第2話
いかれてら。
少年の発言を聞いて、全身に鳥肌が走り震えていくのを何とか堪える。
「そういうの村で流行ってるのかな」
「……は?」
少年は怪訝な目で私を見た。
は? って何?
私、年上……。
「私よそから来たから、村の流行りで一芸披露されてもついていけないかな」
「……っ本当です! 俺は全て燃やしてしまうんです!」
痛い。なんていう痛さだろうか。あの村長に完全に騙された。何がぴったりだ。完全な病人じゃないか。ふざけられてる。
全てを燃やし尽くすとか、本当に、痛々しい。もしそれが本当なら、国で隔離されるはずだ。こんな村のはずれでのうのうと木の枝を拾ったりしない。
というか持っている木の枝だって燃えているはずだ。松明みたいになっていなければおかしい。本人だって燃えてるはずだ。
だって前に見た炎の魔物がそんな感じだった。
屋台が燃やされると大慌てだったけど、週に二回転移魔法でやってくる希死念慮の激しい盾おじさんが助けてくれた。
盾おじさん──盾おじは盾しか使えないからパーティーを追放されたらしく、「支援職は生きてる価値が無い」と嘆いていたけど、うちの店にやってくるのは皆そんな感じだった。「回復を専門にしてたらギルドから外された」とか。
生きてる価値のあるなしで考えてたら、人生は辛くなる。そもそも世界に必要な存在なんて無いんじゃないかと話をして、たいてい落ち着く。魔力が無いという最下層の私を見て元気が出ているんだと思う。
ということで、何度か炎特化型の魔物を見たけど、目の前の少年は燃えてないしその周りにある木々も普通にある。
本当に全部燃やす人間だったら、こんな燃えやすいものの周りで生活なんてしない。もう今頃山火事になっているだろう。右腕押さえて、「燃やし尽してしまうのです……!」とか言ってる場合じゃない。火山の奥深くで暮らしているはずだ。
引き攣りそうになる笑みをなるべく自然に見えるよう、顔面の筋肉を全力で稼働させる。頑張れ私の筋肉。
「でさ、知り合いに……」
「俺に近付かないでください! 燃えます!」
近付こうとすると、少年は腕を押さえ、震えるように言い放つ。
「おっと……?」
まだ続けるの? その茶番。私としては、そろそろ本題に入りたい。けれど少年はとうとう腕を本格的に震わせ始めた。
「俺は化け物……なんです、帰ってください……!」
訴えるような少年の声に、鳥たちが驚いたのかばさばさと周囲の木から飛び去っていく。
「本当に化け物ならあの鳥は今頃焼き鳥になってるはずだけど」
「え」
「っていうか……触っていい? 触っていいか聞くのも嫌なんだけど、証明するから」
「だ、駄目です、も、燃えますよ? 俺は触れたもの全てを燃やすんですから……!」
「燃えてないじゃん、それ」
少年の持つ枝を指差す。痛々しい少年に現実を見せる行為だけど、そろそろ面倒になってきた。可哀想だけど、もういいや。
「それにほら、普通に触って平気じゃん。体温も普通。っていうかちょっと冷たい? ほら燃えてないし、元気元気」
私は少年の腕に適当に触った後、その手の平を見せる。普通に燃えてない。っていうか燃える訳がない。ごっこ遊びも大概にしてほしい。ちょっとくらいなら付き合ってもいいけど、ずっと引っ張られんのはしんどい。
「俺に、触れて……あぁ、ああああああ」
少年は余程嫌だったのか、呆然とした目をしながら、じっと私を見ている。汚いものに触れた……なんてものじゃない。完全に絶望している瞳だ。大人げなかったかもしれない。ちょっと罪悪感が出て来た。
「ごめん」
「……」
少年は私が触れた腕をじっと見ている。私は申し訳なさに「なんか、お詫びしようか」と声をかけた。
「え」
「薪運びとか……あ、えーっと、夕食まだだよね? テントはった後、夕食作ろうと思うんだけど、た、食べる? 私一応料理人でね、美味しいとは思うけど」
「……俺と食べる、ですか?」
少年が反応した。どうやら料理に興味はあるらしい。
「うんうん、普段はお金取るけど、今回はね、特別ってことで、御馳走作ってあげるよ、ははは」
少しずつ、目を輝かせ始める少年。良かった。食事に釣られてくれて。今日は村を来る前に商人から買った野菜と魚がある。豪勢なものを作って、心に傷を与えたことを忘れてもらおう。
