第8話
「私は! いいものを! 買った!」
ダンジョンそばでテントを立てた朝食の席。
私は、カーネス、シェリーシャさんの前に立ち、あるものをかざした。
「俺との結婚式に使うブーケです?」
「……」
狂人がはしゃぎ、シェリーシャさんが淡々とした眼差しであるものを見る。
「これで! 人を見ると! その人の持つ魔法適性が色で分かるんだって! さらに‼ 使用者の魔力に依存しない‼ 魔力が無くても‼ 分かる‼」
あるもの……虫眼鏡は、行商から購入した革命的なアイテムだ。
カーネス、シェリーシャさんと二人の従業員が集まり、お店の回転率も上がっている。
けれど、料理に至るまでの下準備、食材を切ったりする作業は手作業のまま。どうしても時間がかかってしまう。
ここは皮を剥いたり、下処理を担当する従業員が欲しい。
食堂では、風魔法が得意な人がそれを担当していた。
風魔法の適性は緑。適性のある人間を紹介するもよし。この虫眼鏡をかざして眼鏡が緑色になった人に働いてもらえないかお願いするもよし。求人効率がぐっと上がるアイテムなのである。
「ほら! これを見てよ、ほら!」
とりあえず虫眼鏡をカーネスに向けると、赤く染まった。
「すごい‼ カーネス真っ赤‼ っていうか赤いな⁉ 本体全然見えないじゃん‼ 人探し使えないな⁉」
行商人はその人の周りがぼんやり赤く染まる、と言っていた。大人数だと色が混ざるため、その部分だけ気を付けてほしいと言われたけれど、ぼんやりどころじゃない。レンズが真っ赤に染まり、ただ赤い画用紙をぺったりレンズに貼ったようになっている。
「私はどう?」
こちらの反応に対し、それまで興味がなさそうだったシェリーシャさんが首をかしげた。
「見ますね……おおおおお青い!」
今度はシェリーシャさんに虫眼鏡を向ける。すると虫眼鏡は青色に染まった。
でも、透けない。人混みに向けようものなら色が混ざってどす黒くなるだけで、どこに誰がいるか分からない気がする。
「ちょっと二人、そこ立って並んでみて……うわっ」
二人に並んでもらい、記念写真よろしく虫眼鏡を向ける。しかし突然レンズに亀裂が入り、音を立てて砕け散った。破片は粉のように舞い、きらきらと輝きを放ちながら風にさらわれ消えていく。
虫眼鏡が、壊れた。
「嘘でしょ……。まだ買って一回しか使ってないのに……。今、私何もしてなかったよね……?」
「そうですね……」
「ん」
二人は暗い顔をした。もうこれは、ひとつしかない。
「交換できないか、聞いてくる」
「え」
「え」
何故かきょとんとした顔をする二人。でも、今はそれどころじゃない。
「結構高かったんだよ……これ。一度に二人見ようとしたからおかしくなったのかもしれないけど、初期不良の可能性もあるよね……?まだ、可能性あるよね……?」
未来への投資だと思って、買ってしまった虫眼鏡。
こんな無残な姿に……。
「いいの……? クロエは、それで」
「大丈夫です、粘ったりはしない。ちょっと聞くだけ……。変に粘ってごねたりしませんよ」
やっぱり別の食べたくなったから変えてとか、そういう訳わかんない客の相手は疲れることを私は身に染みて分かっている。厄介な客にはならない。さりげなく聞いて、駄目なら潔く帰る。
「じゃ、行ってくる……」
私は、ただ輪っかと化した虫眼鏡を手に、その場を後にした。
「無理だった。お金稼ぎます。明日はダンジョンに行きます」
行商のもとへ向かい、テントに戻った私は開口一番そう言った。
虫眼鏡の欠片をかき集め交換を求めに行くと、行商人は虫眼鏡を見て明らかに動揺していた。これは完全に初期不良だと思っていれば、「人為的に壊さないとこうはならない」「一体何をした」「何を見た」との一点張り。こちらが「ただ従業員を見ていただけ」と伝えても「化け物や魔王にでも関わってない限りありえない」と、怒られ、挙句の果てに騎士団を呼ぶと言われたので逃げてきた。
要するに、私はお金を無駄にした。
「だッだダダダンジョンに入るんですか⁉ 外でダンジョンに向かう人間相手に商売のではなく⁉」
私の言葉を聞いたとたん、顔を青くするカーネス。何かダンジョンにトラウマか何かがある?
