第7話
「あああああ疲れたあああああ……」
海辺そばの宿で、私は大きく伸びをする。カーネスとシェリーシャさんに魔物討伐をしてもらったあとのこと、騎士団の到着を待っていたけれど、中々来なかった。その為、私は手持ちの石をいくつか割り、はみ出し者の常連客のみんなに協力してもらった。
魔法が使えない私はといえば、触手の魔物に壊された海辺の民家の修復修繕、救助や治療──をする常連のお客さんや怪我をした人々に炊き出しだ。
常連客の中に頭がいくつもある犬連れが来ていたこと、カーネスやシェリーシャさんも魔法が使えることで料理ではなく人間の救助をお願いしていたことから、一人で屋台を営んでいた頃の地獄が蘇った形だ。
結局、すべてが終わった後騎士団がやってきて、私は私で疲れていたため、常連客に説明を任せ、漁師のすすめのままに宿に泊まることにしたのだ。
「大丈夫ですか店長、いやらしい方向で癒しましょうか」
「寝たら回復する」
「寝たら⁉」
カーネスが瞳孔が開いたような目で私を見る。先ほど漁師の人たちに「すごいね」と褒められ「あ、はい」と素っ気なく返していた、かしこそうな彼は何処に行ってしまったのか。
「適切な睡眠を取ったら」
「よりぐっすり眠れる方法がありますよ」
「カーネスが黙ること」
「声我慢しなきゃ駄目なやつですか⁉ 店長に声我慢してなんて言われたらもう……‼ はぁ……夢が膨らんじゃうな。我慢させられるの一番いいですよね、声出しちゃ駄目でしょ、とか言われたい。それで軽く声出して、もう、とか言われたい。ちゃんと我慢出来たらご褒美くれると提示されつつちゃんと出来なくても仕方ないなぁってご褒美もらいたいっっっ‼」
ハギの村の罪、あまりに重い。子供に健全な教育の機会を与えなかった結果だ。
私はカーネスから視線を外し、じっとこちらを見つめていたシェリーシャさんに声をかけた。
「私は、シェリーシャさんに重要なお話があります」
「なあに?」
そう言うと、シェリーシャさんは私に視線を合わせた。
彼女には大切な、それはそれは大切な話がある。
「屋台の従業員として働いてください!」
頭を地につけんばかりに下げる。
子供を雇うのはありえないけど大人なら別だ。冷却も出来て水も出せる。なんて優秀な人材だろう。
完璧だ。冷水も出せるし、シェリーシャさんの出した水をカーネスが温めれば熱湯が一瞬で作れる。最高だ。大幅な時間短縮になるし、転移魔法に踊らされる日々から解放される日も近い。「転移魔法? ドンドン使ってくださいよ」と足を組みながら笑みを浮かべる日も近い!
「いいの? ……私と一緒にいて」
「勿論‼」
「飽きたら殺すかもしれないけどいいの」
「殺すのはなしで一緒に働いてください‼ 定期的に外来種の多い場所行くのでそれで我慢してくださいっっっ‼」
「殺しをやめろとは言わないの?」
「やめられるんですか?」
「いえ」
「なら、やめろとは言いませんけど……」
なんだか微妙な沈黙が訪れる。しばらくすると、シェリーシャさんの笑い声が聞こえたような気がした。いや、聞こえてる。笑われている。
「あの、シェリーシャさん? どうされました」
「不思議だなと思って」
「不思議だと……楽しいんですか?」
「ええ、そうみたい」
声を上げるのも辛そうなシェリーシャさん。絶対に笑いものにされているけれど、さっき「飽きた」としているよりはましだと思う。
笑いものにされてるけど。
いやでもこっちは大事な話をしてるんだけどな……。
「仕事に関してはいかがでしょうか……」
「ふふ、いいわ。貴女の最期まで、お手伝いしてあげる」
シェリーシャさんの艶やかな唇が弧を描く。じゃあいいや、笑いものにされても。
「よろしくお願いします!」
勢いのまま手を差し出す。するとシェリーシャさんは私の手をじっと見た後、また笑って私の手を握った。
「よーし! じゃあもう寝ましょうか‼ 朝になったらこの街を出ますからね‼」
この部屋に来る前、漁師の人たちから、色々聞かれた。私とカーネス、シェリーシャさんの関係や、旅の目的とか。冒険をしていると勘違いされてすぐ否定したけど、「無粋なことは聞くんじゃない」と漁師の長のような人が察したような顔で止めて、なんだかとてつもない誤解を招いている気がしてならない。
