無能料理人に魔王討伐は荷が重い

稲井田そう

第1話

 私、クロエ・ノウルリーブは、どうしようもなく無能だ。


 それは、別に勉強が全くできないわけでも、運動が全くできないわけでもない。基本的に、私の全能力は平均よりちょっと下だ。「この無能が!」と罵られるほどでもない。


 しかしどうしようもなく私は無能だ。手の施しようがないくらいに。


 それは、私が生まれ育ったこの国が、魔法の国であるからに他ならない。


 私の産まれた王国ユグランティスでは、国民全員が魔力を保持し、平民だろうが貴族だろうが全員少なからず魔力を持っている。というか、さも、ユグランティスだけは国民全員魔力持ってます! みたいな言い方をしてしまったけれど、今まで出会ったどんな国の人も、大なり小なり魔力は持っていた。


 森の外れの方では、魔力を持つ獣──魔獣とかが出て、強大な魔力を持つ魔王とかもいるらしい。さらにそれを倒すため、勇者とかもいるらしい。


 全部「とか」「らしい」なのは劇とか絵本でしか見た事がないからだ。


 私は生まれつき、びっくりするくらい魔力が無い


 少ない、ちょっとしかない、わずかしかないではなく本当に無い。無である。無。


 ちなみに私の家の血筋は国有数の魔力の高さを誇る血族であり、兄弟姉妹も絶大な魔力を持ち産まれた。


 しかし私には魔力というものが体内に存在していなかったのである。


 普通ならここで魔力が無いことで虐げられたり、冷遇されるものだと思う。


 よそでも「お前本当にあの家の子供かよ」みたいな、そんな感じの扱いを受ける。「成り上がり」とか、「役立たず」とか「不遇」とか「外れスキル」と題名に入っている物語で無限に読んだ。


 でも現実では、魔力があまりに無いと、異質すぎるあまり虐げられない。腫れものとして扱われるどころか待遇は良くなる。


 魔力というものは、いわば全身を保護する鎧の様なもの。赤子でも魔力は少なからずある。


 国民全員(私以外)が魔法によって人々が生活する国で、前代未聞の魔力の無い私。


 どんなに血筋がよく高潔で血を重んじる血族でも、全裸の赤子を攻撃できない。


 というわけで私は、特に虐げられることも冷遇されることも無く、むしろかなり過保護に育てられた。自他ともに手厳しいと評判の兄も姉、弟や妹も、「ここまで魔力無いって何……? 大丈夫なの……?」と手厚く扱ってくれていた。


 しかし、私は十歳の時、自分が魔力の無さゆえ学校に通えないことを知ったのである。


 本来この国では、十二歳になると魔法の使い方を学ぶ為、全寮制の魔法学校に通う。


 でも、魔力が無く魔法が使えない私は、学校に通えない。それに危ない。そこらへんで魔法による事故が起きた時、真っ先に死ぬ。真っ先に死ぬ存在がそばにいる状態で授業を受けるのは、他の生徒に悪影響だ。


 そして就職するとき、魔法学校の卒業が必須となる場合が多い。というかほぼ全部だ。



 私はこのままいけば、一族の面汚しになる。いやもう既になっている。兄弟姉妹は屋敷に友人を連れてこないし、ずっと家にいていいと言う。ようするに私は、何処に出しても恥ずかしい存在だった。


 どうしたらいいか考え、閃いた。


 料理人になればいいのだと。




 料理。


 どんな魔力がある人間も、お腹がすく。朝昼晩毎日三食食べるし、何なら間食だってする。私と同じ。人間の身体は食事をとり栄養を取らなければ生きられないようになっている。ならばその食に関する仕事をすれば、困ることはない。


