第11話


 私は戦った。懸命に。この髪が、身が赤黒く染まってもなお、握った剣を動かすことをやめなかった。そして戦況は一変した。


 当然だ。全てを切り裂き、そしてどんなに切り裂かれても死なない兵士が居れば、どんな軍勢を相手にしても、武力なんて無いも同然。


 切りつけても切りつけても死なない化け物に勝てる人間なんて、いるわけがない。


 戦が終わって、国の脅威になったのは他ならぬ私だった。


 皆、私を恐れている。


 国があるのは、私の強さあってのもの。


 でもこれから先一生、私に恐怖し続けなければいけないのか。


 民の苦悩を間近で垣間見た私は、国を出た。


 


 放浪の旅といえば聞こえがいいかもしれないが、一人になれる場所。人に触れぬ場所を探した。そして辿り着いたのがあの洞窟。


 あの洞窟での生活は辛くない。魔物が出ては切って、その繰り返し、いつか朽ち果てるのを待つだけ。でも、誰も私にかなうことはない。


 それでもいつか、私に勝つ魔物が現れるかもしれない。


 化け物を殺すには、化け物が一番──、


「あのさ」


 私の話に、クロエが重々しい顔つきで口を開く。


 気が付けばいつの間にか空には満月が浮かんでいた。あれから、私はクロエ率いるパーティーに合流することになり、歓迎会を開いてもらった。夜も更けてきたころ勧められるがまま酒を飲み、身の上話をしてしまったが、とうとう怖がらせてしまったようだ。


 話をすべきではなかったと反省する。


「祖国、恩知らずすぎない? で、ギルダも結論早すぎじゃない? 世を捨てすぎじゃない?」


 クロエが眉間に皺を寄せながらこちらに問いかける。私はどう反応していいか分からず、ただ杯を握りしめたままクロエの顔を見つめていた。






——————————




 本当に、申し訳ないと思う。


 


 ギルダが合流し、カーネスやシェリーシャさんの分もまとめた歓迎祝いをすることになり、いい感じになってきたころ、唐突にギルダの自分語りが始まった。


 カーネスは自分語りに関する前歴があるにも関わらず、定期的に私にちょっかいをかけてくるし、シェリーシャさんは穏やかに頷いてはいたけどそれが定期的すぎて完全に聞いていない。


 だからせめて私だけはちゃんと聞こうと思って、耳を澄ませ集中していたけど、憤りが強まってきた。


 初めは、戦いの苦しみについて吐露しているのだと思った。戦争だし。結局戦争は何も生まない。だから静かに聞いていた。


 でも途中で、「私死なないんだよね、それにめっちゃ強い」みたいな自慢話は違うだろと思う。


 そのあたりから話の終着点が分からなくなって、かと思えば戦終わって「周りに配慮して国を出ました」という悲しみの話題に移行した。


 ああこれ悲しみの吐露だな、自分の中で整理しようとしているんだな、と思ったら「でも洞窟の中で色々切ってた」と、「自分つええ」いわゆる異世界からやってきた人間の言葉で言うと「俺Tueee」が始まった。


 常連客が財布を忘れたとき、「これを人質にします」「人質にしてる間読んでいてください」「汚したら殺します」と、どちらが人質とってるかわからない脅し付きで渡された大事な本、いわゆる本質の主人公がこんな感じだった。その後支払いにきた客から聞いた話によると、「無自覚で無双する」みたいなのが異世界で流行ってるらしい。


 物語で読むとわくわくする。前に常連客に誘われ劇を見たけど、楽しかった。


 でも無自覚で無双してるやつ、現実で見ると腹が立つ。頑張ってるじゃんと思う。上から目線になってしまうけどお前頑張ってるし強いんだから黙れ、という気持ちになる。この複雑な感情はいったいなんだ。恨み、嫉妬? 


 とはいえ、ここで私が憤りをぶつけたとて、待っているのは「へ?」だろう。異世界人の書く本も異世界人も、自分への称賛は絶対聞き入れない。異世界人を好きになった人間の恋の相談を聞くけど、暗闇の中で指先を触れ合わせるような、手探りの恋をしていた。要するに地獄の長期戦である。


「ギルダの望みは結局何?」


 問いかけると、ギルダは考え込み俯いた後、また顔を上げた。


「人と、一緒に……いたいのかもしれない…」


「いいよ」


 すごい短い話で終わった。すごい端的。


 私が真面目に話を聞いていた時間を返してほしい。


「クロエは優しいな。寛大な心を持っている」


 ふっと笑みをこぼすギルダ。なんだかなあ。カーネスも、シェリーシャさんもそうだけど、こういうところちょっと気になるんだよなあ。


「何か前から思ってたんだけどさあ、皆ちょろくない? 騙されるよそんなんだったら」


 そう問いかけると、周りは驚いたように目を見開き始める。なにこの一致団結。初期不良虫眼鏡の購入を知るカーネス、シェリーシャさんはまだしも、ギルダに見られるのはだいぶ心外だ。


「皆さあ、私が触ったり一緒に行こうって言うと奇人扱いしてお礼言ってくるけど、優しい人なんていっぱいいるからね。前までいた環境が、たまたまそうだっただけで。別に特別に優しく扱ってるわけじゃないから過剰にお礼言わなくていいよ」


 本当に、どうかと思う。カーネスはまだマシというか自重してほしいくらいだけど。


「大丈夫だから。全員大丈夫の集団。以上です」

 皆の顔色を窺うと、ぽかんとした後、けらけらとこちらを馬鹿にするような生暖かい目でこちらを見てくる。ギルダまでもだ。私は訳も分からず、机に置いた杯を握ると、一気にあおった。


 ちなみに酒は一切入ってない。みんなにばれないようにと祈っている。酒が一滴も飲めないことを、常連客達に「人の子は脆いな」などと無限に馬鹿にされるから。そういう時、異世界人たちは「シンソツの時、飲み会地獄だったな……」と穏やかに見てくる。転移魔法を使ってくるけれど、そういう時、異世界人たちは死んだような目をしているから、なかなか憎みきれない。









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