むしろそれしかない。村を出てから変に色々言われたら普通に嫌だし。この少年の痛い感じだと、俯いて震えながら、「あの、女に、心の、傷を与えられた……」「一生……消えない。俺は……」「触れられて……」とか強姦魔に襲われたみたいな感じに言って村人に誤解されたらきつい。いや、間違いなくそうなる。だってこの少年の震えた感じとか、長年拷問を受けた人みたいだし。被害者感がものすごい。全身から負の雰囲気が漂っている。それに実際、一方的に触ってしまったわけだし。
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「出来た出来た。ほら、沢山食べていいから」
そう言って、今日突然現れた人間は、俺の家で、机に料理を並べてくる。
女の人はクロエというらしい、俺の家のすぐ近くにテントを張った後、火を起こして、料理を手早く作り、俺の家の机にせっせと料理を運んでくれた。
「好きなだけ食べていいから」
「おかわりもあるから!」
そう言って、俺の向かいに座り、人間は笑う。
机に置かれた料理たちを見ると、野菜を炒めたもの、煮込んだ汁。魚を焼いたものが並んでいた。どれも手が込んでいて、美味しそうだと思う。
こんな風に、料理を作ってもらうのは初めてだ。
俺は生まれつき、魔力の濃度が獣に近かった。
両親は、俺を部屋から絶対に出さず、病弱で、足も悪い子供として村には説明していたらしい。少しでも魔力の濃度が薄くなるように、身体が弱くなるようにと、食事は十日に一度で、透明な何かが浮いている汁だった。
でも俺の魔力濃度は日々増していった。両親の俺を見る目が、蔑みから恐怖に変わった頃、とうとう俺の魔力濃度は、両親の魔法では誤魔化しきれなくなった。
そして、そのことが村の人間に広く知れ渡るようになると、俺は早々に村のはずれに隔離された。
両親は、俺を「化け物」と罵り去って行った。
店へ行っても、何も売ってもらえない。買ってももらえない。だから村の外で狩りをして生活した。そこで魔物と遭遇している人を見つけ、助けたこともあったけど俺の魔法を見て「化け物」と恐れ去って行く。それに、高い魔力を持つ人間は俺を見るだけで恐怖し、逃げたり攻撃してきたりする。
だから村の外に出ることはしなかった。ここを出てもっと酷い暮らしになるかもしれない。
それなら今の酷さで我慢しているほうがいいから。
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「へ、へえ……」
目の前に座る少年……カーネスから聞いた話は、いかれてる話だった。
ずっと並べた料理見てるだけで、食べもしないで死にそうな顔をしたと思ったら、唐突に自分語りが始まって、「いくら何でも唐突すぎないか、そんなに仲良よくなってない」と正気を疑ったけど、中々にとんでもない内容だ。何か申し訳ない。
でも、まだ会って間もない、それこそ会って二時間くらいしか経ってない人間にするほど、追い詰められているのかもしれない。
だって村ぐるみで子供相手にそんなことをしているのだから。衛兵が出入りする街でそんなことをすれば一発で捕まる。しかし整備が行き届いていないのと同じく、法律も行き届いていないのだろう。
「あの、良ければだけど、この村出て……一緒に働かない? 何かこの村変だよ、子供相手にさぁ……そういうのするの、異常だし?」
村の少年への当たりは、普通にどうかしてる。教育上良くないと思う。少年の感じを見るに、変に患って取り返しつかないところに行きそうだ。少年を連れ出し働かせるのは気が引けるけど、こんな村より移動式屋台でふらふらしている方が健全だ。
それに少年は、私と違って魔力がある。魔獣に近いとか言ってたけど、どこからが本当かなんてわからない。っていうか実際そうだったら、それとなく王都から使者が魔王討伐とかで駆り出されて色々働かせられてるだろうし。
「俺は貴女を燃やしてしまうかもしれませんよ」
「なんで? 人間燃やすの趣味なの?」
「いや……もしそうなったら……と」
「そしたら燃やされるようなこと私がしたってことじゃない? その時はその時でしょ」
