第13話


「申し遅れました。私の名はローグと申します」


 急遽店で使用している椅子を二つ取り出し、ローグさんと向かい合って座る。


 カーネスやシェリーシャさん、ギルダが同席したいと言っていたけど、いわばこれは面接。四対一で圧迫するのも気が引けるし、何より三人はまともじゃないから、まともな私が正確な判断をしなければいけない。


 だけど、やや右側の木の陰から三つ頭が見える。



「えっと、店長のクロエです」


 私は三人を認識しつつ、ローグさんに顔を向けた。


 どこからどう見ても、まともそう。爽やかでありながら物腰も落ち着いているし、その柔和な面持ちから客の増加も見込めそう。


 でも、カーネスもシェリーシャさんもギルダも、黙ってさえいればまともそうに見える。


 今回は接客担当、本当に正気の人間を採用しなければいけない。


「……どうして、この屋台で働きたいと?」

「はい、一度このお店の料理を食べたことがあって、感銘を受けまして……」


 照れ笑いを浮かべるローグさん。


 どうしよう、見覚えがない。


 持ち帰りのお客さん経由か、私が転移魔法でおかしくなってた時のお客さん、かもしれない。


 普段なら、お客さんの顔と、誰が何を注文したか、大体の苦手なものは覚えてる。


 でもそれは通常営業の時だけだ。転移魔法によって精神を摩耗し、料理とお会計の往復をしていた頃は、もはや記憶がない。思い出そうとすると頭痛と吐き気に襲われる。



「えっと、魔法の適性はどんな感じに……」


「私は土属性の魔法を多少……という形ですね」


 土属性の魔法……って、何が出来るんだっけ。


「例えば……」

「泥人形を、多少」

「泥人形……ああ、ゴーレムとかですか?」

 魔力を込めて動かす土で出来た人形を、ゴーレムという。ゴーレムは三種類あり、人間や魔物が魔法で作ったゴーレムと、周囲にめちゃくちゃ強い魔力を持つ木とか魔道具があり、その影響を受け自然に出来たゴーレムと、見た目がゴーレムっぽいからというだけでゴーレムと呼ばれている良くわからない何かだ。


 いろいろ難しい名称がついていた気がするけど、誰かが作ったゴーレム、天然もののゴーレム、便宜上ゴーレムと呼ばれてる何かで区分され、強さから何からまちまちで、どれがいいとかもない。


 そのため学者以外は何を見ても「ゴーレムだ」としか言わないけど、ゴーレムを専門的に研究している学者は何でもかんでものゴーレム呼びをめちゃくちゃ怒る。


 ただ、ゴーレムを偏愛している人間は多い。ゴーレム目当てのお客さんの来店増員も見込める。


「接客業の経験は?」

「はい、もともと飲食業に興味はあったのですが、家業として代々公爵家に仕えており、そこで執事兼秘書として十六歳の頃から四年、夢をあきらめきれず公爵家の口利きにより、王宮の給仕として五年働いておりました」

「では、現在二十五歳……」

「はい。将来を考え、本格的に飲食業の世界で働けたらと考え志望いたしました」


 いや完璧じゃない? この経歴、完璧じゃない? まさに接客特化。足りない場所を埋める存在だ。


 間違いなく我が屋台を救う救世主。絶対に欲しい。


「えっと、この屋台移動式でして、流浪することになるんですけど、その、ご家族とかに説明とかされてますか?」

「はい。許可は得ています。もともと、私が十六歳から働いていたのは、父が一時期体調を崩し、その代理です。弟がいるのですが、丁度彼が一人前になった頃合いに王宮の給士に転職したんです」

「なるほど……」

「なので、即日でも雇ってもらえるよう、準備は終わっています」


 夢? 夢でも見てる?


 こんな素敵な人材、本当にいるの? 現実?


