第4話


 カーネスと進んでいると、何やら怪しげなテントが転々とする通りに出た。


「ここおかしくない? 雰囲気……」

「宿ではないでしょうか。えっもしかして店長……」

「違う」


 人との関わりにおいて否定は良くない。でも、今は許されていいと思う。だってこれから先、カーネスは碌なことを言わない。直感で分かった。だって目つきが犯罪者と同じ。


「大変! 今日傘持ってないのに! どこか雨宿り出来るところ探さないと……」

「ずっと晴れてる」

「帰りの馬車も無くなっちゃって⁉ お部屋も一つしかない⁉ 寝台も一つ⁉」

「ここ野道」

「店長俺床で寝ます。駄目だよカーネスを床になんて寝かせられないよ。私が床で寝るよ。店長を床で寝させるわけいかないじゃないですか‼ ……じゃあ、一緒に寝る? えっ……て、店長……? 私、カーネスなら……いいよ……。て、店長……‼」

「床で寝てろ」

「カーネス、先お風呂入ってていいよ。でも……。今日カーネス疲れてるでしょ? ……え、て、店長どうしましたか? お、お風呂に……さ、寒くなっちゃったんですか? ううん、カーネスの背中、流したほうがいいかなって……怪我してるし」

「頼むからその煩悩洗い流したほうがいい」

「店長そこっだめです……‼ え、カーネスどうしたの? きゃっ」


 カーネスは幻覚を見ながら大はしゃぎしている。付き合っていられない。私は彼から視線を逸らし周囲に注意をはらう。怪しげなテントの中には鎖で繋がれた人々が俯き、そばには裕福そうな商人が揉み手をしながら笑みを浮かべていた。


「ここ奴隷市では」

「奴隷市?」

「反社会的な人間が、攫った人間を売ってるところ」


 国によって事情が違うらしいけど、この国では生物を商品のように売ることが禁じられている。


 豚、牛、鶏、魚、植物や果物など飲食可能なものは基本的に問題ないけど、飼育目的や冒険のおりに仲間とする生物は種類にかなり制限がありなおかつ許可が必要、人間を攫い奴隷扱いをして売ると監獄に入れられる。


 刑期はその種族の平均寿命に応じてだ。


 妖精? エルフ? 竜人? とかいう人間っぽい見た目の人間じゃない生き物は長生きで、人間換算の刑期だと「人身売買して儲けてちょっと牢に入って人身売買して儲けるのが最高効率ですね‼」みたいな結論に至ってしまう。


 なので各々、法を犯さないのが一番いいと思うくらいの刑期が言い渡される。でも、捕まらなければいいという思考はどんな種族にもあるらしく、こうして奴隷市が開かれる。


 でも、何で私たちは紛れ込んでしまったのだろう。普通、こうした奴隷市は、「関係者以外立ち入り禁止です」みたいな封印がされていて、一般人は入れない。


「おや、何かお探しですか?可愛い子が揃ってますよ?」


 カーネスの手を引こうとすると、ずいっと商人の男が揉み手をしながら近づいてくる。こういう時はきっぱり断った方がいい。


「何も探してません」

「幼女はいますか?」

「カーネス!?」


 断ると同時にカーネスが食い付く。


「ええ、勿論ですとも。こちらはいかがでしょうか」


 そう言って商人が、店の奥にたらしている鎖を引っ張った。


 やがて店の奥から、鎖を首に繋がれた少女がやってきた。透けるような薄い髪を垂らし、淡い青の瞳をしている。4歳くらいだろうか。がりがりにやせ細り、虚ろな瞳をしている。


 この奴隷市を出たらこの商人、絶対通報してやろ。死刑になればいい。いいんだこんな奴は死刑で。


 噂によれば監獄では力関係があるらしく、小さな子を虐待した人間が一番、悪く扱われるらしい。死刑にならずとも囚人にズタズタにされるので、司法のほうでは「わざわざ死刑で楽に死なせずとも」といった温度感と聞いた。


