パーティー全員に嫌われて追放寸前なのでもう死ぬ

稲井田そう

パーティー全員に嫌われて追放寸前なのでもう死ぬ


 夜、ぼんやりと焚火を眺める。


 今日は野宿だ。パーティーの皆は、俺から大分離れたところで寝ている。


 追放。


 パーティーのうちの誰かが追放される。そんなことが巷でたびたび起きているらしい。


 お荷物だとか役立たずだとか出来損ないだとか罵倒された末、ダンジョンでモンスターに遭遇した時囮にされるのだ。


 そのうち俺もされるんだろうな。常々思う。


 毎日、毎日、毎日、毎日、毎日毎日毎日毎日毎日、朝昼晩、常日頃、いつ誰が追放の話を切り出すか待ち、夜には、「今日は俺追放されなかったんだ、じゃあ明日かな」と夜に月をぼんやりと眺める日々だ。


 何故なら俺は、パーティー全員から嫌悪感情を向けられている。死にたい。


 この世には理由なき嫌悪というものが存在するけれど、俺のパーティーは、理由なく人を嫌ったりする人間は一人もいない。


 魔導士のリックは、漢気に溢れ誠実、質実剛健であり戦い方も実直だ。自分に厳しく、人に優しくを体現した紳士である。


 大刀使いのナナは自分の身体より大きな大刀を自由自在に操る切り込み隊長。いつも笑顔を絶やさず、和を重んじ、人を楽しませることが大好きだ。


 聖女のサラはもういかにも聖女という感じで、心優しく穏やかで争いを好まないが、戦いのときは状況を適切に判断して回復、後方支援をしてくれる。老若男女誰とでも打ち解けられる。


 そんな、協調性に長けたパーティーメンバー全員から、俺は嫌われている。


 端的に言って、死にたい。死刑でいいです。


 こんな善良なパーティーメンバーから嫌われるなんて、よほどのゲス野郎でもない限りありえないが、悲しいことに彼ら、彼女らから嫌われている理由は上げればきりがない。いくらでもある。


 まず、俺は弱い、暗い、優柔不断、弱い、頭も顔も悪い、そもそも取り柄が無い、足手まとい、弱い、爽やかさが無い、男らしさが無い、全てに疎い、俊敏に動けない、弱い、戦闘力や性格にも、難がある。そして弱い。逆に言えば、良いところが無い。さらにやっぱり弱い。


 こうして豊富な短所を抱え、生まれたことも生きてることも神様の悪戯としか思えない俺だけど、みんなとの関係に亀裂が走ったのは今から二年ほど前、ある街に滞在することになった出来事にある。


 初めて訪れた街で迎えた夜。中々寝付けなかった俺は散歩をしていた。勇者で冒険をすることが当たり前なのに、枕が変わると寝られない短所を持っているからだ。死んだほうがいいかもしれない。


 そうして致命的に冒険者に向いていない俺は、夜の街灯の光が綺麗だなあと楽しく一人散歩をしていたところ、女性が一人階段から落ちそうになっているところを発見した。


 咄嗟に庇い、俺を下敷きにするようにして階段を女性と共に転がり落ちると、最終的に俺が女性を押し倒しているような状態になったのである。


 そんな状態で、俺を追いかけてきてくれた仲間と出くわした。特にリックは「嘘だろ……どうして」と絶望的な表情で俺を見た。


 傷だらけの俺、押し倒されている女性。確かに、今まさに俺が女性を襲おうとして抵抗されているようにしか見えない。


 俺が反論する前に、リックは踵を返し駆けだした。その後を追うように、ナナがリックを追った。


 サラはその場に残り、無言で俺と女性の手当てをすると、「見込み違いでした……」と絶望の表情で言い残しすぐにその場から立ち去った。


 俺は女性を送り届け宿に戻った。そして朝が来て、今後の旅の計画を立てる為にパーティーの皆で集まると、皆は俺と目を合わせることをしなくなった。必要最低限の言葉しか、交わしてくれなくなった。


 それから、二日後、街を出て渓谷を進んでいた日の夜。


 あんなに仲の良かったパーティーの空気が自分のせいで最悪になっていることをひしひしと感じた俺は、己の身が潔白であることを話そうと決意した。「あれは襲った訳では無い」「誤解だ」と。正直に話せば、きっと分かってくれるはずだと。