 それにどんな人間も少なからず魔力を持っているということは、少ない魔力しかない人間もいる。


 むしろ魔法を使わないで生きている人間だっているはずだ。


 街には人がいっぱいいる。街の料理屋でなら、魔力が無くても料理が出来れば働けるかもしれない。


 そう考えた私は、それから料理の勉強を始め、ついでに屋敷を出る準備も開始。十八歳の春、家を出た。


「この家の名に恥じないような存在になりたいと思います。探さないでください」


 と部屋に書置きを残して。




 それから本格的に街の料理屋で下っ端として働きはじめ、私は知ったのだ。


 街ではどんな料理人も魔法を使って料理をすると。


 火をつけるのも、皿を洗うのも何もかも魔法を使う。「私は生まれつき魔力が少なくてへへへ」と誤魔化して雇ってもらい働けたものの、「少なくてへへへ」にも限界がある、


 就労七日目に人の店で働くより自分の店を出した方がいいという結論に至った。


 しかしさすがにすぐ店を出す資金力は無く、二年間血のにじむような嘘と誤魔化しをして働き、土地代不要の移動式屋台と魔法で料理をする演技(ものすごくうまい)を得た。


 移動式屋台で料理屋を営めば、客引きしながら売ることが出来る。


 持ち歩いて食べられるようにすれば配膳の必要は無い。一人で出来る。色んな町を巡って、様々な料理を知りながら腕も上げられる。


 それに魔力が無いことが知られてもすぐに逃げられる。


 そう思って移動式屋台を営み三か月、私の思惑は崩壊した。忌々しき転移魔法によって。



「もう、終わりだ」


 何度計算し直しても赤字になり、収益がゼロどころかマイナスになる帳簿を前に、頭を抱える。


 お金が無い。ものすごくお金が無い。このままいけば、間違いなく破産する。


「転移魔法さえ、存在しなければ……!」


 帳簿を握りしめて、歯を食いしばる。言葉通りこの破産は、転移魔法が原因だ。


 転移魔法。


 私が最も苦手とするものである。勿論私は使えない。使う人が苦手、というか存在が苦手だ。


 けれど今はもう、嫌いになって来た。憎い。転移魔法が憎い。使ってる人間も憎いし、これを生み出した先人も憎い。故郷の村を気まぐれに焼かれたくらい憎い。


 この魔法は言わずもがな、遠方からの移動が瞬時に出来るというものである。列車や馬車は必要ない。場所を指定して、呪文を言って、飛んでくる。だから離れた恋人と一瞬にして会えるし、病人の元へ医者がすぐに駆けつけることが出来る。


 つまり移動時間を短縮どころか、消すことが出来るのだ。


 その為、「あの屋台今隣町にいるから買いに行けないなー」とか、「今から行っても店じまいして間に合わないなー」ということが存在しない。


 転移魔法により瞬時にかけつけてくるお客様。捌く私は一人であり、そして無能。使えるのは私の身体だけ。


 それにより生みだされる、大行列。


 店が繁盛することはいいのだ。本当に感謝している。


 しかし転移魔法でぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽん飛んでくるせいで、どんなに下準備をしようとも、おびただしい行列が出来てしまう。


 魔法を使うには魔力を消費する。転移魔法においてその消費量は距離に比例し、本来はそう何度も転移できない。


 なのに、「チート持ち」だの「外れスキル持ち」のほか、忌々しい前世の記憶持ちや異世界からきた異世界人、お荷物だの役立たずを自称する現地人たちは、何かズルをしているらしく何処に行っても瞬時に店にやってくる。毎日毎日毎日だ。追放されてしまえばいいのに。


 特に異世界人は何でか知らないけれど王族に追われてたり、厄介ごとまで持ってくる。そして厄介なお客様を持ち帰ってくれない。最悪である。


 転移魔法により瞬時にかけつけてくるお客様。捌く私は一人であり、そして無能ということで使えるのは私の身体だけ。


 それにより生みだされる、大行列。


 店が繁盛することはいい。お客様には本当に感謝している。けれど夥しい行列により訪れた町全体に迷惑がかかり、結果的に街や近隣の店から営業妨害をしていると訴えられ、迷惑料などのお金を払ううちに赤字になるのだ。