「まぁ、このように見栄えが少々良くないものと、幼くはないものでして、何人かの奴隷商を流れ着いてきましてねえ。どうです?」

「そうですね……ぜひともと思うのですが、なにせこちらが一軒目のお店なので、色々見て回りたくもあり……」

「ああ、だとしたら運命としてお考えいただければ! 私ども、あともう少しで店じまいをしなければなりませんので」

「え、店じまい?」

「ええ、実のところ内々に摘発があるとの情報が……なのでお客様も、早めに切り上げたほうがいいですよ」


 商人が言う。話が変わってきた。このままではこの商人は摘発を逃れる。奴隷は買いたくない。というかそもそもお金がない。


 少女、盗むか。


 自分の余罪と、人間の命。人間の命のほうが大切さだ。


 とはいえその大切さは、人によって絶対に違う。


 幼女を虐待して売るような人間の命なんて皿の油汚れと変わらない。


「カーネス」

「はい何でしょう」

「いざとなったら私に命令されたって言ってほしいんだけど……」

「えっあっ分かりました。脱ぎます」

「脱がないで。あの……賊とかをいじめてた奴にやってた見てくれ魔法さ、奴隷商人だけ狙って撃つことってできる……? 殺さない程度に……」

「はい。でも、何でですか?」

「言い忘れてたけど、人間売るのって違法でさ、全員犯罪者なんだわ。ここにいるの全員……騎士団に捕縛されて欲しいんだけど、囚われてる人は、怪我とかさせたくなくて」

「分かりました。いつしましょう」

「今」

「はいっ」 


 カーネスは勢いよく返事をした。同時に、火山でも噴火したのかと思うような爆音があたりに響く。目の前の商人が一瞬にして火炎に包まれ、昏倒した。


「待って出すの早くない⁉ そんな早いの⁉」

「早いってどっど、どどどどっちの意味ですか⁉」


 驚いているとカーネスが取り乱す。「魔法の発動速度だけど」と返せば彼は安堵した顔で「なんだ」と私を見た。


「なに? 変なこと考えてる?」

「ショタと無知おね」

「は?」

「いえ、それより全部終わりましたけどどうしますか?」

「撤退する」


 このままこの場にいても奴隷商人だと間違えられる。なにせ私はカーネスを連れている。それっぽく見える。でも、囚われの奴隷たちを置いてはいけない。私は鞄から色とりどりの石をいくつか取り出した。


「店長、それは一体」

「危ない時、来てくれるらしい」

「誰が?」


 お客さんたちが何かあったら床に叩きつけろと言い、渡してくれたものだ。いわゆる緊急通報装置らしい。とんでもない客や転移魔法で行列が出来る度、叩きつけてやろうか悩んでいたが、耐えて良かった。


「回復の人? とか治癒師とか薬師? あと、大きい盾とか持ってる人。売られてる人たちの保護をしてくれると思う」


 私はおもむろに石を叩きつけ、『奴隷市を見つけました。宜しくお願いします』と叫ぶと、カーネスの手を取りその場をあとにした。



 




 奴隷市のあった方角の夜空に、流星群のようにきらきらと魔法が降り注いでいる。転移魔法だ。何も知らなければ「綺麗」と目を輝かせる光景だが、借金という文字が頭の中を巡るため、胃が痛いし気持ちが悪い。


 でも、転移魔法が発動しているということは、救援が来ている証拠だ。今頃、奴隷とされている人々は保護されていることだろう。私は空から目を離し、おもむろにカーネスを見て絶句した。