ややこしい事になる前に、町を出たい。
「そうですね、寝ましょうか」
そう言ってカーネスは当然のように私の寝台に潜り込んでくる。
私は空いている隣の寝台に入った。するとすぐに「差別だ‼」とカーネスは声を荒げる。
「差別って何が」
「その女はいいのに何で俺は駄目なんですか‼」
「え?」
カーネスが指すほうを見ると、少女の姿をしたシェリーシャさんが私を抱き枕にするようにして眠っていた。あどけなくてかわいい。殺すのが好きな子には見えない。
「よしよし」
「俺もよしよしされたい‼ 色んな意味で‼」
「色んな意味では絶対しない」
私はシェリーシャさん……いやシェリーシャちゃんを撫でながら寝に入る。
今日は色々あって疲れた。でも、一人で転移魔法のお客さんをさばいていた頃より気楽だ。
お客さんと話をしている時は楽しいけど、夜とか、ちょっとさみしかったし。
今、私は一人じゃないんだ。
私は穏やかな気持ちで目を閉じた。
ーーーーーーーー
明るい朝の日差しに、心躍る生き物は多いらしい。植物に限らず、生き物は朝日を浴びて時間の感覚を取り戻し、生きていくと言うから。
そんな朝日を受けながら、クロエが炎の邪神に向かって叫んでいる。
「カーネスッ‼ なああああああああああああんでいっつもいっつも寝台に潜り込んでくるわけ⁉ 下半身暴発魔法自分にかけてないの? っていうか自分にかけてくんない?」
「店長にですか……? あ、俺に無理やり触れないように……? なんだ店長そんな気を使わなくていいのに……俺は、両想いだったら、倫理なんて関係ないと思ってます♡」
「怖い。魔法使った後、怖いか聞いてくるけど何もしてないありのままのカーネスが一番怖いよ」
「ふふふ」
「やめろ笑うな怖い」
「いや嬉しくって」
「怖い怖い怖い本当に、言い方変える、カーネス、下半身暴発魔法自分にかけてくれない? 店長命令、カーネスがカーネスにかけて」
「何言ってるんですか? 魔法なんてなくたって俺は毎朝──」
「ああああああああああああああああああ予約が入ったあああああああああっしかも閉店ぎりぎりっ20人の宴だあああああああああああっおわりだもう」
クロエが手持ちの高等術式召喚結晶を眺めてうなだれた。炎の邪神が笑みを浮かべながらその背を撫でている。
魔力を持ちえない、弱くて脆い特殊な人間と、全てを焼き尽くす炎を持つ邪神。
種族が異なる人間のことは良く分からないけれど、邪神のことは良く分かる。自分のことだから。
この世界には、多様な種族が存在しているけれど、大きく分ければ三つに分類される。
まず一つ目。
人間や獣人、聖獣や精霊に妖精、簡単にくくれば、闇を必要とせず生きられる、光の群れだ。そこには海神や龍神など、神も含まれる。
二つ目は、闇を必要とする種族。人間たちからは魔物と呼ばれ、たいてい、魔王と呼ばれる種族の長に忠誠を誓っている闇の群れだ。
そして、なにものでもない、どこにも属せない、私たち。
人の姿を成しながら人にならず、光の群れを殺し、闇の群れを喰らうこと出来るからだ。
そんな私たちを、邪神と定義した人間たちがいた。光の群れは当然として、魔物より邪悪で神すら殺せる存在。だから邪神。神としての資格がないのに、神の名を持つ皮肉な存在。
私は私が良く分からない。どうして存在するかも良く分からない。だから便宜上、そのまま受け入れている。
そして光の群れも闇の群れも、私たち邪神の魔力を脅威とし、異端だと恐怖する。
私はただそこに在っただけ。人に何かをしたことなんて一度も無かった。なのに人は、私を恐れる。
だから今度は人が私に抱く偶像の通りのことをした。
人々は死に絶え、消えた。
初めのうちは楽しかった。全てを破壊し尽くし、人々の慟哭や、悲鳴を聞き、泣き叫ぶ姿を見ることは。けれど、それも続けるうちに飽きてしまった。
そして私は、己の記憶を消した。
私でいることに飽きたから。
自分が、人ならざるものである記憶を失えば、人と同じように生活が出来る。そう思ったような気もするし、ただ単に、毎日毎日、こちらを憎悪を込めた目で見てくる人間の目にも、氷の世界も、何もかもに飽きてしまったからかもしれない。
