第14話
「なに」
「いや、言われたいなと思って」
「カーネス大きくないじゃん。小さい」
「あ……それもいいですね」
どうしよう、ローグさんという正気な従業員が仮加入したからか、もともと正気じゃなかった従業員ととうとう意思疎通が取れなくなった。
「闘技場か……近々、大会があるみたいだな」
ギルダが言う。これだけ大きいのだから闘技場の周りで商売をすれば儲かるに違いない。
「あら、殺し合いの大会?」
「シェリーシャさん違います。一対一で魔法を使って戦っていき、一番強い人を決めるんです。観客もいると思うので……お店が出せたらいいんですけど……」
私はそばにあった張り紙を示す。
「なら、これから闘技場に行ってみませんか? 出店の許可をとりに」
ローグさんが言う。そうだ。お店を出すには出店許可が必要だ。
「そうですね、行きましょう」
私の言葉にローグさんが続く。そうして私たちはコロシアムへと歩みを進めた。
「さ、受け付けは……っと」
あれからしばらく歩いて、私たちは闘技場に辿り着いた。
早速受付に向かい、カウンターで対応しているおじさんに声をかける。
「すみません。直近の大会で、屋台の営業の許可を頂きたいのですが……」
総合カウンターに立つ、支配人と腕章をつけたおじさんに問いかける。するとおじさんは柔和な笑みを浮かべた。
「第6262回、聖女降臨記念魔法魔導具兼剣術混合武闘大会ですね。承知いたしました。この用紙に必要事項の記入をお願いいたします」
おじさんの差し出す紙に記名して、店員の名前や店についての詳細、いつからいつまで出店するかを記していく。
私の記入項目を見ながらおじさんは手持ちの書類に記入し、手元の水晶で照合を始める。私は魔力がないから仕組みが良く分からないけど、魔力がとんでもなく入っている水晶に、人間の戸籍や前科前歴がないか、食べ物や道具を作って売っていいかの許可を国からとっているかなどの情報を記憶させるらしい。
そして水晶はあらゆる地方の水晶とつながっており、昼夜問わず情報共有がされている。
たとえば今いる場所とは別の場所で誰かを殺し指名手配されるようになれば、こうして照合にかけた瞬間、「人殺しだ!」と、捕まる。
「おや」
記入していると、おじさんが眉間にしわを寄せた。私と水晶を交互に見ている。なんでだ。指名手配犯じゃないのに。
「どうしました?」
「クロエ様は、選手として参加登録がされているので、該当時間に出店することは出来ませんよ」
「……え?」
「こちらにしっかりとお名前が書かれていますから」
そう言って支配人が差し出した水晶には、私の顔、名前が浮かんでいる。そしてその上には、第6262回、聖女降臨記念魔法魔導具兼剣術混合武闘大会、選手登録済みと記されていた。
「俺はこの武闘大会に出場し、数多の猛者と戦って、そして魔王を打ち倒す! 混沌とした世界を、俺が終わらせる。」
冒険者の衣装に身を包んだ男が、この街で一番有名とされている食堂の、最も目立つ中央の座席で杯をあおっている。毛先が少し肩にかかる黒髪に黒目、黒を基調とした冒険者服。周りには彼とより少し若い、年上、そして同世代くらいの女性3人。
一目で分かる。異世界人だ。それも、チートだのスキルだのを持った、神に祝福されてる典型的な異世界人。
どんなに修練を重ねた騎士団長も、軍を容易く屠る龍も叶わない、強い武器も加護も使役している動物も色々てんこもりの恵まれ人種。
「終わらせてくれないかな大会ごと」
私は食堂の隅の席から冒険者を一瞥した後、机に顔を突っ伏した。
闘技場で身に覚えのない選手登録について知った後、何度も、「登録した覚えは無い」「というか今この街に入ったばかりだから、誰かの悪戯のはず」「それか名前間違えてる」と訴えた。