 背中になにかおぶってる。一瞬恐怖の演出かと思ったけれど、よく見ると売られていた少女だ。


「カーネス……その子」

「丁度いいので連れてきました」


「泥棒じゃん」


 カーネスの言葉に気が遠くなる。少女をカーネスから下そうと手を伸ばせば、彼女は私の指を握ってきて、より一層どうしていいか分からなくなった。








 最終的に奴隷を泥棒した私は、ひとまず彼女を医者に診せた後、ひとまず街の外れにある川辺に野宿をすることにした。


 街で宿に泊るのもいいけれど、奴隷市があるような街は信用できない。寝ている間に身ぐるみを全てはがされていました、なんてことになればたまったものではないからだ。


「はい、好きなだけどうぞ。あ、でもお腹いっぱいになったら残してもいいよ」


 死んだような目で一点を見つめる少女に、スプーンと木皿に入れたシチューを渡す。


「スプーンの使い方、分かる?」


 一応問いかけると、少女は静かに頷く。そしてじっとシチューを見つめた後、食べはじめた。


 良かった。奴隷を買う人間には、食事に毒を混ぜたり、食べ物ではないものを混ぜたりして、奴隷が苦しむ反応を楽しむ死んだほうがいい屑がいるらしいから、食事に抵抗があるのではと疑っていたけど、大丈夫そうだ。


 安堵していれば、右肩に生ぬるい感触を覚える。

 隣を見ると、カーネスがぴったりくっつき涼しい顔でシチューを食べていた。


「近くない?」

「今日寒いですから……」

「炎を出せる」

「でも今、俺の炎を出したら、店長がここにいるって知られますよ。いいんですか? 魔力ないのに料理店で働いていた時期があったんでしょう?」

「……駄目」

「ふふふふふふ」


 カーネスがにやけながら私を見てくる。先ほどカーネスに、私が一時期、魔力が無いことを隠し料理店で働き、「へへへ」で乗り切ったことを話した。


 というのも、こうして少女を奴隷市に戻さず連れてしまっているからだ。


 カーネスが連れてきていると分かったあと、私は渋るカーネスを説得し騎士団に少女を引き渡そうと戻った。


 しかし、石を割って飛んできた客たちが私を探していて、すぐに戻ってきた。転移魔法による行列の悪夢が蘇ったからだ。


 だから人が引けてきたあたりを見計らい、難を逃れてきた奴隷としてきちんと少女を騎士団に引き渡す予定だ。カーネスを経由して。


「一応消化しやすいように潰してみたんだけど、物足り無かったらごめんね」

「ん」


 少女は、こちらを探るような目で見つつも、おそるおそる声を発した。


「あちちしないよう冷ましちゃったけどどうかな」

「ん」


 どうだろう。「ん」のみの発声だけど、言葉は通じつつ話が出来ないのか、言葉を知らずとりあえず音で返しているのか、良く分からない。


「私の名前はクロエ。貴女の名前は?」

「……シェリーシャ……」


 話も通じるし名前も言えるようだ。さっきの「ん」は、本能のままの「ん」だったのかもしれない。


「シェリーシャちゃん、よろしくね」

「ん」

「やだな、と思ったら教えてね」

「ん」


 嫌なことがあっても、初対面だし言いづらいだろう。でも、虐げられてきただろう相手には「拒否の選択肢がある」と根気よく伝え続けることが大切だ。


 敵じゃないことも主張すべく笑いかけると、シェリーシャさんは俯く。


「俺あちちしそうなんですけど」

「置いておけば冷める」

「なんでだろう、冷める気配無いな」


 カーネスの周囲は炎の球体が浮遊している。パーティー会場かここは。


「魔力無駄撃ちやめな。魔力って限りあるんでしょ」

「ないです。俺には」


 彼は真顔で答えた。相変わらず情緒がおかしい。


「具合悪くなったら絶対言って」


 私は無いから知らないけど、魔力が枯渇すると人は具合が悪くなるらしい。種族によっては大人なのに魔力が減ると子供の姿になってしまったり、普段は獣だけど人の姿になったりと、外見にも変化が及ぶようだ。