しかし、私は、記憶を消してしまったせいで、己の魔力の認識が甘くなり、結局どこへ行っても私は化け物と忌み嫌われ続け、いつしか人さらいに捕まり、奴隷商へと売られたようだ。
けれど、触れるだけで殺せるはずの人間──クロエが、私に関わってきた。
遥か昔の人間たちは皆、私を化け物と罵った。私が寝た後、家に火をつけ、私を焼き殺そうとした。
長い月日の中、何度も、何度も、生き物たちは私を殺すことを試みる。
でも、私は死なない。死ねない。私を殺せる生き物は、私以外に存在しない。自分に魔法をかけてみたけど、勝手に回復し始めてどうにもならない。生まれた時と比べ、魔力は減っていっている。
微々たるもので、今なお神を殺すことは容易いけれど、きっと何百年と待てば、私は自然と死ねるはずだ。
だからまだ、死ぬことが出来ない。
でも、人は脆い。
クロエは死ぬ。死んでしまうのに私を庇っていた。
私が化け物であるかなんて、どうでもいいと言った。
愚かな人の子。それも、人のなかでも魔力が体内に存在しない劣等種。
なのに愉快だった。面白いと思った。久しぶりに、何百年ぶりに期待を抱いて、私はすべての記憶を取り戻した。
何かに惹かれることが、何百年ぶりなのかもう分からないけれど。心の底が満ちていくような、沸き立つような何かを感じた。
その昂りを、きっと炎の邪神も覚えているのだろう。しかし炎の邪神は生まれて間もない。自分がなにものかも分かっていない。分からぬまま、人の子を求めている。
私は、炎の邪神と同じようにクロエを想っている。でもその方向性は大きく異なる。
私は、クロエを殺してみたい。
クロエが死ぬところが見たい。彼女の姿を見て、凍らせたらどう見えるのだろうか想像する。どんな姿で溺れるのか思い描く。
クロエの死に顔はどんなものなのか。気になる。殺してみたい。でも、今のクロエを殺してしまうと、これから先のクロエの死に顔が見られない。
人間は、歳を重ねるにつれ姿を変える。「衰える」「老化」というらしい。私は変化にしか見えない。老いを感じるのは人間ゆえの感性だろう。
クロエの寝顔は、さっき見た。死に顔と寝顔は案外変わらない。今のクロエの死に顔は見たといっても過言ではない。だから、私はこれから彼女と共に在り、彼女と眺めていようと思う。
そうしたら、きっとこの長い退屈も、そこまで苦痛じゃなくなるだろうから。
ーーーーーーー
「なんだよ、何で出せねえんだよお! おい!」
「すみませんお客様こちらは売り切れになっておりまして……」
真昼の営業時間。私は怒りに震えるお客様に頭を下げた。お客様が神様だとは到底思えないけど、他のお客様もいる手前、一度目は下手に出ておく。
「なんで売り切れてるかって聞いてんだよ! あ? 喧嘩売ってんのか!?」
そう言ってお客様は声を荒げる。この辺りはやれダンジョンなる、魔物が潜む洞窟みたいな場所が多い土地だ。
ダンジョンには、魔物が集めてきた道具とか、薬草とか、魔物が魔物を倒したことで得た魔物の牙、骨があったりする。さらに魔物しか行けないような場所で取った宝石がある。
魔法を使える人々はそれらを求めダンジョンに向かう。でも、ダンジョンは魔物の巣だ。いわば集合住宅であり、人間は他者の家に不法侵入して家財道具を狙ってくる泥棒なわけで、当然殺しにかかってくる。
ゆえにダンジョンの中は、魔物の遺品、人間の遺品が溢れかえり、それらを狙い人が集まり、魔物も魔物で人を狙って集まってくる、窃盗殺生多発地帯だ。
だからか、血気盛んな人間が多く揉め事も多い。
でも、戦いの前に腹ごしらえがしたい人も同じくらい多く、そのぶん利益も見込める為、ダンジョンがあれば営業するようにしている。
「他のお客様の御迷惑になりますので……」
「俺も客だろうが! ふざけてんのかお前はあ! 馬鹿の看板ぶらさげやがって‼ 馬鹿にしてんだろ!」
馬鹿の看板。目の前のお客様は私の能力値が見られるらしい。ダンジョンに行く人間はたいてい相手の能力が見れる。というか魔物の能力値が分からないと怖くて戦えないらしい。
私は誰の能力値も把握できない世界にいるから良く分からないけど。
「聞いてんのかてめえ‼」
ダンッとお客様が机を叩く。聞いてない。聞いていると疲れるから。