 振り返って三人を見てみると、何だか警戒した目をこちらに向けている。


「では、えっと、とりあえず……次の街まであと少しなので、そこに滞在している間、試用期間として働いていただけたら……うれしいです」


 完璧な人材だけど、完璧すぎるがゆえに詐欺の可能性もある。私は今すぐ正式採用したい気持ちを抑えながらそう言った。しかし彼は意外そうな顔をする。


「正式採用ではないのですね」

「ええ、まぁ……」

「僕じゃ……駄目ですか?」


 じっと見つめるローグさん。なんか恋愛劇に出てくる男みたいな見方だ。言葉もそうだし。カーネスが過剰反応しそう、と思って一瞬振り返るけれど、カーネスは騒いだりせず怪訝な表情をしていた。


 カーネスの判定がわからない。これが大丈夫なら普段も暴れださないでほしい。


「まぁ、ほかの従業員たち、ちょっと……独特の雰囲気があるので、一度ローグさんのほうでもこの職場が合っているか……ご判断いただくのがいいと思います」

「……分かりました」


 ローグさんはなんだか変なものをみるように私を見る。


「どうかされましたか……?」

「いえ、ありがとうございます。よろしくお願いします!」


 私の言葉に、ローグさんが快活そうな笑みを浮かべる。しかし一瞬だけその笑顔が、疲れ切った接客業特有の「もう客など信用できるか」という世捨て人の無機質な笑みに感じた。けれどまた、穏やかな笑みに戻る。


 私は不思議に思いつつ、彼に店や従業員の紹介を始めることにした。





「なんかさー道間違えてる感じしない?」


 荷台を引っ張りながら、後方で荷台を押す皆に尋ねる。ローグさんが来て五日。歩けども見渡す景色は木、岩、木、岩の繰り返し、全くもって次の街が見えてこない。


「何も間違えてないですよ、地図の通りちゃんと進んでます」

「あとどれくらいでつきそう?」

「三日くらいじゃないですか……? 楽しいですねっ! 人気のない道はっ! えへへへへ」


 カーネスの答えに気が遠くなる。朝起きて荷台引いて寝る生活は嫌だ。街で料理作りたい。というか「試用期間として~」なんて話をしたにもかかわらず、ローグさんが来てまだ一度も店を開いていない。新人研修じゃなく新人野営研修になってしまっている。


「何か近道とか裏道無いかなあ……何かさあ、建物とかでもいいよ、生命が存在する場所に行きたい」


「クロエ、あそこに城がある」


 ギルダが至って冷静に指を差す方向を見ると、至って冷静になれない建造物がそびえ立っていた。


「城だぁ……」


 城。どう見ても、城。黒い鉄材か何かで建築されたその建物は全てが黒く、何だか禍々しいオーラを放っているように見える。これ、あれだ。いわくつきの城だ。絶対痴情の縺れとかで一族死んだ感じで、夜な夜な幽霊が出てくるタイプの城だ。


「……、うん、あれ絶対関わっちゃいけないやつ。お化けとか出るって、逃げよ逃げよ、あれ絶対何人か死んでるタイプの城だから、中にある肖像画の目とか、深夜動くタイプの城だよ。あそこに生きてる人はいない。私には分かる」


 そう言って一歩下がろうとすると、皆はさして興味も危機感も抱かず、ぼーっと城を見ている。何? このいわくつき感が目に入らないの?


「ほら、行くよ、夜中鏡から何かお化けとか出て来ても嫌でしょ、ほら、下がって下がって」


 とりあえず全員撤退と手を大きく広げ、全員まとめて下がらせようとすると、城の窓からびゅんっと黒い玉が放たれた。


 咄嗟に皆を庇おうとすると、ギルダが何かを振り払うような動作をした。黒い球は、ふわっと紙吹雪が舞うように霧散する。


「は? え、ギルダ? 何した?」

「あれくらいのもの、剣を使わなくても斬ることは出来る」

「ほあ……」


 返事をすると、ギルダは神妙な面持ちで私を見ていた。


 ん? っていうか何であんなこと出来るって申告しない? あんなの出来るなら果物のジュースとか、刻む皮むき以外にも、削るとかすり潰す調理法が可能では。何で言わない? 給料の賃上げ交渉の時の為に隠しておいたとか?


