第22話 勇者の国にて
――2ヵ月前 勇者の国にて
静寂を切り裂くように、城内を駆け抜ける兵士の足音が響いた。
兵士は息を切らしながら玉座に駆け寄り、膝をついて頭を下げた。
「王様! 戦士の国にドラゴンの姿をした強大な魔物が出現しているとの報告がありました……!」
その言葉に、玉座に座る王は目を見開いた。
「馬鹿な! 前回の襲撃からまだ15年も経っておらんのに……!」
しかし、王が驚愕の声を上げた直後、別の兵士がさらに駆け込んでくる。
「王様! 僧侶の国にも強大な魔物が現れたとの報告が!」
「な……!? 二体同時だと……!?」
王の顔は青ざめ、言葉を失う。その兵士はさらに報告を続けた。
「しかも、それらはスカイサーペントを従えており、かつて勇者様が倒した魔王に酷似しているとのことです……!」
その場に居合わせた廷臣たちは騒然とした。
いままでの強襲とは規模もタイミングも全く異なる異常事態だった。
これまで、強大な魔物の強襲は50年に一度の頻度で発生していた。
一体の魔物が数匹の子分を引き連れてくる程度であったが、
それでもその魔物の強さはかつて勇者が倒した魔王に匹敵し、世界に甚大な被害をもたらしてきた。
しかし、今回の襲撃はその例に当てはまらない。
まだ前回の襲撃から15年しか経っておらず、しかも複数の魔物が同時に現れるという、これまでにない事態だった。
「そんな……魔王が復活したというのか……?」
王はよろけながら玉座に手をつき、低い声で呟いた。
その声には恐怖と絶望が滲んでいた。
周囲の廷臣たちは息を呑み、誰もが事態の深刻さを肌で感じ取っていた。
「勇者様は今どこにおる!?」
王は緊張した面持ちで兵士に問いかけた。
「はっ! 現在は魔法士の国にて、空間転移の調査を行っておられるはずです!」
その答えを聞いた王は重々しくため息をついた。
「そうか……だが今から呼び戻しても、多くの時間を要するな……」
王は短く考え込むと、すぐに決断を下した。
「とにかく戦士の国と僧侶の国に増援を送れ! そして、この勇者の国にも魔物が表れる可能性がある。城の警戒を十分に強化するのだ!」
「はっ!」
兵士たちは力強く返事をし、すぐに命令を遂行するために走り去った。
王は静まり返った玉座の間に一人残され、苦々しい表情で呟いた。
「わしの代で二度もこのような強襲に会うとはな……」
勇者の国はその名の通り、かつて世界を救った勇者が建国した国である。
しかし、勇者自身が国を直接統治しているわけではない。
この国には「王」という役職が存在し、その人物が統治を任されている。
その体制が生まれた背景には、数百年前に発見されたある古代書物がある。
その書物には「英雄大陸の外には魔物だけが住む巨大な大陸が存在する」と記されており、その内容が事実であると判明したのだ。
これを受け、勇者は一つの決断を下した。
自らが国の統治から退き、さらなる鍛錬に専念することで、魔物の大陸から迫る脅威に立ち向かう力を磨く道を選んだのである。
その結果、国の運営は信頼できる者に託され、「王」という役職が設けられた。
今もなお、勇者はその信念のもと行動し続けている。
そして現在も、空間転移に関する調査を行い、魔物の脅威に備えている最中であった。
――同時刻 魔法士の国の外れ
青空の下、草原が風に揺れる静かな場所に不穏な空気が漂っていた。
青色の裃を身に纏った白髪の初老男性と、瀕死の魔物が対峙している。
魔物は地面に這いつくばり、血を流しながら苦しげに声を絞り出した。
「ぐ……不意打ちとは……!」
それを聞いた初老の男は軽く鼻で笑い、透明なクリスタルのような刀剣を魔物に突き付けた。
その刀は内部で微細な雷光が踊り、神秘的な輝きを放っている。
刀身の表面には古代の呪文や祈りの言葉が文字として浮かび上がり、見る者を圧倒する。
「お前こそ突然この大陸に強襲をかけたくせに、不意打ちにケチをつけるとはのう……」
男は穏やかな口調ながらも鋭い視線を魔物に向けた。
その様子を見た魔物は目を見開き、驚愕の声を上げた。
「貴様、その刀は……霊刃・天翔……! まさか、勇者か!」
その言葉に男は小さくため息をつき、苦笑いを浮かべた。
「はっ、やめてくれ。何百年も生きているせいか、その呼ばれ方はむず痒い。わしにはソウセツという親からもらった名があるんじゃ」
「ソウセツ……!」
その名を聞いた魔物は驚きを隠せない様子だったが、男――ソウセツは冷静だった。
「しかし、貴様の姿……かつて、わしが50歳の時に倒した魔王と酷似しておるな……。だが、明らかに別個体じゃ」
その言葉に魔物は不敵な笑みを浮かべ、口元を歪めた。
「クク……この大陸を統治していたナイトメアスカルの事か。魔王と名乗っていたのは本当だったノダナ……だが残念だったな……そいつはただの魔物ダ! 我らナイトメアスカルの一人にすぎナイ!」
その衝撃的な告白にも、ソウセツは微塵も驚きを見せず、逆に小さく笑った。
その様子に魔物は苛立ちを隠せない。
「何がおかしい!」
ソウセツは静かに言葉を紡いだ。
「“魔物の国の大陸”があると分かった時点で、その可能性は考えておった。それが確信に変わっただけじゃ」
魔物は苦しみながらも再び笑みを浮かべた。
「ぐ……まあイイ。ともに上陸した我が同胞が貴様をころ――」
その言葉を言い切る間もなく、ソウセツの霊刃・天翔が一閃。
魔物は一瞬で両断され、その場に崩れ落ちた。
「強襲はお前達だけじゃねえのかよ。そういう事は先に言わんかい……」
呟くように言ったソウセツは、刀をゆっくりと納めると、静かに草原を後にした。
「さて、勇者の国へ戻るとするか……」
そして、空を見上げながら呟く。
「強大な魔物が何体も来ているのか……? タイミング含め今までにない……嫌な感じじゃわい」
その背中からは、長年の戦いを生き抜いてきた者の覚悟と使命感が漂っていた。
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