第14話 サイバーシティから来た少女

 森の中で、ノアディルは拘束されたまま目を覚ました少女――ルミナを見つめていた。

 やがて彼女の瞼がゆっくりと開き、透き通るような青い瞳が薄暗い森の中に輝いた。


「……おはよう。あれ、これ……ルミナ、負けちゃったって事……?」


 自分の身体が拘束されていることに気づくと、ルミナはぽつりとつぶやいた。

 ノアディルは軽くうなずき、口を開こうとしたが、次の瞬間、ルミナの瞳が潤みはじめ、大粒の涙がぽろぽろと溢れた。


「うわああん!負けちゃったよ!これでお兄ちゃんに嫌われちゃうよぉ!」


 泣き叫ぶその声は、どこか無邪気で、純粋だった。

 ノアディルは少し戸惑い、どうにか彼女を落ち着かせようと周囲を見渡すと、持っていたりんごが目に入った。


「これ食べて落ち着きな」


 ノアディルはそのりんごを差し出した。

 ルミナは涙で濡れた瞳を拭い、ややぐずりながらも、手が拘束されていることをアピールするように見せ、「食べさせて……」と言った。


 ノアディルは少しため息をつきながらも、りんごをナイフで切り分け、ルミナの口元に運んでやった。

 りんごの甘さが口に広がった瞬間、ルミナの表情がぱっと明るくなり、目を輝かせながら身をバタバタさせた。


「すごく美味しい!もっと食べたい!」


 ノアディルは思わず笑みを浮かべ、


「だろ? いきなり攻撃とか、暴れなければ好きなだけあげるよ」


 と言うと、ルミナは元気よく「はい!」と返事をし、大人しくなった。


・・・


 その後もいくつかりんごを食べさせているうちに、ルミナが完全に落ち着いたのを見計らい、ノアディルは彼女の拘束を解いてあげた。

 そして、静かに尋ねた。


「ルミナ、サイバーシティから来たんだよね?」


 ルミナはにっこりと笑顔を見せ、


「そうだよ!お兄ちゃんの匂いを追ってたら、ここに来ちゃったの!」


 と嬉しそうに言った。しかし、その笑顔はすぐに曇り、彼女は少し寂しげに続けた。


「お兄ちゃん……ルミナのことが嫌いだから、腕をくれないんだよね?」


 ノアディルは驚きつつも、穏やかになだめるように答えた。


「いや、好きとか嫌いとかの問題じゃなくてね。腕はなくなったら困るから、あげられないんだよ」


 ルミナは一瞬考える素振りを見せると、しばらくして「たしかにそうだよね!」と納得した様子でうなずいた。

 ――が、その次の瞬間、自分の左腕を大鋏で切り落とそうとした。


「な――! 何してるんだ!」


 ノアディルは慌ててルミナを止め、腕を押さえ込んだ。


 ルミナはしょんぼりした様子で、


「交換ならいいかなって思ったのに……」


 と小声で言った。

 ノアディルは困惑しながらも優しく説明した。


「腕は簡単に取り外したりつけたりできるものじゃないんだ。自分を傷つける様な事はやめるんだ……!」


 その言葉にルミナは不思議そうに首をかしげた。


「そうなの……? マスターはすぐにやってたのに!」


 その一言で、ノアディルの表情が険しく変わった。まさかと思い、彼は尋ねた。


「もしかして……マスターリッグのことか?」

「そうだよ!」


 ルミナは無邪気にうなずいた。


「まだ生きていたのか……」


 ノアディルは眉をひそめ、視線を少し遠くに向けた。


「それで、どうしてここに来たんだ?」


 ルミナは頬を膨らませながら、少し誇らしげに話し始めた。


「マスターリッグがね、お兄ちゃんを見つければと腕をくれるから、探してきてって言われたの!」


 彼女は無邪気に笑いながら続ける。


「それでお兄ちゃんの匂いを追ってたら、急にホワイトホールが黒くなって吸い込まれちゃって……気がついたらここにいたんだ」


 そして、ノアディルの手を取り、


「お兄ちゃん、一緒に研究所に帰ろ?」


 と期待を込めて言うルミナに、ノアディルは首を横に振った。


「サイバーシティには戻るかもしれないが、研究所には戻るつもりはない……今はな。」

「え、なんで?」


 ルミナは少し怒った様子で眉をひそめる。


「ルミナ、お兄ちゃんと一緒にいたいから、一緒に来てよ!」


 ノアディルはため息をつきつつも、問いかけた。


「そもそも……帰り方、わかるのか?」


 一瞬、ルミナは黙り込んだが、次の瞬間に笑顔で答えた。


「……わからないんだった!」


 その無邪気な反応にノアディルは微笑んだ。そして少し考えた後、提案をする。


「俺と一緒にいたいなら、しばらく一緒に行動しないか? 仲間もいるし、ルミナの力が役に立つかもしれない」

「じゃあそれでいい! マスターには悪いけど、お兄ちゃんと一緒ならどこでもいいや!」


 ルミナは嬉しそうにうなずいた。

 その言葉に、ノアディルは複雑な思いを抱いた。

 見た目は中学生くらいだが、精神的にはまだ幼い……リッグの研究所に閉じ込められていたせいだろう。

 彼女もまた、実験の犠牲者なのだろうとノアディルは察した。


「こいつを研究所には帰らせたくないな……」


 彼は静かにそう考え、決意を固めた。


「じゃあ行くぞ」


 ノアディルが声をかけると、ルミナは甘えるように言った。


「お兄ちゃん、疲れたからおんぶして!」


 ノアディルは少し呆れた表情を浮かべながらも、彼女の頼みに応じて背中を貸す。

 ルミナは満足げに彼の背にしがみつき、満面の笑みを浮かべていた。

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