「俺は、普通じゃないんで……魔力に限りはないんですよ」


 カーネスは寂しそうな言い方をする。

「魔力だけじゃなく色んな意味で普通じゃないから。あたかも魔力だけみたいな言い方するけど」


 感傷にひたっています、というていだが幼女希望したり幻覚見てはしゃいだり、カーネスはそもそも精神面で普通じゃない。カーネスは自覚がないのだろうか。狂ってる。首をひねるとカーネスは私をじっと見てきた。怖すぎて私は彼の頬を押さえ、こちらを見せないようにする。


「なにするんですか」

「狂ってるから教育に悪いと思って」

「ひどい」

「ひどくない」

「まぁ……たしかに、こうして触ってくれますし、普通じゃないって言ってくれる」

「どういう意味?」

「なんでもないです」


 カーネスは頬を押さえられながらも笑っている。何だか最近、ずっとカーネスは笑っている。村にいたころの変な目つきより100倍マシだけど、言動が変になってきているから微妙なところだ。



 夕食を終え、シェリーシャちゃんをお風呂に入れることにした。

「温度どう」

「ん」

 川で、軽く石で円を作ったお風呂の中、シェリーシャちゃんはお湯の中に顔を沈めながら頷いた。


 カーネスが来るまでは行水だったけど、彼が来てからは、川の水を温めてもらい、こうして温かいお風呂に入れるようになった。石で囲った内側の部分だけを温め温度を維持するカーネス、本当にすごいと思う。


 今まで、気温が低い土地での入浴は死と隣り合わせだった。食べ物を取り扱う仕事だから、綺麗にしなければと念入りに洗わなきゃいけないことで、地獄でしかなかった。カーネス様様だ。本当にありがたい。入浴のたび、彼は神様かもしれないと思う。


「店長、どうして布を巻いて入浴しているんですか。ありのままでいいじゃないですか。俺をありのまま受け入れてくださっているんですから、俺も店長の、ねぇ、全てにおいて淑やかで素朴なお身体の全てを受け入れますよ」


 邪神かもしれない。


「受け入れなくていいよ。私、カーネスのこと受け入れてないから」

「受け入れてるじゃないですか。俺みたいな化け物」

「……それなんか、卑猥な隠語だったりしない?」

「え、ひどい‼ 店長、え、俺、卑猥な発想しかしないと思ってるんですか⁉」

「それ以外ないだろ」

「濡れ衣‼」


 カーネスが喚くけど絶対に濡れ衣じゃないと思う。私は彼から顔をそらし、シェリーシャちゃんがのぼせてないか確認した。


 彼女は、初めて見た時から、「酷い暮らしをしていました」とすぐ分かる状態──いわゆる薄汚れていた。皮膚はすすがこびりつき、髪は絡まり、悲惨だった。


 鍋ならまだしも人相手にごしごし洗えない。


 時間をかけ、髪は一本一本解いて汚れを拭い、今は見違えるように綺麗になった。


「シェリーシャちゃんきもちいい?」

「ん」


 どっちなんだろう。反射で返事してるのか。本当に快適なのか。今のところ「ん」と「シェリーシャ」しか聞いていないけれど……。色々、辛いことがあって喋らないのか、口が重いのか、私が信用できないのか、何かほかに理由があるとか……。




 野宿において、入浴時と就寝時の油断は禁物だ。なぜならその隙を狙い、盗賊や野生動物が襲ってくるからだ。


 湯から出て着替えをすませた後、今度はカーネスが入浴をはじめた。私は見張りの為、そばでシェリーシャちゃんの髪を乾かしながら周囲の様子を窺う。


「ありがとね、カーネス」


 シェリーシャちゃんの髪を乾かしながらカーネスに話しかけると、彼は「何がですか」と首をかしげた。


「お風呂とか」

「いえ。俺のことっずっと見て頂ければ」

「当たり前だよ。裸になってる時が一番危ないんだから。ちゃんと見てるよ」

「そうですか……えへへ、俺の身体、隅々まで見ていてくださいね……!」

「あ、待ってそっちの意味で⁉ 見るわけないでしょ⁉ 変な嵌め方やめてくんない?」

「別に嵌めてないですよ。ちゃんと許可とります。許可どりのカーネスです。許可とったうえで、やっぱり、こう、ねぇ、恥ずかしいみたいなのが一番なんでね」










 カーネスが真面目に言う。誠心誠意込めてるような言い方と表情だけど、どことなく邪悪なものを感じる。怪訝な目で見ていると、彼は「ところで」と改まった様子で咳払いをした。