食堂で働いてる時、鉄鍋で頭かち割ったるからなと思う客がいた。「お前夜道気をつけろよ、絶対やってやっからな、客は神じゃないから頭勝ち割られたら死ぬんだぞ」と思った。心の中で七万回くらい言った。
でも、あっちは魔法が使える。そんなことをしたら秒で反撃されるからしなかったけど、魔法が使えてたら塩ぶっかけるくらいはしてたと思う。いや、やっぱり鉄鍋で殴ってるな。
「いいんですか? あなたについていっても」
「あーいいよいいよ」
「ずっと?」
「ずっといな」
どうせそのうち反抗期とか来て、「こんな屋台の積み荷なんて引いてらんねえよ! クソババア! 俺はでっかくなって帰ってくるんだよぉ! じゃあな!」とか言って出ていくだろう。
食堂で働いてる時、二軒先の八百屋の息子であるトム君十七歳がそんな感じのことを言って町を出ていった。
その一年後子供とお嫁さんを連れて家に帰って来て、八百屋の店主に張り倒されてぼっこぼこにされて向かいの魚屋に突っ込んで乱闘になった。
あれはまさしく地獄の修羅場だった。
「いいんですか……?」
懐かしんでいると、彼は食い入るように私を見る。
「うん、いいよ。流石にそんな話聞いて、食事終わったね! じゃあね! は出来ないし。好きなだけ付いて来ればいいよ。ほら冷めるから。はよ食べてはよ」
カーネスを急かすと、彼は泣きそうな顔をしながら、スプーンを手に取った。一応、私が働いていた食堂は、人気の店だった。そこで学んだから、味には自信がある。従業員さえなんとかなれば、黒字化できるはずなのだ。
それか転移魔法が違法化され、使用者全員死刑になるとか。
結局なんやかんやで一夜明け、カーネスと共に村を出た。
村長たちは出立を盛大に祝ってくれたけど、何故かカーネスに対しての別れの言葉は無く、「はよ行け」と言わんばかりだった。「はよ行け」が節々に現れてた。別れぐらいちゃんとしてやれよと思ったけど、カーネスは無関心だった、むしろ移動式屋台に興味を示していた。
「そういえばカーネスってさ、火力どれくらいまで強いの出せるの?」
カーネスと一緒に屋台を引きながら、けもの道を歩いていく。本当は普通の道を進みたいけど、大通りは冒険者でごった返している。
冒険者たちは良く分かんない剣とか弓とかを持っていて、装備もごたごたしているから道幅を占領しがちだ。それに「ダンジョン」とかいう魔物がいっぱい出てくるところから得た戦利品を運んでいたりするから、どうにもならない。
「火力」
カーネスは私の質問に顔色を青くした。
「火力だよ火力。五か所同時に小さい火柱あげるとかって出来る?」
「それ、は……」
しどろもどろなカーネス。この感じには覚えがある。私が食堂で頼みごとをされ、魔法が使えないのがバレないよう誤魔化す時と多分同じ顔だ。こういう顔してたんだな、私。バレバレだったんだ。店長ありがとう。こんな無能を働かせてくれて。感動して死にそう。お金溜まったらお詫びに行こう。
「じゃあとりあえず、作った料理をお客さんに渡すところとか、そういうのからぼちぼち始めようか」
「は、はい」
カーネスがほっとした顔に戻った。
何だろ、魔法使えるのは制限があるとか、使えない事情があるのだろうか。
魔力が結構あったり、「鑑定」とかいう「スキル?」がある人は、「ステータス」とかいう相手の能力値を数値化されたものが見られるらしい。私は見られないから想像だけど、身長と体重が可視化されている世界、なのだろうか。
その数値を見えないようにする魔法とか、偽装する魔法もあるらしい。強さを求められる試験の時、偽装したりして試験に合格する人もいるらしく、魔力が高いだけで数値を見ようとすると騙されやすいけど、「鑑定」とかいう「スキル?」を持った人は、騙されづらいらしい。そして「鑑定」スキルは全員が全員もってるわけではなく、生まれつきあるものだから希少で、住み分け出来てると聞いた。
「まぁ、次の街行ったらさ、カーネスのもの色々揃えていくから。その時の買い物の様子? 見て、接客の参考にしてよ」
一緒に行くことに同意したカーネスが持ってきた荷物は、めちゃくちゃに少なかった。カーネスが「これが荷物です」と差し出して来たのは着替えくらいで、囚人のほうがもっと荷物持ってそうだった。
「寝袋もね、買うから」
