ずっと怒っていたんだ

「私の悪い噂を止めてくれたのね、ありがとう」

 ミリアは、他の男たちが寄ってきても、変わらず僕のそばに来てくれた。


「私もディルクのために、何かしたいな。困っていることは無い?」


 こんなことを聞かれたのは生まれて初めてだった。ミリアは僕に生まれて初めての嬉しいをたくさんくれすぎて、胸がいっぱい。

 もう僕はぎゅって抱きしめたくて、息が止まる程にそれをしたくて、でもできなくてカチンコチンに固まることしかできなかった。


「僕は結婚できないことが悲しい」

 素直に言ったら、ミリアはものすごいびっくりした。

「え? 知っていて聖獣様と契約したのでしょう?」


 そこで僕は教えてやった。気が付いたら隣にパリーバルバルがいたことを。

「そんなの、ひどいじゃない! 返品した方がいいわよ。今は嘘をついて買わされた壺は2週間以内なら返せる法律があるんだから! そういうのを、あくとくしょうほうっていうのよ!」


「悪徳商法?」

「そうよ、そのパリーバルバル様に文句を言った方がいいわ。よくも騙したな!って、知っていたら契約しなかったぞ!って」


 すごい勢いのミリアに、彼女って勇気があるんだなと思った。

「神獣の前でそんなことを言う人に初めて会ったよ、パリーバルバルも驚いた顔してる」

「え?」

「ん、どうした?」


「神獣様ってここに居るの?」

「そうだよ、いつも僕の隣にいるよ」

「ええええ? 神獣って見えないの?」


 なんとミリアは、神獣様は僕の家で留守番をしていると思っていたみたい。だからパーティーでも怖がらずに僕に声をかけてくれたのだ。

 ミリアは真っ青になって震え出した。それなのに彼女はすごいんだ。パリーバルバルに謝らなかった。そして僕の運命をかえる一言を告げた。


「ディルクは、結婚できなくて悲しいってこと神獣様に伝えたほうがいいわ」


 そう言われてみれば、周りの者達があまりにも当然の決まり事みたいに教えてきたから、「どうして結婚できないのか」パリーバルバルに直接聞いたことが無かった。


「でも……僕はもう、パリーバルバルと話せないんだ。彼の声が聞こえない」 

 ミリアはしばらく考えていたけれど、きりりと真面目な顔をして言った。


「それでも、言ってみたら? ひどいじゃないかって怒っていいと思う」


 僕は家に帰ると早速ミリアに言われたとおりにやってみた。

「パーリーバルバル、もし結婚できないと知っていたら僕は君と契約しなかった。訳の分からない子供の僕と勝手に契約してひどいじゃないか、僕は怒っているんだぞ」


「ディルクがずっとそばにいてとお願いするから契約したのだ」

 パリーバルバルが返事をした。

 4年ぶりに聞いた懐かしい声だった。


「僕とまた話をしてくれるのかい?」

「私はずっと話しかけていた。怒って耳をふさいでいたのはディルクの方だ」


 そう言われてみれば、王女様と結婚できないと悲しんだときから、僕はずっと怒っていたんだ。

「ねえ、パリーバルバル。どうして君は僕が結婚すると、焼きもちをやくのさ」

「なんだそれは」


「僕が愛する人をつくると、君は怒ってその人を殺すんだろう?」

 パリーバルバルはふさふさの体をぶるぶる震わせた。

「どうして私がディルクを悲しませることをするんだ。ディルクの愛する人を殺したりしない」

「え? じゃあ結婚してもいいの?」


「結婚とはなんだ?」

 そう聞かれてちょっと悩んだ。結婚とは何だろう?

「愛する人と一緒に暮らして……ええと……愛し合って生きていくこと……かな?」


「すればいい」

 僕はもふもふに顔をうずめて、ぎゅーっと抱きついた。

「するよ! パリーバルバル」


 そこからは、あんまり覚えていないのだけど、結婚するためにありとあらゆることをした。


 父上と母上はとびきりの笑顔で賛成してくれた。家格とか後ろ盾とか、政治の力関係とか、伯爵家になると簡単に結婚できないらしい、けれど、諦めていた一人息子の結婚だ。これで跡継ぎ問題も解消できると喜んだ。


 問題はミリアの両親だった。

 それはそうだ、神獣持ちと結婚して、愛娘の身に何かあってはいけない。絶対に結婚は承諾しないと子爵家という立場でありながら伯爵家の申し出を突っぱねた。


 ちょっと絶望的なくらい、オコーネル子爵夫妻の決意は揺るがなかった。家が取りつぶされてもいいくらいにミリアの父君は覚悟を決めていた。


 僕は何度も通って、お願いをし続けた。そしてその隣にミリアもいてくれた。

 彼女も僕との結婚を望んでいると、一緒にお願いしてくれた。


 そうして、僕たちはついにお許しをもらったのだ。


 結婚式の彼女はとびきり可愛かった。

 パリーバルバルも可愛いなと初めて僕以外の人間の感想を言った。


「ディルクが嬉しいのが伝わって、私も嬉しい」そう言ってくれた。


 幸せで、幸せ過ぎて「嬉しくって死んじゃいそう」とつぶやきながら、待望の初夜を迎えた。


 さあ、彼女を寝台に運んで、上から両手を繋いで、キス……

「大好きだよミリア」


「ちょっと待て!」

 パリーバルバルが止めた。


「なんだよ、僕はこれから忙しいんだ、絶対に声をかけるな」

「いや、待て。ディルクこれからこの人間とつがいになるのか?」


「そうだよ」

「それは駄目だ」

「なんでだよ、パリーバルバル。ここにきて焼きもちをやくのか?」


「私はディルクの愛する人になにもしない。ディルクが愛する人間とつがいになれないのは、ディルクとその人間の問題だ。私のせいではない。ディルク、番になったらその人間は死ぬぞ」


「え? え? ええええええー!?」

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