しかしおじさんは、「闘技場はトーナメント制ですので、敗退後すみやかに出店できるよう手配しておきます」と、訳の分からない配慮をしたあと、「辞退も可能ですが辞退金のお支払いをお願いさせていただくことになりますがよろしいですか」と、よろしいわけがない金額の請求書を出してきた。
休憩時、自分で飲み物やお菓子を作っているけど、もう何もかもやっていられない気持ちになり、みんなを連れ食堂に入り──そこで大会の参加者を目撃し、今に至る。
というかもう、店の中は大会の参加者しかいない。
「絶対死ぬじゃん。無理じゃんもう最悪だよ。辞退金って何あれ、罰金じゃん! 頭おかしいの……?」
「遊び半分の申請や、取り消しがされないようにですね。不戦勝の多い試合が起きてしまっては、大会の威厳にかかわるので」
「不戦勝なんて早々起きなくない? 大会の収益芳しくないからそこで帳尻合わせようとしてない?」
「どうでしょうね」
私の言葉にローグさんは苦笑をする。辛い。目の前に置かれたこの街で最も美味しいと言われる食堂の料理を食べる。美味しい。
異世界で有名な「お子様ランチ」という料理らしい。小さな「ハンバーグ」「エビフライ」「チキンライス」が同じ皿に盛り付けられている。
異世界人判別方法あるある、揚げ芋のことを「ポテト」と呼ぶ、料理が何品か一度にまとめて出される様式を「セット」、それを昼に格安で出すことを「ランチセット」と呼ぶ、なんて前に常連客と言い合ってたな……と現実逃避をし、改めて私は皆に向き直った。
「とにかくここは一回戦敗退を狙う」
「敗退? クロエは負けたいの?」
「そうだよ、一回戦敗退を狙う。そして店を開く。っていってもどうせ勝てないしね。」
シェリーシャさんは私の言葉に首を傾げた。どうせ勝てない試合。ならば一回戦即時敗退を決めて一儲けの夢を見るしかない。
「あー怪我したくない。治癒魔法とか馬鹿みたいに高くつくし」
「私には治癒魔法を施すよう手配してくれたけれど?」
シェリーシャさんは首をかしげる。彼女を奴隷商人から泥棒したあと、治癒士に診てもらい、ひととおり検査もしてもらった。栄養失調とされ他は問題なしだったけど、それとこれとはわけが違う。
「だってそうしなきゃ危ないじゃないですか、不衛生な環境に居たんだから当然です。でも今回は違うじゃないですか。怪我したら終わりですよ」
「大丈夫、クロエは怪我なんてしないわ」
シェリーシャさんは笑みを浮かべる。魔力がないのだから怪我しないわけがない。魔法でズタズタにされて終わりだ。そして大会で怪我をした場合の費用は自己責任。自分を犠牲に強力な魔法を使われても困るから、らしい。
「怪我するに決まってるじゃないですか。あぁ〜もう自分で転んで昏倒しましたって感じに出来ないかなあ」
本当に憂鬱だ。今すぐ闘技場の建築基準が実は危ないなんて分かって、大会中止になって欲しい。
「本当に負けるんですか?」
カーネスが真面目に聞いてくる。正気なカーネス、あまりにも久しぶりでちょっと戸惑った。
「当たり前じゃん、っていうか勝てないし。私魔法使えないからね。剣とか買っても秒で折られるから買う意味ないし」
拳で戦う時も、剣で戦う時も弓で戦う時も、いかなる戦いにおいて、人はその武器に魔力を込め、攻撃力や防御力、いわゆる耐久性を上げるのだ。
そのため、魔力が豊富であれば剣も武器も防具も必要がない。それこそ化け物じみた魔力があれば、服なし全裸で氷山日帰り登山、火山の溶岩の中で水泳ならぬ溶泳も可能だ。
一方、私が巨万の富をはたいて剣を買ったところで、普通に赤ちゃんの哺乳瓶のほうが丈夫だし、防具だって紙と同じだ。
赤ちゃんに変な気起こされたら、秒殺される。生まれつき人権が無い。
「なら、対戦相手のあの子を痛めつけておく? ある程度弱らせておけば、クロエ主導で戦って、そのまま抜けられるんじゃないかしら」
そう言って、シェリーシャさんは中央座席の冒険者を見る。
「え」
「一回戦、クロエと戦うのはあの男だ」
ギルダが男を見据える。
え、あのてんこもり異世界人が、私の相手?