「寝袋? 俺はそんなもの必要ありません。勿体ないです」
「なんで」
「地面で寝ます」
「論外でーす。議論の余地なしでーす。一番いい寝袋買ってやっからな」
相当村で酷い扱いを受けたのだろう。
前に店に来てた令嬢がそんな感じだった。彼女は家で虐げられ婚約破棄をされ、一時的に店に滞在していた。
令嬢をずっと前から好きだったらしいふわっとした男が迎えに来て、新たな生活を始めていったけど、出会った当初は私が何かするたびに「勿体ないですわ……」「私なんて……」と卑下を始めるから、物量で潰した。
そんな彼女は定期的に「何考えてるの」と思うようなローブを羽織り、ふわっとした男と一緒に三十人くらいの護衛に囲まれてやってくる。定期的に会えるのは嬉しいけど、道路規制が同時に起きる為、赤字の原因の一端だ。
そういえば、一年後結婚式を開くらしい。なんで一年後か聞いたら、色々式典とか祝いの関係でそうなったと聞いた。魔法が使える人たちの常識は正直良く分からないし、私の家は普通じゃないからより一層、世俗のことは分からない。
「命だけは! どうか命だけはお願いします!」
ぼんやりしていると、命乞いが聴こえてきた。
屈強で見るからに悪そうな賊の集団が真面目そうな青年一人に跪いていた。
なんか、反社会的な組織の内輪揉めな気がする。前にお客さんから「本当に危険な存在は危険に見えない」と聞いたことがあるし、とりあえず、関わるのはよそう。
私はそっとその場を離れようと試みる。
こういうのは様子を窺って、何か音を立てて、こちらが盗み見ていたのがバレて絡まれるやつだ。そういうのは何度も見た。盗み見をして絡まれている人を盗み見していたから良く知ってる。
「カーネス、そっと行くよ」
「いいんですか? ほっといて」
「うん、私たちが飛び込んでも出来ることは無いし。捕まるだけだから。それに言い忘れてたけど私魔法使えないし。人を呼ぼう。このあたり、騎士団の訓練所があるから」
魔法士は、国に仕え魔法で人々のために働く人たちの総称でもある。たとえば土砂崩れが起きた時、それらから人々を魔法で助けたり、怪我をしたりした人を治療するのが魔法士たちだ。
一方騎士団は、戦い特化型。魔物が出た時討伐をしたり、人々が魔法を使って争い始めた時に仲裁をする武闘派集団である。
そしてこのあたりを管轄にしているのは、王家直属の騎士団であり、簡単に言えばめちゃくちゃ強い。以前、西の騎士団に所属している騎士たちから、「直属騎士団は化け物集団」と聞いたことがある。
西の騎士団の団員たちは作っても作っても料理を平らげ、なおかつ転移魔法により集団でご来店なさる大荒くれ化け物集団だったため、「化け物が化け物って言ってら」と思っていたけど、人生の伏線だったのかもしれない。
私は心の中で西の騎士団たちに感謝しながら道を変えて進む。こういう時、落ちてる木の枝で気付かれてる人もいた。入念に足元に気を付けていると、突然頭上でガサガサと音がする。
「……?」
上を見上げると、鳥が一心不乱に木の実を取ろうとしていた。急いで賊と青年の方を見れば、皆は同じように鳥を見た後、視線をこちらに落とす。
あの鳥後で美味しく頂いてやるからな。
「ああ、騎士団を助けに来たのですか? 随分と頼りなさそうですが」
にたりと笑った青年が、賊から視線をこちらに移した。
「騎士団?」
「原型を留めながら苦しめたつもりですが、分かりませんか? この国の騎士団たちですよ」
そう言って青年が賊を指す。いや嘘だろ、と即答しそうになった。騎士団は甲冑を着ているものだし、剣を装備している。目の前の賊たちは手ぶらだ。満身創痍で今にも死にそうになっている。
「そんな……」
馬鹿な話があるか。嘘ならもっとましな嘘をつけ。
言いたくなったけどやめた。初対面だから。
「信じられないでしょうが、しょせん人間です。弱く、脆い」
やっぱり言ってよかったかもしれない。痛い奴だ。カーネスの反面教師になりうる存在ではないか。そう思ってカーネスを見ると、彼は眉間にしわを寄せていた。
「しかし、不思議ですねあなたがた……僕相手にステータスの偽装が出来るとは」
青年は私に不敵に微笑んでくるけど、致命的に間違っている。
私は。偽装なんてしてない。
