第16話


「いや待ってくださいもうこれ暗器じゃないですか! 殺すのはなしでお願いします!」

「冗談」

「ああ、良かった……」

「時間で、決まる。三回のうち、一回は死なない。二回死ぬ」

「待って! 待ってシェリーシャちゃん!? それ運次第ってこと?」

「んふふ」


 思いなおして! と縋りつくとシェリーシャさんは笑うばかりで返事をしない。やがて、ローグさんがやってきた。


「すみません、遅れましたこちらになります」


 そう言ってローグさんが差し出して来たのは、茶色の石がはめこまれたイヤリングだ。けれどどことなく……紫がかかっているような。


「皆さんアクセサリーの形状にされていたので、合せてみました」

「そうなんですね。ありがとうございます」


 ローグさんから受け取ったイヤリングを早速つける。


 これで何の憂いもない。皆と力を合せて、というか皆に力を合せてもらって私がボコボコになっていくさまを演出してもらい、無傷の敗北を飾る!











「緊張して眠れない」


 夜も深まり就寝したと言うのに、何でかさっぱり眠れず、私はまた散歩に出ることにした。


 いや、またなのだろうか。散歩なんて、いつしたのだろう。不思議に思っていれば目の前に切り株が現れた。突然現れた気もするし、もとからあった気もする。


「おや、クロエさん、眠れないんですか?」


 後ろからローグさんがやってきた。あれ、こんなこと、前にもあったような気が。


「ローグさんもですか?」

「ええ、まぁ、そんなところです」

 

 ローグさんは私の隣に座った。いつの間にか切り株が二つになっている。いや、元からあったような?


「明日の緊張で眠れないんですか?」

「はい、ハハハ、皆の事は信じられるんですけど、私がちゃんと動けるかなって不安がままあるんですよね。ハハハ」


 武闘大会。皆の魔法は信頼してる。でも武闘大会だ。相手は私を倒しに来ている。接客で人と触れ合う機会があると言っても相手は食べに来ているのだ。料理を。たまに難癖つけに来るのが目的の化け物もいるけれど、私を殺しに来ているわけではない。


 でもこの武闘大会では違う。相手が私を倒しに来る。普通に緊張するしこの緊張で大失敗をやらかしたら怖い。


「……私は、相手の五感を支配することが出来るんです。それがどういうことか分かりますか」

「辛いのを食べているのに甘く感じるとかですか」

「……」


 ローグさんは無言で私を見た。駄目だったようだ。


「例えば、店長の視覚や聴覚を支配して、同じものを見たり聞いたり……ああ、記憶を操作することも可能なんです。そして、その心を思うままに操って……こうして、外に誘き出したり。さらにこうした僕の告白に、疑問を抱かないようにさせることが出来るんですよ」

「へー」

「どうして僕がそんなことが出来るのか分かります? 思考支配を緩めるので、お答えください?」

「分かんないですね。魔法の仕組みは……ちょっと、疎くて」

「……邪神だからです」


 また失敗したらしい。ローグさんが私を見て困惑している。


「僕は、気まぐれに魔王軍についていたんです。でも、退屈だった。理想がないんですよ。魔族は。強ければいい、強さがほしい。しかしその強さをどう使うかを考えない。思考力のない獣と変わらない。どうしたものかと思いきや、人の子が邪神を率いて、魔王軍の幹部を討伐しているではないですか。これは何か思想や目的があってのことと思いましたが……貴女はなんの思想も理想もなく、自らとは次元の異なる邪神を使役している。気まぐれに魔王幹部の拠点に向かわせ戦わせてみれば、邪神の力を目の当たりにしているにも関わらず、貴女は態度一つ変えない。不思議でならないのですよ」

「拠点?」

「城があったでしょう?」


 ああ。カーネスが焼いた城……?


「貴女の心にあるのは、なんなのでしょうか」


 ローグさんがイヤリングをこちらに差し出しながら問いかけてくる。あれ、貰ったはずだけど、いつの間にローグさんのもとに。


 というか私の心にあるもの?


