第12話


 従業員を雇い始めてから三ヶ月が経過した。もう、転移魔法は怖くない。


 熾しても熾しても足りない火は倍の火力をカーネスが出してくれるし、汲んでも汲んでも終わらない水汲みはシェリーシャさんがパッと水を出してくれるし、切っても切っても終わらない野菜の下処理はギルダが一瞬にして終わらせる。


 憎かったこの世から消してしまいたかった転移魔法も今は恐ろしくない。だって従業員がいるんだもの。だから行列なんて関係ない。一瞬で捌くことが出来る。


 そう、思っていた。


 麗らかな午後、炒め物に味をつけていると、後ろからギルダがやってくる。


「私の女神、あの男のことなんだが」


 臭みの強い食材も、じっくり漬けてから焼くと、劇的に味が変わったりする。

 けれど。

 半月で、ここまで人間が豹変するなんてことは、本当にあるのだろうか。


「女神じゃないです。店長です」

「貴女が店の主なわけがないだろう」


 屈託のない瞳で全否定され、脱力する。


 ギルダを雇って半月。彼女は完全に化け物に変わった。


『化け物のような私を受け入れてくれた。人間の優しさとは思えない。どうしてか考え、気付いたんだ。貴女は女神様、なのだろう?』


 なんて結論を出し、違うと否定してもそれからずっと私を女神設定のままごとに巻き込んでくる。迷惑極まりないが、「私は人間です」と言えば、カーネスが「そうです、店長は人間なので催淫魔法も効くし媚薬も効くし身体で堕ちる可能性もあるし分からせられたりすることもあるので守らなきゃいけないんですよ」と最悪な援護射撃が飛んでくるし、シェリーシャさんは「人間じゃなくなれば、死ななくなるわね」と意味深に笑う。


 さらに常連客たちは「精霊王に頼んで精霊にすれば長寿になる」だったり、「龍神に仇をなし呪いを受ければ、その呪いを解くまで死ねなくなる。それを利用すれば」なんて道徳皆無の効率馬鹿助言お披露目会をしては盛り上がる。最悪でしかない。



「それで、あの男の話に戻すが、炎の少年は、女神を何度も見た人間は女神に襲い掛かると言う。神に背く者は死をもって償うべきだ」

「うん、襲い掛からないから大丈夫だよ。あと女神じゃないです」


 思えばカーネスもシェリーシャさんも「最初とはだいぶ性格違くない?」みたいな、変化があった。


 カーネスは痛い根暗から痛くて明るい変態に、シェリーシャさんも陰鬱とした痛い感じからほんわか妖艶お姉さん兼倫理観皆無幼女に変わった。


 そしてギルダは、このありさま。


 私はそばにいたカーネスを睨む。


「おい、そこの火力係」

「どうしました? 籍入れます?」

「今度病院行こうか」

「はは、嬉しいなあ。女の子と男の子、どっちでしょうね」


 駄目だ。頭おかしい奴の思考回路どうにかなってるわ。相手にしない、というのが最大の自己防衛だった。


「ギルダに変なこと教えただろ」

「何がですか」

「私を二回見たら襲い掛かるとか何か言っただろ」

「あー、言いましたねえ」


 悪びれもせずに認めるカーネスを小突くと、カーネスは半笑いで話を続けた。


「だって、来店注文退店以外で店長を何度も見るって、むしろ邪念と好意しかないですよね? 犯罪じゃないですか? 俺はそこの哀れな騎士様に社会を教えたまでですよ」


 なんだろう、カーネスの学んだ司法って、私が学んだ司法とだいぶ違うのかな。


「それに、あの騎士様が女神だのなんだの言いだしたのは俺が干渉する前です。つまり、あれがあいつの性癖ってことです。汚してはならない存在を汚したい、それも自分より上位で清廉な存在を快楽でぐちゃぐちゃにして堕としたい、正しさに囚われていたからこそ、背徳感に惹かれるわけです。気持ちは分からなくもないですが、俺はあくまで両想い、もしくは両片思いあってのものなので、俺の騎士道とは違います。目を見て分かります。あいつは、思い余る」