私は荒れ狂うお客様に頭を下げつつ、この場にカーネスがいないことに安堵した。
カーネスは今、ダンジョン内にスプーンを届けに行っている。お持ち帰りのお客様にスプーンを渡したものの、お客様が持っていくのを忘れたからだ。「自業自得ですよね? 届ける必要あります?」と言っていたけど、シチューを手で食べるのはきついし、カーネスがいたら絶対にこの乱暴そうなお客様を燃やし──、
「ぎゃああああああああっ」
考えていると、客の足と膝が一瞬にして凍り付いた。
「クソが! やりやがったなてめえ! こんな店ぶっ潰してやる!」
客は痛みにもだえ苦しみながらも、自分の足元に手をかざし、呪文を唱え足元を溶かそうとする。しかし、氷は溶ける気配が全くない。だんだんとお客様の表情が強張ってきた。
「おい! この氷なんとか……」
そして、怒り狂う声が不自然な形で途絶えた。
お客様の顔面は水の球体に包まれ、声どころか呼吸すら封じられている。
じたばたともがき苦しみ、何とか苦しみを紛らわそうと自分の首をがりがりと引っ掻き始めた。この魔法、確実に──、
「シェリーシャさん⁉」
「ん」
名前を呼ぶと、彼女はすっと私の背後から出てきた。幼児の姿の彼女は、目をぱちくりさせ、純粋無垢な眼差しをこちらに向ける。
「静かになった」
「静かにしたんですよね⁉ 今‼ シェリーシャさんが‼」
「ん」
シェリーシャさんが頷く。彼女は実年齢的には「大人」かつ私より「年上」らしいが、大人でいると面倒らしい。
実際、大人の姿のシェリーシャさんで接客してもらうと、変な男の人や変な女の人に口説かれ付き纏われる事案が多発していた。そして彼女の姿を変化させる魔法は、精神的にも影響があるらしく、幼児の姿のシェリーシャさんは、精神的にも幼児と変わらなくなるようだ。
つまり、小さい子の感性のままに魔法を使うということは、大人のように加減が出来ない。
「うん、待ってそれ永遠になっちゃうんで! 一旦やめてください! 解除してください解除!」
「うるさくなる」
「むしろその方がいいですから! 永遠にお眠りになられるより百倍いいですから!」
「や」
「お願いします‼」
「や」
「じゃあ、後でダンジョン入りましょう‼ ダンジョンでいっぱい魔物倒すかたちで‼ それで我慢してください」
「ん」
シェリーシャさんは渋々お客様に手をかざす。水が弾け氷が解けると、お客様は痙攣した後、意識を取り戻した。
生きてた。本当に良かった。
「お、お客様……だ、大丈夫ですか……?」
大丈夫じゃないことは分かっているが、大丈夫か聞くしかない。おそるおそるお客様の顔色を窺うと、お客様は私とシェリーシャさんを見て怯えた顔をした。
「二度と来るかこんな店!」
お客様は屋台から逃げるように駆けていく。その様子を見届けてから振り返ると、シェリーシャさんがこちらを見て目を輝かせていた。
「ダンジョンまだ」
「ダンジョンまだです。というかお客様を、凍りつかせちゃいけないし、水の中に閉じ込めないって約束したじゃないですか!」
私はシェリーシャさんと約束をしたのだ。お客様を凍りつかせたり水責めをしてはいけないと。
つまるところ、このやり取りはもう四回目。
さっきみたいな厄介なお客様が来ると、シェリーシャさんは魔法で制圧しようとする。
正直相手はお客様の範疇を越えた感じもあるし、制圧すること自体はあまり構わない。
けれど問題はその度合いだ。シェリーシャさんは煩いなら口を閉じ、暴れるなら足を凍りつかせてしまう。
その行動は、呼吸を奪い、殺そうとしていると取られてもおかしくない行為。酷いお客様相手に魔法を使って店員が反抗する、自己防衛をすることは多々あるけれど、ここまでしてはいけない。
凍らせるなら身体じゃなく足元だけ、水で口を封じるんじゃなくて、軽く見せるくらいと言っているものの、「危ない客だ!」と思うと、幼児体のシェリーシャさんは反射的に足を凍らせ、口を水で塞いでしまうのだ。
でも、殺しはしてない。
シェリーシャさんが苦しくなく生きていくことを考えると、このあたりで妥協するしかないかもしれないな、と彼女を見て思った。
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