「あの男、名前はユウヤと言う」
完全だ。異世界人確定。重傷確定。
「っていうかギルダ……なんで知ってるの?」
「無宗教の冒険者の顔と名前は一通り頭の中に入れているからな」
「な、なぜ」
「貴女を敬い共に貴女の教えを広める同胞を、随時探しているんだ。ああ、心配しないでほしい。活動を営業時間に行う気はない。営業時間は従業員として働き、私的な時間に、私は信徒としての活動を行う」
心配しかない。私は思わず絶句した。
「ちなみにあの男は入店から一度もクロエを視界に入れていない。神々しいあまりならば合格だが、そうでなければ信徒として不適合だ。さらに店員の女性の胸を、俯くふりをして見る習性がある。入信により邪悪な心の持ち方を清めるかもしれないが、どうだろうか。ああ、クロエの神力や、哀れな道化を導く采配を疑うわけではないぞ」
「いや神力とかないし哀れな道化も導けないよ」
どこから否定していいか分からない。そしてカーネスが胸という単語に反応し「店長を見る前に焼きましょうか」と立ち上がろうとする。もう駄目だ。全部駄目。カーネスを押さえていると、冒険者御用達革靴の音が聞こえてきた。これは……、
「お、君が一回戦の対戦相手か! 俺の名はユウヤ! ってトーナメント表を見て分かってるよな、クロエ! よろしく」
そう言って、てんこもり冒険者がやってきて、手を差し出してきた。
「ああ、どうも、よろしくお願いします」
握手をしようとすると、カーネスが「あ、接触厳禁なので」と、私の前に立とうとした。
「カーネス、やめて」
「何でですか? なにした手か分からないんですよ?」
「さっきまで食べてたんだから綺麗でしょ」
「分からないですよ。食事後に手洗い行って今こいつ自分の席に戻る途中だったんですよ。なにした手か分からない」
「洗ってるだろうし行く前より綺麗でしょ」
「綺麗だとしてもですよ。そういう性癖の可能性あるじゃないですか。へへ、俺二分前は……みたいな性癖の可能性往々にしてあるじゃないですかむしろその性癖じゃないことを証明する方法なんてどこにもなくないですか⁉」
耳元でひっそり言ってくるけど量が量で疲れる。もう相手にしないほうがいいと呆れていれば、ふいにてんこもり冒険者がこちらをじっと見渡していた。
「炎、水、風、そして……土? そして君自身の魔法適性は……分からないな。それにしても随分、ふふ、面白い偽装スキルだ。いくら何でも……ふふ丸わかりじゃないか! ぜ、ゼロだなんて……」
てんこもり冒険者が私の魔力なし扱いのステータスを見ているらしい。分かりやすく馬鹿にするな。気を使ってほしい。怪訝な顔をすると、彼は半笑いを微笑みに昇華させてきた。
「ああ、失礼。僕は普段、魔王を倒す勇者として活動していてね。君はいつも何をしてるの?」
まるで「僕普段慈善活動の団体に参加してるんだ」とでも言うように、平然と勇者を自称してきた。普通に怖い。この世界に魔王がいて、絵本では魔王と戦うのは勇者、みたいな感じになっているけど、勇者は別に国であれこれ定められた試験に合格するとか、実績を認められたりして認定してもらうものではない。
だから勇者はいくらでも名乗れる。魔王や魔物と戦いたければ普通に冒険者の肩書で十分だし、固定給がほしければ国に仕えればいい。ゆえにわざわざ「勇者です」と名乗るのは普通に怖い人だ。
「料理人です」
「料理人? ああ、退役軍人かなにかかな」
「いえ、戦いは一切……」
嘘をつけば経歴詐称。
正直に否定すれば自称勇者様が、訝し気な目をこちらに向けた。
「こんなに属性に溢れた仲間を連れているのに料理人なんてもったいないな、冒険者になればいいのに」
「ハハハ」
私は愛想笑いをする。こういうこと、よくある。冒険者至上主義。強くないと冒険者になれない。お金を稼ぐならば冒険者になるのが一番。
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