第10話
「何考えてんの?」
「どうやって燃やして……、こ、この場から、逃げようと、か、考えていました!」
「いやもう言いかけたとかのレベルじゃないから。普通に全部聞かせる気あるよね!?」
「ち、違いますよお! そんなことないです!」
「いやもう考え出てるからね? 燃やそうとしてるんでしょ」
「良く分かりましたね!」
「怖いよ、そこまでして無垢を貫き通そうとする根性が怖いよ」
カーネスを窘めていると、シェリーシャちゃんが「ずるい」と唇を尖らせた。
「わたしも、体内に水を流し込んで、その後、臓器を少しずつ凍らせて苦しめるのやりたい」
「カーネスそんなこと一言も言ってないよね!?」
「そうですよ、俺は呼吸が続くぎりぎりまで水中に閉じ込め、呼吸をさせ、閉じ込めることを三百やるのがいいと思います」
「カーネス!? そんな発想あるの? 普段死ぬほど妄想してるから!? その妄想力いやらしいことじゃなくてそっちも網羅してるの!?」
「失礼な、俺の妄想力は店長との麗らかな日々と店長に害なす不届き者への対処の2種類しかありませんよ」
「麗らか……?」
「はい。麗らか、という枠組みの下部に、関連事項として、いちゃラブ、美少女、貧乳があるだけです。あと店長が一つ結びのときは一つ結びですし、仕事み強いときは仕事、とか」
「カーネスの言ってること本当に何一つわからないけど絶対にろくなことじゃないのはわかる」
「ろくなことなんかじゃありませんよ、強いていえば…救い、でしょうか」
カーネスはそう言うけど絶対違う。しかしシェリーシャちゃんがうなずいた。
「死は…救い、痛みや苦しみからの解放…」
儚げに笑い宗教を開教しようとするシェリーシャちゃん。この地域では開教すると税金がいくらか安くなるけど、ダンジョンに行く前、神に祈りたい人が多い……つまるところそういう人たちを対象とした宗教営業が多く、宗教激戦区だ。おすすめできない。
「いいな……」
この場をどうやって脱するか考えていると、後ろからぽつりと寂し気な声が聞こえる。振り返ると、騎士がこちらをじっと見ていた。
「な、なに?」
「……羨ましいと、思って」
え、何? 頭がおかしいの? 道徳心死んでるの?
「この状況のどこが?」
「……全てだ。私は、孤独に朽ち果て、無様に散っていくのが似合いだと思っていたが、途方もなく、羨ましい」
「はぁ」
私も、孤独に朽ち果て、とか、無様に散っていく、とか、この期に及んで言える強い心が羨ましい。冷めた目で見ていると、騎士は意を決した様子で私を見た。
「……働く件、私で良ければ、私を必要としてくれるのなら、その想いに是非とも報いたいと思う」
「え! 本当! よろしく!」
私はすぐに騎士への見る目を変える。何言ってるか意味わかんないけど、働いてくれるなら別だ。あの切断技術を持つ従業員が入ってくれるなら、全然別、むしろ大歓迎だ! 痛いの最高! いや最高じゃないけど!
握手をしようとすると、周囲にいくつも雷が落ちて来る。私に近い雷は、全て氷や炎で防がれていた。ありがたい。
「だから! 俺を無視するなって! 言ってんだろうがクソがあああああああああ!」
どうやら雷は自称剣王が放ったものらしい。騎士は「どうやら剣王の模造らしいな」と、目を眇める。
「模造品?」
「ああ。この世界には、数多の神や王がいる。そのうち、剣の道にて始祖となり、雷撃において頂点となる王を──模倣している」
怖いこと言い出した。思想が強い。
「なぜそれを……」
駄目だ、自称剣王、のってきちゃった。
「人の身ながら邪神を司る主よ」
そしてさらに騎士は私に設定を振ってくる。
「クロエです」
「クロエ……良い名だ。私は風の邪神ギルダ。この剣、そして忌まわしきこの力を持って、あの敵を打ち倒して見せよう!」
痛い。けど、従業員として働いてくれるなら、まあいいか。最悪この辺りの騎士は皆こんな感じって可能性もあるし。いやない。
「いざ!」
ギルダは剣を構えると、風が吹き荒れ始める、そして、ギルダの剣が緑色に輝き始める。
「か、風の邪神……? なぜ、人間に味方を……」
だめだ。自称剣王が同調してる。地獄の頂上決戦が始まった。
「まぁいい……俺は誰にも負けねえ!」
さっきまでカーネスに燃やされシェリーシャちゃんにぐちゃぐちゃにされているのさえ見なければ、主人公みたいだった。
そして自称剣王は周囲にわざわざ雷撃をまき散らし、雷を落としながら大掛かりにこちらに接近してきた。
けれどその雷を、騎士が風で霧散させていく。
「哀れな魔物よ……自分をおごり、私に剣を向けたこと、後悔するが良い!」
ギルダは自称剣王に向かって駆けだすと、足元に竜巻を起こして、一気に飛び上がると、剣を振りかぶり、一気に振り下ろした。
一瞬の斬撃音が響き、自称剣王がゆっくりと降下していく。ギルダは宙で止まっていた。空を飛べるらしい。配達もできそうだ。すごい。
「貴様の魔力の筋を斬った、最早奴に魔力は無いも同然……。穏やかに眠れ……」
自称剣王をを見下ろしながら、呟くギルダ。