「何? 暗いところが駄目とか?」
「ダダダ、ダンジョンで消耗した冒険者に食事なんてさせたら! 店長のこと好きになってしまうじゃないですかああああ!」
がたがたと震えるカーネス。頭がおかしい。
「うわあ、絶対皆店長のこと好きになる……。嫌がる店長を無理やりダンジョンの奥深くに連れ込んで、触手系の魔物と手を組んでやらしいことをするんだ……!」
「カーネスは冒険者のことを何だと思ってるの」
「性欲でしか動かないハーレム野郎です! 本で読みました!」
「世界人口の五分の一敵に回してるよ今。夜道気を付けなよ。鈴もって歩きな今度から。隙あらば狙われるよ。すれ違いざまに切りつけられるよ」
「全員返り討ちにして燃やすんで大丈夫です!」
「出来たらいいけどダンジョンの中で活躍できる冒険者って強いんだよ。というか強いから冒険者出来てるからね、我々市民とは違うからね」
私はカーネスをなだめつつ、そばのダンジョンの地図を取り出す。これは虫眼鏡の行商とは別の商人から買った。これで魔物が出辛い場所や、逆に危険な魔物が生息しているところが分かる。
カーネスとシェリーシャさんは強いと思うけど、ダンジョンの中の魔物は手ごわいと聞く。魔物同士で潰し合い、蟲毒のような状態になっているらしい。
シェリーシャさんは海で大きな魔物を倒したけど、ダンジョン内の魔物と戦えるかといったら、それは話が別問題だ。
私は魔力が無いし、カーネスは村を出てまもない。シェリーシャさんに至っては、首に鎖が繋がれていない生活から一月経ったか経ってないか。
「ダンジョンの中で、軽くお店を開きつつ、魔物の遺品を拾ったりして、ダンジョンを出た後にどこかの街で売る、というのが今週の目標です」
私は従業員たちに今週の売り上げ目標を宣言する。
「どんな魔物が出ても俺が燃やすのに」
「私が殺すのに」
しかし危険を知らない従業員たちは、当然のようにそう言った。
「なんでだ」
虫眼鏡の散財および転移魔法による大損害を取り戻すべく向かったダンジョンは、ものの見事に閑古鳥が鳴いていた。魔物はおろか人間すらいない。
「魔物も人もいないダンジョンなんて意味がない……」
びっくりするくらい、人がいない。ダンジョンの前に立っている管理者に話を聞くと、ここ数日全く魔物が現れず、冒険者たちは訪れなくなったらしい。
要するにここは冒険者の集うダンジョンでは無く、ただの洞穴だ。馬鹿みたいに広い穴。そして私はそこに来た馬鹿。何も無い。悲しみしかない。
「ごめんね」
顔を引きつらせながら歩いていれば、私と手を繋いで歩いていた幼児体シェリーシャちゃんが謝罪してきた。
「どうして?」
「私たちいるせいで、魔物、いなくなっちゃうから」
たどたどしい口調でシェリーシャちゃんが肩を落とす。
「なんか魔法使ってるの?」
「ううん。脆弱な生命は捕食者から逃れる定めだから」
「すごい難しいこと言い出したね」
びっくりした。幼児のときは精神性も相応になる話を聞いていたけど、古文書みたいな喋り方されてびっくりした。何百年も生きた人の話の仕方だった。お客さんで古の賢者を自称する若い女の子がいたけど、その子もこんな感じだった。
「魔力が人のそれと違う、かといって、魔物からしても俺たちは異端ですからね。どうしようもないことですけど……化け物は化け物なので」
「カーネス……」
良くない気がする。私は吐き捨てるように話すカーネスを見て思う。
「やめな。そんなこと言うの」
「店長は優しいですね。でも、事実ですよ……」
「事実も何もないわ。今すぐやめろそれ」
私はすぐに止める。カーネスが「え」と目を丸くした。
無限に見た。