そもそもない。魔力が。それこそ信じられないかもしれないけど、私はステータスなる個人情報強制開示を受けたとしても、何も表示されないのだ。
私の家族全員、私の魔力は全部0、スキルも無いと言っていた。
軽くステータスを盛る、逆に減らして相手を油断させるという偽装や、「本当の姿を見せるのは身内だけ」という個人情報保護による魔力偽装がはびこる中で、私の「全部ゼロ」というステータス表示は、馬鹿の偽装だった。
つまり私は、馬鹿の看板をぶら下げて生きている。
それでも頑張って生きている状態だが、馬鹿に慣れてない恵まれた環境を持っていたり、鑑定やステータスを見る魔法に特化している人々から、「まさか自分の魔法が通用しない⁉」という過大評価を受け、特級大迷惑に巻き込まれやすい。
「逃げろ! 殺されるぞ! この男は阻害魔法の使い手だ! 辺り一帯魔法が使えない!」
賊たちが叫ぶ。
阻害魔法。
文字通り魔法を使えなくする魔法で、役所など魔法で襲撃されたりすると困る場所にかけられていることが多い。
私はそもそも魔法が使えないが、魔法が使える人間からしたら全裸赤子状態になることは辛いのだろう。賊が切迫した表情で私たちに訴えてくる。
私は元々全裸赤子状態だけど、カーネスは魔力のある子供だ。この状況は怖いと思う。
そして賊にも子供は守ったほうがいいと言う良心があるように、私も一応、子供は守りたい良心がある。魔力は持ってないけど。
ここはカーネスだけでも逃がそう。こういう時、逃げてと言うのは悪手だ。
「カーネス、助けを呼んできて……」
カーネスの方を向くと、彼は凪いだ瞳で右手を青年に向ける。
すると一瞬にして、青年の周りで轟音が響き火柱が次々と燃え上がった。
料理どころか攻撃の火力じゃない。
これはあれだ。祭りとかで賑やかしのために披露する感じの、「そう見えてるだけで実際燃えてるわけじゃないよ」という、見てくれ魔法。本物の火柱ならば絶対に死んでいる威力の火柱に包まれ、青年は声を荒げた。
「ありえない! ありえない! ありえない! 周囲一帯魔法など扱えぬはずなのに!」
見てくれ魔法でも、怖いらしい。そして周囲一帯、魔法が使えない阻害魔法。素晴らしい魔法だ。世界を救う魔法だ。編み出した人間には幸せになってほしいし、ぜひとも転移魔法を封じてほしい。
でもカーネスが見てくれ魔法を使っている以上、阻害魔法の威力はそうでもないのだろう。常連客たちには通用しないはずだ。悲しい。
「この程度の魔法でどうにかなると思える人生で羨ましい」
カーネスは死んだような目で青年を見ている。
「……っ! 来たれ不死鳥‼」
火柱から逃れた青年は、天に手をかざした。すると晴れていた空が黒く覆われ、赤い雷が轟く。
見てくれ魔法だ。痛い青年がカーネスに見てくれ魔法で対抗してきた。
雷が落ちた先から、黒い瘴気と共におどろおどろしい鳥の魔物が現れた。祭りで使えない、「殺される」と子供どころか近隣住民から文句が出る外見の鳥の魔物だ。
祭司から怒られるし、たいてい祭司はその地の地主だったりするから、こんなもの出した日には村八分にされる。
「な、なんだこの魔物は……!」
そして賊たちは純情なのかきちんと恐怖していた。世界の終わりのような表情だ。神話とか陰謀論とか信じる性質の賊なのかもしれない。
「くだらない」
でもカーネスは怖いものに耐性があるのか、鳥の魔物に手をかざした。すぐさま獣は爆炎に包まれ、塵に変わる。見てくれ魔法だから実体はない。本当に魔物を召喚していたら、焼き鳥になっていただろうに。
「嘘だろ……俺の魔獣が、一瞬で……? うわっ」
青年がまた火柱に包まれた。カーネスを見ると、淡々とした表情で右手を青年にかざしていた。
「どうしますか、これ」
そして、カーネスが私に聞いてくる。見てくれ魔法の炙り焼きとはいえ、青年は怖がっているし苦しんでいるから、可哀そうだ。
「え、あ、とりあえず、昏倒させる感じは出来る?」
「……分かりました」
カーネスが右手を一度振ると、炎が弾け小さな爆発が起き、火柱に包まれた青年はふっと意識を失い倒れた。
「終わりました」
「お疲れ様です」
