「うわー」って逃げた旦那様
ただいま実家におります。
オコーネル子爵夫妻である私の両親は、それはもうびっくりです。
娘が「もう限界なの」って泣いて帰って来たから、どうしたのかと問うと、我が娘の旦那は、人前でしかイチャイチャせず、いまだ白い結婚ですとな?!
世間で有名な溺愛妻じゃなかったの? って話です。
でも娘の涙も落ち着いてくると、両親も事態を飲み込みました。
やっぱり、聖獣持ちとの結婚はうまくいかない。幸せな結婚はもう諦めて、家に好きなだけいるといい……
あ、諦められた。
私は心のどこかで、まだ旦那様が普通に愛してくれること諦められずにいるのですけど…… でも、もう伯爵家に帰る勇気は無いのでした。
パーティーの後、あの夜のことを想い出すと胸が張り裂けそうです。
夜も更けて、私は旦那さまの寝室に突撃しました。
今まで、侍女たちと練りに練った夜這い計画です。
実行する勇気が無くて、30作戦くらいまで案ができあがっていました。
その中で、旦那様好みの可愛らしく、かつ、おやちょっと手をかけただけで、あら不思議、するっと肩がでちゃう「可愛い夜着作戦」を選んで、そろーっと旦那様のベッドに近づきました。
「なんなのこの天使! 可愛すぎる、美しすぎる」と旦那様の寝顔に身もだえしながら、ドキドキして心臓が飛び出しそうなのをこらえて……
瞼にキス…… 頬にキス…… 唇に……
そうしたら天使が目をぼんやり開けてふにゃーっと笑ったかと思うと……
「ミリア……大好きだよ」
と、
なんと!
始まったのです! 待望の初夜が!!
強烈なイチャイチャにびっくりでしたけど、どっぷり幸せでした。けれど、それは長く続かなくて……
「うわー!!」
凄い叫び声でした。多分隣の館まで聞こえていたと思います。伯爵家の使用人がこぞって「なにごと!」と旦那様の寝室に駆けつけたときには、旦那様はどこに走り去ったのか、誰にも見つけられませんでした。
すっかり脱げた夜着を胸に押し当てて、私は呆然としたままベットに残されました。
そして、事態は、旦那様が寝室から走り去るだけでは済みませんでした。
社交シーズンで王都に来たばかりでしたのに、領地に急用ができたからと、旦那様は翌日顔もほとんど見せずに行ってしまいました。
あれから2カ月間の放置。
どうしてもお断りできない社交の場に1人ででかける寂しさ。
皆さんの、好奇心いっぱいの質問の嵐。そりゃ楽しいですよね、溺愛妻がポツンしてましたらね、最高の不幸ネタです。
でも私が一番恐れているのは……
領地から知らせが来て、旦那様が帰ってくるとのことです。
2カ月は本当に長かった。結婚してからこんなに長く離れ離れになったことはありません。だからすごく寂しかった。
旦那様も同じように寂しいと思って欲しい……
でも、ようやく二人きりで旦那様と顔を合わせた時、やっぱり冷たくされたら?
そして、今まで通りに人前でだけ「さみしかったよ」とキスされたら?
それって、もう確定だと思うのです。
旦那様は私を愛していないのだと。
人前で溺愛のふりだけしたいのだと。
それを知るのが怖い。屋敷で旦那様をお迎えして、二人きりになるのが怖い。
だから、これからは通い婚にしようと決意しました。
そうすれば、旦那様と二人きりになる時間がほとんど生まれません。
もう、二人きりにならなければいいのです。
私は今、不安いっぱいで実家のソファーに座っております。
向かいには両親が、やっぱり不安顔でため息をついています。
これから来るんです、領地から戻った旦那様が……
なんだか知らせによると、「ミリヤがいない」と泣き出して血相変えてやって来るらしいです。
うーん……
通い婚だから、私が都合の良い時に向こうに行きたいんだけども……
旦那様、こっちに来ちゃうんだ。
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