯の時間のため止められないし、外から声をかけるのも犯罪だから出来ない。
「どっちの意味ですか」
「どちらでもだ。世間を知らないという意味でもな。まだ自分の殻を破らず、大海を知らぬ未熟な子供に心配される道理などない」
ふっ、と自称勇者は笑う。
聞いたことある笑い声だ。よく氷属性の魔法を使う、あんまり笑わない騎士がそういう笑い方をしている。だからか婚約者の令嬢がいたりすると「自分の前ではあまり楽しそうじゃない」と、不安そうにしているのを目にする。「絶対好きですよ」と励ます。何百回励ましたか分からず、途中で自称賢者からもらった「お互いの想いがないと効かないが想いがあった場合効果絶大のご都合媚薬」でもあげようかと思ったけど、自主的になんとかなり、この春に無事、結婚していた。
結婚式用のケーキ作るの、大変だったな。
思い返していれば、カーネスが「くだらないですね」と、冷ややかに一蹴する声が聞こえてきた。
「贈り物、たいていは包装しますよね? 紙で包んであったり、箱に入ってる。だからこそ、その包みをむいた瞬間に、心がときめく。むき出しのまま渡されても、ねえ」
「あ?」
「まだ理解できませんか? ようするに、大切なものは守られているべきなんですよ。大切な人の手に届くその瞬間まで」
カーネスはあたかも哲学を論ずるように話す。でも、全単語、なんの問題もないはずなのに、ものすごく嫌な予感がしてならない。
「そして大切な人に、暴かれるわけです。至らない中身かもしれませんけど、それでも受け入れてもらえたらそんなに幸せなことはない。それに……ふふ」
「……それに、なんだ」
「上位、優位な立場を喜ぶ人間は多いですが、ねぇ、見上げることで得られる幸福もありますから。まぁ、物理的に見下ろして? でも精神的には主導権を握られ……ふっ……これ駄目だな駄目かもしれない……はは、はは、ふふっ」
カーネスが途中で笑い出した。
「まぁ、突き詰めて言えば、優位に立たれているのが一番なんですよ。それに、俺にはどんなに恵まれたスキルでも決してかなわない特権があるんですよ……私がいっぱい教えてあげるね、一緒に頑張ろ、あはは、かわいいとか、言ってもらえる。自然と主導権を相手にゆだねることが出来るんです。その特権を俺は持ってる。生まれつきね? 異世界人の言葉で言えば、まさにレディーファーストだ。これをギフトと呼ばずになんと呼ぶのでしょう? 勇者様?」
「ぐ……」
喧嘩に発展する前に、終わってほしいと思ったやり取りだけど、普通になんか、邪悪なやり取りな気がしてきた。私はローグさんに止めてもらうかと、彼に振り返る。
「……そろそろ、眠りましょうか」
ローグさんは関わりたくないらしい。やはり、良くないやり取りなのだろう。
私はそっと切り株から立ち上がる。するとふっと身体が軽くなったような感覚がした。めっちゃ眠い。さっさと寝よ。
「ローグさん……」
おやすみなさいと声をかけようとすれば、さっきまで隣にいたローグさんの姿が消えていた。もしかしたら止めに行ってくれたのかもしれない。私はお礼を言わなければと思いつつ、自分の部屋に戻った。
武闘大会前日のこと。私は部屋でカーネス、シェリーシャさん、ギルダが一生懸命手を握りながら祈りを捧げる様子を眺めていた。
遠目から見れば、完全に宗教の集いである。
でもただ、魔法石を作ってもらっているだけだ。大会を無傷で乗り切る、最高の魔法石を。
なぜなら会場では、観客席で魔法の使用は禁じられている。それは、気に入らない人間を試合中にどうにかしようとしたりとか、自分が応援する人間を勝たせようと加勢したりすることを禁じる為だ。観客席で「カーネスたちに魔法をかけてもらって怪我無く負けよう大作戦!」は封殺されてしまった。
しかし昨晩、ローグさんが私に助言をくれたのだ。魔力を込めた道具の貸し出しは禁じられていないこと。そして魔法石を用いてしまえばいいことを。
でも、正直なところ記憶に自信がない。昨日、なんとなく散歩をし始めたような気がするけれど、その後から就寝にいたるまでの記憶が一切ないのだ。