「その極端物騒発言本当に直さないとその口に芋詰めるからね」

「店長の口移しなら歓迎です」


 頭が痛い。カーネスを放置して料理にまた取り掛かろうとすると、シェリーシャちゃんが嬉々として客を凍らせようとしているのが視界に入った。


 その後ろではギルダがいる。


「すみませんお客様! うちの従業員が大変な失礼を!」


 全力の低姿勢で凍りかけているお客様に近付いていく。すると「うちの」と言ったところでシェリーシャさんとギルダは口元に笑みを浮かべた。


 何だろう、私には威厳が無いのだろうか。店長なのに。後で従業員たちには、威厳を見せなければ。どうやって見せていいかいまいちわからないけど。


 いや、今はこんなこと考えている場合じゃない。


 私はお客様に誠心誠意頭を下げながら、どう許してもらおうか考えた。





「接客担当を雇おうと思う」


 営業終了後、人気の無さそうな森に入りテントを立てたところで、私は皆に言った。



「半分くらい客燃やします? そうしたら今までの半分の量になりますよ」

「静かにして」


 野宿の準備をしながら、カーネスが明るい調子で声をかけてくる。カーネスに疲労の概念は無いのか。


「あの、一生に六百度くらいのお願いなので、声出しちゃだめだからね……って上目遣いで言ってくれません?」


 私はカーネスを無視した。無視は良くないけど許してほしい。


「もういっそ、店を開かず討伐に専念するのはどうかしら」

「駄目だ天啓に聞こえる」


 シェリーシャさんの殺意衝動による思考すら、救いに感じてきた。落ち着かないと。


「すまない、私は何も思いつかない……」

「ありがとう、ギルダ。一人くらい平和主義がいないと収集つかないからね。そのままでいて」

「女神の御心のままに」


 最後の一言を聞かなければ、安心だった。女神ままごとさえしなければ、ギルダは一番まともだけどその「さえしなければ」の部分があまりに濃い。


「でも、どうして接客担当が欲しいの? 魔法はいらないのに」


 シェリーシャさんが聞いてくる。確かにその通りだった。接客に魔法はいらない。魔法で運ぶにせよ、店を構えているわけでもないから、客席はそう多くない。持ち帰りのお客さんも多い。接客ももちろん大切だけど、拡充を考えるなら調理だ。でも、


「損害賠償がものすごく多いんだわ」


 カーネス、シェリーシャさん、ギルダ。


 三人とも、客を殺しかける接客しかしない。


 たまに普通に接客するときもあるけど、子供とお年寄りに対してだけだ。ゆりかごから墓場までではなく、ゆりかごと墓場のみ正常な接客になる。


 あとはもう、戦闘になり周囲に迷惑をかけお金で解決をして結果赤字だ。だから、接客担当がほしい。魔法は、三人を止められればなんでもいい。どんな属性でも。


 しかし、三人はいい顔をしない。「え……」と嫌そうにこちらを見ている。


「なに」

「普通の人間をご希望なら無理だと思いますよ」

「そうね。耐えられないと思うわ」

「二人に同意する。客とも合わないだろう」


 自称化け物設定で勝手なことを言ってくるけど、普通の人間相手の商売をしているのだから普通の人間でいいんだ。最近は「もふもふ」が流行り、もふついた接客係が流行っているけど、ただ普通に何かあったときお客様を攻撃しないだけでいい。


「すみませーん、今お時間って空いてますか?」

「すみません、お店もう閉めちゃったんですよ」


 人影は、落ち着いた雰囲気を持った、私より二歳か三歳くらい年上の青年だった。


 見るからに「信頼にたる人物です」という雰囲気をまとっている。優しそうで、子供やお年寄りに好かれそう。


 とはいえ、もうお店は閉めてしまった。残り物もないし、近くに町もある。そちらはまだ開いているはずだ。


「近くにお店があるので……」

「あ、違います。ここじゃなきゃダメで」

「え……?」

「ここで、働きたいんです」


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