痛いけれど、まぁ殺したりしないなら安心だ。でも、「動けないように身体の腱を切ったよ」を、「魔力の筋を切った」とか言っちゃう感覚は、やっぱり逸してるなと思う。
そんな騎士は優雅な動作で私たちの元に降り立ち、剣を鞘に戻した。すると緑色の発光も収まっていく。
「私の力は……このように、理に反する。風の力であり、全てを斬る力……それでもいいなら……」
「あっはいはいはいはい。いいよいいよいいよ! 千切りと、みじん切り、あと皮むきもお願いするから!」
痛いけど、即戦力だ。これは大きい。来週からでも営業規模を拡大して店を開こう。
ほぼ無人ダンジョンに絶望したけど、今日の利益やお宝より全然いいものを見つけた。
「やー助かるよ! 今日本当、ダンジョン入ったどころか洞穴に入っただけで終わると思ってたけど、見つけて良かった! 今日からよろしく! 繰り返しになるけど、私の名前はクロエ、この店の店長! で、こっちが火力係のカーネス、水回りのシェリーシャさん!」
「私の名前はギルダだ。よろしく頼む」
「よろしく!」
ギルダに向けて手を差し出すと、ギルダは少し目を見開いた後、私の手を握り返す。カーネスは怪訝な顔をした。
「女同士なら襲っても子供は出来ません。少しくらいならいいですけど、もうそろそろやめてください」
最低なことを言う。
「すごいな、魔力でわかるのか」
なぜかギルダが感心していた。
「なにが、わかるのですか」
「私は男と間違えられることが多かったから」
「へー」
そうなのか。ギルダを眺めていると、彼女は私にひざまずきー、
「クロエ、私は騎士として、ここにあなたへの忠誠を誓おう」
手の甲に唇をつけた。
「あああああああああああああああ!」
カーネスが絶叫し手刀を入れる。ぎりぎりで避け手刀は私の手の甲すれすれを通過する。危ない。当たったら絶対痛かった。ぶち折られるところだった。
「あっぶな! 料理人の手に何しようとしてんの!?」
「浮気、浮気ですよ! 浮気! 酷い! うわあああああ!」
「違うから! っていうかさっきまで、同性は既成事実出来ないとか下種っぽいこと言ってたの誰? なんなのその情緒不安定」
「だって! 唇が! 手の甲に触れた! 俺まだ足の爪先しか触ってない!」
「よし分かった。テント二つ買おうこれを期に。今度からカーネスだけ別のテントで寝てな」
「嫌だ! 絶対! やだ! やだああああああああああ! 何でそんなこと出来るんですか? どうして!? 浮気したくせに! 何で何で何で何で!?」
バタバタと暴れまわるカーネス。いやこっちの台詞だし。何で寝てる間に他人の爪先なんて触ってるの。狂ってるでしょ。もう放っておこう。
「とりあえず痛い人の拘束を……」
「大丈夫よクロエ、今始末をしているから」
シェリーシャさんは仮面をつけた痛い人を凍らせている。けれど、いつも凍らせている感じと雰囲気が違う。
「これどれくらいで溶けるように設定してるんですか?」
「七百年……くらい?」
こてん、と首を傾げるシェリーシャさん。それ拘束じゃない。氷葬になっちゃう。
「ちょっと短くして、二日三日程度にしてください、あと呼吸は出来る感じでお願いします」
「短すぎないかしら……? 一瞬でしょう?」
「短くないです」
「まぁ、いいわ。それでも」
でも、すごいなシェリーシャさんの魔法。永久凍結出来ちゃうじゃん。魔法って便利。
ふと、ギルダの方を見ると、ギルダは眩しいものを見る目でこちらを見ている。
「こんな感じだけど、よろしく」
「ああ、よろしく頼む」
ギルダは、私の差し出した手を握り、それはそれは穏やかに笑った。
私はどこへ行っても、異端だった。
ここから遥か遠くの大陸、代々騎士団長を輩出する家系の中で、私は生まれた。
強さは優秀さの証拠、尊ばれる家柄であってもなお、私の強さに家族全員が恐怖した。
兄たち、父、師の心を殺したからだ。誰も私に勝てなかった。訓練をするたびに、相手は私を恐れ、戦う相手が消えていく。
騎士団の入団が早まり、戦いに身を投じる環境に身を置くことになって、何か変わると思っていた。
何も変わらなかった。
私の強さにかなう人間はいない。どこにもいない。魔力も剣技も何もかも。戦う以上、一方的な試合になる。そうした中で、戦争が始まった。
出征前の情報では、我が国が優勢だと聞いていた。
しかしひとたび戦場に赴けば聞いていた状況とは全く異なっていた。
我が軍は、壊滅的だった。相手の国は事前情報よりずっと性能のいい武器を手に、同盟国とともに戦いに身を投じていた。私の部隊が到着した段階で、ほかの部隊には戦える人間なんて数人程度、何とか怪我人が治療を受け、治癒士たちが戦いながら治療の場を守っているような惨状だった。
だから、皆私の率いる部隊を見た時、希望だと言ってくれた。
最後の救いだと。
その顔を見て、私を恐怖しない人間の表情を見るのは久しぶりで、私は何とか守らなければいけないと思った。
たとえこの身に代えてでも。皆を守りたかった。
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