自分の能力を過信して、新人に絡んでズタズタにされる先輩。新人を馬鹿にしたり、よその女の子に絡んだりして注意された挙句「こんな雑魚に俺が負けるはずがない」とか言って喧嘩売って、「こんなはずが⁉」みたいなこと言って負けて、自分から居場所を無くす人。
「カーネスもシェリーシャちゃんもね、どんなに強かろうと、よそから見れば、ただの生き物なの。脆弱な生き物も捕食者も何もないの。強い、弱いで考えるのが必要な場所もあるけど、どんなに強くても戦いのない場所に行けば、その強さは意味のないものになったりするの。意味とか価値は、場所によるの。化け物みたいに強かったり化け物だったとしても、だから何ってなる場所はいっぱいあるから、特別で嬉しい、特別だから駄目だって思いすぎるのはおやめ」
でないと、全裸にされたりする。
カーネスと知り合う前、一人で食事をしていた男の子に絡んだ不良冒険者パーティーたちが、魔法で全裸にされた。
男の子は被害者なのに「お騒がせしてすみません」と謝ってきて「気にしないで」とは言ったけど、全裸はやめてほしかった。店の前に全裸の男三人並ぶの、普通に営業妨害だし。
「それに、私自身カーネスとシェリーシャちゃんが化け物でもどうでもいいよ。私なんか、魔力ないし丁度いいんじゃない?」
生まれつき魔力が高く、それでいて未熟な人間は、強すぎる魔力を放ち続ける状態になり周りに被害をもたらしてしまう、なんて勉強熱心な弟が言っていた。
魔力が無いから良く分からないけど、強すぎる魔力に当てられ、「魔力酔い」になるらしい。熱風や冷風をあてられ続ける、といった事に近いと聞く。弟は薬師を目指していて、魔力量が違う人たちが共存できるよう、学生ながらにそういう魔力酔いを緩和させる薬の研究をしていた。
「店長……」
「なに」
「それは求婚と受け取っていいですね」
「拒否します」
こちらの意思表示にカーネスは不思議そうな顔をした。
なにも不思議じゃない。
一方、シェリーシャちゃんは私の手を無言で握る。するとカーネスが腕を組んできた。
「ほうら、行きましょう! 暗がり! 吊り橋効果! 触れ合う手と手……重なり合う心……唇っ! 密室っ、触れあうっ、心とっ、身体っ」
「暗くて……閉じた世界……」
シェリーシャちゃんはシェリーシャちゃんで、嬉しそうにしてる。それにしても、カーネスのはしゃぎようはなんなんだ。
「あのさ、カーネスは何でそんなに乗り気なの? ダンジョンとか冒険に憧れる素振りなんて微塵も無かったよね今まで」
「だって、無人ダンジョンですよ? 無人ダンジョンなんて完全に愛の巣でしょう! 暗闇での緊張感を恋と錯覚させている間にいやらしい魔物が出て来て、店長はいやらしい液を浴びて……。俺といい感じに、いい感じになるんですよ! そういうもんなんです!」
「ごめん何言ってんのか全然分かんないわ。っていうかたぶん無人じゃないよ」
ダンジョンに人間がいないなんて無い。雑草一つない草原が無いのと同じ原理だ。人はお金を稼いだり強くなるためダンジョンに向かう。朝も昼も夜も絶え間なく。
「このダンジョン、クロエ以外に、人間、いない」
「シェリーシャちゃん、カーネスに合わせると変態になるよ」
「変態じゃないです‼ 俺はとっても健全です‼ 特殊性癖なんて一つも持ってないんですから」
特殊性癖の塊が何を言ってるんだ。完全に手遅れのカーネスに呆れながら、シェリーシャちゃんに振り向く。
「シェリーシャちゃんはダンジョンどう?」
「殺しちゃいけないのがクロエだけだからたのしい」
殺意の波動が強い。魔物が出てきたら嬉々として攻撃しそうだけど、シェリーシャちゃんの手に負えない魔物が出てくる可能性は十二分にある。周りを警戒しながら歩くと、魔物の残骸らしきものがそこかしこに散らばっていた。
千切りだったり、みじん切りだったり。ここまで剣の腕が立てば楽しいだろうなと思うほどだ。