 売っても売っても終わらない。


 しかし一向に出ない利益。


 増える赤字。


 最早店を開く行為自体が赤字を生む原因だ。食料を提供しているだけの店と同じ。それもありかもしれないが、屋台を維持するのにも食材を買うのにもお金がいる。先立つものはお金、それ以外に無い。


 深刻過ぎる人手不足。間違いなくこのまま誰か雇わなければ、終わる。


「魔力がある人を雇うしかない……」


 人の店で働くことに限界を感じた私が人を雇うなんて本末転倒だが、このままだといずれ借金をすることになり、借金地獄に陥る。


「あ、うちの娘、借金地獄に陥っているんですよね、ははは」なんて家族に言わせる訳にはいかない。


 炎の魔術が得意な人に火力系の仕事をお願いして、水の魔術が得意な人に洗浄の仕事をお願いしよう。


 あと野菜の皮の処理とか、刻んだりできるような人とか、魔法で物を運ぶのが得意な人とかも欲しいから四人くらい雇おう。


 流石に四人くらいいれば、きっと転移魔法があっても大行列にはならないはずだ。それで駄目なら、すごい魔導士の人にお願いして、屋台の周りは転移できない呪いでもかけてもらおう。


 そう考えて町を巡りながら優秀な人材を探すと、普通にさくさく見つかった。欲しかった人材はすぐ全員揃った。


 能力は完璧、性格に大問題のある四人が。







「いやぁ、いい村ですねえ!」


「そうでしょう! ほほほほほ!」


 全力で媚を売った笑顔を目の前を歩くお爺さんに向ける。すると同じようにお爺さんは、媚びへつらった笑顔を私に向けた。


 私は今、ハギという村に来ている。のんびりとした空気感の、嫌な言い方をすればよくある田舎町だ。整備の資金が足りないのか、ところどころ壊れた祠があったりだとか、札が張られた井戸がある程度で、特徴が無い。


 この村に来た理由は、まぁ人を雇うと決めて一番近いところだったから。それだけ。


 私は物語の世界のように、魔王討伐の仲間を探したり、冒険をする仲間を集めに来たわけではない。


 炎魔法が使えて、正気だったらいい。いわば誰でもいいのだ。魔力は個人差があり、他の人たちは魔物を討伐したり冒険するにあたって、「スキル」などという特殊能力を持っているだとか、良く分からない評価で仲間集めをするらしいが、私はもう、私以外の働いてくれる誰かでいい。


 このお爺さんでもいいと誘ったら「一応村長なもので」と断られた。


「旅人様は炎属性の魔法の使い手を探しているのでしょう。お探しの条件にぴったりの者がおります故、是非連れて行ってくだされ……!」


 そう言って私の隣を村長が歩く。接客業としては満点の笑みだ。しかしその笑みに反比例して、村長の足はどんどん村のはずれ、廃れた森へと向かっていく。道も土や砂で固められた道が、岩や枝が転がった獣道へと変わってきた。


 ……村ぐるみで騙されているのでは。


 これ生贄とかにされたりしない?


 不意に思い付いたことが、頭を占めていく。しかし生贄にも魔力は必要だ。というか魔力が必要だから人間を生贄にするのであって、魔力のない私は生贄にすらなれない。


「この村って、なにか古くから伝わる伝説とかってあったりするんですか」

「え」


 村長がわかりやすく冷や汗をかき始めた。


「生贄とか必要な」


 確信を持って訊ねると、村長は何故か安堵した顔をして「いえいえ、そんな物騒なことはございませんよ」と首を横に振る。


「この村に伝わっているのは、世界を作った神の右手が眠っている、という伝説にございます」


 猟奇殺人、死体遺棄では。いや猟奇殺神か。


「それは、どういう」

「神は自分の身体を犠牲にして、この世界を作りました。しかし最後の力を振り絞り、この世界の生命が危機に陥ったとき助けられるよう、自らの右手、左手、右足、左足を切り落とし眠らせたのです」