「……質問とか?」

「何が気になるのでしょう」

「支配できるとか聞きましたけど、私の目にごみ入ったりしたら、目痒いとかローグさんも思うんですか」

「はい?」


 ローグさんが、私を馬鹿を見る目で見てくる。「え、そんなのも分からんの!?」みたいな、完全に馬鹿を見る目だ。ステータス! などという個人情報大公開魔法で私を見てきたやつが全員この目で見てくるからよくわかる。


「すみません、バカみたいな質問して」

「違うんです。どうして……そういったことが気になるのだろうと……思いまして」

「え……だって明日の大会、感覚が共有したままなら痛いでしょ。その間遮断しなきゃいけないし、だとしたらイヤリングは外したほうがいいかなって」

「ああ、ご心配には及びません。相手の痛みや傷などの感覚は共有しませんよ」

「なら安心ですね、良かったー。よろしくお願いします」


 感謝を伝えてそのイヤリングを受け取った私は、自分の耳にさっとつけた。


「……それつけるんですね」

「え、お世辞的な意味合いですすめた感じですか……? 今めちゃくちゃ無礼なことして……」

「いえ、そういう訳ではないんです。ただ、驚きというか、生まれて初めての感動、といいましょうか」

「はぁ」


 なんか、ローグさんと話すの良くないかもしれない。馬鹿がバレる。知能指数の差が浮き彫りになる。このまま話し続けると幻滅されるのでは。店長が馬鹿って職場としては本当にきついだろうし。


「逆ですけどね」

「? 何が逆なんですか?」

「何でもないです。では」

「はい、おやすみなさい」


 こちらに背を向けるローグさんを見つめる。まずいな。完全に軽蔑された。




 武闘大会当日。私は選手控室にて、皆を前に大きく頷く。


「頼りにしてるからね、皆!」


 しかし、皆はとんでもなく悪そうな表情でこちらを見ていた。


 例えるなら、いかにも何か企んでます、といった表情だ。


「ねえやめて、その笑顔本当にやめて!? 不安になるから! 何でそんな顔するの!? 人の気持ち考えて!? 任せてくださいって言って!」


「ええ、大丈夫ですよ、任せてください。店長は、ただあの場に立っているだけでいいんです。そうしたら、勝手に終わりますから」


 カーネスがあやす様に私の肩を叩く。完全に立場が逆転している。


「そうよ、一瞬で終わってる。そうしてまたここに無傷で戻って来られるわ」

「安心してくれ、クロエの身は無傷だ。傷一つつけさせない」

「大丈夫ですよ、きっと楽しい時間を過ごせると思います」


 周りを見ると、シェリーシャさんもギルダもローグさんも頷いている。でも、不安が拭えない。


「クロエ様、お時間です」


 扉が叩かれた。もう時間だ。行かねば。私はしっかり予選敗退を決めて、決勝戦前に観客席で一儲けすることを考えながら試合の会場へと歩み出した。














「第一試合、クロエ対ユウヤ、両者構えて!」


 審判の声掛けに、お飾りの剣を握りしめる。


 剣は武闘大会で貸し出しをしてもらった簡易のものだ。だって魔力のない私が何を装備したところで、赤ちゃんの哺乳瓶より耐久性が死ぬ。買ったところで意味がない。


 そして武闘大会で道具を貸し出してもらう人間なんて殆どいないらしく、係の人に何度も「壊れやすいけど大丈夫ですか⁉」と確認された。


 ようするに私は今、おしまいの剣におしまいの防具で、チートてんこもり勇者に立ちはだかっている。


 周りを見れば、闘技場の観客席は観客がみっちり詰まっていて、雄たけびの様な唸り声がそこかしこから響いている。


 いいな、このお客さんたちを相手に商売が出来たらよかったのに。



 そしてこんな状態で特定の誰かを探すのは無理だけど、幸い関係者席というものがある。カーネスたちの姿を見つけることは簡単だ。不安を誤魔化すようにそちらの方を見ると、相変わらずみんなは何だかとてもぎこちない笑顔をしている。