「石で呼んだのは、店長のなんなんですか。どんな関係ですか」

「どんな関係って関係も何もないけど」

「それ誤魔化すやつじゃないですか‼ 裏ではあれこれされてるのに‼ 読んだことある‼ その後、奥さんって何の関係もない男とこんなことするんだ? あれは……みたいな感じで盛り上げ要素に使われちゃうやつ‼」

「カーネス本当に何を読んでそうなってるの」

「セイショですね」

「そんなわけあってたまるか」


 罰あたりにもほどがある。


「それより、結局どんな関係なんですか」

「普通に客だよ。カーネスいる時は……まだ皆来たことない気がするけど……」

「はーん」

「何だその返事は」

「だって、俺より弱いやつ頼りにするから」


 カーネスは拗ねているらしい。


「それは当然だよ。皆、追放されたとか雑魚……落ちこぼれ? 最弱とかハズレスキルとかお荷物とか言ってる人たちだし」

「じゃあ何で頼りにするんですか」

「だって皆、カーネスより年上だし、奴隷扱いされてる人の保護は出来るし、それに、絶望的な状況になったことがある人たちだから、気持ちも分かるだろうし」


 皆、魔力ある人間たちに比べ、劣っていると言い、なおかつ死のうとしていたり死にかけていた。


 こっちは魔力もスキルも無い。「自分は駄目なヤツだから死んだほうがいい」みたいに生死彷徨い顔で言ってきた。


 上には上がいるように下には下がいて、魔力やスキルの大三角形の最も下に私がいる。あいつらの自己否定は私の存在否定だ。


 駄目な役立たずだって生きてていい。無価値だって存在していていい。


 そう思って貰わないと私が死ななきゃいけない奴になる。壮大な貰い事故だ。いい加減にしてほしい。


 そもそも私は、「最強」だの、「一位」だの名前の手前につく奴が嫌いだ。


 馬鹿みたいに転移魔法で飛んでくる。来るのが問題じゃない。速度が問題だ。転移魔法は速ければ速いほうがいいし、特に災害時の避難や討伐は速度が要求されるのは事実だ。


 でも食事に使うな。ひたすらに思う。


 だから向き不向きも強弱も、生きていていいか悪いかに関係ない。「最強」だって邪魔な時は邪魔だ。「みんなに好かれる人気者」も人を連れてくる。話題になるのはありがたい。


 でも、物には需要と供給がある。需要がありすぎても経営は破綻する。特に食事は過度な需要に答えようとすれば食中毒の危険性が高まる。清掃や殺菌消毒がおろそかになるからだ。