 朝が来たら、話そうと決意した。


 決意して、どんなふうに話すか考え、たくさん練習をした。状況を説明して、誤解させたことを謝る練習だ。何度も何度も練習をすると喉が渇き、一人川へ水を汲みに行った。


 すると、目の前に子供が現れたのだ。


 夜、谷に子供。普通ならあり得ないが、その子供は、普通の子供では無い。魔物だった。魔物の子供では無く、人間の子供に扮して、人間を襲うタイプの魔物。


 俺が一瞬ひるむと、剣すらまともに振るえない俺は、魔物を石で殴った。


 ……その姿を、ナナが見ているとも知らずに。


 翌朝、「昨日の、夜のことなんだけどさ……」と目を逸らしながら尋ねてくるナナを見て、全てを察した。他二人も、俺を軽蔑の眼差しで見ていた。


 女性を襲う外道に、夜中子供を打つ下郎が合体した瞬間である。


 そうしてゴミクズクソ外道としてパーティーに認識されて、約二か月が経つ。


 この二か月、戦いの面では優秀だから仲間たちがついてきてくれた、というわけでもない。


 俺は剣士として戦っているけど、ほかの剣士と違って特殊な能力は無いし、そもそも強くない。むしろ敵に逃げられる。強すぎてじゃない。弱すぎてだ。


 なぜなら剣が当たらない。全く当たらない。剣が敵にあたった、という手ごたえというものを感じたことが無い。剣を振ると、敵はサッと逃げてしまう。絵に描いたクソ雑魚の擬人化が、俺だ。


 じゃあ何故剣士に、と聞かれれば、間と、運が悪かったとしか言いようがない。


 俺の住む地方には封印されし剣があった。それは魔王が現れた時、選ばれし「男」が引き抜くことが出来る剣だ。魔王を倒すことが出来る剣。それを俺は抜いた……というか抜けた。


 どんな封印であろうと、数の暴力の前では無力なのだろう。年に何千人と引き抜こうとするそれが何千年単位で行われれば、どんな剣も台座から抜ける。


 抜けかけの剣をたまたま引き抜いただけの奴、それが俺である。抜いたのではなく、抜けてしまった、というのが最も適している。


 それに、悲しきかな、俺は男では無く、私なのだ、女である。


 私は物心ついた時から何故か家族に男装を強いられていた。


 仲良くなった友達にそれを打ち明け、女装……というかそのままの姿を見せると、まじまじと人の顔を眺めた後、「男装の方がいいよ」「絶対その方がいい」「よっぽど好きな人じゃないと、見せちゃだめだよ」「危ないよ」「誘拐される」「紙袋でもかぶっておきな」と言われたから。多分規格外の顔をしている。


 規格外の醜さ。


 最早魔物に似ているような。魔物に仲間だと思われるような姿なのだろう。男装だとそれらが緩和されるらしい。私が村の人に虐げられない為の親の苦肉の策だ。


 よって、男装をしていつもどおり生活していると、ある日、「男まだ残ってんじゃねえかよ」と封印された剣の前に連れていかれ、剣を抜くことを強要された末に、野菜の収穫の如く剣が抜けてしまったのだ。


 よって、そもそも女である私は、勇者の資格がない。それに男しか抜けない剣が、女でも抜けてしまう剣だ。伝説の剣のはずがない。ただ抜きづらかった剣である。クソザコの剣だ。


 それに己の脅威に成り得る剣が解放されれば、魔王じゃなくたって気にするだろうに、今現在、魔王側から動きは何もない。私は村からのこのこ出て来て、今に至るまで魔王の幹部どころか下っ端とすら会わずに生きてしまっている。魔王の弱点の武器を持っていても、放置される。どうでもいい存在。それが私。


 最低最悪ゴミクズクソザコ暴行勇者、それが私である。


 ある意味誰も抜けなかった伝説の剣を私が引き抜いてしまったことで起きた悲劇だ。そして私のパーティーは、そんな私について回らなければいけなくなった被害者の集団である。つらい。死にたい。


 なのに何故、私が今もなおこのパーティーに居るのか。それは勇者を追放という行為自体を知らないのか、この剣が無いと魔王をどうにか出来ないと思っているのか、どちらかは分からない。


 でも私は結局、皆から嫌われている。


 だから、一刻も早く死にたい。それしかない。被害者たちをパーティから解放したいし、私自身も解放されたい。


 だからこの剣を手放すことは、何度も考えた。何度も試みた。そもそも仲間がぎりぎりの均衡を保ち私をパーティーに留めているのは、この剣のせいである。剣さえどっかに行けば、私はただのゴミ、さっさと追い出すことが出来るはずだ。


 しかし呪いの人形よろしくこの剣は次の日には戻ってきてしまう。何処に捨てても、海に投げても、土に埋めても、崖から落としても戻ってきてしまう。伝説の剣なんかじゃなく呪いの剣だ。どこまでも追いかけてくる。つらい。呪いのクソザコソードである。