 見なきゃよかった。不安倍増した。


「安心しなよ、意識を失わせるだけで済ませてあげるからね」


 向かいに立つてんこもり勇者が笑みを浮かべてきた。


 彼が握りしめている剣は、龍のあしらいが刻まれ、おどろおどろしい色の刃文が波打っている。完全に「大人用」だ。


「では、始め!」


 審判の開始の合図に、一斉に闘技場の観客が沸き立つ。その声に怯んでいると、てんこもり勇者が突然足元に呪文を唱え始める。


 まずい、こっちに加速で近づいてくる気だ。異世界人よくやる。店先で異世界人対現地人の戦いを繰り広げられたとき、めちゃくちゃ見た。


「え」


 逃げようとすれば、私の腕は紫色の粒子に包まれ、勝手にてんこもり勇者に向かって手をかざしていた。



 戸惑っている間に、人差し指につけていたカーネスの指輪が赤く光る。


 これ、左の薬指につけろとかふざけたこと言われていたから、右の人差し指につけたけど誤作動……⁉


「ぎゃあああああああああああああああ!!」


 突然爆炎に包み込まれるてんこもり勇者。


 そのまま私の手が剣を握り込む。すると剣は燃え盛る炎に包み込まれた。


「何これ何これ何これ……」


 負けるって言ったよね?


 勝ちに行こうぜ!


 なんて一言も言ってないよね? 何でこの剣こんなやる気に満ち溢れてるの? 頭おかしいのかこの剣、ていうかカーネス何考えてんの?


「ふ、やるな……料理人は仮の姿ってところか、君に興味が出て来たよ! クロエ」


 呼び捨て馴れ馴れしいな。こっちは今とんでもない状況になってるのに。


 そう思うと今度は腕輪が青く輝き始め、こちらに向かって加速をして走り込んでくるてんこもり勇者の進行方向に次々と氷の柱が現れ始めた。


 ああ、これ間違いない。シェリーシャさんの凶行だ。どうしよう。


 てんこもり勇者は氷の柱や水弾により装備を次々と削られて行くが、決定打になる攻撃は与えられていない。


 さすがてんこもり勇者──なんかいっぱいチートがあるのだろう。よくわからないけれど──いや、多分、手加減されてる。だって特等席にいるシェリーシャさんめっちゃ笑ってる!


「これでどうだっ! 天の意志よ我に力を授けよ! 切り裂け!」


 透明な無数の刃がこちらに向かってくる。


 けれど首につけている首輪がふわっと暖かくなり、視界に緑色の光がちらついた。


「なにっ⁉」


 てんこもり勇者が驚いている。ギルダの魔法だ。てんこもり勇者の刃全て、無効化している。良かった。もうこのままギルダの魔法で転んで──、


「うわああああああああああああああああっ」


 突然足元に突風が吹きあがり、私はそのまま飛び上がっていった。助けてほしい。切実に助けてほしい。誰か止めてくれ。私を失格にしてくれ。だっておかしいもんこれ。落ちることを覚悟すると、視界に紫色の光が舞い、土で出来た滑り台が現れた。


 駄目だ、多分これ、ローグさんも絡んでるんだ。だって土だもん。止めてくれる人間、いないや。終わりだもう。


 あきらめているうちに私の足首は紫色の光を帯び、軽やかに滑り台に着地し、速度を上げながら一直線にてんこもり勇者へと向かっていく。


 腕はいつの間にか剣を大きく振りかぶっていた。加速が止まらない。助けてほしい。剣はいつのまにか炎を纏い燃え盛る一方だし、多分、ギルダの風で加速がついている。転べば止まるけど、このまま転んだら骨が砕けて死ぬ。このまま突っ込んでも死ぬ。どうしたって死ぬ。どんどん加速していく。


「うわああああああああ」


 私は物凄い勢いでてんこもり勇者に接近すると、私の腕がそのまま剣を思い切り振り下ろした。


 てんこもり勇者が剣を構え受け止める、爆発するように周囲が閃光に包まれた後、ガラスが砕けるような音がした。


 駄目だ。てんこもり勇者の剣が、砕けてる。そして勇者はそのまま吹っ飛んでいった。


 私はといえば、紫色の光に包まれ、なんとかその場にとどまっている。


 一応、無傷。でも、それ以外、全部最悪だ。


 てんこもり勇者が観客席まで打ち付けられた跡には、氷柱と炎が転々とし豪風が吹きあれている。そして観客たちは「勝者クロエ!」と絶対に望んでいなかった結果に大きく湧いていた。