 何度も何度も言って、議論戦で勝った。魔力や魔法での勝負でなければ、案外どうにかなる。


 だから落ちこぼれてようが、駄目だろうが、いい。役立たずで無価値だとしても生きてていい。


「すー」


 シェリーシャちゃんの髪を拭いていると、彼女は寝息をたてはじめた。「すー」と言いながら寝る人、初めて見た。


 目を開いている時は「いつまばたきしてるの?」と不安になるくらい淡々としている雰囲気だけど、寝顔は年相応のあどけなさ全開だ。


 起きている時は、気を張っているのだろう。子供らしくいることが許されない環境だったのかもしれない。


 彼女の頭をそっとなでていれば、カーネスが私をじっと見た。


「なに」

「嫌な予感がします」

「どういうこと」

「寝取られる。逆ハーレムの気配を察知しています」

「なに逆ハーレムって」

「セイショにありました」


 頭がおかしい。


 でもカーネスもカーネスで、子供らしくいることが許されなかった。ハギの村はどう考えてもおかしかった。その反動かもしれない。


 彼が彼のままいるのは良くないだろうし、私も困るけど、ハギの村で苦しかった分、いや、それ以上に伸び伸びしてくれたらと思う。


 健全な範囲で。



 シェリーシャちゃんを一時保護し、翌朝のこと。


 私は早速、奴隷市が開かれた街の──隣町に向かった。理由は簡単、奴隷市が開かれるような街の治安に不安を覚えたからだ。そこまで距離も遠くなかったため、犯罪実績のある街より、何もないほうを選んだ。


 この町は以前訪れたことがある。漁業が盛んだったけど、近年外来種の発生により魚が満足に取れず、農業に舵を切りつつある場所だ。ただ、潮風で作物を育てられる場所が限られているため、経営が難しいらしい。潮風によって飛んでくる塩で、野菜が傷んでしまうからだ。


「聞いたか⁉ 昨日隣街で奴隷市の一斉摘発があったらしいぜ」


 そして早速、奴隷市のことが話題になっているらしい。町に入ってすぐの広場で、町民たちが話をしていた。


「聞いた聞いた、騎士団だけじゃなく、王命で魔王討伐任されてる凄腕の薬師や治癒士、獣遣いが、王命すっ飛ばして集まったんだろ?」

「ああ‼ 奴隷売り買いしてた奴らだけじゃなく、街に潜伏してた盗賊や犯罪組織を一気に殲滅したって」


 町民たちの会話を盗み聞きながら、やっぱり町を移動して良かったと安堵した。


「でも、どういう繋がりなんだろうな。それぞれ同じパーティーに入ってるわけでも、ギルドが一緒なわけでもないのに」


 パーティー。


 魔法が使える人間は、それぞれ得意な魔法や苦手な魔法があるらしく、大きな魔物を倒したりする時、お互いの弱点を補うため仲間を作るらしい。


 そしてギルドというのは、労働組合みたいなものだ。大きな組合の枠組みがあり、そこに所属しているパーティーみたいな感じで、協力し合っているようだった。


 パーティーで打ち上げ、ギルドで飲み会、みたいな感じで、所属している人々は大体仲良くしているが、仕事だけ集まり仕事が終われば解散といった仕事のみの関係のパーティーなど、様々だ。


「それでじゃないか? 皆、前のギルドとかパーティーに恵まれなかったって聞くし、気が合うんじゃ」

「なるほどねぇ、ああ、でもそいつらが元居たパーティーとかギルドってどうなってんの?」

「潰れたり解散になったりって聞いたぞ。まぁ、無理もないよな。普通に解雇するんじゃなくて、公衆の面前で追放したり、魔物の囮にしたとかって聞くし」

「あ‼ 魔物の囮で思い出した‼ ハギの村‼ 魔物の襲撃にあって壊滅状態らしい‼」


 町民の言葉に私は思わず足を止める。ハギの村はカーネスの村だ。


「カーネス」

「はい、何でしょう」


 思わずカーネスの名を呼ぶけれど、彼は平然としていた。


「魔物の襲撃に遭ったんだって」

「でしょうね」

「え、なんで元から知ってたの?」

「いや、魔物って本能で生きてるんですけど、生存戦略において余念がないので自分より強い存在は襲わないんですよ」

「ああ、聞いたことあるかもしれない。強い魔物は餌を取るために弱そうな魔物に擬態するから気を付けたほうがいいって」



 姉は魔法全般の研究をしている。色々論文を提出していて、表彰状が部屋に沢山あった。魔力が無くても姉の書いたものだから読んでいたけど、そこで読んだ。


 魔物は他の生き物の魔力を感じ取る感覚を持っていて、すごく強い魔力を感じる──いわば戦うと負ける相手には絶対近づかず、簡単に食べられる相手を細々食べて力をつけるらしい。