「ギルダ、何で今まで黙ってたの」

「これ以上引かれたくはなかった」

「何引くって、賃金? なんで出来ることが多くなって賃金引くの? 意味が分からない」

「え」

「いくらでも何でも出来る、果物の飾り切りだってなんだって!」


 そう言って、ギルダの手を握り興奮のままにぶんぶん振ってふと気づく。新しい料理を考案しても、こんな場所にいては意味がない。


 早く街へ辿りつかないと客に売れない。ギルダを見ると、なんだか安心した表情で私を見ていた。


「なに」

「なんでもない」

「はぁ……なにかあったら言いなよ。女神がどうこう以外なら引かないから」

「それは不可能だ。より一層、出来なくなった」


 ギルダは満足そうに言う。いい加減にしてほしい。


「はぁ……何だか獣臭くって目障りだわ。凍らせてしまいましょうね」

「え?」

 シェリーシャさんが前に出たと思えば、そびえ建っていた城は完全に凍り付いていた。何これ。完全に氷城と化している。絵本でしか許されないやつ。氷の城じゃん。


「ふふふ、これで獣臭くないわ。もう安心ね」

「いや凍りつかせてどうするんですか? 人の屋敷ですよ? 林檎じゃないんですよ!?」


 いわくつきだろとか思ったけど、最悪魔法とかで魔王城風にしてるだけで、国の所有物とか、人が住んでいたらどうしよう。完全に殺人だ。


「中に人いたらどうするんですか?」

「人間はいないから安心して」

「ならいいですけど……」

「本当にいいの?」


 え、なにこの質問。私の人間の定義とシェリーシャさんの人間の定義が違ってたりする?


「命を奪って捕まる生命は中にいますか……?」

「いないわ」


 即答に安堵した。本当に良かった。一瞬、意味が通じると怖い話になるかと思った。


「なら、大丈夫」

「そうなの? 可哀そうに」

「え」


 シェリーシャさんはちょっと嬉しそうだ。駄目だ。やっぱり人間がいるのかもしれない。



「俺が何とかしますよ、ほら」


 そう言って、カーネスが私の前に出た。ゴォ! と城の全てを炎で包み込み、一瞬にして黒こげにして霧散させるカーネス。唖然とする私に、穏やかに笑みを浮かべた。


「溶けました」

「いや溶けましたじゃなくない? 溶かしましただし燃やしましたでしょ? むしろ火葬してない? 証拠隠滅じゃん! どうすんの? バカなの? ふざけてるの?」

「人間はいません。安心してください」

「じゃっじゃっじゃあ、歴史的に何かある城かもしれないってこと? それ危なくない? 文化財凍らせて燃やしたってことでしょ? 最悪じゃん。捕まるよ間違いなく。はやく逃げなきゃ」


 誰か殺してなかったにせよ、法的に国に殺される。


 ただでさえ住居を定めない暮らしをしているのだ。移動式犯罪集団扱いでも受けて、お尋ね者にされたらたまったものじゃ無い。


「何から逃げたいんですか」


 カーネスが問う。


「ここからじゃバカ!」

「俺からじゃなくていいんですか」

「なんでカーネスから逃げるの? 何?」

「ふふ」


 カーネスが意味深な笑みを浮かべた、何この集団。狂ってる。


「ほら逃げるよ、見つかったら捕まるから、はよ」


 そう言って皆を急かすと、ローグさんが周りを見ながら「大丈夫です」と首を横に振った。


「この辺り一帯に、店長以外の人間はいません。私の魔力の探知に引っかかってないから平気ですよ」

「ほあ、べ、便利……」


 そんな便利なものがあったのかと感心していると、ふとあることに気付く。


「え、じゃあローグさんの魔法で、効率良い場所に店出せるんじゃないですか?」

「ええ、そうですね。そうなりますね」


 ローグさんを見ると、彼は目に見えて困惑した顔を浮かべた。またこの顔だ。接客業特有の疲弊顔。


 そして他の皆は、生ぬるい目でこちらを見たあと、ローグさんを警戒するように見た。


「何この空気」


 店長を阻害するな。そして新人いびりをするな。


「……はいはい、分かった、もう行くよほら、城燃やしてんだから、さっさと行こ」


 あんまりこの雰囲気長く続けると、ローグさんが出て行ってしまいそうだ。

 私は、他の三人が変なことをしないよう注意深く見ておきながら、また荷台を引き始めた。





「街だ、街についた!」


 ローグさんを雇い一週間。ようやく街にたどり着いた。本当にうれしい。ローグさんに「次の街で試しに働いてみて~」なんて言ったにもかかわらず街に辿り着けず、どうしようかと思っていた。これで営業が出来る。でもとりあえず市場かどこかへ行って生活用品とかを買いそろえないと。


 そう決意して街の中心に向かって歩いて行くと、立派な闘技場がそびえ立っていた。


 景観になかなか自信がなかったり、観光名所として勧めづらい土地では、闘技場を建てて定期的に大会を開き町おこしをする。けれど、この闘技場は歴史を感じるし、何より大きい。経営のためではなく、もともとあったものを闘技場にした気がする。


「大きい……」

「へへ」


 カーネスが暗く笑う。絶対に今、変なことを考えていた。

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