「こんのうらぎりものああああああああああああああああああああああああああ!」


 私は、選手控室に戻ると絶叫した。四人のかつての従業員たち、そして現在は裏切者たちに向かって。


「負けようって言ったじゃん! 負けようって言ったじゃん! 何で!? どうして!? 勝っちゃったよ!?」

「考えていたのです。貴女に負けを授けてしまうのは、心もとないなと」

「何が!? 何が心もとないの!?」


 カーネスを問い詰める。


 するとシェリーシャさんが穏やかに微笑む。


「あんな脆い人間に私の認めた人の子が馬鹿にされるのはねえ」

「神は絶対であるべきだ。あんな存在に穢されるべきではない」


 シェリーシャさんにギルダが続く。呆然としているとローグさんが「それに」と口を開いた。


「敗北より勝利したほうが、民衆に認められるでしょう? 結果的にこちらの方が良かったのではないでしょうか」

「いや勝ち負けも、民衆なんてどうでもいいんです。くっそどうでもいいんですよ。サッと敗退して、サッと大会終わらせて、さささーっと店構えて、屋台成功させることが一番だったんですよ、他の人間なんてめちゃくちゃにどうでもいいんです! よ!」


 当たり散らしていくと、カーネス、シェリーシャさん、ギルダが顔を見合わせた後、柔らかい雰囲気を醸し出して来た。ふざけないでほしい。


「もう本当どうするの、二回戦進出だよ。どうすんの。今度こそ死ぬ! なぜなら私には! 魔力がないから! 赤ちゃんと一緒! なのに! どうしてこんな!」

「私たちにとっては魔力がある人間だって、塵と変わらないわ」

「だとしてもやっていいことと悪いことがあるでしょうがあああああああああああああああああ!」


 もう本当に辛い。何も考えたくない。控室にある椅子に腰かけ顔を伏せながら、「もう闘技場なんて潰れてしまえ……違法建築であれ……神様……」と呟く。


 すると、爆音が響いた。


「は?」


 ミシミシと音を立て、上から砂や土が降ってくる。地面が、揺れている。


「みんな、はやく、机の下に隠れて! はよ!」


 声をかけても四人はぼーっとしたままだ。


「バカバカバカバカ、こういう時ぼーっとするんじゃないの! 机の下! 頭打ったら死んじゃうでしょうが!」


 私は四人の腕を掴み、じゃがいもを転がすように机の下に転がしていく。


 全員詰め終わり私も同じように机の下に潜り込みしばらく待っていると、揺れが収まった。


「なに? 何か爆発した? 火事とかでどっか爆発した感じ? 扉開く?」



 私は早速扉のドアノブを掴み回そうとする。しかしびくともしない。


「それは私が」


 ギルダが手をかざし、扉を切り裂いた。


「ありがとうギルダ!」

「礼には及ばない」


 切り裂かれた扉から出ると、廊下が崩落していた。ところどころ火が出ている。


「ここは任せて」


 私の前にシェリーシャさんが立った。指を軽く振ると一瞬にして消火されていった。


「シェリーシャさんすごい」

「クロエが望むなら、ここを氷の神殿にしてあげようかしら」

「それは間に合ってます」


 さすがにそこまではいいと首を振ると、カーネスが目に見えてむくれていた。


「俺は一瞬にして火の海に出来ますよ」

「それ放火だから、落ち着いて。カーネスも気持ちだけでいいよ」

「俺は身体も捧げたいですけど」


 カーネスを無視してローグさんに目を向けると、彼は遠くを見て微笑んでいた。


「どうしました」

「いや、何か鳴き声が聴こえると思って」


 そう言って耳を澄ませると、確かに鳴き声が聴こえる。それも、何かとんでもなく大きい、化け物みたいな声が。


「まぁ気になるけど、さっさと逃げよう。今は避難優先だから。救出はその手の人がやります。私たち一般市民に出来ることは、そういう人を手間取らせないよう、自分で逃げることです」


 よし行くぞと出口目指して皆で走っていくと、さっきまで戦っていた試合会場の壁が完全に崩れ落ちていた。


 最早そこから出て行けそうな勢い。そこから外にでて、ギルダに飛ばしてもらうのがいいだろう。壁があった場所を抜けると、何だかとてつもなく黒い塊が中央に蠢いていた。

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