 魔物に詳しいお客さんから聞いたことがあるけど、魔物は人間だけ食べてるわけではなく、とりあえず自分より弱い相手を食べるそうだ。


 さらに他の生き物を食べなければ力がつかない、というわけでもなく、「戦ったりするより魔力いい感じの生き物食べるほうが効率がいいよね」「美味しいよね」という感覚だ。


 そのあたりの感覚は、「まっとうにお金稼ぐより、宝石泥棒したほうがいいよね」と想像するのが楽と聞いた。


 もちろん、宝石泥棒は犯罪だ。でも、そのほうが楽だと思う人間もいる。


 それは魔物も同じで、魔物の中では「人間襲って食べるのが楽」と考える生き物もいれば、「戦いは面倒なのでせっせと鍛錬して強くなります、食事も人間の作ったものが美味しいのでそっちで」という、普通に共存できそうな魔物もいるらしい。


 強い魔物は弱い魔物から避けられてしまい、餌にありつけないことが多く、強い魔物ほど戦いを望まないと聞いた。でも、普通に弱い魔物に擬態したり、魔力を抑えて弱く見せ狩りをする強い魔物もいるから気を付けて、とそのお客さんに教えてもらった。


 そして魔物であっても、私のように魔力なしスキルなしという馬鹿丸出しな偽装はしない。逆に怪しまれるからだ。そのお客さんは私が魔力なしスキルなしを完全に理解していて、「やっぱりバカに見えますよね」という私の言葉に苦笑しつつ、「無いことで得られるものもある」と、優しい言葉をかけてくれた。


「ハギの村が襲われたのは俺がいなくなったからでしょうね」


 カーネスは何故か私を試すような目で言った。彼の見てくれ魔法があればハギの村の人たちを助けられたかもしれない、という自責にかられているのだろうか。


 正義感があるのはいいことだけど、村の存亡を子供が背負うべきじゃない。



 まして直接殺したわけでもない、大人を助けられなかったことを子供が後悔するなんてあってはならない。子供は可能な限り、子供でいるべきだ。


「まぁ、ハギの村は子供がいていい場所じゃなかったし、そこまで気に病む必要はないよ」


 即答すると、彼は「いやぁ」と笑い出す。


「なに」

「そういう意味で言ったんじゃないんですけど」

「どういう意味?」

「いえ、店長はそのままでいてください」


 カーネスはにやにやしている。また卑猥なことを考えているのかもしれない。もう相手にするのはやめようとシェリーシャちゃんに視線をうつすと、彼女は地面を眺めていた。


 昨日より血色がいい。というか完全回復している感じがある。


 魔物に詳しいお客さんを保護した時、「自分は《なんちゃらかんちゃら》の血を引いていて《なんちゃらかんちゃら》だから回復速度も速い」みたいなことを言っていたけど、そういう性質なのだろうか。


 でも、魔物に詳しいお客さんの言っていた《なんちゃらかんちゃら》は全部おぼろげだから自信がない。


 魔力の構造が人と違うからどうのこうの言ってたけど、ほぼ魔法学校卒業した人間に対しての話かつ、昔の言葉? 妹が読んでいた古文書まじりの言葉遣いだったから意味も断片的にしか分からなくて覚えてない。


 そしてジャシンとか言っていたから、「蛇と人間両方の血を引いている方なんですね」と返したら「蛇ではない、そして神だ」と言っていたから、若干、思考の機能が弱っている可能性がある。高齢者だし。


 魔物に詳しいお客さんは月に一回転移魔法ですっ飛んでくるけど、神様ならお供え物を食べる。当然、私のお店に来ることは無い。


「シェリーシャちゃん何してるの」


 訊ねると、彼女は顔を上げた。


「殺してる」


 シェリーシャちゃん、「ん」以外に喋れたのか。ほっとしたのも束の間、疑問が浮かぶ。

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