 自傷行為なのか救済なのか分からない。


「そしてその右手が眠っているとされているのですが──それらしきものもなく……」


 村長はうつむく。村の中に祠や札の貼られた井戸が多かったのは、そういう伝説があるから、かもしれない。


 一度お祭りが開かれるとその土地で便乗商法として祭りの関連商品が増えるみたいなあれだ。観光地にしようとして失敗したのでは。観光の目玉になるであろう右手が無くて。


「それどころか神の眠り後に背くような忌々しい……」

「え」


 村長は先ほどまでの態度が嘘だったかのように、恐ろしい形相に変わった。しかしすぐ、「あっあそこにいる少年は、きっと役に立ってくれますよ」と、遠くを示す。


 村長の指す方向には、いつ倒れてもおかしくない小屋があった。その傍では、煉瓦色の髪をしたやせ細った少年が薪を運んでいる。年は十三……十四歳くらいに見える。


「あそこの少年のお兄さん、とかですか」

「いえ、あの少年ですよ」


 また村長が接客満点の笑みを浮かべる。狂ってんのか。


 というか、普通、余所者に少年を差し出すだろうか? 洗礼か何か? 冗談で言ってる……?


「名をカーネスと申します。天涯孤独の身の上です故、すぐにでも連れて行けますよ」


 村長は高速で揉み手を始める。本気だ。本気で言っている。


 屋敷を出てから子供が労働をしているのを何度か見かけたが、皆親や兄弟、それか馴染みの人間の近くで、「手伝い」として働いていた。


 外へ働きに行かせたり……それこそ行商について行かせることはしなかった。


「えっと……」

「お気に召しませんか? 小さな身体ですが、魔力は、申し分ないと思いますよ」


 さっきから村長は、「はよ連れてけ」と言わんばかりに話をしてくる。


 雇われるのは少年だ。少年が拒否をすれば、もうそれで終わり。私が無理やり連れて行けば立派な「人さらい」だ。村長は一体何をそんなに急かしてくるんだ。強制的な感じを出してくるのやめろ。


「とりあえず話をしてきますね」


 さりげなく、あくまでさりげなく、別れの雰囲気を醸し出しながら村長にそう言うと、村長は渋い顔をしてその場を動こうとしない。


「ここで大丈夫です。ありがとうございます」


 今度は、直接的にそう言うと、村長は渋々と言った様子で踵を返し戻っていった。人材を紹介してくれたことはとてもありがたいけれど、やはり用心に越したことは無い。村長と少年二人がかりで襲ってきたら嫌だ。「お前を薪にしてやろう」と、よそ者の排除と火葬で一緒くたにされたらいやだ。


「こんにちは」


 カーネスという名の少年に近付き、声をかける。雇う気は全くないけど、第一印象が肝心だ。村長は何か怪しいし、少し話をして打ち解けた後、この少年に良さそうな人を紹介してもらえば良い。


「……」


 が、少年は私を見ると、少し考え込むようにして俯いた。無視とは言い難いが、限りなく無視に近い。

「えっと、私の名前は、クロエ。実は、炎の魔法が得意な人を探してて、村の人に聞いたら、君が一番得意だっ……」


「あなたは、騙されていますよ」


 騙されている? 一体それは、どういう意味だ? やっぱり村ぐるみで何かやってる? 生贄にされるんじゃないか? 魔力も無いのに? 木にだって魔力が宿るなかで魔力の無い私が⁉


「どういうこと?」


「……俺は、人間じゃない。……俺は、全てを燃やし尽くす、化け物ですから……」


 尋ねると、少年は右腕を押さえながら、気取り尽くした自嘲的な笑みを浮かべそう言った。

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