第6話
走馬灯──⁉ 死ぬ時こんな感じなのか。混乱している間にも、腕の中がひんやりしてきて、それでいて柔らかな感触に包まれる。やがて光が飛散すると──、
「え」
私は蠱惑的な雰囲気を持つお姉さんに抱きしめられていた。熱帯地域の伝統衣装を彷彿とさせる衣装に身を包み、滑らかな肢体を露わにする彼女は神秘的な眼差しで私を見つめている。全く知らないお姉さんだけど、多分、助けてもらったようだ。
「あ、ありがとうございます…」
お礼を言わなきゃいけないけれど、それはそれとして抱きしめていたはずのシェリーシャちゃんがどこかに行った。溶かされたのかと最悪の想像が頭をよぎるけど、彼女は私の腕の中にいて消えたわけだから触手の溶液ならば私の腕もドロドロになっているはずだ。でも私の腕の中どころか私は蠱惑的な女性に抱きしめられていて──、
「シェリーシャちゃん⁉」
「ん?」
シェリーシャちゃんを呼ぶと、彼女の言い方にとても良く似た返答が聞こえた。でも吐息交じりの煽情的な声だ。淡々とした少女の声ではない。
「シェリーシャ……さん」
「ん」
そう言って蠱惑的に笑うシェリーシャちゃん……シェリーシャさん。何で? 何か雰囲気違くない? 何が起きた? 急成長? 変身? 魔法で? 体質で?
……そういえば常連で蛇に変身できるお客さんがいる。「狩りが好きな常連がいるから、獲物になってたし最悪食材にしてたかもしれない」と言うと絶句していた。
懐かしい。たいして思い入れも無い親が死んだ
名前がナーガで、家の名前じゃないらしい。ジャシンは中間名みたいなものと言っていた。
じゃなくて、シェリーシャちゃんもそんな感じだったのだろうか。
「変身出来る……ですか? 弱ると、小さくなるみたいな……? た、体質?」
「趣味」
趣味かぁ。
「大丈夫ですか!?」
カーネスが心配そうな表情で、こちらに向かって駆けて来る。どうやら民家を襲っていた触手の対応は済んだらしい。良かった。
「うん、だいじょ──」
「大丈夫じゃないじゃないですか‼ 嘘でしょ‼ この女……店長をよくも‼ こ、こここここ公開──でこんな、対面で‼ 座ってって‼」
安堵したのもつかの間、カーネスが絶叫した。
カーネスは絶望的な表情で「店長が、寝取られた……」と涙をこぼした。私は今座ったままシェリーシャさんに抱きしめられている状態だ。それが嫌だったらしい。
「俺は店長が、店長が寝てる間に酷い目に合わないように、店長のそばで邪悪な気持ちを持って下半身を露出させた人間の下半身が種族問わず大爆発する魔法をかけてるのに……」
「え、怖」
知らない間に魔法かけられてる。というかカーネスが自分にかけたほうがいいんじゃないか。
「着衣も両想いも盲点だった……‼ クッソ……‼ いちゃらぶ百合かよおおおおおおお」
カーネスはとうとう膝から崩れ落ちた。「無理だ」と震えている。
「お腹が痛い。気持ちも悪い」
「病気じゃないの」
「店長知ってますか、男はね、他人のものだと分かったうえで好きになった場合は、どうしようとか、困ったとか、罪悪感が出るんですよ。でも自分に分があると分かると結構、元気出る。体調不良には陥らない。でもね、好きな子が誰かのものになったと聞くとね、胃腸に全部来るんですよ。あと腕に力入らない」
「正直そのまま脱力しててほしいけど、なにもしてない。無実」
私が否定すると、シェリーシャさんも頷いた。
「私、生みだすことに興味は無いの。貴方の関心と、私の関心は異なる」
「え、あ、そっかこの女怖い女だから、営みに興味ないんだ‼ 良かったあ‼」
カーネスが顔を明るくした。良くは無いんだよな。
というか魔王軍幹部とかいう成人女性は一体どうしたんだ。私はシェリーシャさんの背後を見ると、おびただしい量の氷の氷柱が轟き、海辺が氷山のようになっていた。
「あの氷山は一体」
「私の魔法」
「ああ」
なんだシェリーシャさんの魔法か。突然、とんでもない量の氷山が出てきたら怖いけど、誰か出したものなら安心だ。
でも、氷山の後方のあたりに黒煙の塊が浮遊している。
「あの黒煙は一体……」
「あれ俺の魔法です」
「ああ。じゃあいいや」
でも成人女性の姿が見えない。
というかシェリーシャちゃんが大人になったから成人女性が二人になっている。どうしたものかと考えていればカーネスが「じゃあいいや、じゃないんですよね」と眉間に皺を寄せた。
「なんで」
「だって店長に邪悪な感情を抱いて下半身を露出させると発動する魔法の結果ですよあれ。つまりあの魔王軍直属の幹部、竜巫女ジョセフィーヌとかいう三下、店長に邪悪な想いで下半身露出させたどころかあの触手あいつの下半身なんですよ。死んだほうがいいやつ」
カーネスは早口で言う。というかその女性の姿が見えない。
「でもいなくなってない?」
「いなくなってないですよ。魔族だからかしぶといというか、店長に被害がいかないよう調整しすぎたせいで殺し損ねちゃったみたいで」
カーネスが小爆発を起こし黒煙を吹き飛ばすと、半壊としか表現しようがない強大な蛇が現われた。体中に氷柱がが突き刺さり、炎に焼かれている。
「女性いないじゃん」
「あれがそれです」
「魔物だったんだ……‼」
てっきり性癖に難を抱えた成人済み女性だと思ってたけど魔物だったんだ。だから騎士団がやってきたのか。
「じゃあ、逃げようか皆で」
魔物の討伐は騎士団の役目。一般市民の私、カーネス、シェリーシャさんは避難すべきだ。騎士団の足手まといにならないように
「あれは、殺してもいいもの、じゃないの?」
するとシェリーシャさんが私を上目遣いで見つめてきた。
「魔物は討伐したほうがいいものですけど……騎士団も出動している様子なので」
シェリーシャさん大丈夫だろうか……。かなり大きいけど。
「なら、任せて」
シェリーシャさんは蛇に向かって手をかざした。大蛇は暴れ狂いながらも身体の再生を始めている。
「再生できる感じの蛇……」
「みたいですね。俺がやってきたころは店長の爪くらいしか無かったのに、俺が取り乱している間にこんな戻ってしまって」
え、じゃあさっき話をしている間、この蛇ずっと回復してたのか。だから静かだったんだ。
「久しぶりね、この感覚」
シェリーシャさんの手が淡く発光し始めると、大蛇の周りに魔法陣が展開し始めた。数は……十……二十……三十は越えているかもしれない。
「大丈夫、さっき、再生していたところを見ていたから、致命傷の見立てはついているの。だから、死を迎える心の整理は、沢山出来るはずだわ」
シェリーシャさんが微笑むと同時に、魔法陣から一斉に氷柱や水弾が大蛇に向かって放たれる。空を貫くような蛇の叫喚があたりに響く。シェリーシャさんはその様子を眺めていたあと、ふっと笑みを消した。
「飽きちゃった」
「え」
シェリーシャさんは冷めた眼差しで、再度蛇に向かって手をかざす。
すると蛇は一気に凍り付いたあと、硝子のように砕け散っていった。
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