もう風魔法の使い手じゃなくて、騎士とか剣士でもいいな。でもそういう人が突然料理に目覚めて下処理がしたくなるだろうか。わりと店に嫌な絡み方してくるの、昔は騎士として活躍してたおじさんが多いから、あんまりいい印象無かったけど、いいかもしれない。
「ん……?」
ふと、壁にはなにか絵が描いてあることに気付いた。魔法学校に通っていたら何かしら理解できただろうけど、全然分からない。
「なにこれ」
「神話の絵。強い魔力に反応して、浮かぶからあんま見れないやつ」
「伝説の絵かぁ」
シェリーシャちゃんが解説してくれた。小さい子は想像力豊かだ。殺意強いけど、子供が蟻を殺す純粋さもあるのだろう。私より年上だけど、今は女児なわけだし。
「異世界から人間が来るのは世界の均衡を保つため、みたいな感じでしょう」
カーネスは壁に近づいていく。
「あ、こういう時何かに触ったらだめだよ。隠し扉が出てきたりするらしいから」
「隠し扉で二人きり……お互いを温めあい深まる愛……! 本に出て来たやつ! 来い!」
「季節的には寒くはならないし炎を出してもらうから」
にやけながらベタベタと壁を触りはじめるカーネスを、壁に触らないよう道の中央に引っ張る。シェリーシャちゃんに服の裾を掴まれながら歩みを進めていくと、道の向こうに何かが立っているのが見えた。
「何あれ、看板かな」
近付いて行くと、どうやら看板ではないらしい。人型の……銅像? でも何でこんなところに銅像が? ここで前にすごくいいことをした人を奉ってるとか?
徐々に輪郭がはっきりと見えて来て、その銅像が騎士の格好をしていることが分かる。ダンジョンで奉られる騎士とは一体……。
「ひっ」
あることに気付き、足を止める。
銅像は、生きていた。
目の前の、銅像じゃない、人。騎士……らしき人は、ぼーっと立っていて身動き一つせず、虚空を見上げている。
何か見えているかと思ったけど、天井には何も無い。ただでこぼことしているだけだ。
ぼーっとどこ見てんの? この騎士……。騎士を観察していると、やっぱり微動だにしない。……生きてる?
「あの、誰かとはぐれたんですか? 体調良くないんですか?」
騎士に向かって声をかけると、ゆっくりと騎士はこちらを振り返った。
さらさらとした短髪に、翠の瞳、まるで御伽噺に出てくる雰囲気を持った、そんな騎士。
「私は化け物だ。全て切り刻んでしまう、殺生することでしか生きていけない狂った道化」
生きてはいた。そして全てを切り刻むという言葉。いい人材かもしれない。その言葉が、真実ならば。
でも。
どっかおかしいのでは。
自称、殺生することでしか生きていけない狂った道化
こんな言葉、憑りつかれてなきゃ言えない。正気だったら言えるはずがない。何だ狂った道化って。
何食べて生きていけば自分が狂った道化なんて言えるんだ。思えるんだ。
懐から砕けた虫眼鏡の破片を取り出し、さりげなくかざす。破片は緑一色に変わった。
風魔法適正、確定。
もしかしたら道中の魔物は、この人がみじん切りにしてたり……?
「あの、もしかして魔物を斬ったのは貴方で……?」
「ああ、だから早くここから立ち去れ。近づけば、貴女のこともあの魔物のように斬ってしまうだろう」
騎士はもっともらしいように言う。なにもかも聞かなければ、めちゃくちゃ欲しい人材だ、でも痛い。切断面も綺麗だった。でも痛い。でもみじん切りも均一だった。
「あの、貴方はどうしてここに……」
「追放された」
「追放?」
「ああ……この力は、この世界で生きていくには強すぎる。私は……化け物なんだ」
狂ってら。
徹頭徹尾狂ってら。
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