 最近は、この剣が語り掛けてくるような幻聴が聞こえてくる。魔物に避けられるたびに語られる数字。


 初めは数が大きかったが、徐々に減ってきた気がする。精神的に限界が近づいてるのかもしれない。はやくこの剣捨てたい。


 昔はよく、焚火を囲んで皆と話したりしていた。初めのうちは、こんな私を皆仲間と慕ってくれていたのだ。それが嬉しくて応えようと一生懸命努力し、鍛錬し吐いて鍛錬し吐いてを繰り返していた。


 しかし今、皆は私を暗い淀んだ目をして見る。


 いっそ魔王に殺してもらいたい。いずれ怪物にかみ砕かれて死ぬよりは、こう、一瞬で薙ぎ払ってもらえるだろうし。


 どうか魔王様、私を迎えに来て、どうか一瞬で薙ぎ払ってください。


 夜空を仰ぎ、お祈りをしてから、剣を林に向け、投げ捨てて私は寝た。









「はー、勇者殿は今日も可愛かった……」


 焚火をし、番をしている勇者の方向を見つめリックが呟く。


「二人とも勇者様と結婚する時は言ってね、私死ぬから」


「それは、辛くてということか?」


 聖女であるサラの言葉に、リックが神妙な面持ちで尋ねると、サラは首を振った。


「ううん、勇者様の子供に産まれるの。勇者様のお腹に宿るとか、まさに一心同体じゃない? 最高じゃない? 勇者様のことお母さんって呼んで、歩いただけで褒めてもらえる地位を得たい」

「気持ち悪……」


 思わず口から出ると、サラは明らかに気分を害したような顔をした。


「女になれば近づけると思って、女装してパーティーに加わったナナの気持ち悪さには負けると思うのだけれど」


 そう、サラの言う通り、俺は女装をして、ナナとしてこのパーティーに加わっている。本当は男だ。勇者のパーティーは基本ハーレムだと言うから女装をして潜り込んだ。


 本来の名前はナギー。冒険者として戦っている所を勇者に救われ、その強さに惚れ込み転職をして勇者のパーティーに加わったのだ。


 ……まさかその勇者が女だとは思っていなかったが。


 時折見つめる物憂げな瞳、十分な強さを持っているのに鍛錬に打ち込む姿。謙虚な姿勢。仲間として支えたいと思うのではなく、人として支えたい。共に歩きたいと思ったのは、いつからだろう。


 目が合うと死んでしまいそうになるし、声を聞いていると切なくて胸がかきむしられるような錯覚に陥る。


「いいよなー……、お前ら。可能性があって」


 ぼそ、とリックが妬ましげに呟く。


「いや、多分勇者様は女の子が好きなわけじゃないと思うわ。最終的には性別にこだわらない気もするけれど」


 ふふ、とサラが笑う。


 リックは一月ほど前、勇者が階段から落ちた女性を助けているのを見て、勇者が女が好きだから男装をしているのだと誤解した。


 そして永遠に自分には可能性が無いことに絶望しているのだ。けれど誤解を解いてやる気はない。


 そもそも好きになる性別と男装の有無とは何にも関係ないはずなのに。リックは勇者のことを考えると視野が馬鹿みたいに狭くなる。


 サラも、「勇者様って女の子好きだったりしないかな! しない? 私にもチャンスあるんじゃない?」と狂喜乱舞していたけど、それも一晩で終わった。朝には、「まあ、あれは普通に考えて人命救助よね」と冷静に遠い目をしていた。


 二人とも方向性は同じだけど、考えが上向きか下向きかで真逆だ。


 そしてどっちも気持ち悪い。


 サラは好きな人のお腹から産まれたいとか言うし、リックは勇者様をいつも陰から見ているし、勇者が捨てたゴミを拾い集めて人形を作る変態属性に付き纏いまで持ってる。


 やっぱりここは唯一まともな俺が勇者を守りつつ、冒険のごたごたでささっと既成事実を作ってしまおう。


 しかし今更女装してましたと話すのもなあ……。そうだ。魔法で失敗して男になったことにして、勇者と結ばれないと死ぬ、とか言えばいいのか。そうしよう。サラは変態で何するか分からないし、リックは拗らせているから心中とかしそうだ。