あんなに激しい見てくれ魔法を見たのは初めてだ。炎系の魔法も相当なものだろう。もしかしたら炒め料理と煮込み料理、蒸し料理も同時に出来るかもしれない。確信していると、魔法士団が転移魔法で現れ始めた。良かった。これで賊たちは治療を受けることが出来るだろう。
「カーネス、行こう」
「いいんですか?」
「うん、あんまり魔法士団とか、会いたくないから」
私は、魔法が使えないのに「へへへ」で誤魔化し就労していた。いわば、やましいことがある。さっきは賊たちのことがあったから騎士団を頼ろうとしたけど、誰も困ってない現在、関わりたくない。さらにいえば兄弟姉妹がいるかもしれない。転移魔法でおしまいクソ帳簿を抱えている今、合わせる顔が無い。
私はカーネスと共に、こっそりその場を後にした。
あれから、せっせと徒歩でその場を離れ、川辺に辿り着いた私たちは休憩することにした。
「ありがとね、カーネス」
「え」
改めてお礼を言うと、彼は視線を落とす。
「いえ……驚かせてしまって申し訳ございません」
「なんで謝るの? 助けてくれたのに」
「助け……たうちに、入るんですかね……」
そういって、カーネスはどんどん悲壮的な雰囲気を纏う。
彼の変化に、嫌な予感がした。これは完全に「あれ」だ。
「もしかして、魔法使うと、体力削られたりするの? 命削ってる感じ?」
「え……?」
魔力の量は一人一人違う。薬、料理、睡眠、魔法で回復できるらしいけど、そういったもので回復せず自分の寿命を削って使う魔法もあるらしい。
「魔法使うと死ぬとかじゃないよね? なんかこう、そうじゃなくても、ものすごく代償があるとか…?」
カーネスは魔法を使う時、酷い表情をしていた。いわばこの世の終わりみたいな顔だ。よほどの覚悟を持って魔法を使ったように思う。絶対、命に関わる感じだ。
「いや、しませんが……」
カーネスは私を信じられないといった顔で見てきた。
「じゃあ、なんで死にそうな顔したの? 命に関わるからじゃないの?」
「いや……全く、魔法は無尽蔵に出せますよ。ああいう、魔物を焼くことも出来ますし、村一帯、出来ます……顔は……そういう顔だから、としか」
「なんだぁ……てっきり命に関わるかと思った……やめてよ、紛らわしいなぁ……でも、ありがとう、助かりました」
一瞬、カーネスの寿命を縮めてしまったのではと怖かった。少年の寿命を縮めるなんてあってはならない。
「あー良かった。カーネスが命削る感じじゃなくて」
「え」
「え?」
何が「え?」なんだ。というかさっきからカーネスはどうして私を異物を見るようにするんだ。魔力が無いからか。差別だ。差別されてる。
「なに、その異物を見るような目。無意識かもしれないけど見られてるほうは滅茶苦茶わかるよ」
「あ、ご、ごめんなさい」
カーネスはすぐに謝罪してきた。悪意はなかったらしい。
「で、なに?」
どうして魔力が無いとか、そんな感じの質問だろうか。「元から‼」以外に返事が無いから困る。
いっそ「小さい頃に魔力を吸われて……」とか「自分の魔力を犠牲に大業を成し遂げ……」みたいに嘘でもつきたいけれど、経歴詐称になるから言えない。さんざん料理屋で「魔法使えないのに魔法使える詐欺」で働いてきたし。
「変に思わないんですか?」
「何が?」
「あの力を……」
「あの力?」
「俺の魔法です」
「何で? 便利な力じゃん。暖も取れるし、炒め物、煮物、蒸し物、色々出来るじゃん。最高の力でしょ。変なとこないじゃん」
「……」
聞いといて、答えているのに返事をしないカーネス。それどころか俯き始めた。望む答えじゃ無かったとしても、返事をするのは礼儀だろう。
「何か返事しなよ。人に質問しておいて返事しないのは……」
「……っ。……っ」
とん、と小突くと、カーネスは声も上げずに泣き始める。言い方がきつすぎた。というかさっきの差別で注意したから、二重注意になって精神的負荷をかけすぎた。
「え、ご、ごめん、本当ごめん。カーネスをいじめたいわけじゃなくて、えっと、どうしようか、何か食べる? 何か美味しいもの食べる?」
ぼろぼろと大粒の涙を流すカーネス。どうしていいか分からなくて、とりあえず私はずっと背中をさすり続けた。
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