多分今日の大会が怖すぎるあまり、精神が不安定だったのかもしれない。だって怪我は怖いし治療代が高くつくことも、普通に怖い。
そして魔法石というものは、文字通り魔力を込めて作った石である。
恋人同士でお互いの魔法石を作って交換しあい、身に着けたりする、いわば恋愛特化型アイテムであり、独身にとってはなんの役にも立たない無関係の品物だ。
だからローグさんに魔法石を持てばいいと言われた時、「は?」と言い返してしまった気がするけれど、記憶がない。
むしろ昨晩、よりによってカーネスの夢を見た、気がする。とんでもない猥褻言語でてんこもり勇者と戦っていた気がするけど、追求したくないし話題にもしたくない。
「これで、店長を守れるはず」
ギルダが手を開くと、緑色の首輪が現れた。
魔力の扱い方によっては、こうして魔法石の装飾品を作れるらしい。仕組みはよくわからない。
前に自称竜神が、人の子の金はないので鱗で支払うなどと言い食い逃げしようとした時、衛兵に突き出そうとしたらそばにいた職人が驚いた顔をして立て替えてくれたことがあったけど、その時職人はささっと鱗で立派な盾を作っていたから、なんか魔法で盾とか出来るんだと思う。
でも「神具が手に入るとは」と言っていた。食い逃げが神なわけない。寝具と聞き間違えたのかもしれない。盾形の枕とかありそうだし。
話が脱線してしまったけれど、近年魔法石は、「これを持つ者を守れ」と祈れば守るように、「これを持つ者に力を」と祈りながら魔法石を作れば、その通りになるらしい。
ということで、私は早速カーネス、シェリーシャさん、ギルダに「これを持つ者が無傷で負ける」魔法石を作ってもらい、身に着けて戦いに挑むことにしたのであった。
作戦はこうだ。石により、カーネスの魔法で中央に炎を設置、相手をこちらに近付けないようにしている間にギルダの風魔法で私を後方に吹っ飛ばし、シェリーシャさんの水魔法によって泡で受け止めてもらう。
そして必ず起きる細やかな失敗を、ローグさんの土魔法でカバーしてもらう。
完璧な作戦だと思う。これで完璧に無傷敗退が決められる。
「はい、出来ました店長!」
カーネスがぱっと手元から顔を上げる。何かめちゃくちゃやる気出していたし、力作だろうとカーネスの手元どころががっしりと両手で掴んでいる赤い岩を見て絶句する。
「いやこれ鈍器じゃん。これで後ろから殴って殺すタイプじゃん」
「想いがはじけちゃって……ちゃんとこうして運べるようにしますから安心してください。ほら」
カーネスがそう言うと手元の岩が輝き、小ぶりな指輪に変わった。岩じゃない。良かった。きらきらと炎のように輝く魔法石はカーネスの瞳の色によく似ている。
「ありがとうカーネス。何かカーネスの目の色に似てるね」
「俺が作ったものですからね! いわば俺の分身です! えへへお風呂に連れていってあげてくださいね!」
「怖い怖い怖い怖い怖い。なに持って行ってじゃなくて連れて行ってなの超怖い。今ぞわっとした。本気で。なにこれ、意志あるの」
「石だけに? 照れちゃってかーわいい!」
この世界で一番恐ろしいもの、絶対話通じないやつだろ。
ローグさんが恐ろしくないんですか? なんて質問をしてきたことがあったけど、この世界で一番恐ろしいものは間違いなく話の通じない同族だ。
あれ、でもなにが恐ろしくないんだっけ……?
思い出そうとしていれば、シェリーシャさん……もとい幼児体のシェリーシャちゃんこちらに向かってくる。
「あげる」
透けるような青が美しいシェリーシャさんの腕輪のように変形し、私の腕に装着された。
「え、すごい、形が変わった! ありがとうございます!」
「クロエに攻撃をしようとしたら、氷んこになって死ぬ」
氷んこ、どんな状態か分からないけど楽に死ねなさそうなことだけは絶対に分かる。だって死ぬって言ってるもん。
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