 魔王なんてずっと生きていればいい。冒険がずっと長引けばいい。世界の平和なんていらない。


「そうすればずっと一緒にいられる」


 呟くと、サラとリックは驚愕の眼差しで俺を見ていた。




『どこまでも可愛いやつめ』


 林に向かっていた軌道を変え、己が投げられた方向。愛しい俺の女の元へ向かっていく。焚火の隣で眠る愛おしい愛おしい愛おしい寝顔の横に横たわる。


 俺様は伝説の剣である。名前はまだない。何故ならば俺の持ち主である勇者こと俺の女は、俺に対して名前を付けていないからだ。


 そんな俺様と俺様の女との出会いは四年と三か月と三日、二時間三十二秒前だ。


 やれ、勇者の資格を持つ者はいないかと、野郎に触られ続け、人生……もとい自分の剣生に絶望してきた夏のことだった。


 台座に封印された俺様、いや引きこもってた俺様は、魔王が出たとかで散々野郎どもに代わる代わる引っ張られていた。


 勇者は男しかなれないという、ゴミとしか言えない理論のせいでベタベタベタベタ野郎に触られる。


 地獄だ。


 年々「女が欲しい」「女が欲しい」「女が欲しい」と願い乞う日々。勇者が女しかなれないという決まりだったら天国であったのに、実際はその逆。俺様の目の前にある現実は紛れも無い地獄だった。


 毎日毎日毎日毎日野郎相手にベタベタベタベタ触られる日々。地獄の日々。


 ハーレムが欲しいとは言わない。一人でいい。おっぱいもおしりも好きだけど一途だから。相手に一途さも求めてない一途な男だから。ものすごく男遊びが激しくても最後に俺様だけに一途であればむしろ美味しい。


 こんなに健気な俺様の願いは、ただ一つ。


 女をくれ。


 女体に触れたい。


 女に振るわれたい。


 そうして女を渇望しながら全く逆のものを与えられ続ける俺の前に、突然彗星の如く現れたのは、村の爺婆共に連れてこられた、困惑顔だった。


 一目見てすぐにわかった。その困惑顔は女であると。


 何故か男の装いをしているが、そしてその長いまつげ、柔らかそうな頬。大きい瞳、すっと通った小さい鼻筋。紅をさした様な唇は紛れも無い女であった。


 それもドタイプの。タイプじゃない。「ド」タイプだ。ドストレートの弓矢が俺様の心に突き刺さった。


 ようは一目惚れだ。俺は男にしか引き抜けない封印がされていたが、秒で解いた。愛の力だ。俺様はこいつと冒険に出る。絶対逃がさないと決意した。




 俺様は勇者こと俺の女の為にノリノリで戦った。


 前に勇者に抜かれた時より五百倍の力を出して戦っている。むしろ勇者こと俺の女を傷つける訳にはいかないと、俺の剣では無く俺の覇気で敵を殺してる。ようは触れる前に殺してる。


 それのせいで勇者は「攻撃が敵に当たらないし逃げられる」と悩んでいるらしい。確かに、覇気で殺していれば、剣に当たった感覚が無いし、死体を見せるのも可哀想だと抹消しているから、逃げたと思っても無理は無い。


 だって可哀そうじゃん。女の子に惨殺死体見せるの。そういう性癖じゃないし。


 しかも、俺の女は「自分は弱いかもしれない」と悩みその分練習して、俺を握ってくれる大大大メリットがつく。最高。もう本当最高だった。あの地獄の日々はこの最高の日々の為のものだったんだと思う。


 たまに俺の事を譲渡しようとしたり、捨てようとするが、どこまでも、どこまでもついていく。絶対逃がさない。それに、俺を捨てて、次の日戻ってきていると、「呪い……」と少し怯える。そんな顔も最高に可愛い。最高です。


 前までは、顔があまりに好みで性格はどうでも良かった。熱心に練習する姿を見て性格まで好きになってきた。練習のしすぎで吐いてるところは心配になるけどそれはそれとして可愛い。絶対離さない。ほかの奴にくれてやるものか。


 今日は林に投げ捨てるなど中々暴力的な俺様の女だが、今はただ、パーティーに嫌われたと思って情緒不安定になってるだけだ。


 嫌われていると思い込むのも可哀想だが、パーティーの連中は勇者を狙ってる奴らしかいないし、変態だ。誤解は放置しておく。それに俺が語り掛けても幻聴だと思ってるみたいだし。


 それにささっと魔物倒して、魔力を溜めていけば、俺様は人の姿になれる。


 魔王ぶっ殺したら、魔力ごっそり奪って、勇者をささっと不老不死にして一生一緒にいるという素敵な夢を叶えるために、明日も頑張らなければ。


 俺様は眠る勇者の隣へ、そっと寄り添うように身を預けた。

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